それは平等に降りかかる天災よりも、余程タチが悪く、そして差別的である。
「────ラップランド。俺の愛する娘。
よく見ておけ。これがお前が成すべき……サルッツォの後ろ姿だ」
ラップランドは幼い頃からよくアルベルトの行う『粛清』を見させられた。サルッツォファミリーは個人の思考や価値観を持つことは許しはするが、頭目であるアルベルトの意思決定に意見したものを徹底的に殺す。このファミリーの行く末はアルベルトが全て。そう決まっているのだ。
本当はそんなことより、あの頃の彼女は庭に咲いている綺麗な花の名前を訊きたかったというのに。父アルベルトにとって、母の存在はただの後継を産む舞台装置かなにかだと思っているらしく、よく母のことを口に出すたびアルベルトの眉間の皺が寄ったことを記憶していた。
齢5つにして、ラップランドは『ラップランド・サルッツォ』であることを受け入れた。否、そうならざるを得ないということを理解して抵抗することを諦めた。アルベルトの言うように殺しの腕を磨き、アルベルトの言うように邪魔なファミリーを潰し、アルベルトの言うようにファミリー内の異分子を『粛清』する。
殺し、血を洗い、殺し、血を洗い、殺し、血を洗い、殺し、血を洗い、殺し───────。
ある時、ファミリー内部で反アルベルト派の蜂起が確認されたと父から告げられその殲滅を任された。さあ、ラップランド。いつもの通り、殺してただ帰ってくるだけだ。ラップランドは剣を携え、指定された場所に向かい、潰した。潰したはずだった。
「……俺はシラクーザの第二都市にあるサルッツォの支部を潰せ、と言ったはずだが……。 なあ、愛するラップランドよ。よもやお前も俺に牙を剥くつもりなのか?」
「…………えっ?」
ラップランドは見誤った。潰すべき対象を違えたのだ。意思を殺し機械的に行っていた殺人だが、それは確実にラップランドの精神を蝕んでいた。知らず知らずのうちに壊れていたラップランド。それに彼女自身も気付かず、『第二都市の支部を潰した』と思い込み、別の支部を潰して大きな損害をもたらした。
父アルベルトに失望されたくなかった。父アルベルトだけには見捨てられたくなかった。そのために、そのためだけに全てを諦めたというのに。どうにか弁明の言葉を紡ごうと、必死に声を出そうとして、父と視線が合った。
その瞳には、愛する娘としてラップランドを見つめる父親としての色はどこにもなかった。
『おしおき』のため、サルッツォの仄暗い地下室で鎖に繋がれたラップランド。肩、背中、足の付け根など……服を着てしまえば分かりにくいところばかりに、焼きごてによって付けられた火傷痕や死にはしないが痕には残る程度の裂傷などが体罰として施されていた。
ぽたぽたと天井から垂れる水滴が湿気た地面へと落ちていくのを淀んだ瞳で見つめながら、ラップランドは目まぐるしく頭に巡る思考に心を沈ませた。
どうして、ボクが。
今までお父様のためにやってきたのに、一つのミスだけで。
ボクは、愛されていない?
そんなことならお母様を見捨てずに、ボクもあの時に見捨てられればよかった。
ボクは、何のために産まれた?
本当は嫌なんだ、なんでこんなことをしなきゃならないの。
ボクは、お父様にとってなんの……
ああ、そうか!
