話の大筋は変えないとは思います。細々したところ書き直すかも
「ぅおおうお嬢様ぁぁぁぁ!? このルパートめ、なんっったる不覚か!!!!
今しばらくお待ちくださいませお嬢様!侵入者は即刻撃退いたしますのでぇっっっ!!!!」
「ルパート、落ち着いて……? むしろあなたたちの眠りを覚ました恩人たちだから……」
あのあとベアトリーチェに渡した『音律器』によって、この屋敷の使用人たちは目を覚ました。めちゃくちゃ失礼だけどこっそりとアーツ解析を行わせてもらった結果、ベアトリーチェの歌声には精神感応系の『アーツ』と同じ作用があるという結果が得られた。
ただ本人も言っていた通りベアトリーチェ単体でその歌声を行使すると出力が定まらなかったり、対象選択・対象範囲がランダムになってしまったりと彼女自身でこの力を制御できないらしい。
そこで、『音律器』という特殊なアーツユニットの出番ってわけだな。何が原因か知らんがこの『音律器』を修理に出していたっぽく、『音律器』が手元に無い間こうして食っちゃ寝のニート生活を送っているんだそうで。なんで仲介として学校を挟んでんのかは謎だけど。
「お嬢様、お目覚めになられてからシャワーは浴びられましたか?」
「……あら、そうね。 ……急ごしらえの化粧でどうにかなると思ったけれど、客人の前でこれは……やはりはしたないかしら……」
「いえ、お嬢様はいつでも大変可愛らしくお上品でございます。
が……是非ともこのエリザめが助力できることはないかと思い……もしや、差し出がましかったでしょうか」
「────ずいぶん我の強い使用人たちだな」
「おいっ、言うな失礼なこと!
…………俺も思ったけど」
「一番キミが失礼だからね?アッシュ……」
歌姫としてのベアトリーチェが少なくない人気があるのもそうだが、使用人たちにこの好かれようは素の本人にもそれだけの魅力があるのだろう。
あ、これは彼ら彼女らが魅了とかされてるわけじゃないぞ。アーツ解析でそこらへんの異常は察知できる。そういう時は本人の纏うアーツじゃなく、魅了した術師のアーツが付着するから。
話題の中心であるベアトリーチェお嬢様はといえば、俺の所感だとほわほわ系お嬢様って感じ。なんかぽけーっと窓の外を見てたかと思えば「そういえば、客人にお飲み物をお出ししないと……」とか言って自分から紅茶を淹れにいこうとして、使用人たちが慌てて止めてた。
にしたって本当に社会とは別の軸で生きてるっつーか……ベアトリーチェの生活時間はゆっくりに見える。こんなに色々考えてる俺が馬鹿みてぇだ。今やっとベアトリーチェがメイドのエリザさんとやらに美味しい紅茶を淹れてもらってほう……って顔してる。寒いもんな、今日。
一応俺らと同じ10歳なはずなんだけどなぁ。人生二週目のおばあちゃんみてーだ。おい、俺らは来客だからね?おかわり要求すんじゃないよチェリカス。エリザさんは命令されて喜ばないで、こいつ付け上がるから。
「いやぁ、驚きだよ!歌姫であるベアトリーチェさんがまさか同じ学校の生徒だったなんて!
