ハナダシティを出発して、一路クチバシティを目指すシゲル。サトシのジム戦が終わったのがお昼を過ぎていたこともあって、もうすっかり夕焼け空が見える時間帯だ。
シゲルがハナダシティのポケモンセンターで一泊してもいいところを、無理に出てきたのには理由がある。それは、ハナダシティ側からヤマブキシティに通じるゲートが通行止めになっているかどうかを、いち早く確認するためだ。
ゲームのこの時点ではヤマブキシティを囲む東西南北4つのゲートすべてが通行禁止になっていた。しかし、ここはアニメも混ざった世界。もしゲートが通れる状態になっているなら、レッドの動きが変わる可能性が出てきてしまう。
シゲルがレッドと次にバトルする場所は、予定ではクチバシティの港に停まっている『サントアンヌ号』という船の中になっている。だが、もしゲートが自由に通れるならレッドはクチバシティではなく別の街のジムから先に向かってしまうかもしれない。そうなると、ポケモンタワーやシルフカンパニーの本社ビル内でもレッドとバトルする予定のシゲルとしては非常に困ってしまう。
よってシゲルは、レッドが来る前にヤマブキシティへのゲートが通れるのかどうかを確認しておく必要があったのだ。
(もしゲートが通れるなら、僕がレッドの後を付け回してうまく順番通りになるように誘導しなくちゃならなくなる。頼むから通行止めになっていてくれよ)
ハナダシティからヤマブキシティまで続く5番道路は、当然だがゲームのように数分で往復できるような長さではない。普通に歩くなら大人の足でも1日、10歳の子供なら2日ほどはかかる距離になっている。シゲルもスピードを上げて早歩きでここまで来たが、これでもまだ全体の4割にも達していなかった。
時刻は18時過ぎ。ここから夜になっていくとしても街道を行くのであれば照明も配置されているので、もうしばらくは歩くことはできる。急ぐのなら進んでも良いだろう。
しかし、シゲルはまだ夕方のうちに移動を切り上げた。今日はレッドとのバトルやハナダジム戦でポケモンたちも疲れている。ポケモンセンターで体力を回復してもらっても精神的な疲れというのはそうそう戻らないだろうし、明日も長時間の移動になることは確定。ならば早めに休ませてポケモンたちのコンディションを整えようと考えたのだ。
野宿の準備をして食事をとり、ジム戦で活躍したギャラドスを含めた手持ちのポケモンすべてをいたわるように専用のウェットシートで拭いていく。ギャラドスは流石に全身は無理なので顔周りだけだが、他のメンバーは全身を軽く拭いて乾いた清潔なタオルで水気を取ったあとブラッシングまでした。
さすがのシゲルもここまでやると少々疲れたが、これ以上の数をオーキド研究所で毎日相手にしていたこともあって明日に響くほどではない。ポケモンたちの嬉しそうな顔を見るためなら、多少の疲れなんて度外視だ。
体の大きいギャラドス以外のポケモンは出したままにして、シゲルは寝袋に入る。
ここは森の中ではなく街道沿いの草むらなので危険は比較的少ない。少し気が緩んでいるからか、やけに虫の声がよく聞こえた。そこでシゲルは初めて思った。ポケモンの世界にも普通の虫はいるんだな、と。
虫の声を聴きながら目を閉じれば、気がつくと朝がやってきていた。スッキリとした少し冷えた空気と青みの薄い澄んだ空。野生のポッポの鳴き声がどこかから聞こえている。
諸々を片付けて朝食を摂ったらリザードを出して出発する。
時にはランニングシューズで走りながらの移動。普通はこんなに走っている人間をわざわざ呼び止めないだろう。しかし、道中はシゲルの噂が広まったのか、かなりの数のトレーナーにバトルを申し込まれてしまった。
「コラッタ。『でんこうせっか』からの『ひっさつまえば』でとどめだ!」
「コラッ!」