────きっとお父様はサルッツォを存続できればボクでなくてもいいんだ。
心を保つために、ラップランドはそう思い込むことでアルベルトに向ける家族愛を殺した。愛してもらいたいと想えば想うほど、アルベルトの冷たい眼差しによって身を引き裂かれるような感情に苦しむから。
『思い込むことにした』と表現したが、事実悲しいことにアルベルトはラップランドを娘としてではなく、第二のアルベルトとしてしか見ていなかった。
もしもラップランドよりも優秀な……それこそアルベルトと同じ価値観・思想の人間が居るのならば、迷わずアルベルトは彼女を捨てその者を育て上げる。ラップランドはアルベルトにとって所詮その程度の存在価値だった。
その日から、ラップランドの殺し方に狂気が伴うようになった。淡々と殺すのではなく、じわじわと相手を追い詰め、痛めつけて殺す。そこに不平等はなく、ただ無差別に……時にうざったいサルッツォの味方の首をシラクーザのレンガに転がしながら。
ただそこにいるだけで危うさを秘めている。初めての『おしおき』から、ラップランドは皮肉にもアルベルトの望むような存在へどんどんと成長を遂げていく。裏腹にアルベルトにも制御しきれない狂気によって『おしおき』の回数は日に日に増えていったのだが。
しかしアルベルトは満足気に、今のラップランドならばグレイホールの連中に顔を合わせても良いと判断した。どこもかしこも、『シラクーザ』らしくありきたりな価値観だったので彼女にとっては飽きるほどつまらなかったが……十二家の一つ、ヴェネツィアの屋敷に訪問した際に面白いものを見た。
それは、あの狼よりも残忍なヴァルポ……ヴェネツィアのイングリッドに手も足も出ずに嬲られている一人の少年の『眼』だった。通常時は不真面目そうにしてどこかやる気のない瞳だが、イングリッドの首元……そこに指が触れそうになる一瞬。その時だけ、一切の表情が抜け落ちて純粋な殺意だけがその『眼』に込められていた。
それに、顔の右半分の火傷痕……目にまで行き届いた痛々しいその傷によって少し瞳孔が霞んでいる。その焦点が朧気な瞳に、あの殺意が表に発露した瞬間、ハッキリと瞳孔が浮かぶのだ。
あまりの怒り、あまりの憎悪、あまりの興奮……彼のその感情は、ラップランド自身も持ちうるものだった。
それからずっと、ラップランドは少年のことを念入りに調べあげた。彼の名前はアッシュ・チェーネレ。過去にヴェネツィアのイングリッドにより両親を殺害され、その後チェーネレ姓を捨てヴェネツィアに孤児として引き取られる。時折両親の墓参りに行っているようだが、それをヴェネツィアが咎めている様子はない。
アッシュは明らかにヴェネツィアに復讐心を抱いている。だというのにそのヴェネツィアに貢献するように殺し屋としてめきめきと頭角を現しているではないか。
ラップランドのようにとっくに狂ってもおかしくない出自だというのに、ある種理性的な殺人……いや、差別的な殺人を行っている。
ラップランドが手当り次第気に入らない人間を殺す理由は、子供の八つ当たりと変わりがない。怒りや悲しみをそれ以外で表現できることをアルベルトから教えてもらっていないラップランドは、殺人衝動でしか降り積もる厄介な感情群を発散することができなかった。
むしろ、こうやってすぐにでもイングリッドを殺そうと、ひいてはヴェネツィアを滅ぼそうとしないアッシュの方が────はるかに異常。
ラップランドは更に彼のことを知りたくなった。同類のニオイがするのに……どこか自分と違う、そんな彼に。
5年越しに再会したアッシュはなんとも腑抜けていた。アンジェリーナという少女と仲良しこよしの友情ごっこ。散々無辜の人々を殺しておいて、普通の暮らしができると思っている。屍の上に立ち、血に染まったその汚れた手を見て見ぬふりをして、なぜ普通の子供のように笑い合えるのか。彼女には理解し難かった。
正直に言えば、ラップランドは羨ましかった。元々彼女の性根が生真面目なのか、裏の世界に足を踏み入れた自分はもう普通の人生を歩めないと決めつけている節がある。それでも、そう思っていても胸に宿った羨望は消えることがない。
その結果……アッシュに半ば八つ当たりとも言える態度を取るに至る。アッシュは当然激昂し……ラップランドの首筋にナイフを宛てがった。
「……フーッ……それ以上ぺちゃくちゃ喋ったら殺す」
ラップランドは狂喜した。アッシュの胸の奥にあるあの殺意は未だ健在だったのだ!やっぱり彼はラップランドと似た者同士……同じ感情を共有できる唯一の理解者なのだ!