……でも不思議だなあ、言っちゃあ悪いけれどボクらの学校は正直普通すぎる。それに、在籍はしていても通ってはいないじゃないか」
「呼び捨て。ベアトリーチェでいいわ。……以前はリターニアの上流学院に通っていたのだけど……わたしにはあの陰湿な腹の探り合いが好ましくなくて」
「理解はできる感情だ。どこにいようと名誉、名声、格式……全く、喧しくてしょうがない」
「貴女も苦労をしてるのね……? 付け加えれば……わたしにとって学芸は二の次でしかないの。わたしは……お父上に褒められた、この歌声さえあればそれで」
ふぅん。面倒な人付き合いを避けて、あえて一般の学校に編入してきたと。ま、義父にぶち込まれそうになったのを厭った俺と理由は似たようなもんか。
『お父上』ねぇ……数名の使用人はいて、慕われてはいる。そんでもってベアトリーチェ本人には人格的な問題もないときた。だが、なーんでその『お父上』がこの豪邸にゃ居ないんだろうねぇ。
「おい、そこの少年よ。この高貴なるベアトリーチェお嬢様に不埒な視線を向けるでなぶほぉっ!?」
「誠に申し訳ありません。ルパートはこのエリザがしっかりと折檻いたしますので」
……腹の探り合いが好きじゃないってベアトリーチェは言ってたな。こーいうのを考えてちゃ目の前のベアトリーチェに失礼だし、嫌がることをやり続けんのはカスのすることだわ。……もう勘繰るのやーめた。
別にこのおもしろ可笑しい使用人2人に毒気を抜かれたとかじゃないよ。けっして違う。ラップランド、「いつものキミってあんな感じだよ」って目で見てくんな。チェリーニア、「全面同意だ」ってすげぇ首を縦に振らないで?豆腐メンタルなのよ俺、傷つくから。
「んなぁ、ベアトリーチェってどの劇場でいっつも歌ってんだ?」
「……観に来たいの? ……そうね、あなたたちが居なかったら、大切なルパートたちが二度と目を覚まさなかったかもしれないものね。……エリザ、公演チケットの余りはあるかしら……?」
「すぐに探して参ります。もしも在庫が無かった場合でも、このエリザめにお任せくださいませ。手配しますので」
「えっ、えっ? ……い、いいのかい?
知名度も上がってきて、予約が取りづらいってウワサなのに……?」
そーいやさっきからずっとラップランドが限界オタクみたいな反応ばっかしててキャラが崩壊してんだよな。しかもツラがいいからなおのことエグい。世の中に美少女限界オタクって居るんだなって思った。
マジで限界オタクだよ?今も手で口を覆って目を潤ませるもん。あ、チェリーニアもなんだこいつって目で見てる。は?こいつと同じになりたくないから逆張りするわ。ラップランドちゃんは、限界オタクだっていい。
「そんなの、関係ないわ。誰しもが素晴らしい音楽に触れる権利があるし……それにあなたたちはわたしのお友達でしょう……?お友達に観てもらうために、ちょっとは張り切らないとね」
両手を合わせてほわほわ〜と気の抜けるような雰囲気で言うベアトリーチェ。マジでこっちのテンポ崩れるなぁ……あと距離感バグってる。もう俺ら友達なのね?
今日初めましてで、扉切り刻んで、雑に起こして、お茶会をしただけだぜ?まだ。しただけ……にしてはこちら側が物騒過ぎるな。
「──ったく、そう言われちまったらさぁ、遠慮もできないじゃねぇか」
「……アッシュの頭の辞書に遠慮という2文字があったとはな」
「あ゛? てめぇの頭の辞書には礼節っつー2文字が無ぇみてぇだなぁ、ヤニカス狼が!!!」
「外へ出ろ。……以前中途半端に終わった戦いの続きをしてやる」
「くすっ……仲良しなのね、二人は」
「仲良しじゃねぇ!!!」「仲良しではないっ!!!」
こいつと仲良し!?有り得ないね、文句ばっかだし機嫌はすぐ悪くなるしいつも気怠そうにするし、誰がこいつと仲良くなりたいと思うんだよばぁーか!!!
……んだよ、なに二人して微笑ましいものを見守るみたいな表情してんだ。特にラップランド、お前なんだその「私が育てました」みたいな後方腕組み保護者面はよォ!?
