術式【搾生呪法】   作:雨曝し

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怪物の産声

 

 

 

 呪術界御三家の一角、禪院家。

 古く長い歴史を持つ禪院家の本家、京都に建てられた巨大な屋敷の離れ。

 そこに一つの小さな産屋があった。

 建て替えられてからそこそこの年月が経った産屋の中では妊婦と産婆がいた。

 産婆は今まさに生まれて来る子を取り上げる為に集中していた。

 

 そして一人の赤子が産まれ落ちる。

 産婆が慣れた手付きで取り上げた赤子は莫大な呪力を孕み、その呪力の圧は屋敷まで届く程であった。

 気配を感じた者は例外なく冷や汗を流す。

 それは禪院家当主も例外ではない。

 圧倒的な呪力の気配に禪院家にいる赤子の母親を除く者全てが畏怖を抱いていた。

 

 赤子は目を開く。

 その瞳はまるで全てを呑み込むかのような漆黒であった。

 赤子は視線を彷徨わせると元気良く産声を上げた。

 それは世界に己の存在を知らしめるかのようだった。

 

 産婆は恐怖に震える手で赤子を抱き、母親へと渡す。

 母親は元気に叫ぶ赤子の声を聞いて安堵したように息を吐いた。

 そこには生まれながらの怪物に対する恐怖はない。

 ただ、母親としての愛が赤子に向けられていた。

 

 因習に囚われ、女であるというだけで差別される禪院家の希望の星となるように願い、母親は赤子に名前を与える。

 与えた名前は椿。気高く、長く健康に生きるように願いが込められた名前である。

 

 赤子は母親の愛に抱かれながら元気良く泣き続けるのだった。

 

 

 

 

 椿が生まれてから五年が経過した。

 椿は健やかに育ち、立派な男児へと成長していた。

 髪は黒曜石の如く黒く輝き、ハイライトのない漆黒の瞳は見る者に恐怖を抱かせる。

 

 椿は五歳にして自身で呪力操作を会得して莫大な呪力の気配を抑えることに成功していた。

 気配を抑えた椿の姿は何処か儚げで、すぐにでも空中に溶けて消えていきそうな危うさがあった。

 

 椿は縁側に腰掛け、中庭を飛び回る雀に視線を向けていた。

 雀達は羽を広げて空を自由に舞う。

 その姿が地面に縛られる椿には眩しく見えた。

 

「君達は自由なんだね」

 

 そう儚げに呟く椿の元へ雀が一羽飛んで来る。

 椿は右手を差し出して雀を迎え入れる。

 雀はその手に留まり、羽を休める。

 

 小さな命の躍動に椿は心を奪われる。

 その時であった。

 

 椿は唐突に自身の術式を自覚した。

 それは触れる物全ての生命を奪う規格外の術式。

 この世の全てを殺し去る凶悪な術式であった。

 

 椿は試しに手に留まる雀に術式を使用する。

 呪力を術式に流し込むと術式が発動した。

 雀は生命を奪われ安らかに眠るように命を落とした。

 代わりに雀の持っていた生命が椿の物となる。

 

 椿は命を奪ったことに罪悪感を抱くことはない。

 命とは椿にとって触れれば消え失せてしまう程度のもの。

 そこに価値を見出すことはない。

 

「ひっ……!」

 

 椿はか細い悲鳴を聞いてその方向に顔を向ける。

 そこには怯えた表情をした女中がいた。

 体はカタカタと震えており、その視線は椿の持つ雀の死体へと向けられていた。

 それは生物の死に対面した故の恐怖ではない。

 椿が触れただけで生命を奪ったことに対する恐怖である。

 

「つ、椿様、何を…?」

「実験。術式を自覚したから使ってみたの」

「さ、左様ですか…」

 

 女中は椿の術式の異常性に畏怖を抱く。

 儚い少年には余りにも似つかわしくない恐るべき術式である。

 そして震える口で言葉を紡ぐ。

 

「と、当主様に、ご報告しますか?」

「うん。そろそろ術師としての修行も始めるって言ってたしね」

 

 椿に父親はいない。

 早い内に任務で死んでしまったからだ。

 それからは当主である直毘人が直々に面倒を見ている。

 面倒を見ると言っても術師としての教育をするばかりで生活に関しては女中に任せてばかりだが。

 

 椿は術師としての教育を受けたことである程度呪術に関して知識を持っている。

 例えば反転術式に関して。

 呪力同士を掛け合わせることで正の力を生み出す高度な技術である。

 

(術式に目覚めた今ならできるかな)

 

 椿は体に流れる呪力を操作して呪力同士を掛け合わせる。

 そして生まれた正の力を術式に流し込む。

 

 術式反転。反転術式で生み出した正の力を術式に流すことで本来とは逆の術式効果を得る技術である。

 

 椿はそれを独学で習得して見せた。

 術式効果が反転し、雀の死体に生命が与えられる。

 雀は目を覚まし、羽を広げて飛び立つ。

 何事もなかったかのように美しく整えられた中庭を飛び回る。

 

