【全話挿絵】婚約破棄された悪役令嬢、実は元覇王でした ~小僧、婚約を破棄し国外追放するだと? 作:よっちゃ
続き
冒険者ギルドの酒場は今夜も騒がしかった。
笑い声、酔った罵声、卓を叩く音。
オレは隅の席でひとり酒を飲んでいる。
「見ろよ、あの顔。とんでもねえ
「うげえ、あれでよく表を歩けるよな」
「あの顔のせいで、貴族の世界から追放されたらしい」
ふん、こんな
視線も
オレは何も言わず
酒は少しぬるい。
──名ばかりの侯爵令嬢であった日々よりは、
今の冒険者としての生活も悪くはない。
少なくとも、この道は己の足で立っている
赤い覇姫のことを思い出す。
あまりに圧倒的だった。力も、技も、格も。
オレでは全く歯が立たなかった。
あの瞳は太陽だ。
だが──寄る者を焼き払う光。
奪う光であって、守る光ではない。
まして背負う光でもない。
ただ──焦がすのみ。
オレは杯を置いた。
それが、あの覇姫の弱み。
そのとき、急に外が騒がしくなる。
「覇天軍だ!」
「赤い旗が来たぞ!」
酒場の空気が凍る。
……来たか。
オレを殺しに来たのかもしれない。覇姫の気が変わったのだろう。
あれほどの力を持つ者が、敗者を生かしておく理由はない。
オレは立ち上がらない、逃げてたまるものか。
覚悟は……とうに出来ている。
婚約破棄をされ、貴族社会を飛び出したあの日から。
次の瞬間。
ドガ──ーン!
酒場の扉が爆音とともに弾け飛んだ。
破片が舞い、冷たい夜気が流れ込む。
「ヒャッハー! 動く汚物は消毒するぞ!」
モヒカンの淑女が高笑いする。
そして、砕かれた扉の闇を背に、赤が現れる。
まるで夜そのものが割れ、太陽が昇るかのように。
赤いドレス、揺れる銀の長髪。
やはり美しい──美の太陽のような覇者。
覇姫エレクシア。
怖いもの知らずの歴戦の冒険者共が、エレクシアの発する圧に一斉に膝を折る。
武器を握る手が震えている。誰も目を合わせようとしない。
エレクシアはゆっくりと酒場を見渡し、そしてまっすぐオレの前へ来る。
「
美しく、低く静かな声。
逃げ場などない。
次の瞬間。
白い手が伸びた。
視線が絡む。
ルビーの瞳が逃げ場を与えぬまま静かに射抜く。
近い、顔が近すぎる。
吐息がかかる。
甘い香りと、微かな鉄の匂い。
太陽の熱が肌のすぐ前にある。
息が止まる。
息を吸えば触れてしまいそうな距離。
同じ女だというのに──
この距離で見ても、なんと美しいことか。
いや、この距離だからこそ焼けてしまう。
エレクシアの瞳が、オレを覗き込んでいる。
奪う目、逆らえぬ目、まさに美の覇姫。
背筋が凍る。
──喰われる。
もう、だめだ。
そう悟った、その瞬間
「
そして、エレクシアの親指がわずかに
「
世界が止まった。死を覚悟し、受け入れた矢先の告白に思考が追いつかない。
「……え、えええ?」
間の抜けた声が、漏れた。
え? I Love Youをよこせ? 一体どんな意味だ?
自分だけを愛せって事か?
そして、愛してると(を)……言え?
