イングリッドが使っていいって言ってくれた別荘は必要最低限のものしか揃ってなくて、マジで「ワーカーホリックの家」って感じだった。
必要なものはあるか?って義父がめちゃくちゃ仕送りをしたがってるおじいちゃんみたいだったんで、家具とか服とか色々手配してもらうことにした。
その中でもまあまあわがまま言ったのが、先取りして教育資材をくれないかってやつ。マフィアってのは成金貴族みたいなモンだ。大事なのは成金は成金だとしても貴族然としていないと上手くやっていけないってところにある。
そらね?表の事業と裏の事業、どっちもやるにゃ多少知恵が回んねぇとやってらんないわな。
ほんで空いてた部屋一室借りて俺の部屋にしまして。ある程度家具の配置も終えて、休憩がてら義父に手配してもらった初等教育の参考書をパラパラ流し見してみたところ、テラ全体で教育の格差ってのはかなりありそうな印象を受けたね。
初等教育の参考書で俺がイメージしてたのは文科省とかが指定してるよく学校で支給されるフツーの教科書だったんだけど。あれだね、これは……中学受験とかで英才教育受けてる子供がやるめちゃくちゃ先取りしてるタイプの参考書だね。
頭の悪いガキが理解できる内容物じゃねぇや。将来何らかの研究職だったり、何かの学問の教授だったりになる才能の卵のために作られた専門性の高い本だもん。
ま〜、ギリギリだね。前世の貯金で「こんなのもあったな〜」ってなってるからゲームの二週目みたいに飲み込めてるけど、まあつまりは身に覚えのない新しい知識は俺にとって飲み込めないっていうことでして。
それが、『アーツ学』です。なんなんだこれ、これっぽっっっちも分からん……。
親父とお袋にも色々教えて貰いはしたけど、いざ理論として出されると脳が理解を拒むね。どこからアーツっていう現象を引き起こすためのエネルギーを持ってきてるのかとか、じゃあそもそもそのエネルギーってなんなのか、とか。
しかもちょっと見た感じ熱エネルギーとか電気エネルギーとかそういう物理で習うエネルギー類を代替できそうなのも意味がわからない。
ま、気になって気になってしょうがない時はさ。検証とか研究しようって偉い人が言ってた気がする。なのでしました。まず最初の発見。
一旦理屈で考えるのをやめて、『アーツ』ってのはそういうものだとして扱ってみた。その時初めに成功したのがただ衝撃波みたいな『アーツ』を放つ、っていう現象。要はこれは質量のあるオーラみたいなのが出てきたってことだよな?
このときこのオーラは俺が纏ってるってことになる。じゃあさ、別に放出せずとも纏ったまま維持できるんじゃないか?ってことで試行錯誤をしてみた。ちょっと難しかったけどね、頭の上をスタート地点として足の裏をゴールと考えて、ずっと循環させ続けてみた。そうしたら外に放出することなく身体に纏い続けることができた。気分はピエロ。永遠にお手玉してるみたいで虚無いよ、これ。
つまり、アーツってフ〇ーレンみたいに魔力的な概念なんだと思う。もうちょい分かりやすい言い方をすれば、RPGで言うところのMPだな。これの副産物として、そこら辺の石ころにアーツの残滓を纏わせることができないか試してみたら、なんと成功。
これはエネルギーの譲渡と似たような原理なのかなと俺は踏んだね。と、なると譲渡できるなら単位で表せるエネルギーの一種なんじゃないの?という仮説が立てられると思いまして。一旦理屈で考えるのをやめるのをやめました。
代わりに、この仮説に矛盾が生じるまではこの考え方で進めることにした。
仮説:『アーツ』はそれ自体がエネルギーの一種なのではないか?
とりあえず分かりやすくまとめるとこれね。と、なると『アーツ』を引き起こすために使われるエネルギーは『アーツ』そのものという事になる。これで一つは疑問が解消した。ここで新たな疑問が浮かぶわけよ。
お袋がキッチンで火を起こしていたように、『アーツ』の中には火を起こしたり風を巻き起こしたり雷を降らせたりといわば自然現象の再現ともいえる効果をもたらすものもあった。んじゃ、『アーツ』というエネルギーをどうやってその属性に変換してるの?って思わん?
これに関しては結論から述べさせていただくと、ぶっちゃけよく分からんかった。属性系アーツを使えるヴェネツィアの構成員さんに色々訊いて回ったところ、みーんな雁首そろえてなんつったと思う?当ててみ?