短くひと鳴きだけして静かに『でんこうせっか』で加速するコラッタ。当初は『でんこうせっか』中に「コラコラコラコラッ!」のように声を出していたが、これは訓練によって声を出さないようになった。おかげで体の小ささを生かして敵の視界から外れることができるようになったので、コラッタ単体でもかなり勝てるようになってきている。
「ぎゃっ! きー……」
「マンキー!?」
相性が不利なはずのマンキーも今のコラッタならば負けはしない。
「勝負ありがとう。君のポケモンはコラッタでも強いんだね」
「こちらこそ。君のマンキーもよく育っていたよ」
去っていく塾帰りの少年を見送って、シゲルは一言つぶやいた。
「少しトレーナーとのバトルが多いな」
有名になってきた影響でシゲルはトレーナーに挑まれる回数が増えてきていた。普段なら歓迎するところなのだが、今は都合が悪い。
断って素直に納得してくれればいいのだが、そういう人ばかりではないのはここまでの旅でよくわかっている。
シゲルはなるべく話しかけられないように今度は立ち止まらないと決めて走りだした。
ゲートに辿り着いたのは、ちょうど太陽が傾いてきた頃のことだった。クチバシティへ続く地下通路の建物が併設されたゲートは、外から見て一目でわかるように、電光掲示板にデカデカと『現在通行止め』と書かれている。どうやらここはゲームの通りになっていたらしい。
「ふぅ……。ひとまずレッドの動きはこれで読みやすくなったな」
これでクチバシティでのバトルは予定通り行われることだろう。安心したシゲルは、一応ゲートに入って警備員の人に話を聞いて確認をとると、この後どうするかを考える。
地下通路を通れば2時間は出られない。向こう側に出てもクチバシティに辿り着くまでまた数時間は歩くことになる。ここで進むと地下通路の中か向こう側の街道沿いで野宿になるだろう。地下通路で寝るのは他の利用者の迷惑になるので論外として、向こう側の6番道路で野宿するのも夜なので地形が分からないため少々不安が残る。
「……こっちの道路ではまだ野生のポケモンに遭遇してないな。一応ポケモン図鑑も貰ったし、捕まえるかは置いておいて遭遇記録ぐらいはつけておくか」
少し考えた後、シゲルはこの5番道路でまだ出会っていないポケモンを探すことにした。つまり5番道路でもう一泊するということだ。
寝袋の準備だけして夕食までの少しの時間でポケモンを探す。人間の活動時間が主に朝から夕方にかけてであることもあって、この時間ポケモンたちは結構姿を見せてくれる。その中でもシゲルが捕獲したいと思ったポケモンはニャースだ。
ニャースの特性は『ものひろい』。作中では限られた個数しか手に入れられなかった『ふしぎなあめ』などのアイテムを、いつのまにか拾って持ってくるというものだ。パーティに1匹いるだけで高価なアイテムや珍しいアイテムを拾ってくれるのはかなり有難い。
「にゃーん。にゃっ! にゃっ!」
シゲルが見つけたニャースはシゲルの存在に気づかずに何かを一心不乱に追いかけている。
「なるほど、虫を追いかけているのか」
これはチャンスだ。向こうが気づいていないなら、ヒスイ式の不意打ちボール投げで捕まえられるかもしれない。シゲルはゆっくりとニャースの背後に回り、草むらから鋭いストレートボールを投げた。エイムはばっちり直撃コースだ。
「にぎゃ!? にゃ? にゃ?」
しかし、確かにニャースにあたったモンスターボールははじかれてしまった。そして、モンスターボールに内蔵された音声メッセージが流れる。
「人のポケモン取ったら泥棒!」
まさか自分がこのメッセージを聞くことになるとは思っていなかったシゲルは唖然とする。あのニャースはどう見たって野生の狩猟本能丸出しだったし、まさかトレーナーのポケモンだったとは思いもしていなかったのだ。
キョロキョロと周囲を見回していたニャースはそんなシゲルに気が付く。すると何を思ったのか急いで近づいてきてシゲルの前に何かを落とし、うれしそうな顔で「にゃーん」と鳴いた。
シゲルはその行動で意識を持ち直して、自分の足元に置かれたものを見る。
でっかいバッタだった。