頭が追いつかない。
心臓の鼓動がバクバクとうるさい。
この醜の人生で、そんな言葉を一度も聞いた事がない。
と、とにかく何か答えなければ。
酒場の奥からどっと笑いが起こる。
「おい、聞いたか?」
「覇姫さまが、あの
「何かの余興か? それとも罰ゲームか?」
「美女と野獣ってレベルじゃねえぞ……」
「ギャハハ、
「覇姫さま、人間未満のその醜女を、からかわないでやってくださいよ」
聞き慣れた嘲り、聞き慣れた悪意。
胸は痛まない。慣れている、慣れている、はずだ。
それでも……今は、今だけは──
「黙れ
低い、殺気を含んだ声が落ちた。
酒場の空気が凍る。
冒険者共の笑いが、ぴたりと止まった。
顎を掴む指は離れない。
エレクシアはオレから視線を外さぬまま言う。
「貴様ら
静かに上がる悲鳴。
「
「
膝をつく者が出、視線を伏せる者が出る。
しかし ────
「……へへ」
空気を読めぬ、酔った愚かな冒険者がよろりと前に出る。
馬鹿が、死ぬぞ。
「覇姫さまが、愛がほしいってんならよォ……」
「このあっしが、手取り足取り──」
「びゃっ」
轟音とともに炎が吹き荒れる。
「ヒャッハー、汚物は消毒しますわ♡」
悲鳴は一瞬だった。
焦げた嫌な匂いが広がる。
「……っ」
誰も息をしない。
エレクシアは気にした素振りもなく、ただオレだけを見ている。
顎を掴む指にわずかに力がこもる。
「……見よ」
低く、断じる声。
「この
ごくり、と誰かの喉が鳴った。
「挑み続け、戦い抜いた者の顔だ」
女神の甘い吐息がかかる。
頭がクラクラする。
「顔面の造形など
瞳がまっすぐオレを射抜く。
鼓動が跳ねる。
顔が、熱い。
オレが称えられた。
醜女だ、化け物だとしか言われたことのないオレが──
初めて。
生まれて、初めて、誰かに褒められた。
エレクシアの指が、ゆっくりと動く。
顎を掴んでいた白い手が力を緩める。
それは、逃がすのではなく──
白磁よりなお滑らかな細指が、壊れ物を扱うように頬の傷跡を辿る。
絹糸のようなその感触が、ざらりとした過去をなぞった。
なぜだ、嫌だ。
醜いと言われ続けてきたこの顔を、その
それでも指は止まらない。
ゆっくりと、優しく。
頬からこめかみへ。
親指が唇の端に触れかける。
息が絡む。
近い、あまりにも近い。
「……醜い、だと?」
囁くような声。
その指が、もう一度頬を撫でる。
「これは、この
熱い吐息が、唇にかかる。
熱が込み上げてくる。
全身が熱い。
指が、そっと止まる。
そして──
「この目」
低く確信に満ちた声。
「哀しみを背負い」
「自ら醜を纏い」
「それでも愛を捨てぬ愚か者の目だ」
酒場は静まり返る。
もう笑う者はいない。
「愛というものを知らぬ
「この瞳は、何よりも美しい」
溢れそうになる涙を
「このエレクシアに愛を教えろ」
「ブス・グロリア」
そして──
「──お前がほしい」
その言葉が、酒場の天井に静かに吸い込まれていく。
心臓の鼓動が、いつまでも鳴り止まなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「ママ! おねえちゃんたち、おんなどうしなのに、
アイラブユーっていってるよ! どうして?」
「
いえ、ママにも、分からないわ。
「
気づけば──
何を言っているのか分からないと思うけど、
ママにも何が起こったのか分からないのよ」
「ゆりっておはなのこと?」
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覇阿メルン書房刊『異界武術大全・改訂第七版』より
──
古代東方に伝わるとされる一子相伝の暗殺術。
主に男性を対象とし、心理操作・色仕掛け・致命の一撃を一体化させた必殺流派。
「愛してる」と囁いた瞬間、相手は既に詰んでいる。
ちなみに現代でも、意中の相手に想いを伝える際は「愛してる」と言うが、
この暗殺術の名が由来というのが専門家の間では通説である。
──
愛死天流の奥義にして
対象の心を完全掌握し、自ら破滅へと歩ませる境地を指す。
武勇とは武力ではなく、「心を制する勇」である。
現代ではこれを「告白」と呼ぶが、相手に武の心得があれば、術は容易く反転し、
己が破滅へと堕ちる危険もある事は言うまでもない。
──
愛死天流・秘奥義。
瞳を潤ませ、上目遣いの視線と、甘い言葉のみで心を射抜き、
対象を恋慕と錯覚させる精神侵食技。
防御不可。
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