異世界転生モノだと思ってるバカ   作:さぼさぼさん

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子鹿と子兎

「ベアトリーチェ、補助を頼む!」

 

「ええ、任せて。 ────La、LuLa〜♪」

 

 狙撃オペレーターのその掛け声で、ベアトリーチェは歌を口遊んだ。すると、彼の視力は瞬く間に研ぎ澄まされ、数里先まで見通すことが可能となった。彼は相棒である弓を構え、その弦に四本の矢を同時に装填して射った。

 

 彼の放った矢が遠く先にいる標的に当たると、景色には不釣り合いなほど青白いノイズを発して霧散した。それと同時に、どこから機械的なアナウンスが鳴り響いた。

 荒野の景色が一瞬にして白い訓練室へと変貌し、霧散していたと思われた標的はホログラムと併用していた訓練用ダミーであることが判明した。

 

《ジジ……キーン────、あーあー、……先ほどの連携だが、構えて射るまでの所要動作が長い。それでは標的はお前に気付き、身を隠してしまうぞ》

 

「……うぇっ!? 結構自信あったのに、マジかよ……」

 

 ベアトリーチェと狙撃オペレーターの彼が行っていたのは、空軍迎撃の初級演習……科目としては『少人数における超遠距離射撃概要』である。バベルはまだできて間もないので、後任育成を任せることのできる教官役が不足していた。

 

 故に、新人オペレーターから中堅オペレーター全ての経歴問わずエリートオペレーターたちが各々の余暇を充てて演習訓練を実施していた。今日はstormeyeが非番だったため、訓練監督を務めている。stormeyeは狙撃の達人であり、かつその狙撃を更なる段階へと押し上げることのできる熟練した知覚系『アーツ』の使い手である。

 

 中距離戦闘においても彼の右に出るものは少ないが、その本領は長距離射撃の異様な精度に表れる。基本的に知覚系『アーツ』……これの劣化版と言えばアーツ解析が思い浮かぶだろうそれは、本来は自らを中心としてアーツの波形を放つことで周囲何mかの物質を索敵するものだ。

 

 stormeyeはこの『知覚』という概念を拡張・拡大解釈した。近くにある物質に対しての索敵効果を削減することにより、逆に長距離に対する索敵効果の底上げを図ることに成功する。そして余剰ができたアーツエネルギーを身体強化のアーツに充て、眼球の毛様体筋を発達させることでどれだけ遠くの標的にもピントが即座に合うように調節した。

 

 どれだけ嵐が巻き起こったとしても、彼だけは動じることがない。むしろ、どこまでも確実に狙って外すことのない彼の不動の立ち姿を見て戦友たちはこう評した。『嵐の目(stormeye)だ』────と。つまり、彼の専門は長距離射撃および知覚系のイロハである。

 

「……あの、わたしはなにか改善するところはないですか?」

 

《……すまないが、俺の評価で言えば君のは知覚系のそれではない。彼の視力を底上げしただろうことは見て取れたが、それを比較や指摘する権利は俺にないと判断する》

 

「…………そう、ですか」

 

 ベアトリーチェはここ最近色々な演習へと参加していた。お互いの能力を駆使した戦術演習……武装集団の立てこもりを突破する防御突破演習……輸送機の護衛を行う輸送演習……そのどれも、エリートオペレーターたちからの評価は芳しくもなく、それでいて酷いものでもなかった。

 

 特異すぎるアーツが枷となって、今や14歳になったベアトリーチェを上手く評する人間が現れずに日々が過ぎていた。

 logosによる体力改善トレーニング……最初はダンスレッスンとかいう意味の分からない題目だったが、logosはあの後考え直したのだろう、まともなランニングやストレッチなどに置きかわっていた……によってある程度のアーツ制御ができるようにはなった。

 

 が、現実からかけ離れすぎた事象を『歌声』に乗せたり、相手のアーツ防御が『歌声』の出力より上回っている場合……発動失敗という判定になるようで、今まで練っていたアーツは霧散しもう一度アーツを練り直さねばなない。更にいえば、『歌声』の特異性を保つためかアーツのクールダウンに加え、自らに『歌声』の影響が跳ね返ってくるという事象も確認できた。

 

 つまり、強く指摘ができないのだ。言い方を悪くすれば、()()()()()。「もう少し出力を上げてくれ」と言うと跳ね返りのリスクがチラつき、「先程より出力が強すぎる」と言うと強化倍率の低さから戦術に組み込みにくい。ベアトリーチェは自分の能力の限界を感じはじめていた。

 

《ジジ……おい、いきなりマイクを奪っ────!

