テラは残酷ということを今一度思い知ろう
「うっひゃー……大豪邸じゃねぇのここ」
「ボクらもこれくらいの屋敷でいつも暮らしてるじゃないか。下らない庶民アピールかなにかかな……?」
「つまりこういうことだろう。
『一般の学校に通わせる家庭にしては』大豪邸だ、という意味でアッシュは言っている」
後ろの喧しいオーディエンスは気にしないでね。今俺らが何をしているかっていうと、〇野ー!野球しようぜー!の〇野抜きを敢行しようとしている。え、わけが分からんって?
じゃあ少し時を遡るか。えーい、よいしょっと。
「──不登校の児童に届けてほしいものがある、ですか?」
今日も今日とて先生どもが面倒事を押し付けるために職員室に呼び出された俺だよ!前みてぇにラップランドに怯えまくった挙句なっさけないお願いしたようなのとは違い、今回は学校あるある的なお願いだったぜ。
「そう……その子のお家はこの学校からだと少し遠くてね?私たちが勿論直接届けてあげたいとは思ってるのよ。ただ一人の児童のために他の児童を疎かにするのは……難しくて」
ま〜今回ばかりは分かるよ先生。俺クソガキだったから日が暮れるまで小学校のグラウンドでダチとサッカーしてたことあるけど、そん時ずっと職員室の電気が点いてた記憶がある。そんだけやること多い中で一人だけに構ってらんないってのはどーしても仕方がないことだよな。
んで、身分偽装した俺の居住区がたまたまこの子の家と近かったと。どれどれ……?うひょー、富裕層の居住区にギリ入ってるくらいの所にありますがな!まるで『お金はあるけどお金が無い一般層の方々と仲良くしますよ』と言わんばかりの場所!ずる賢いねぇ〜!
「……うん。分かりました! それで、何を届ければいいんですか?」
「……これよ」
「──は? アーツユニット……? どうしてそんなものを」
ゴト、と机に置かれたそれは源石回路が精密に施されたアーツユニットのようだった。アーツユニットってのは戦闘用ばかりじゃないのは知っているけど、これをどうして児童……ましてや不登校の児童に届けるんだ?
「この子の家系は特殊でね……特別な『才能』があるのよ」
すげぇ含みを持たせるじゃん。なに?アーツユニットを貰えるだけの何かがあるのね?俺からするとラップランドよりよっぽど厄ネタだと思うんだけどその『才能』とやら。あー、安請け負いしなきゃ良かった。嫌な予感がビンビンと尻尾に伝わるぜ。
「大丈夫。彼女は人に危害を加えるような娘じゃないから……会ってみたらわかると思うわ」
「──それで、この豪邸にトランスポーターよろしく配達に参ったってワケだね?アハハッ、お人好しも度が過ぎると足元見られちゃうね!」
「……なんでお前らもついてきてんの?」
「この日はお互い予定も無いからどこかに外出でもしようと約束をしていた。だというのにいきなり断りを入れたのはお前の方だろう」
寒い冬にこれは暖まるし美味いな、とか言って小さいカップに入ったバーニャカウダを木目のスプーンを使って食べているチェリカス。こいついつも食ってんな。
ラップランドは「右に同じ」といった態度でにこにこしている。ちなみにこいつはバーニャカウダを食べてない。代わりにマフラーをお洒落に首に巻いている。おませさんめ♡なにが?
てか旧式の豪邸っていうか、インターホンがない。これどうしたらいいんだろう、この鉄格子のデケェ門開けて中入っていいのかな。門の前で立ち止まって悩んでたら、チェリーニアがしれっと門を開けて中に入っていった。
え、ちょっと!?こいつやばぁ!?豪快が過ぎますよヤニーカス(チェリーニア風)さん!?
「これが失礼かどうかを判断するやつがこの場に居ないのが悪い」
「かなりの暴論だけど、まあ悩むくらいなら思い切ってやってみるのが早いよねぇ」
おい待てズカズカと豪邸ん中入ってくなチェリカスは!んでもってラップランドも止めてね?なんでストッパー役のはずのお前もそっち側行くんだよ裏切り者が!!!