さてチケットを貰った俺らは待ちに待ったベアトリーチェの所属するオペラ座を観に来た。普段からラップランドにバカみてぇに連れてこられてる俺はフツーくらいの期待度で。チェリーニアはマジで面倒くさそうな態度と格好で。
一番楽しみに待っていたラップランドは雰囲気に合わせるためか珍しく女性的な高そーなドレスを身にまとって待ち合わせの場所へ訪れた。
「……やる気ありすぎじゃね? 誰かと思ったわ」
「次に観れるのはいつかわからないんだよ? 一生の思い出になるかもしれない大事なオペラを生半可な格好で観れるわけないじゃないか」
「……帰っていいか。私は参加しなくてもいいだろう……」
いいわけないだろうが。おめーも友達枠としてチケット貰ってんだバカ。いやいや言いながら帰ろうとするチェリーニアの首根っこをラップランドと掴みながら劇場に入ると、まだ幕は上がってないっていうのに不思議な質感に包まれたような感覚がして、鳥肌が立った。
滑らかな座席の肌触り、広いオペラホールの空気感、観客たちがこれから始まるオペラについて期待をしている雰囲気。全てが一つの芸術に触れるためのエッセンスだった。
こんな世界で、ベアトリーチェは歌姫として日々感動を届けているのか。
「─────すげぇな」
「うん……ここまで広い劇場に来たのはボクも初めてだ……」
「そこで惚けていると通行人の邪魔だろう。ほら、こっち」
……無言でチェリーニアのほっぺを抓る。びっくりしたか?俺らが浸ってたところに水を差すおめーが悪いからな。え、なんか落ち込んじゃった。ご、ごめんて。
ムカってきちゃったから攻撃しちゃったけどチェリたんの言う通りだと思うよ?ありがとうね座席がどこか一応確認してくれて。今度美味い飯奢るからさぁ……って、それで機嫌直すんかい。
「……しーっ。おふざけもそこまでにして。ほら、物語が始まるよ……」
さっきまでライトが明るく客席を照らしていたのに、ゆっくりと暗くなっていく。どこからかアナウンスが入り、間もなく劇が始まることを告げた。しばらくして、重たい幕が開き……この物語のヒロインであり、歌姫であるベアトリーチェが登場した。
「ああ……どうしてお父様はわたしのことを虐めるの……?」
「出来損ないの娘なぞ俺は知らぬ! お前は俺の娘ではない────」
物語の展開としてはこうだ。貴族の娘ベアトリーチェは、厳しい躾を施す非道な父にただ愛されたいと願う幼気な少女であった。時に悲しみ、時に恨み、時に憤り……されど肉親への愛は消えず、ついにベアトリーチェは父に真実の心を打ち明ける。
「ええいっ、うるさいうるさい────! おまえなど、おまえなど居なければっ…………!」
「嗚呼っ、お父様! こんな私を許して……それでも貴方を愛さずには居られないっ─────」
熾烈な言い争いの末、父はベアトリーチェを崖から突き落としてしまう。源石が覗く巨大な岩へと打ちつけられたベアトリーチェを見て不吉な予感に襲われた父は、ふと空を見上げた。すると、自らの娘に手を下した天罰か、源石の成す天災がその空を覆い隠していた。
物語が仄暗いクライマックスに差し掛かると、ベアトリーチェが『音律器』を弾きながら美しい歌声をオペラホール全体に響き渡らせた。
すると、脳内と言えばいいのか……いや、まるで自分が物語のベアトリーチェそのものになったかのような深い悲しみで心が埋まっていくような感覚に陥った。
しかし、最後まで貫いた真実の愛が二人を分かつことはなく……天災によって滅んでいく父への鬱屈とした悦びに満たされていく。……これで、愛するお父様とずっと一緒に居られるのね……と。
歌姫の圧巻の歌声が止み、少しして誰かが拍手をした。それに続くように、また誰かが。そのまた誰かが。拍手が降り止むことのない雨のようにベアトリーチェへと降り注いだ。
ぶっちゃけ俺もちょ〜感動した。すげぇ暗い話だったし、父には最後まで認められることのない、救いようのない結末だったけど、それでも物語のベアトリーチェからすればハッピーエンドなのかもしれないって。そう思わせるほど最後の歌と演技に魅了された。
