――1000回リセット。
まあ、出ない。
――3000回リセット。
出るわけない。
――6000回リセット。
もうやめたい。
――8192回リセット。
8192分の1じゃないのか。
――10000回リセット。
……。
――12000回リセット。
……。
――15000回リセット。
……。
そして、15623回目。
「はぁああああああーーー」
シゲルが自分の選択をここまで呪ったのは、前世を含めても初めてのことだった。だがそれももう終わりだ。なにせ、底なしかと思われた沼の底に辿り着き、ようやく色違いのヒトカゲがシゲルの前に姿を現してくれたのだから。
レッドとオーキド博士が突然声を上げたシゲルに対して驚いているが、今のシゲルにはそんなの関係ない。地獄のループから抜け出した喜びの声を口に出さずにはいられなかった。
その場に崩れ落ちそうな体をなんとかもたせて、シゲルは自身の叫びのせいで若干怯えている色違いのヒトカゲに近づく。低い目線に合わせるように屈むと、優しい笑みを湛えて挨拶した。
「僕はオーキド・シゲル。これから君のトレーナーになる。よろしくヒトカゲ」
そう言って手を差し伸べるシゲルに対して、ヒトカゲは戸惑いながらもそっとシゲルの手を取る。シゲルは弱々しくも確かに自分の手を握ってくれたヒトカゲをそのまま優しく抱き寄せると、これまでの15622回のリセットに思いをはせた。涙が出そうだ。本当に長く苦しい戦いであった。
そもそも、なぜシゲルはこんなに苦しい思いをしてまで色違いを出そうとしたのか。それは旅の道中のトレーナーとバトルすることに、大きなリスクがあると考えていたからだ。
シゲルは懸念していた。レッドより先を進む自分がトレーナーを倒してしまうことで、後から来るレッドがバトルできずに必要な経験値が不足してしまうのではないかと。
ここはゲームが混ざっていても、どちらかと言うとアニメよりの現実的な世界。ポケモンが倒れたら当然みんなポケモンセンターへ向かう。そうなると移動時間を含めてそれなりの時間がかかるので、その間そのトレーナーはバトルできなくなる。
シゲルがこれまで見てきた限り、レッドは無駄を嫌う性格をしている。そんなレッドが必要以上に野生のポケモンとのバトルを行うとは考えづらいし、態々トレーナーたちが戻ってくるのを待つようなことはしないだろう。そうなると、下手したらレッドの手持ちが数レベルぶんも成長できないということになってしまう。それはまずい。
シゲルは道中のトレーナーをなるべく倒さないように立ち回らなければならない。しかし、それは同時にシゲルのポケモンたちの成長速度の低下につながる。トレーナーバトルでの経験値は野生とのバトルより多い、そして何より後ろから追ってくるレッドのせいで時間もない。
レッドの壁として立ちはだかりたいシゲルとしては、あまりに苦しい状況だった。このままではもしかするとハナダシティのゴールデンボールブリッジ前のバトルが、レッドに一方的に殴られるだけの展開になってしまうかもしれない。
そこでシゲルは考えた。倒せるトレーナーがいないのなら向こうから来てもらえばいいのだと。
さっきも書いたが、ゲームと違ってここはアニメも含んだ世界、珍しいポケモンは良くも悪くも人の目を惹く。シゲルはそういう誘引されてきた連中とバトルして経験値を稼ぐつもりなのだ。
この選択は、ロケット団のことを思うと少々どころかかなり危険ではあるが、シゲルにはこれしか良い方法が思いつかなかった。ヤバい奴が来ても蹴散らせるように最大限強くなるように努力するしかない。
「ヒトカゲ。一緒に強くなろうな」
「かげ!」
ようやく最初のポケモンが仲間になって、ここからはお約束通りレッドとの初バトルだ。研究所から出ていこうとするレッドを呼び止めてバトルしようと誘うと、レッドはあっさりとシゲルの提案にうなずいた。
「では、わしが審判をしよう。使用ポケモンは一体。道具の使用はありじゃ。それではバトル開始!」
「よしきた! ヒトカゲ、まずは先制攻撃で一発くらわせろ! 『ひっかく』攻撃だ!」
「かげっ!」
走り出すヒトカゲ。その足はかなり遅い。そりゃそうだ、レベル5なのだから。
「フシギダネ。よけて『たいあたり』」
「だね!」
対するフシギダネは、ヒトカゲの『ひっかく』をよけて『たいあたり』をしようとする。
そこからは、よけて、攻撃して、受けての繰り返し。弱い直接攻撃しか技がないため、見事までに泥仕合が展開された。結果はかろうじてフシギダネの勝利。ただ、勝ったフシギダネも満身創痍で、あと少し爪が掠っただけで倒れていただろうことは明らかだった。現時点では実力に差はないだろう。
