椿はあれから毎日過酷な修行を行っていた。
呪力による強化術はより洗練され、並ぶ者はいなくなっていた。
呪力なしで行う格闘戦に於いても柄筆頭の禪院甚一を圧倒する程のセンスを見せた。
今や禪院家に椿を指導できる者はいなくなっていた。
椿は鍛錬場で一人で修行を行うようになっていた。
上半身裸になりながら腕立て伏せを行う。
汗が顔を伝い、床へと落ちていく。
腕が軋む音を立てても腕立てを断行する。
まるで機械のように体を鍛え続ける。
椿は鍛錬を楽しんでいた。
鍛える程に伸びていく実力に、自身の才能が開花することに愉悦を感じていた。
貪欲に強さを求めている。
そうして腕に限界が来ると休憩を挟む。
そして今度は腹筋、スクワットと続いていく。
鍛錬を終えれば鍛錬場から出て行き、汗を流す為に風呂に向かう。
その道中のことである。
通路の向こうから歩いて来る男がいた。
異様な程に気配がない男は黒髪で口元に傷が付いていた。
椿はその男を一目見て理解した。
彼も自分と同じ常人とは違う存在であると。
何より感じる尋常ではない圧。それが男の強さを証明していた。
椿は好奇心を刺激されて話し掛ける。
「アンタ、名前は?」
「甚爾」
「甚爾君かぁ…強いでしょ?手合わせしてよ」
「……まあ、断っても立場が更に弱くなるだけか」
甚爾はそう憂鬱な顔で呟くと鍛錬場に足を向ける。
椿は嬉しそうな顔で甚爾の後をついて行った。
◇
汗の匂いが充満する広い鍛錬場で椿と甚爾は向かい合う。
椿は呪力を全身に漲らせて肉体を強化する。
対する甚爾は拳を構えるだけだった。
椿は一瞬疑問に思い、すぐに答えに辿り着く。
(気配がないと思ったら、そもそも呪力が完全にないのか。天与呪縛のフィジカルギフテッド。その完成系か。楽しみだなぁ)
椿も拳を構えた。
両者が睨み合う光景は他者から見れば怪物同士が牙を剥いているように映るだろう。
それだけ両者は人間離れしていた。
椿が踏み込み、瞬時に甚爾の懐へと潜り込む。
甚爾は椿の速さに一瞬面食らうもすぐに意識を切り替えて防御態勢を取る。
椿が全力の拳を甚爾の腕にぶつける。
莫大な呪力が弾ける。
子供とは思えない人外の膂力が甚爾の肉体を吹き飛ばす。
甚爾は壁に激突して止まる。
壁が容易く破壊される程に吹き飛ばされた甚爾は先程まてでの認識を改める。
子供だと思って油断すれば足元を掬われる。
それは未だビリビリと腕に響く衝撃が教えてくれた。
甚爾は天与呪縛で呪力を完全に消し去ることで人外の身体能力と呪いへの耐性を獲得している。
それでも無視できない圧倒的なパワー。
子供が出して良い力ではない。
(元々の身体能力も子供とは思えない程高い。甚一が負けた訳だ)
甚爾は甚一から椿について聞かされていた。
そもそも禪院家では天才児として有名であるが、甚一からはより詳しく話されている。
(莫大な呪力と素の高い身体能力。加えて規格外の術式。怪物と称されるのも納得だな)
甚爾は壁から降りて床に立つ。
床が破砕して木片が散る。
そして深く踏み込んで椿の元まで接近した。
「シッ…!」
素早いジャブが繰り出される。
それを椿は当然のように受け流す。
(こいつ…!見て反応しやがった!動体視力が半端じゃない…!)
甚爾は続け様に右足での蹴りを喰らわせる。
それを椿は敢えて受ける。
椿は吹き飛ぶことはなく、その場に踏み止まる。
(硬ぇ…!)
(重い…!呪力なしでこれか!普通なら端まで吹き飛んでたな…)
椿は隙ができた甚爾の顔面に向かって右拳での正拳を放つ。
甚爾はそれを躱してカウンターで椿の顔面に裏拳を当てる。
「っ…」
椿は初めてまともに攻撃を受けた感触を確かめる。
その新鮮なインスピレーションが更に椿を高みへと連れて行く。
椿は甚爾に対して猛攻を仕掛ける。
甚爾は余りにも重い一撃を軽くジャブ感覚で打って来る椿の攻撃を捌くので精一杯だった。
そして決定的な一撃が甚爾の腹に突き刺さる。
「ぐっ…!」
(防御が崩れた!止めを…!)
