かつ、上手く狂うことができないとなお良いです
そしてそれを曇らせと安易に括りたくない気持ち、わかってください
「そろそろアッシュはドンの提案を真面目に考えるべきだと思うよ。知らぬ存ぜぬはもう通用しない年齢に差し掛かった」
「……えぇ?跡継ぎはちゃんと義父の血を継いでるベラ姉がいるじゃんか。なんで俺なんかが候補に挙がるのよ」
時を戻して合格発表から数日前。イングリッドってば出来の悪い息子にガミガミお小言多い厄介母ちゃんみたいなムーブ多くて困っちゃう〜!ってところからスタート。
一回条件のいい土地を買って独り立ちしようとしたんだけどさ、思ったより反対の姿勢が強かったのがイングリッドだったのよ。
もう自分でお金も稼げるし、お世話になるのは悪ぃよ〜って俺の主張に、「私の別荘じゃ満足できないとでも言いたいの?」ってわっけわからん主張で返してきてさぁ。否定したら「じゃあここで暮らすのに異論はないよね」とか、いやでもさ〜とか言ったら「ん?」つって目が笑ってない笑顔。
もーそれで全面降伏。結局実家暮らしのアッシュくん14さいのままですよ。で、爺ちゃんちに遊びに行く感覚で時々義父のファブリツィオにも顔見せに行くんだけどさ、ヴェネツィアって義父除いちゃうと女傑が多いじゃん。だから男で割と腕が立つって理由でものすごーく期待されてるのよ、なぜか俺ちゃんが。
「
「そこはもうちょい食ってかかってほしかったよ、ベラ姉……」
ベラ姉はというと、かなり上手く事業を拡大させて、裏の事業の純利益と比べてもぶっちゃけ肩を張るくらいに表の事業を成功させていた。
ヴェネツィア印の自動車って大手自動車ブランドとはいえ、手頃でリーズナブルな家庭用自動車と比べれば価格が割高で、買い手を選ぶという問題点があったんだけどね?
それはそのままに競合他社の自動車製品とも互換性のある部品製造に着目することによって、〇〇エンジンならヴェネツィア製!みたいな感じで生き残ることに成功した。
ゲーマーなお前らに分かりやすく言えば、BTOゲーミングPCも受け付けてるけど、高いならバラバラに部品を売るよ〜って売り方をベラ姉は打ち出した。しかも他の会社のPC部品と差し替えられるよ〜!ってね。頭良いよなほんと。
しかもこの部品製造の工場はヴェネツィアとの提携によって成り立っている全く別物の会社……って扱いになってる。
最悪ヴェネツィアが潰れてもベラ姉はこの会社の名前を小狡くちょちょいと変えるだけでまた立て直しができるっていう、そこまで考えてものを動かしてんだよね。ビッ〇モー〇ーがウィー〇ーズに名前変えたみたいな、あんな感じでさ。
澄ました顔で紅茶を飲んでいるベラ姉。かなり経営者としては切れ者な人だけど、みんな忘れちゃいけないよ。この人はその当時トレンドだった恋愛小説を読んで「はうっ……」って変な声をあげてた人だからね?
ほらよーく見てちょうだいよ、尻尾が小さく揺れてるでしょ?俺がすげー……!って目で見る度こうやって嬉しそうにしてるんだぜ、可愛いよな。これでイングリッドとまあまあ歳が近いのバグだろ。行き遅れお嬢様可愛い!