ただ、併せて一抹の悲しみもラップランドの中に去来した。彼女がこうでもしないとアッシュはその身体の奥でごうごうと燃え盛る怒りを見せることはない。
自分自身の感情をコントロールできないラップランドとは違い、彼はその怒りを飼い慣らそうと努めている。そして、傍から見ればそれは成功しているようにも見えている。
それはつまり、彼はラップランドの知りえない心の折り合いの付け方を知っているということに他ならなかった。
彼女は即座に同類を見つけたことに喜び、即座に裏切られたと思い悲しみに暮れた。やはり、ラップランドはどこまでいっても孤独なのだ。
事実アッシュにも「マフィアのラップランド・サルッツォは嫌い」と言われてしまった。彼女は当然だと納得した。
「────でも、俺はこの学校に転校してきたかわいくて深窓の令嬢であるラップランドちゃんには何もされてねぇからな」
ラップランドは目を見開いた。
今、彼はなんと言った?確かにマフィアのボクを嫌いと言ったはず。その上で……それはそれ、これはこれと、ただのラップランドとして見ると言ったのか?
初めてだった。諦めていた『ただのラップランド』を認めた人間は。あの思い出のなかで殺した幼いラップランドを蘇らせたのは。ボクはまた、あの庭に咲いている綺麗な花の名前を訊ねてもいいのだろうか。
アッシュはきっと殺さない相手と殺す相手を選別して生きている。それはとても贅沢で、とても傲慢で、とても差別的な生き方だとラップランドは思った。
だが、その『殺さない相手』として自分が選ばれた時……どうしようもなく、嬉しくてしかたがなかった。
だから、せめてアッシュの前では誠実でいよう。それは狂気を隠すという意味ではなく……狂気に染まった自分も、未だにその生き方に不自由を感じる自分も、全部偽りなく曝け出すという意味で。
名前ちゃんと言えるようになりました。テオドーロさんね、もう間違えないです。はい。
獲物を持ってないっていうのにこっちの攻撃を尽く無力化するのってズルだと思うんですよね。
斬ったと思ったら『水』に押し流されて勢いを失うし、じゃあぶん殴ってやるよって格闘戦に持ち込んだら柔らかくなったアーツの『波』をクッションにされて威力を殺されるしでほんっと〜に嫌い!
ラップランドに『抑制』してもらうにしても、ここまで複雑に殺りあってちゃあ狙いを定めるのも定められん。対象選択をせずに『抑制』ブッパしてもいいけど、そしたらアンジェリーナの『重量操作』も一旦0になっちまって用心棒が好き勝手できちゃう。
「おいおい、2vs1だぜ? そっちが殺りにくそうにしてどうすんだよォ!」
しかもさぁ、攻撃も痛ってぇの。もうちょいテクニカルにその『水』を使うモンだと思ってたけどよぉ、全然インテリじゃねぇじゃんよ。インテリの皮かぶった脳筋だよ。なんて言うっけ、なんかそういうことわざあるよね。……あれだ!柔よく剛を制す、ってヤツ!なんか違うかも。まいいや。
「……決め手に欠ける。どうにか火力を上げねぇとなー……。うおっ……っぶねぇ!」
「今のはボクが受け流さなかったら死んでたから、感謝してね!ま、補助に徹してるボクは火力に寄与できないしなぁ……? そうなると役割的にはアッシュが火力を担当しなきゃだよね、アハハ!」
「雑談して余所見してんじゃねェ!!!!」
お〜、本当に仲良しこよしが嫌いなのね。ラップランドはそれを分かっててわざと『仲良しそうな』喋り方を徹底してる。まぁ実際仲良し……仲良し?まだ初めましてから一日も経過してねーんだよね、これビックリ。