─────『気付いたら使えていた』。
だってさ。一応大事だから補足しておくと、『アーツ』は人によって使えるアーツと使えないアーツが往々にしてあるっていうこと。
例えばAさんが『火の玉を射出するアーツ』を使えるとして、それに対してBさんは『水の玉を射出するアーツ』を使えるとするじゃん。
この場合、AさんはBさんの使うアーツが使えなくて、その逆も然りでBさんもAさんの使うアーツが使えない。こんな感じ。
困ったよね。体系化されていると思ったらさ、「あなたの得意アーツはこれですか!? ならこういう方向性でアーツを極めましょう!」みたいな雑な導入というか、スキルツリーで。そうじゃなくて、なんでそういうアーツが出力されるのか?ってのを知りたいのに。
ここで着目したのはAとB、どちらも属性は違えど『球体を射出する』という点は同じだったってところ。似てるのにどうして違う出力結果が導き出されたのか。もう一個、これは完全に推測なんだけど、仮説を立ててみた。
思いついたのは呪術〇戦のさ、術式のくだり。人それぞれの魂に生まれつき術式が刻まれていて、当人の解釈次第で術式の濃淡が決まるってやつ。それに近いんじゃないかって。
したらマジでドンピシャだった。さっきの例に出したAさんBさんのモデルケースさ、実はヴェネツィアの構成員の中に居たのよ。試しに消費されるアーツの量を測定したらなんと同じ。
要は『質量を持つ球体状の物体を生成・投射するアーツ』が本質で、『火の玉』または『水の玉』っていうのはそいつらの本質に対する解釈の違いでしかなかったわけ。
じゃあ種明かしも済んだところで、この二人はこれからどちらも使えるようになりましたか?って言われたら残念ながらそれは不可能だった。これは彼ら彼女らの持つ想像力……イメージのしやすさが影響してるんだと思う。
Aさんは火の玉をイメージしやすくて、Bさんは水の玉をイメージしやすい。このイメージの差によってどうやら脳内処理で無意識にイメージしやすい方を優先してアーツは出力してしまうらしいのさ。
────────で?って思わない?
うん、俺も思った!
結局自然現象を起こせる理由の説明にはなってないわけよ、これ。俺はここまで頭に納得させる屁理屈は完成させたものの、自然現象がポッと出で出せるイメージが湧かなかったんだ。未だに感覚を掴めないからアーツ→自然現象の再現の公式はブラックボックスのままとなっちまった。
よって、悲しいかな会得できたのは身体に流れる『アーツ』の基礎的な操作技術とか、そこから派生して身体の部位にアーツを補強器具みたいに集めて攻撃力を高めるとか、アーツを流す時に血流を速めることで代謝を向上させて動体視力と反射神経を底上げするとか、そういう地味めな効果しか期待できないものだけだった。
はい、これで閑話はおしまい。現実もどるぞー?
「それで、私のいない半年……心からの『心配』は伝わったかな?」
「はぁ……はぁっ……! ──っ! そりゃあもう……っ、身をもって伝わってます、よ゛ぉっ!」
裁判所でかるーく有罪判決を貰って、ぱーっと収容所から帰ってきたイングリッドはすぐに俺の訓練を始めた。訓練内容は基礎的な体術から実践的なアーツの運用方法まで様々。
相手をしていて分かったことなんだが、イングリッドもそこまで超常的なアーツを使用しない。元々の身体能力がアホみたいに高いから、そういったアーツはただの付け焼き刃にしかなり得ない。
でも器用貧乏な使い方しかできない俺と何が違うかって、元々の身体スペックが高いことによる身体強化のアーツとの相性の良さだ。ウルトラレアの限定キャラを1凸するのと低レアの恒常キャラを1凸するのとで全然話が変わってくるみたいな、そういう次元。
無凸ならまだ俺の方がレベルMAXとかスキルレベMAXとかにしたらギリ読み合いの土俵に持ち込めるかもしれないけど、その上限を身体強化のアーツでぶち破られたら一撃の質が違いすぎて一生俺は攻撃に当たらないようにしないといけないっていう後手に回らないといけないし、相手は当てれば勝つっていう先手を取り続ける地獄が展開される。
おかげで現に俺は軽く百以上は負け続きだ。あっちが使ってんのは身体強化のアーツだけなのに。
ちくしょう!どのタイミングでどのレベルの倍率の身体強化を発動しているのかはもう解析できてるってのにっ……!
膨れ上がるアーツの起こりを捕捉するころには目の前にイングリッドがいやがる!『視』てからじゃ遅せぇ……!
「──うん。 眼が良いね。 良く私の動きを捉えられてる。
……だけど──」
「──それだけじゃあただ突っ立ってる案山子と一緒だって言いてぇんだろ!? あ゙ぁ!?」
イングリッドが俺の顔面目掛けて放った鋭い飛び蹴りを手の甲で受け流す。間髪入れずさっき吹っ飛ばされたときにこっそり握った石の欠片をイングリッドの目ん玉に向けて弾く。
ふっつーに避けられるし時間稼ぎにもならなかったが、これでいい。
小手先のしょうもない手に走った俺に失望の色を隠さないイングリッドはそれでも──いや、だからこそ俺の動きを逃さない。
急いで体勢を整える必要がある俺は距離を置くため、両脚に身体強化のアーツの力場を集中させた。
その過剰なまでのアーツ力場の濃度に、何をやろうとしてるのか察せないやつじゃないから、追い打ちをかけるようにイングリッドは前のめりに向かってくる。
──────それを俺は待っていた。
『アーツ』を出力するときに使うエネルギーはアーツそのもの。とりあえずは間違ってなさそうなこの理論に辿り着くまでに、一つおもしろい現象を成し遂げていたことを覚えてっか?そう、石ころにアーツの残滓を纏わせてたよなぁ?