「負けたか。でも惜しかったなヒトカゲ。もう少しだった。レッド、次は負けねーぞ」
「……俺も負けない」
バトルが終わるとレッドは研究所の回復装置でポケモンを回復させて、今度こそ旅立っていった。
一方のシゲルはポケモンの回復後もそのまま残っていた。もう一人のライバルであるサトシが来るのを待つためである。
シゲルとしては正直レッドの今後を考えるとサトシは放っておきたいところではあった。けれどレッドにとってライバルの存在が重要なら、サトシにとってもシゲルの存在は重要だ。
アニメのシゲルはサトシにとって超えるべき一番の壁であり、自分のことを認めさせたい相手だった。だからシゲルがここでサトシのことを蔑ろにしてしまったらサトシのモチベーションは大きく低下してしまうだろう。それはそれで今後のことを考えると良くない。
だからシゲルはレッドがどんどん先に進んでいることも構わず、こうしてサトシが来るのを待っているのである。
まあ、レッドに追いつく手段は確保している。問題ない。
「シゲルはサトシを待つのか?」
「ええ。一応アイツもライバルですからね。最初ぐらいは挨拶しておこうと思いまして」
「そうか。ならば待っている間にシゲルの選んだヒトカゲについて話をさせてくれ」
「ヒトカゲについて、ですか?」
「そうじゃ。シゲルなら気づいておると思うが、そのヒトカゲは普通のヒトカゲとは見た目が異なる色違いの個体なのじゃ。じゃがそのせいでこのヒトカゲは親や兄弟たちからあまり良い扱いを受けていなかったようでな。いつの間にやら性格が『わんぱくな性格』から『さみしがりな性格』になってしまっておった」
「そんなことが……後天的に性格が変わってしまう程なら、その環境はよほどこのヒトカゲにとって辛いものだったのでしょうね」
「うむ。だから今回このヒトカゲをトレーナーのパートナーポケモンとして連れてきたのじゃ。シゲルよ。お前なら大丈夫かと思うが、この子のことをよく見て、育ててやってくれ」
「もちろんです。任せてください」
15000回リセマラしてようやく迎えた色違い個体だったが、まさかこんな背景を持っているとは。ゲームでは色違い個体をぞんざいに扱うような描写は無かったので、シゲルはその生々しい話に内心衝撃を受けていた。そして腕の中のヒトカゲを撫でながら、今後は目一杯愛情を注いで幸せにしてやろうと誓った。
それからシゲルはひたすら待った。ヒトカゲとコミュニケーションをとって仲良くなったり、途中でやってきた今日出発の女の子を見送ったり、最終的にはいつも通り餌やりの手伝いまでしていた。しかしいくら待ってもサトシは現れない。
10分が過ぎ、30分が過ぎ、1時間が経った頃には流石のシゲルも腹が立ってくる。もういっそのこと迎えに行ってやる! ヒトカゲをボールに戻し、研究所を飛び出して下の道路へと続く階段を駆け降りる。ようやく門の所まで来たところで、シゲルは前方にいた緑色の何かにぶつかった。ちょうど死角になっていて見えなかったのだ。
「す、すみません。怪我はありませんか。……って、なんだ誰かと思ったらサートシくんじゃありませんか!」
「いてて。シゲル、急に飛び出してくるなよな」
「急に飛び出してきたのはそっちもだろう。それより何をしていたんだいサトーシくん? 予定の時間より1時間も過ぎているぞ」
シゲルはパジャマ姿のサトシの格好から、理由をわかっていながらあえて聞く。
「あっ! そうだ、俺のポケモン! シゲルはもうもらったの?」
「当たり前じゃないか。僕だけじゃなく他の2人ももうポケモンを受け取って旅だったよ。まだなのは君だけさ。つまり君はライバルたちから相当に出遅れたわけだ」
「なっ、何おう! シゲルだってまだここにいるじゃないか!」
「そりゃ君が可哀想だったからねぇ。僕やレッドのライバルを語るなら、最初くらいは挨拶しておこうと思って待ってたんだけど……まさか、こんなに遅れてくるとはね」
シゲルはやれやれと首を横に振りながら呆れたように息を吐く。
「それじゃあサートシくん。挨拶も済んだし僕は先に行かせてもらうよ。待たせたねガールフレンドたち! さあ、オーキド博士の孫にして天才であるオーキド・シゲルの旅立ちだ!」
シゲルはそう言うと、近くに停めてあったオープンカーに乗り込んだ。旅立ちを祝福しようと集まっていた観衆に手を振って感謝を述べると、車はゆっくりと動き出す。
サトシはそんなシゲルの派手な旅立ちを、呆気に取られながら見送った。心の中で「車で旅って……それってどうなの?」と、思いながら。
ガールフレンドたちの存在は、シゲルの努力の結晶です。
性格的に難しかったですが、必要だったので頑張りました。