「ベラ。貴女にも一応の責任はあるんだよ。縁談に来た全ての男性たちの婚約の申し出を全て破談にするなんて。少しヴェネツィアの跡取りとしての意識が足りないんじゃないのかな」
「うっ……。それを言われると苦しいですわね……ですが! 身体の弱い私に来る婿様なんて、碌な殿方じゃありませんのよ!?」
「……あー、あのフィデュアのデブジジイは気持ち悪かったなぁ……」
「私はサルゴンの豪商に手を焼いた。あまりに文化体系が違いすぎて、理解に結構な時間を要したよ」
確かにねえ、変な人しか居なかったのは事実だね。ヴェネツィアと同じくらいの金持ちって、すげー堅物か変態かの2択なんだけど、すげー堅物の方はやっぱ堅実に女性の健康状態に難があるやつを選ばないのね?となると変態しか残らないわけ。いやー、護衛役とかいう名目でどんなやつか立ち会ったけどホントにキツかった。
「にしても……時々咳き込むことはあるけど、ベラ姉ってばすげー元気になったよなー」
「薬の効果もあるだろうけど、基本的にヴェネツィアファミリーの面々は彼女に萎縮して話しかけることもできない。
それをアッシュ、物怖じせず君がベラと仲良くしてくれた……たったそれだけがここまでベラを元気にさせた一因でもあると私は思うよ」
「……あのさぁ、いきなり褒めるのやめてくれない?むず痒いから」
「あら、いきなりでなければよろしくって?私も本当にアッシュには感謝してますの。 弟や妹というものに憧れがあったので、アッシュがヴェネツィアに来てくれてとっても嬉しかったの」
「やめて! ここぞとばかりに俺をいじめないで!」
まあ、ね?俺ちゃんが来てからベラ姉だけじゃなくヴェネツィア全体の雰囲気がなーんか柔らかくなったのはあると思うよ。実は俺って真面目だから、年上にはちゃんと敬語使うし。親しくなってきたらちゃんと砕けた感じで接してめちゃくちゃ仲良くなるし。
ヴェネツィアの人たちも最初は何だこのガキって怖い顔で睨んできてたけど、今や「おう!アッシュの坊主、今日も元気そうじゃねぇか!」みたいな気さくな感じで絡んできてくれるようになったからね。まじで俺人たらしでニコーリ^^
でもそれはヴェネツィアの雰囲気……っていうかファブリツィオが裏の人間の中でもかなりまともな部類の人間だったからそういう態度でいれたみたいなところある。自然体で過ごすだけで『ディチェンテ』を体現してるって言われるんだもん。めちゃ楽ちんよ。
「とりあえずさ、義父に言っといてよ。俺も話は理解してるけど、ベラ姉が継いだヴェネツィアの手助けをしたい、って」
「ふふ、出世欲がお互いにないのも考えものですわね。そうねえ、アッシュがそこまで言うなら継いでみてもいい……かし……ら……」
「────ベラ姉? おい、どうした!?
イングリッド、救急! はやくッ!」
アクシデントは突然に。さっきまでにこやかにしていたベラ姉が、急に意識を失ってぶっ倒れた。手に持っていたティーカップが甲高く割れて、流れてないのにまるで血みてぇに床一面に広がっていく。
正直一般の病院だと何が起こるか分からない。そこまで一瞬で頭が回ったんだろう。イングリッドはここで信用に足るバベルに連絡を取ってベラ姉の身に何が起こったのかを調べてもらうことにした。
「……ベラさんは元々一般的な成人女性と比べて内臓系が一回り小さいようです。それに加え、本来血液のポンプとして機能するはずの心臓が、規定量の血液を送り出せていません」
バベルの狭い一室で、医療オペレーターの淡々とした喋り口と規則的に発せられる心電図の音だけが聞こえる。ちょっと俺ちゃんは何も言う気になれないし、ベラ姉の手を握って目を瞑ることしかできないから、イングリッドが対応してちょ。
「────ええ、ベラはそういった体質だね」
「おそらく今まで処方されていた錠剤は、若干の強壮効果があったのではないですか?不足しがちなビタミン類、鉄分を補うためバランスよく調合されたオーダーメイド。
もしも私たちも処方するのであれば、同じようなものをお出しすると思います。ですが、今回ベラさんから検出された成分は……明らかに違う成分でした」
「…………おい、何が言いたい」
「アッシュ。彼女たちは仕事を全うしているだけだよ、八つ当たりをしていい相手じゃない」
「おいてめぇ、じゃあなんだってんだ? 俺らはいつものようにベラ姉と共有した処方袋から薬を出した。まさかそれが……それが
「─────アッシュ!!」
「……残念ですが、検出器は余程のエラーを出さなければ確実な成分表を我々に提示します。間違いなくベラさんに与えられた薬は、強壮薬の類いなどではなく……毒物です」