「うん。いけるね」

 

 あっけらかんと言い放つ椿に女中は驚愕する。

 生命を自由自在に操る術式など耳にしたことはない。

 改めて天才児として生まれた椿の才能を思い知る。

 

 椿は雀が華麗に空を舞うのを見て笑みを溢したのだった。

 

 

 

 

 禪院直毘人は五年前に生まれた莫大な呪力を持つ天才児が持って生まれた術式の規格外を知って歓喜していた。

 術式(さいのう)が絶対である禪院家に生まれた五条悟にも引けを取らない怪物。

 禪院家が呪術界に於いて今以上の権力を持つようになるのはそう遠い未来の話ではない。

 そんな確信を抱いている。

 

 直毘人は知らせを受けてすぐに椿を鍛錬場に呼び出した。

 椿は数分で鍛錬場へとやって来た。

 

「今日から術師としての修行を始める。先ずは呪力操作からだ。呪力を腹から流しているようでは一人前とは言えない」

「こういうことですか?」

 

 椿はすぐに呪力の流れを変える。

 腹から流すのは変わらないが、その流れを一気に全身へと回す。

 これで呪力が肉体の動きに遅れるということがなくなった。

 その学習速度に直毘人は笑いを堪え切れなかった。

 

「素晴らしい!では次の段階へ進むぞ。反転術式が使えると聞いたが本当か?」

「はい。先程習得しました」

「良し。呪力操作は充分だ。次は呪力による強化術の訓練だ」

 

 椿は直毘人が行った呪力による肉体強化を見て学ぶ。

 すぐに実践して自身の肉体を強化する。

 

「宜しい。では儂に打ち込んでみろ」

「はい」

 

 椿は言われた通りに呪力で肉体を強化して右拳を構える。

 踏み込んだ足で加速を行い、速度を乗せた一撃を放つ。

 直毘人はそれを掌で受け止めたようとして咄嗟に両腕での防御に切り替える。

 

 椿が放った一撃は直毘人を鍛錬場の壁まで吹き飛ばす。

 壁が破壊されて直毘人は外に放り出される。

 

(呪力の総量は勿論、出力も儂より遥かに高い…!子供の肉体を強化してこれか!末恐ろしい…!)

 

 直毘人だからこそ耐えられたが、並の術師ならば今の一撃で気絶していた。

 子供の肉体でそれなのだから、将来鍛えた肉体に全力の呪力を乗せられればどうなるか想像も付かない。

 

 期待する直毘人に対して椿は暗い顔をしていた。

 

「まだまだですね。もっと呪いを込めないと」

(今ので全力ではないと…!?どこまでも怪物…!!)

 

 直毘人は椿の言葉に驚嘆する。

 椿はまだ全力の一割も出せていなかった。

 しかしそれも先程までのこと。今やコツを掴み取り、全力を出せるようになっていた。

 

 椿は外から中に戻って来た直毘人にお願いをする。

 

「試してみたいことがあるのですが、やってみても宜しいですか?」

「構わん。好きにやれ」

「では、直毘人様。しっかりと防御して下さい」

 

 直毘人は言われた通りに防御態勢を取る。

 それを確認した椿は拳を構える。

 こぶしを構えて集中する。

 

 そして先程より弱い出力で強化した拳を放った。

 直毘人は椿の意図が分からず混乱する。

 椿は終始冷静に体を動かす。

 

 そして、直毘人に衝突した拳に乗せられた呪力が黒く閃く。

 

 黒閃。打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に発生する空間の歪み。

 黒く光った呪力が稲妻の如く奔り、平均で通常時の2.5乗の威力という驚異的な攻撃を叩き込む。

 黒閃を経験した者とそうでない者の呪力の核心との距離は天と地程も差がある。

 

 直毘人が壁の更に向こう側まで吹っ飛ばされていく。

 

 黒閃を狙って出せる術師は存在しない。

 何故なら黒閃の発生条件は打撃との誤差だけではないから。

 例えば正拳に呪力を込めて打撃を繰り出すと、そこに込められた呪力は拳を強化する呪力、相手にぶつける呪力、その両方を担う呪力に分けられ、そのブレンドによって黒閃が発生する。

 更に条件は環境にもよる。相手の呪力、自身のコンディション、気温や湿度まで影響する。

 故に狙って出せる者はいない。

 

 唯一人。禪院椿を除いて。

 

 椿は掌を握ったり開いたりして感触を確かめる。

 

「今のが黒閃……いけるね」

 

 唯一無二。黒閃を狙って出せる怪物が誕生したのだった。

 

 

 





・オリ主
宿儺以上の呪力総量と出力を持って生まれた怪物。
黒閃を狙って出せる。
術式【搾生呪法】は生と死を操る。

・禪院直毘人
オリ主の圧倒的な才能に歓喜している。
鍛錬場の外にて気絶中。
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