【全話挿絵】婚約破棄された悪役令嬢、実は元覇王でした ~小僧、婚約を破棄し国外追放するだと?   作:よっちゃ

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第10話 漢(おんな)にとって顔面の造形など些末!

 続き

 

 冒険者ギルドの酒場は今夜も騒がしかった。

 笑い声、酔った罵声、卓を叩く音。

 オレは隅の席でひとり酒を飲んでいる。

 

「見ろよ、あの顔。とんでもねえ醜女(しこめ)だ」

「うげえ、あれでよく表を歩けるよな」

「あの顔のせいで、貴族の世界から追放されたらしい」

 

 ふん、こんな誹謗(ひぼう)など聞き慣れた声だ。

 視線も(あざけ)りも、もう数え切れない。

 オレは何も言わず(さかずき)を傾ける。

 酒は少しぬるい。

 

 ──名ばかりの侯爵令嬢であった日々よりは、

 今の冒険者としての生活も悪くはない。

 少なくとも、この道は己の足で立っている

 

 

 赤い覇姫のことを思い出す。

 あまりに圧倒的だった。力も、技も、格も。

 

 オレでは全く歯が立たなかった。

 あの瞳は太陽だ。(まぶ)しく、強い。

 だが──寄る者を焼き払う光。

 奪う光であって、守る光ではない。

 まして背負う光でもない。

 ただ──焦がすのみ。

 

 オレは杯を置いた。

 それが、あの覇姫の弱み。

 

 

 そのとき、急に外が騒がしくなる。

 

「覇天軍だ!」

「赤い旗が来たぞ!」

 

 酒場の空気が凍る。

 

 ……来たか。

 オレを殺しに来たのかもしれない。覇姫の気が変わったのだろう。

 あれほどの力を持つ者が、敗者を生かしておく理由はない。

 

 オレは立ち上がらない、逃げてたまるものか。

 覚悟は……とうに出来ている。

 婚約破棄をされ、貴族社会を飛び出したあの日から。

 

 

 次の瞬間。

 

 ドガ──ーン! 

 

 酒場の扉が爆音とともに弾け飛んだ。

 破片が舞い、冷たい夜気が流れ込む。

 

 

 

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「ヒャッハー! 動く汚物は消毒するぞ!」

 

 モヒカンの淑女が高笑いする。

 

 そして、砕かれた扉の闇を背に、赤が現れる。

 まるで夜そのものが割れ、太陽が昇るかのように。

 

 赤いドレス、揺れる銀の長髪。

 やはり美しい──美の太陽のような覇者。

 覇姫エレクシア。

 

 怖いもの知らずの歴戦の冒険者共が、エレクシアの発する圧に一斉に膝を折る。

 武器を握る手が震えている。誰も目を合わせようとしない。

 

 

 エレクシアはゆっくりと酒場を見渡し、そしてまっすぐオレの前へ来る。

 

醜姫(しゅうき)よ」

 

 美しく、低く静かな声。

 逃げ場などない。

 

 次の瞬間。

 白い手が伸びた。

 (あご)を、くい、と持ち上げられる。

 

 視線が絡む。

 ルビーの瞳が逃げ場を与えぬまま静かに射抜く。

 近い、顔が近すぎる。

 

 吐息がかかる。

 甘い香りと、微かな鉄の匂い。

 太陽の熱が肌のすぐ前にある。

 

 息が止まる。

 息を吸えば触れてしまいそうな距離。

 

 同じ女だというのに── 眩暈(めまい)がした。

 この距離で見ても、なんと美しいことか。

 いや、この距離だからこそ焼けてしまう。

 

 エレクシアの瞳が、オレを覗き込んでいる。

 奪う目、逆らえぬ目、まさに美の覇姫。

 背筋が凍る。

 

 ──喰われる。

 もう、だめだ。

 そう悟った、その瞬間

 

 

 

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醜姫(しゅうき)、貴様の、(あい)()()(ゆう)を、俺様(わたくし)によこせ!」

 

 

 そして、エレクシアの親指がわずかに(あご)をなぞる。

 

 

俺様(わたくし)(あい)()()()(の秘密) を言え」

 

 

 

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 世界が止まった。死を覚悟し、受け入れた矢先の告白に思考が追いつかない。

 

「……え、えええ?」

 

 間の抜けた声が、漏れた。

 

 え? I Love Youをよこせ? 一体どんな意味だ? 

 自分だけを愛せって事か?

 そして、愛してると(を)……言え?

 

 頭が追いつかない。

 心臓の鼓動がバクバクとうるさい。

 この醜の人生で、そんな言葉を一度も聞いた事がない。

 

 と、とにかく何か答えなければ。

 

 

 酒場の奥からどっと笑いが起こる。

 

「おい、聞いたか?」

「覇姫さまが、あの醜女(しこめ)に、なんつった?」

「何かの余興か? それとも罰ゲームか?」

「美女と野獣ってレベルじゃねえぞ……」

「ギャハハ、醜女(しこめ)の野郎、生意気に顔が赤くなってやがる!」

「覇姫さま、人間未満のその醜女を、からかわないでやってくださいよ」

 

 聞き慣れた嘲り、聞き慣れた悪意。

 胸は痛まない。慣れている、慣れている、はずだ。

 それでも……今は、今だけは──

 

 