こっからが応用だ、よく耳かっぽじって聞け。
『アーツ』の発動を行っているのはその現象に必要な分のアーツを持っている
この答えはイングリッドの表情がよーく物語っていますねぇ!目ェ見開いて一瞬何が起こったかわかんねぇって顔してんな?その数秒、たった数秒が命取りになるんだぜ女狐ェ!!!瞬間、地面にこれでもかと蓄積させたアーツを膨張させ、炸裂した。
ただのアーツエネルギーの暴発でしかないが、こんだけの質量ならバカになんねぇだろ!!
俺が仕掛けたブラフは二つある。一つは苦し紛れに投げたように見せた石の欠片。も一つは両脚に身体強化をしたように見せて床に蓄積させたアーツの力場。
これら二つには指向性を持たせた『アーツ言語』を設定した。『アーツ言語』ってのは発動する内容を指定するための俺オリジナルの造語ね。名付けた理由?なんか頭良さそうじゃん。
石の欠片には『任意に発動/対象に射出/対象:イングリッド』を。
床に込めた力場には『任意の対象が通過時発動/無作為に暴発』を。
未だにひとっっっっつも理解できないけど、発動に必要なアーツ量と定めた指向性さえあれば自然現象の再現以外なら今んとこなんでもできるようには俺のアーツを弄った。
これでも基礎的なアーツの操作技術の範疇なんですよ?前世知識の貯金があるから理論構築できてるだけで、多分この世界の人達はもっと漠然としたアーツ操作だろうし。
そう、俺が特殊なだけ。うんうん、もっと褒めて持て囃していいよ^^。
…………あ、気付いた?ここまでやってこれだよ。もっと強い奴とかってアレでしょ?こういう理屈とか通用しない、✝︎永遠の炎✝︎みたいな厨二チックな最強チートアーツ使ってくるもんだよな?あーはいはい!弱者の生存戦略ですよ!そうですよーだ!
俺だってねぇ!?分かりやすく俺TUEEEEしたかったよ……!でも才能ねぇんだわぁ!!マジで人生って上手くいかねぇな?
「──おもしろいね。 アーツの遠隔発動? アーツ効果を物質に付与? いずれにせよ高水準な技術だ」
「その『高水準』でなんでおめーは傷一つないワケ? 嫌味か女狐ェ!!」
「これでも褒めてはいるよ。 ただキミは一つ勘違いをしているね。
キミはこの場において弱者で──そして私はこの場において強者だ。 それも、圧倒的な差がある。
──キミは切り札なんて伏せておけるほど余裕なんてない。 出せる全てを出し尽くして戦わなければならない」
────いつからキミは私と対等な戦いができると思っていたの?
全身が粟立つのを感じた。今まで俺がやってきた全てはガキの悪戯でしかなくて。寛容な大人の許しがあったからできたことのような……そんな圧倒的『上位者』からの冷えた眼差し。くそがっ……!
おままごとはもうお終い。弱者に選択権は無いってことですかァ!?はいはい!いいぜ、その生意気な面ァぶっ飛ばしてやるよ。
「────よそ見は厳禁だよ」
────は?今さっきまでお前そこに……。
俺の視界に収めていた女狐が居るはずの所には、ふぁさ、と落ちた黒のコートが落ちているだけだった。
ッちぃ……!認識阻害のアーツかッ!!……しかもそれだけじゃあ不自然だからコートを脱ぎ捨てることでミスディレクションも演出しやがったッ!!!!
「がはっ……!!」
「焦りは手元を狂わせるよ。 ちゃんと呼吸を整えて、目の前の敵を見据えて」
うるっせぇなぁ!!!吹っ飛ばされながらなりふり構わずに暴発するアーツの罠を置きまくってんだよこっちは!!
それをなんでてめぇは針の穴を通すような神懸かり的な回避をやってのけるんだよ……!
それだけじゃねぇ、わざわざ俺に先手を打たせて徹底的に後手でも潰せるってことを見せつけてきやがる。
俺が殴ったら綺麗に受け流してカウンターを。
遠隔発動した石礫の奇襲も全てわざとご丁寧に弾き返して。
背後にまわって奇襲を仕掛けてもわざと振り向かずに片手で巧みにいなして。
「──っ! クソがァァァァァ!!!!」
「──うん、限界かな。 今日はもうお終いにしようか」
そう言って、ヤケっぱちに正面から掴みかかろうとした俺をただ最小限に横にズレるだけで避けて、俺のうなじ目掛けて手刀を下ろして意識を刈り取った。
……マジで覚えとけよこのクソアマ。いつか絶対に殺す。
薄れゆく意識の傍ら、そんな俺の無様で滑稽な大敗北をヴェネツィアファミリーの屋敷の窓辺、興味深そうに観察している人物が見えたような気がした。
「────ふぅん。面白そうなのがいるね……?」
アッシュはちなみにチェーネレ姓を名乗ってはいけないとファブリツィオに言われているわけではありません。自分から名乗りたがらないだけです。