 ……見たところ、そなたは此度の演習に於いて『遠距離』という部分に大きく着目しすぎているきらいがある。あくまで我の一意見であるが、そなたの『歌声』は単純な身体強化が己が真髄とは言えぬのではないか》

 

 あれからよく世話を焼いてくれて、仏頂面でいつも何を考えているか分かりにくく、それでいて抑揚もあまり感じられない。だがよくその場にすうっ……と通る聞きなれた声が響いた。

 

「えっ、ええっ!? ロ……logos先生か……!? な、なんで?」

 

 訓練に参加していた狙撃オペレーターの彼は驚いていた。ベアトリーチェからすれば少しおとぼけが過ぎ、Scoutとノリノリでおふざけをしてケルシーに怒られている姿が目に浮かぶが、やはり彼も歷としたエリートオペレーターなのである。彼に憧れて入職したオペレーターは数多い。

 

《酷なことかもしれぬが、よく記憶の淵を見つめ直してみよ。……そなたの『歌声』は、他者のアーツの発動を命令しながらも、()()()()するのが本質だったのではなかろうか》

 

()……()()()。なるほど、わたしのこれは……」

 

《……ガガッ──ったく、いきなり横槍を入れやがってlogosの野郎。……いいや、すまない口が悪くなった。今日は演習を終わりにしよう。二人とも、各々で改善点を見つけたのならば、次の演習でその答え合わせを待ってるからな。では、また会おう──プツンッ》

 

 

 

 あれから数週間、オペレーター各々に手配される自室にて、ずっとベアトリーチェは歌ったり、時には鼻歌を口遊んで自らのアーツの特性に触れ合っていた。その成果か、頭打ちだったベアトリーチェの『歌声』に一筋の光明が差し込んだ。

 

 このロドスへ乗り込む際、ボロボロになった屋敷の中から、綺麗なまま残っていたアーツを込めて動く回転式オルゴールを持ってきていた。このオルゴールは込められたアーツを消費しきるまで音楽が鳴り続け、その上にある踊り子が回転する方式なのだが、通常時込めるアーツによって踊り子が回る回数は3回転半なのだ。

 

 ベアトリーチェはその『歌声』に指向性を持たせず口遊み、そのオルゴールにアーツを込めてみると踊り子の全く同量のアーツで5回転もするようになった。オルゴールの込められる上限量が上がらないとなるはずのない現象に、ベアトリーチェは驚いた。この1回転半の違い、これはなぜなのか。

 

 込めたアーツ量は同じ、そしてオルゴールも改造は施されていない。悪さをしたのは、『歌声』だった。オルゴールは込められたその直後からアーツを消費して回り続ける。上限量に達するとその供給パスを自動で閉じ、空きができるまで注げない仕様になっている。

 

 もちろん、ベアトリーチェは正確に自分のアーツ保有量を把握しているわけではない。だが『これくらいだろう』という量に微々たる差はあれど基本的な桁数は変わらないものである。明らかに、ベアトリーチェはほぼ同じ量のアーツを注ぎ、全て込め終える前に……オルゴールは上限量に達したのだ。

 

 狂気に呑まれて『鎧』に閉じこもっていた際の朧気な記憶。あの時ベアトリーチェは『壊れてもいいから全てを出力しろ』と影を操る彼に命令していた。物言わぬ死体であろうと、保有するアーツの限界はあったはずだ。なのにどうして彼の『影』は無尽蔵に影の集団を生成し続けられたのか……。

 

 - 酷なことだが、よく記憶の淵を見つめ直してみよ -

 

 ベアトリーチェは、その手に『歌声』の深奥を掴んだ。前のように落ち込んでいる彼女はもういない。彼女の顔に浮かぶのは恩師でもあり、歳の離れた兄のようなバンシーの彼に似た……術師としての好奇心と自信だった。

 

 

 

「あ、あのっ。初めてまして……ですよね。私、アーミヤっていいます」

 

「そう畏まらないで、ベアトリーチェよ。少しだけわたしの方が年上のようだけど……バベルにおいてはわたしたち、子ども組でしょう?」

 

 ぴょこぴょこと揺れる兎の耳とは裏腹に、不安と焦りがその大きくつぶらな瞳に現れている。アーミヤという名前の小さな女の子は、ここに来て間もない自分を見ているようで、なんだか微笑ましかった。

 

 今回の演習はベアトリーチェ自らが立候補したわけではなかった。これはアーミヤの『アーツ』の調査のため参加をしてほしいとlogosとケルシー女史がわざわざベアトリーチェを名指しで指名したことがきっかけである。

 

「えっと……私の『アーツ』は危険なので……離れて頂けると……」

 