「黙れ(ごみ)(くず)共」

 

 低い、殺気を含んだ声が落ちた。

 酒場の空気が凍る。

 冒険者共の笑いが、ぴたりと止まった。

 

 顎を掴む指は離れない。

 エレクシアはオレから視線を外さぬまま言う。

 

「貴様ら有象無象(うぞうむぞう)に、この(おんな)の何が分かる」

 

 静かに上がる悲鳴。

 

(わら)うことでしか己を保てぬ弱者が」

強者(きょうじゃ)(ぼう)を語るな」

 

 膝をつく者が出、視線を伏せる者が出る。

 

 しかし ────

 

「……へへ」

 

 空気を読めぬ、酔った愚かな冒険者がよろりと前に出る。

 馬鹿が、死ぬぞ。

 

「覇姫さまが、愛がほしいってんならよォ……」

 

 下卑(げび)た笑みを浮かべる愚者。

 

「このあっしが、手取り足取り──」

「びゃっ」

 

 轟音とともに炎が吹き荒れる。

 

「ヒャッハー、汚物は消毒しますわ♡」

 

 悲鳴は一瞬だった。

 焦げた嫌な匂いが広がる。

 

「……っ」

 

 誰も息をしない。

 エレクシアは気にした素振りもなく、ただオレだけを見ている。

 顎を掴む指にわずかに力がこもる。

 

「……見よ」

 

 低く、断じる声。

 

「この(ぼう)は、強者の(ぼう)

 

 ごくり、と誰かの喉が鳴った。

 

「挑み続け、戦い抜いた者の顔だ」

 

 女神の甘い吐息がかかる。

 頭がクラクラする。

 

「顔面の造形など些末(さまつ)

 

 瞳がまっすぐオレを射抜く。

 鼓動が跳ねる。

 顔が、熱い。

 

 オレが称えられた。

 醜女だ、化け物だとしか言われたことのないオレが──

 初めて。

 生まれて、初めて、誰かに褒められた。

 

 エレクシアの指が、ゆっくりと動く。

 顎を掴んでいた白い手が力を緩める。

 

 それは、逃がすのではなく──()でるため。

 白磁よりなお滑らかな細指が、壊れ物を扱うように頬の傷跡を辿る。

 絹糸のようなその感触が、ざらりとした過去をなぞった。

 

 なぜだ、嫌だ。

 醜いと言われ続けてきたこの顔を、その白磁(はくじ)の指で肯定されるのが、怖い。

 

 それでも指は止まらない。

 ゆっくりと、優しく。

 頬からこめかみへ。

 親指が唇の端に触れかける。

 

 息が絡む。

 近い、あまりにも近い。

 

「……醜い、だと?」

 

 囁くような声。

 その指が、もう一度頬を撫でる。

 

「これは、この覇姫(はき)エレクシアに挑んだ者の顔」

 

 熱い吐息が、唇にかかる。

 熱が込み上げてくる。

 全身が熱い。

 

 指が、そっと止まる。

 

 そして──

 

「この目」

 

 低く確信に満ちた声。

 

「哀しみを背負い」

「自ら醜を纏い」

「それでも愛を捨てぬ愚か者の目だ」

 

 酒場は静まり返る。

 もう笑う者はいない。

 

「愛というものを知らぬ俺様(わたくし)にとって……」

「この瞳は、何よりも美しい」

 

 溢れそうになる涙を(こら)える。

 

「このエレクシアに愛を教えろ」

「ブス・グロリア」

 

 そして──

 

「──お前がほしい」

 

 

 その言葉が、酒場の天井に静かに吸い込まれていく。

 心臓の鼓動が、いつまでも鳴り止まなかった。

 

 

 

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

「ママ! おねえちゃんたち、おんなどうしなのに、

 アイラブユーっていってるよ! どうして?」

 

(わらべ)よ、あれは…………

 いえ、ママにも、分からないわ。

(おんな)の殺し合いが始まると思ったら、

 気づけば──百合(ゆり)の香りがした。

 何を言っているのか分からないと思うけど、

 ママにも何が起こったのか分からないのよ」

 

「ゆりっておはなのこと?」

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 覇阿メルン書房刊『異界武術大全・改訂第七版』より

 

 ── (あい)死天流(してる)

 古代東方に伝わるとされる一子相伝の暗殺術。

 主に男性を対象とし、心理操作・色仕掛け・致命の一撃を一体化させた必殺流派。

「愛してる」と囁いた瞬間、相手は既に詰んでいる。

 ちなみに現代でも、意中の相手に想いを伝える際は「愛してる」と言うが、

 この暗殺術の名が由来というのが専門家の間では通説である。

 

 

 ──(あい)羅武勇(らぶゆう)

 愛死天流の奥義にして真髄(しんずい)

 対象の心を完全掌握し、自ら破滅へと歩ませる境地を指す。

 武勇とは武力ではなく、「心を制する勇」である。

 現代ではこれを「告白」と呼ぶが、相手に武の心得があれば、術は容易く反転し、

 己が破滅へと堕ちる危険もある事は言うまでもない。

 

 

 ──(あい)堕射(たい)

 愛死天流・秘奥義。

 瞳を潤ませ、上目遣いの視線と、甘い言葉のみで心を射抜き、

 対象を恋慕と錯覚させる精神侵食技。

 防御不可。

 

 

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 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

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