即座に『アーツ言語』を展開して、医療オペレーターのデスクにあったボールペンに指向性のある命令を付与した。『即時発動/対象に射出/対象:医療オペレーター』と。ぺちゃくちゃと良くもわからねぇ世迷言を垂れるその喉目掛けて射出したボールペンだが、イングリッドが片手で掴み握り潰していた。
「…………邪魔すんな。そいつ殺せないだろ」
「……邪魔をしているのは君の方だ。彼女は私たちに正しい見解を述べてくれている。
それに、間接的にベラに手をかけた事実から目を背けて、やるべき事から逃げてはいけない。
私たちはベラを貶めた犯人を……『ディチェンテ』に欠けた行いをした者を粛清する義務がある」
「──クソがッ。……確かに俺ァ血迷った。頭を冷やしてくる。……それと、あんたには申し訳ないことをした」
「いえ。あなた方がそこまで大切になさっている人であるのは、ここに運ばれてからというもの……痛いほど目にしましたから。酷なことを告げた自覚は私にもあります」
「……強いね、あんた」
「様々な悲劇を目の当たりにして、それでも殿下の理想と共に在りたいと思ったので。これくらいじゃへこたれませんよ」
自動販売機からテキトーに買った缶コーラを開けて、その炭酸の弾ける音に耳を傾けながら、空をぼーっと眺める。正直に言えば、心はずっとざわついてしょうがない。
ベラ姉がこれから意識を取り戻すかもしれないし、逆も然りで一生意識を取り戻さないかもしれない。判明した毒物の除去はできる限りしたそうだが、もしかすればそれ以外の成分……即効性で直ぐに身体の成分と融解しやすい物質があったかもしれない。
ぐだぐだ遠回りな言い方をやめるか。また、俺の家族が死ぬかもしれない。それが怖い。
なんつーか、身近な人の死にすごい敏感な自覚はある。思い返せばアンジェリーナの誘拐、ベアトリーチェの一件……誰かが危険に晒される度にめちゃくちゃ焦ってた。
今回あそこにイングリッドがいなきゃ俺はヤバかったと思う。パニックを起こして、バベルのオペレーターを何人か殺害したあと、駐在している戦闘オペレーターと相打ちもしくは一方的に処刑されるところだったろーよ。
「『ディチェンテ』に欠ける……かぁ」
完璧に生きたいと思う気持ちってわかる?
あの仕事をするまでにこの時間に食事を済ませて、何時には家を出る。
ある程度の電子マネーはプールしておかなきゃだから毎日チャージは欠かさないで余裕を持って駅のホームに向かう。
出社したらいつものようにしっかりと挨拶をして、社用のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、デスクにつく。
これら全て、一つたりともズレちゃいけないと思ってしまうときがある。ズレてしまえばたちまち自分を構成していたものが全部ズレてしまう気がして、それならばもう放棄してしまったほうが早いなと思う、あの感じ。
ベラ姉にしてしまったことはそれに近い。俺は完璧にベラ姉との関係を築いてきた。酷い話だが、こういう態度を取ればベラ姉の好感度は上がるな……とか、こういうお手伝いをすればベラ姉に恩を売れるな……とか、打算的に考えて。
でも悪い事をしたわけじゃないし、この思想を口に出して明け透けにしているわけでもない。なんなら善意が無いわけでもない。それで返ってくる好意は、自分で確立できない自己を補完してくれる甘美なものだったし。
要はさ、俺は意図していなかったとしてもベラ姉に毒を盛ってしまったかもしれないって事実があるだけで、『ディチェンテ』に欠けているのは俺自身もなんじゃないかって思うんだ。そんな俺が、ベラ姉を貶めたやつを……『ディチェンテ』の元粛清する?とんだお笑い草じゃないか?
思えば前世なんかは本気で人を愛するってことをしてこなかったよーな気がする。ちょっと気を抜けば隣のやつのクビが飛んでる世界じゃなかったからさ、いつも本気である必要がなかった。俺はここにきて、多分精神の支えだったベラ姉が消えそうになって揺らいでる。
ベラ姉を大切に思ってたんだって認めていいのか、分からない。
ベラ姉を本当の姉みたいに慕ってたんだって認めていいのか、怖くてしかたがない。
ベラ姉に……死んで欲しくないって俺なんかが思っていいのか、誰かに証明してほしくてたまらない。
打算的にとか完璧にとかなんか自分が卑しいような言い方で言い訳をして、その癖ベラ姉の存在を冷たく割り切ることもできずに幼稚に慌てて迷惑をかけている。中途半端だ。大人にも、子供にもなりきれていない。
「ま、ベラ姉嵌めたやつにイラついてんのは本当だし、見つけ出してぶっ殺してから難しいこと考えるか!」
なんか気付けば飲み終わっていた空の缶をぐしゃっと潰して、指定されてるゴミ箱にポイッと投げ捨てた。とりあえず、ベラ姉がもし目を覚ましてくれるのならごめんと謝ろう。許されたいわけじゃないけど、なんか言わないと気が済まないから。