……ゴホンッ!ともかく、仲良しではあるんだけどね。テオドーロはイライラするだろうなぁ。FPSでソロランク回してる時野良デュオに当たってオープンVCで寒いノリかまされたとき確かにうぜぇもんね。え、じゃあ俺ら害悪野良ってことじゃん。
ラップランドがテオドーロの振るうアッパーカットを横に薙ぐことで外にズラす。振るった方の腕が外側に開くから、必然的に胸ががら空きになった。まあここ狙いなさいよってことですよね。おっけーらっぴー♡
ちょっと用心棒追い詰める時に試して出来たことこいつにもやるね♡ 店内でやられた影を使って串刺しにするアレ。俺がやるとまずはアーツで精製した棘みてぇなの創らないといけないし、コストが割に合わないんだけど、ロマンじゃん。
こういうコスト削減に力を入れたくなるときあるよな、俺はある。まずねぇ、『アーツで精製する』ってのはやめた。本当に割に合わないから。
だから、細かい石の粒とか砂埃とかそういう微細なちっちゃいやつ。それにアーツを纏わせて、『任意に発動/指定した座標に移動』ってのを設定してみた。
物質を移動するときに消費されるアーツエネルギーって、その物質の大きさ?質量?んまあ大体分かるよね。それで決まる。ちっちゃい物質だったら最小のアーツコストで済むし、なによりこれでトゲ状……つーかなんなら巨大なものじゃなきゃちょこっと物質精製に近いことが可能になった。
「──おら、串刺しになれよ」
「……アーツの遠隔操作!? 威力は大したことねェが、お前……バカげてやがる精密性してんな」
えぇ!?胸を狙ったし、なんなら分かりにくい股下から精製したのに、なんで貫けないの?これはなに?俺がアーツの量ケチってるからなんですか?もっと込めりゃ硬度も増して威力上がる?やってみようかなマジで。
つーかてめぇ右胸負傷してんのになんでピンピンしてんだよカスが。もう少し動きノロくなれや。ラップランドと目配せして、左右バラバラに走り出す俺たち。狙いはそーだな、『水』つったら電気に弱えだろ。ポケ〇ンタイプ相性でも言われてっから、これ。
『アーツ言語』で射出した石礫によって電線が千切れる。配線が剥き出しになったケーブルがバチバチと火花を散らしながら俺らの足元に落ちてくる。ラップランドはテオドーロにわざと『水』で防御させるために攻撃の手を緩めない。
「どう?刺激的な電気マッサージは……お好きかな?」
「ガガッ……! ゴボッ…………ここ、小賢しいことしやがってェ!!!!」
『水』による特性で感電しないようアーツを解除して純粋なフィジカルでラップランドを吹き飛ばしやがったか。まあでもそれも予想の内だ。てめぇ忘れてねぇか?俺らは元々
「────動かない…………でぇっ!!!!」
「……………………ッ!!!! なっ、んだとぉ!?」
俺らの
気合を入れてテオドーロの重量どころか立ってる空間の重力を操作してるアンジェリーナの成長速度に驚くよ。少しの戦闘でもうアーツの使い方が上手くなってやがる。
じゃ、俺もガチめの高出力で……『任意に発動/指定した座標に移動』を設定して……身動きも取れないくらい重たそーにしてるテオドーロを貫くクソでけぇ破城槍でも創るかな。
「……で、楽しめた? あの世でも殺し合いとかいうクソゲー楽しめるといいな? マジで祈っとくよ」
「こんなしょーもねぇ終わり方、あってたまるか」
おう、結構捨て台詞にしちゃ潔いタイプだったな。そのままテオドーロの胸にぽっかり空洞ができるくらいの貫通力を見せてくれた『アーツ』の破城槍くんに感謝!!
対建物レベルでの破壊力を要するこいつの防御力はなんなんだよ。硬すぎだろうが。しかも死んでもなお膝立ちで倒れ込まないし。ちょっと死に様かっこいいのがムカつく。
アッシュが強すぎる。おかしい。もっと弱いはずなのに。