ラップランドは静かに泣きながら拍手をして、チェリーニアは処理しきれない感情に戸惑いながらも拍手をするのを止められないといったように拍手をしていた。
「まるで……本当にそこで今起きてんのかっていう臨場感だった」
「………ッハハ………ちょっとボクは化粧直しに、行ってくるね」
「……心を無理やり揺さぶられたような感覚だ」
観客がぞろぞろと帰っていくのを尻目に、俺らは余韻に浸って席を立てずにいた。ラップランドは恥ずかしかったのか、ハンカチで顔を覆いながらお手洗いに行ったけど。
すると、舞台裏から衣装をまだ脱いでいないベアトリーチェが降りてきて、俺たちの方へと歩いてきてくれた。
「……どうだった? わたしの歌に……満足していただけたかしら」
「そりゃすっげー良かったよ。
それだけじゃなくてさぁ、ほんわかしてるベアトリーチェがあんな別人みたいな迫真の演技をするなんて……マジでカッコよかったぜ!」
「カッコ……いい? 褒め言葉としてはどうなんでしょう……まあ、素直に受け取るわね……?」
「私はこういったオペラを嗜む経験が少なくてな。この言い表しようのない気持ちを表現する語彙を知らん。
……だが、良いものだった。ありがと、ベアトリーチェ」
「ええ、どういたしまして────きゃあっ!」
────突如、劇場の入り口から『影』がベアトリーチェの方へと伸びていき、俺らとベアトリーチェを分断した。
この『影』……俺は知ってる。あの時殺り損ねたカスみてぇなマフィアの用心棒。トラディトーレの『影を操る』アーツだ。
どっかに逃げたから脅威じゃねぇだろってあん時ぶっ殺さなかったのが仇になったってか?クソが!!!!
「アッシュ……オマエ、ノ……不幸ヲ……ケケケケケケ!」
なんだ?こいつの『影』どこかおかしいっ……!?
明らかに出力が増している!一体こいつに何が…………あ゛?
まさか……まさかだぞ?よりにもよって、お前……!
「俺ハ……鉱石病ニナッテ! 強ク……ナッタ!!!!
ケケ、クケケケケッ!!!!」
橙色に煌めく体表の源石結晶をチラつかせて、ベアトリーチェを『影』の中へと引き込むクズ野郎。そのまま劇場から逃げていく奴を追うことができず、俺は立ち竦むことしかできなかった。
一人だけ反応していたチェリーニアは相手の『アーツ』を初見で見破るのは難しかったらしく、『影』を無駄に斬り裂いて手応えの無さに目を見開いていた。
「……ッチ! 攻撃が当たっていない……だと?」
やべぇ。さっきベアトリーチェの歌声に感情を揺さぶられたからか、現状このままで行けばまた……また身近な存在が殺されちまうからか。
5年前のあの出来事がフラッシュバックする。呼吸が荒くなっていく。ぐらぐらと地面が歪んでいく。目の前が真っ暗になっていく。
マズい。落ち着け、大丈夫だから。こういう時のために色々やってきたんだろ?
忘れんな。あの時の惨劇から目を背けるな……!アッシュ、アッシュ!!
おれっ、俺は、おれは。俺はっ……。俺はぁっ!!
「────アッシュ」
「っ、はぁっ、はぁっ……! ラ、ラップランド……?」
ハッと顔を見上げると、そこにはいつの間にか駆けつけたラップランドが俺の顔を覗き込むようにして背中をさすってくれていた。
落ち着かせるように、優しくゆっくりと背をぽんぽん叩くラップランド。死ぬほど申し訳なくなりながらも、さっきの感動の涙とは違った情けねぇ不安と恐怖の入り交じった涙を見せちまった。
「ご、ごめんなっ……なんか、おかしくなっちまって……お、おれっ」
「大丈夫だよ……ボクらはここにいるから」
暫くの間、ラップランドは美しく穢れを知らぬ聖女のように、俺が泣き止むまで優しく抱きとめてくれた。久しぶりにとくん、とくんと脈動する誰かの心臓の音を聴いて、懐かしさと寂しさがない混ぜになって胸の奥に消えていった。