「し、失礼しま〜す。だ、誰かいませんか〜?」
恐る恐る玄関から中に入ると、なろう系でよくあるエントランスの先に一つデカ階段があるタイプの構造の屋敷だった。
サルッツォの屋敷の構造知らねえからなんともだけど、ヴェネツィアは暮らしやすさ重視って感じの屋敷だったから、これはまた違って新鮮やね。
色々壁に飾られてる絵画を見ると、そこにはリターニアの双子の女帝が御座す高塔、ツヴィリングトゥルムが荘厳に描かれている。ふぅん、祖父母の両方、またはどちらかがリターニアの生まれだな……恐らくは。
「──アッシュ、キミも気付いた?
この屋敷の建築様式はシラクーザのものじゃないね。リターニアの高塔に近い建築様式だ」
「……そんな家系の『才能』に、中々に特別な仕様が施されたアーツユニット。キナ臭え……あ゛ー、ヤだヤだ」
「しかし、お前らの先生とやらは『大丈夫』と言ったのだろう? 悪い方向に物事を捉えすぎだ」
チェリーニアってほんっっとに気遣いできないよな。ちょっとムカついたしそのバーニャカウダにんにくクセーんだよ!さっさと食い終われ!うぶぇっ、いきなりスプーンを口に突っ込んでくんな……え、美味っ。
不法侵入……もとい、戦略的お邪魔しますをして結構な時間が経っている。これ以上ズカズカ部屋に入り回るのは失礼だろうってんでエントランスでずっと待機していたんだが、おかしい。
人の気配が無さすぎる。シラクーザの金持ちとかリターニアの金持ちとか今は一旦置いておいて、こんなに使用人とか家族の息遣いが聴こえないものなのか?
というか、そもそも不登校の児童とやらは存在するのか?
ホラー展開もありうるとなると、俺が使い物にならなくなるよ。俺ホラー映画苦手でさ、ラップランドに連れてかれたホラーテイストの映画で1時間半ずっと気絶してたらしいんだよ。流石のラップランドも「今後ホラー……はやめようか」とか哀れんでたし。
あと横で足をゆするのやめてねチェリたん。待たされてイライラするのは分かるけど、それこっちにも伝わって気まずいから。あ、耐えきれなくなってすっげー速度で2階に上がってった。こりゃ手当り次第部屋ぶち開けて人探す気だな。
「はぁ……仕方ねえ、あのバカ追うか」
「もうこうなったら手分けして部屋を見回ってもいいけどね。 追う理由は?」
「何が起こるか分からない、チェリーニアが家主に暴力を働いたらマズい、あと何より俺が怖いから一人はイヤだ」
「……ッハハ! 正直でいいね!」
最近ラップランドの俺への扱いが酷いと思う。もう少しさぁ、リスペクトみたいなものを持ってくれよな。俺まあまあマフィアの中では凄腕なんだぞ?
2階に上がってとりあえず近くの部屋を探索する。意外とチェリーニアはまだ遠くに行ってたわけじゃなかったそうで、何個か先の部屋の奥でしゃがんで何か思索してるようだった。しゃがんだ先に居たのは、倒れ込んでいるループスのメイド。
「……脈はある。昏睡状態にあるようだ」
「つまり、人が居ないんじゃなくて何かしらの要因でここで働いている人たちは深い眠りについている……そんなところかな?」
「まだ他の部屋を確認していないから確証はないが……十中八九そうだろうな」
一体全体この屋敷の中で何が起きてんだ?本当にやめてよね、幽霊とかの仕業だったりするのは!とりあえずラップランドの背中に隠れて最悪こいつを肉壁にしよう。そうしよう。
ある程度各部屋を探索して発見した人たちは1階の応接間みたいなところに集めた。雑に転がしとくと起きたときびっくりしちゃうかもしれないからね、綺麗に列にして寝かせておいたヨ!
