レッドとのバトルが終わり、空がオレンジに染まり始めたころ。トキワシティに戻ったシゲルはポケモンセンターに行くレッドを見送った後、そのまま待ってもらっていたガールフレンドの車に乗ってトキワの森へと向かった。
ポケモンセンターに戻らなかったのは、夜の間にトキワシティのポケモンセンターが吹っ飛ぶことを知っていたからだ。そのために『どくけし』や『きずぐすり』等の道具はトキワシティに来た時点で買い足していたし、万一に備えて『げんきのかけら』も旅に出る前に3つは用意していた。研究の手伝いで小遣いを稼いで、オーキド博士がタマムシ大学に行った際に買って来てもらった貴重な『げんきのかけら』だ。
車を走らせトキワの森の前へ到着すると、シゲルはここまで送って来てくれたガールフレンド、もといガールフレンドの芝居をしてくれた彼女たちに別れを告げる。
「皆さん、ここまでありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるシゲルに、シゲルより少し年上の彼女たちは笑って楽しかったと言ってくれた。
元々、彼女たちはミーハーな部分があって、オーキド博士の孫であるシゲルに興味を持っていた。町1番の有名人の孫でなおかつ天才と言われている若い男の子。そんな男の子がある日、トレーナーとして旅立つ日に一芝居打つからガールフレンドのフリをして自分をトキワシティまで送ってくれと言われた時は、なんの冗談かと思ったものだ。
報酬も出すと年齢からすれば少なくない金額を提示され、そんなもの受け取れないと断った時のあの悲しげな表情。思い出してゾクゾクするようなその顔に負けて、オーキド博士のことや研究のこと、ポケモンの育て方のアドバイスをもらうことを条件に、シゲルの頼みを引き受けたのは、トキワの森を前にした今となっては非常に良い経験だったと言えるだろう。仲間のポケモンの進化や覚える技についてなど、ためになったことはこの短い期間で数知れずあったのだから。
彼女たちは本当にこのたった一日の旅が楽しかった。だからこそ、シゲルに提案した。この先も自分たちの車で旅をしないかと。
しかし、シゲルはこれを断った。
「いつまでも厄介になるのは悪いですし、それにレッドに負けたくないから、これからはポケモンと共に自分自身を鍛えるために徒歩で行きたいと思っています」
まっすぐな眼差しでそう言われてしまえば、少しお姉さんである自分たちが、見送ってあげないわけにはいかない。
こうしてシゲルはトキワの森から本当の旅を開始したのだった。後ろから聞こえてくるシゲルへの応援歌を聴きながら。
トキワの森。ここは天然の迷路と言われるほどに複雑な地形と、多くの虫ポケモンたちの巣窟になっていることが特徴の森だ。ゲームではキャタピー、トランセル、ビードル、コクーン、ピカチュウと、出現ポケモンのほとんどが虫ポケモンで構成されていた。中でもビードルの毒は厄介で、『どくけし』を買わなかった前世シゲルは、そのせいで何度もトキワシティのポケモンセンターに世話になったものだった。尚、なぜ一度帰った際に『どくけし』を買い足さなかったのかは謎である。
しかし今回は準備万端。虫ポケモンを相手にする上で有利なポケモンもヒトカゲとポッポで2匹いる。万一にも逃げ帰ることはない。
シゲルは旅に出る前からヒトカゲを選んだ際のレベル上げの場として、このトキワの森にいかにレッドに差をつけて早く到達できるかを考えていた。その結果アニメのシゲルのように車で送ってもらうという案を考えたわけだが、中身がアニメのシゲルと違っている今のシゲルには、あんなに沢山ガールフレンドなんて作れないので、相当に苦労したものだった。
だがその苦労の甲斐あって、シゲルはレッドから大きく差をつけてトキワの森に到着できている。辺りはすっかり夜だが、ヒトカゲの尻尾の炎のお陰で歩くことに支障はないほどに明るく照らされている。一応、人が歩く道はあるので、その道に従って森の奥に進んでいけば、ヒトカゲの尻尾の炎の光に誘われて、時折キャタピーやビードルが草むらからとびだしてくる。
「よし。やっぱり虫ポケモンが寄ってくる。この方法はかなり使えそうだ」
シゲルはこの森で経験値を稼ぐと決めた際に、キャタピーとビードルという対となるポケモンについて考えていた。キャタピーは芋虫ポケモンで最終的にバタフリーという蝶のポケモンに進化する。ビードルも芋虫ポケモンだが、こいつはスピアーという蜂のポケモンに進化する。
そして前世で蝶と蜂は種類にもよるが光に集まる習性を持っていた。特に蜂はあまり知っている人は少ないかもしれないが、意外と光に寄ってくる。だからもし夜に蜂が家に入ってきたら、家の電気を全部消してやれば外の光に引き寄せられて勝手に出ていくので、そんなことがあったらやっつける前に試してみるといいだろう。
少し話が脱線したが、要はバタフリーとスピアーになる前のポケモンであるキャタピーとビードルも光に寄ってくるのではないかとシゲルは考えたわけだ。森は広い。野生のポケモンは人への警戒心からなかなか自分から出てこない。ならばこの方法で彼らが出てきてくれないか試してみるのもありだろう。
だからシゲルは夜の森を歩く危険性を知りながら、こうしてヒトカゲの尻尾を頼りに歩みを進めていたのである。