椿は防御の崩れた甚爾にラッシュを打ち込む。
甚爾は只管打たれて吹き飛ぶ。
そして再度壁に激突して気を失う。
椿は勝利の味を噛み締めるのだった。
◇
「……なんでまだいる?」
目覚めた甚爾は自分の顔を覗き込む椿にぶっきらぼうに言い放った。
椿は気にせずに話す。
「甚爾君強いから、もう一回手合わせして欲しくて」
「二度とごめんだ」
甚爾は唯一の長所である強さを五歳の子供に越されたことで拗ねていた。
しかし椿には理由が分からず、なんで断られたのか考え始める。
甚爾は起き上がって思考に耽る椿を置いて去って行く。
椿はその後ろ姿を見届けるに留めたのだった。
そして椿も立ち上がって今度こそ風呂に向かう。
体が汗臭くて堪らない。
古臭く軋む床を踏み締めて通路を歩く。
風呂場に辿り着くと脱衣所で服を脱いで浴場に入る。
浴場でシャワーを浴びる。
隅々まで体を洗い終えたらさっさと浴場を出て体を拭いて着替える。
風呂場を出て自室に戻る。
部屋は通常与えられる禪院家男児の部屋とは違い広い。
部屋には漫画やアニメのCDが入った棚が置かれている。
アニメや漫画は直毘人の影響で見始めたものだった。
部屋の中で特に目を引くのは作業机だろう。
机の上には様々な実験器具が置かれている。
中には蝿頭の入った檻なんかもある。
椿は椅子に座ると机の上のビーカーを手に取った。
ビーカーの中には紫色の液体が入っていた。
檻の中に閉じ込められている蝿頭の血液である。
それを同じく机の上にあったナイフへと掛ける。
それは浴と呼ばれる儀式である。
家宝として秘蔵する器物を外敵から守る為に蠱毒で厳選された生物を潰し濾すことで得られる呪力の溶液に十日十晩漬け込んで呪具化する。
それを呪霊の血液で再現していた。
椿は血液を浴びた剣を保管する。
これから十日間漬け込み呪具化するのだ。
これは強力な呪具を生み出す為の実験である。
呪霊の血液で浴を再現した場合、血液を採取した呪霊の等級によって強さが変わるのかどうか試している。
とても五歳とは思えない可愛くない自由研究である。
椿は貪欲に呪術を極めようとしている。
その想いの根源は憧れである。
アニメや漫画に登場する最強キャラへの憧れ。
自分も無双したいという純粋で単純な想いから発生する行動だ。
直毘人もそれを止めはしない。寧ろ後押しする。
禪院家最強の子供がいつか呪術界最強と成る為に。
そうして暇になった椿はアニメを見ることにした。
椅子から降りて最近買ったアニメのCDを手に取り、CDプレイヤーへとセットする。
テレビを点けてアニメを見る。
最近流行りの恋愛アニメだ。
内容はありふれた学園もの。しかし重要なのはそこではない。
このアニメは恋愛だけでなくバトルもあるのだ。
その二つを上手く両立させた人気のアニメである。
椿は雑音が耳に入らない程集中してアニメを見る。
そしてヒロインの見せた最高の笑顔を脳に焼き付ける。
椿は笑顔が好きなのである。
何故なら笑顔が一番可愛いから。
笑顔を見る為ならばどんな労力も厭わない。
五歳児にして既に性癖が固まっていた。
アニメを見終わった椿は満足気な表情をしてテレビを消して布団に入った。
日課のお昼寝の時間である。
椿は人より多くの睡眠を必要とする。それは生まれながらの縛り、天与呪縛であった。
その術式効果の底上げがされていた。
本来なら数秒掛かる命の徴収も天与呪縛の効果で一瞬で終わる。
それが椿の怪物性を底上げしているのだった。
椿はすぐに寝入って無防備な寝顔を晒す。
その顔はとても怪物と呼ばれるようなものではなく、年頃の愛らしい寝顔であった。
・オリ主
笑顔が大好き。
好きなタイプは笑顔が可愛い子。男女は問わない。