チェリーニアは乱雑に使用人たちを置きやがった。も〜まじで大雑把、一緒に暮らしたらむず痒くなりそう。ラップランドもちょっと苦笑いしてた。ここらへんの感性はこいつと一緒。
さーてここまでで一つだけ探索していない部屋がある。高塔みてぇにとんがってる屋根の屋根裏部屋、鍵がかかってる異質な雰囲気の扉。ここに、もしかしたら件の不登校の児童はいる。
「あのー、俺は開けたくない。鍵無かったんだろ? チェリーニアさん!アンタの剣の腕見せてやんなっ!」
「……はあ、情けない」
うるっせーなぁ!幽霊とバケモノには『アーツ言語』は効かないの!どー言うことか分かる!?俺ってば無力なままやられちゃうのよ!本当にゴミみたいなものを見るような冷てえ表情をして、ため息をわかっりやすく吐いたチェリーニアは精製した剣で扉を細切れにしてカツカツと屋敷裏部屋の中へ堂々入っていった。
それに続いてラップランド、俺といった順番でゆっくり入って中を確認する。そこに居たのは天蓋付きの絢爛なクソでけぇベッドの真ん中で、すやすやと寝息をたてているエラフィアの女の子が居た。
おお……シラクーザでエラフィアは珍しいなぁ〜?エラフィアってどんな種族かって?鹿。正確には鹿とそれに近い種全般。俺も初めてみたよ。角がすっげぇでかい。普通に生活しにくそう。
「おい、起きろ」
ぺちぺちと女の子の頬を叩くチェリーニア。人が遠慮してやらないことをこいつが率先してやってくれるから全てが手っ取り早く進んでくれる。だけど複雑。なにがって、こいつの仲間だと思われるってことがだよ?最悪。
「んぅ……。 あなたたち、だぁれ……?」
「お前に届け物だそうだ、アッシュ……あの女の背中に隠れてる情けない男が持っている」
「届け……もの? ああ、『音律器』のことかしら……」
「んぁ……?このアーツユニット、『音律器』って名前なのか?」
確かに、形状が音楽を奏でるような楽器に近いと思っていた。連想するのはヴァイオリンとか……チェロのような形状。でも、弾くための弓が無いからそうじゃないと思ってたんだが。
「わたしの歌声はそのままだと人に影響を及ぼしてしまうから……『音律器』が無いとダメなのよ」
「…………待って。
それに近い楽器を使って美しい歌声を奏でるオペラ座の歌姫をボクは知ってる。まさか、キミの名前は……!」
「あら……いつも劇団に
重たそうな瞼を擦りながら、色素の薄い薄紫色の髪をさらさらと床に落とし、ベッドから立ち上がった少女は俺の方へと近寄った。
「お届けもの、ありがとう。……使用人のみんなは、眠ってしまっていた?」
「……あ、ああ。みんなぐっすりウンともスンともしねぇんでビビったよ」
「────そう、わたしはひとりでも大丈夫って言ったのに。みんなってば心配性なんだから」
ふわふわとした雰囲気を纏い、どこか世俗からかけ離れた瞳をしている彼女は、そのままマイペースに化粧台へと歩き出してその長い髪を鏡を見ながら三つに編んでいる。
「……なんか、緊張感無いな」
「事件性のあるものだと私たちは思っていたからな。張本人がこれだから手に負えん」
「ボクは感動しているよ……! 歌姫ベアトリーチェの裏の顔、あの美声には秘密があったなんて!」
しばらくして、身支度が終わったベアトリーチェがゆらりとこちらに向き直って優雅なリターニア式一礼を披露した。
「改めて……自己紹介するわ。わたしはベアトリーチェ、しがないオペラ座で歌姫として壇上に上がっています。
あなたたちにはもう少しだけ……使用人たちにごめんなさいって謝りにいくのを一緒に手伝ってもらってもいいかしら」