「しかし、経験値効率はあまり良くないな。トランセルやコクーンならもう少しましなんだけど、彼らはそもそもゲームのように飛び出してくることはありえないだろうし。地道にやっていくしかないか。ヒトカゲ、ニドラン、そろそろ眠くなってくる時間だけど、もう少しだけ頑張れるか?」
「かげっ!」
「にどっ!」
「よし。じゃあ一緒に頑張ろう」
シゲルは今育てるべきポケモンであるヒトカゲとニドランを中心に、キャタピーとビードルを相手に辻バトルを仕掛けていった。出てくれば先制攻撃をくらわせ、キャタピーならヒトカゲの『ひのこ』で一撃、ビードルならニドランを出して毒を受けないようにして『ひっかく』で地道に倒す。
そのおかげでヒトカゲはレベル13となり『メタルクロー』を覚え、ニドランはレベル12で『にどげり』を覚えた。ついでにキャタピーとビードルは倒したそばからボールを投げて捕まえていく。これでオーキド博士に全然ポケモンをゲットしていないなんて言われないだろう。たぶん。
ひとまずの目標は達成したので、シゲルはテントの準備を始める。その間にも出てくる虫ポケモンたちはポッポとコラッタに任せて、テントが完成したらテント周辺に虫よけスプレーを撒いて全員でご飯を食べてから就寝した。ヒトカゲは『さみしがりやな性格』なため、シゲルにくっついて寝たかったようだが、スプレーを撒いていても虫ポケモンが完全に来ないとは限らないので、今日は諦めておとなしくボールに戻ってもらった。代わりに今日はコラッタが一緒に寝て、万が一の場合に備えてくれた。
翌朝、昨夜は真っ暗だった森の中も太陽の強烈な光は完全に遮断できなかったようで、木漏れ日が周囲を明るくしてくれている。夜の間に虫ポケモンは来なかったのか外に変わった様子もなく、ポケモンたちを出してテントを片付けると、皆で朝食を食べてから再び森を歩き出した。
朝になると昨日はわかりにくかった道の輪郭がはっきりして分かりやすくなっていた。これなら道をそれたりしなければ今日中には森を抜けられるだろう。
道なりに進み、稀に上から落ちてくるビードルを避けながら、看板に沿ってニビシティ側の出口を目指していけば、昼を過ぎたあたりで森の出口が見えてきた。まだほんの少しの一人旅だけれど、服も体も森のなかでかなり汚れた。ニビシティに着いたら一度ポケモンセンターでシャワーと服の洗濯をしたい。そうシゲルが考えていたところで、突然目の前に兜をかぶって刀を持った少年が飛び出してきた。
「お主、マサラタウン出身のトレーナーでござるか?」
シゲルはこの少年を知っていた。アニメでマサラタウン出身トレーナーに全敗していたあの虫取り少年だ。アニメではサトシの前の3人にやられ、4人目のサトシは絶対倒してやると躍起になっていた気がする。しかし現段階ではそんなことはないだろうに、なぜ自分に話しかけてきたのだろうか。シゲルは疑問に思いながらも返事をする。
「そうだけど、それがなにか?」
「拙者とポケモンバトルしてもらいたい」
シゲルは考えた。確かこの少年はトランセルとカイロスを出してきたはずだ。トランセルはともかく、カイロスはこの時点ではかなりの経験値を貰える。ヒトカゲとポッポがいるこちらとしてはカモだ。ならば受ける以外に返事はない。
「構わないけど、どうしてマサラタウン出身か聞いても良いかな?」
「拙者、少し前にここを通ったマサラタウン出身の女子に負けたのでござる。その時、あとから来るマサラタウン出身者は自分より強いと言って去って行った。ならば、その者を倒せば拙者はあの女子よりも強いということになる!」
「ああ、そういうこと。彼女、ここを先に通ったのか。まあそれはそうか。僕らがゆっくりしすぎてたしね。で、バトルだっけ? 使用ポケモンは何体かな?」
「2体で頼みたいでござる」
「オッケー」
両者位置につき、同時にポケモンを繰り出した。
「いけっ! ポッポ!」
「ポー!」
「いくでござる! キャタピー!」
最初に出てきたのはシゲルが思っていたトランセルではなくキャタピー。どうやらまだ進化していなかったようだ。シゲルは少し残念に思いながらポッポに指示を出す。
「ポッポ。かぜおこし!」
「キャタピー! いとをはく!」
サムライ少年がキャタピーに『いとをはく』を指示したタイミングは、ほぼシゲルと変わらなかった。だが、それはそれとして技の相性が致命的に悪い。『いとをはく』の糸は、ポッポの起こした風によりそのままキャタピーへと跳ね返り、糸で体をがんじがらめにされたうえにそのまま後ろの木まで吹っ飛ばされた。それによりキャタピーは目を回しノックアウト。一瞬で勝負がつく。
「クッ! やはりキャタピーに勝負はまだ早かったでござるか。だが、次のポケモンはそうはいかないでござる! いくでござる! カイロス!」
満を持して出てきたカイロス。その姿を見てシゲルはポッポを戻すと、次のポケモンを出す。
「蹴散らすぞ。いけっ! ヒトカゲ!」
「かげぇ!」
完全な相性不利を悟ったサムライ少年は、先手必勝とばかりにカイロスに『はさむ』を指示する。しかし、その判断はすでに遅かった。
カイロスはヒトカゲの『ひのこ』によって燃やされ、あっさりと目を回して倒れたのであった。
誤字脱字修正ありがとうございます!
自分で読み返してチェックしてもやっぱり残っちゃうんですよね。
GPTにチェック通してみようかな。