 気遣いと同時に、その言葉の奥に悲しさを感じたベアトリーチェ。恐らくこの娘は同じような『アーツ』実験にて、誰かを傷つけてしまったことがある。経緯はどうあれ、わたしと似ているなとベアトリーチェは思った。

 エリザを救えず、あまつさえ救われてしまったわたしはこういう星のもとの巡り合わせなのかもしれないと、少し苦笑いをして。

 

「だいじょうぶ。 多分logosも……ケルシー先生も、わたしのこの力であれば貴女を悲しませないって思って信じてくれたのだと思うから」

 

「…………っ。 では、始めますっ────!」

 

 アーミヤがその手を前へと掲げると、彼女の背なに黒い紋様が浮かび周囲の風景が歪んでいく。苦しそうに抑え込もうとしているアーミヤだが、彼女がそうして感情を昂らせれば昂らせるほどに、その歪みは酷くなっていくように見えた。

 

「だ、だめっ……おねがいっ……言うことを聞いてっ────!」

 

 暴走するアーツの奔流が、ベアトリーチェの足先へと迫っていく。それでもベアトリーチェは焦ることなく、大きく息を吸って、ここはオペラの壇上であると思い込んだ。

 ここは、一斉に様々な感情をぶつけられる場所。期待……失望……悲哀……感動……感嘆……あらゆる感情の数々。わたしは歌姫として、何を届けたい?この小さな小さなコータスの女の子には、どんな顔をしてもらいたい?

 

「LuLu────LaLa〜〜♪」

 

「歌……? ベアトリーチェさんから、聴こえる……」

 

 悲劇ばかりではつまらないでしょう。絶望ばかりではつまらないでしょう。わたしは貴女に笑っていてほしい。わたしは貴女に希望を抱いてほしい。

 その為に、貴女の悲しみや苦悩を……わたしにも肩代わりさせてちょうだい。アーミヤの不安定な出力が、段々と萎んでいく。歪んでいた空間は収まっていき、背中に浮かんだ紋様は安定を取り戻したかのようにふわふわと浮いている。

 

「……少し悪戯しちゃいましょうよ、アーミヤ」

 

「────はいっ!」

 

 手に込めたアーツの奔流を球状へと変化させて、アーミヤは訓練室の壁を見据えて照準を合わせた。logosはにや……と何をやるのか察しがついた顔で、ケルシーは「おい、まさか……!?」と理解はしているものの現実を見たくないかのように驚きつつ顔を手で覆っている。

 

「────えいっ!」

 

 盛大な爆発音と爆風が訓練室を覆い、砂埃が舞う。目を瞑り、手で防ぎながら砂埃が落ち着くのを待つと、修繕するにはかなりの費用がかかるだろう大きな穴を空け、部屋を破壊してしまっている光景が目の前に広がっていた。

 

「中々いいショットじゃない、アーミヤ?」

 

「あわ、あわわわ……ケルシー先生に怒られちゃうぅ……」

 

 さっきまで花の咲くような笑顔でぶっぱなしてたのによく言うわ……と肩を竦めて笑うベアトリーチェと、事の重大さに気付き顔を青くしたり耳をぴーん!と高く立ててびくびく怯えているアーミヤ。

 

 ベアトリーチェの行った肩代わりとは、いわばアーツ発動の補助である。本来『アーツ』とは出力を上げる以前に発動するために必要なアーツエネルギーがある。

 それを、ベアトリーチェの『歌声』を経由することにより、省略させる。本来発動に割くはずだったアーツエネルギーを出力方面へとシフトさせることにより、更に大きな威力を見込むことができるというのが今回の顛末である。

 

 アーミヤは、後に語られる『文明の存続』と接続している所以によって、感情とアーツの出力が常人よりも高い数値でリンクしている。焦ればアーツの手元は狂い、怒ればアーツの出力は高まり、慈愛が篭ればアーツは皆を癒す。

 彼女の『アーツ』は故にこそ強力だが、発動するのに大量のアーツエネルギーを必要とするのだった。

 

 そして、まだ幼いアーミヤには発動に必要なアーツエネルギー量と、出力を担保するだけのアーツエネルギー量、そのどちらも不足していたのだ。ベアトリーチェは、それを補った。使ったアーツ消費は『歌声』の一節分だけ。

 ベアトリーチェの本質は、圧倒的な味方の『アーツ』回転率補助であった。

 

「全ての感情を一身に受け、我らの感情を纏めあげる……まさに劇場に感動を届ける『歌姫(Diva)』の名に相応しい」

 

「……logos、君はしばしば目の前のことから目を逸らす悪癖がある。私としてはそれは時に問題解決の一助となることを大いに知っているが────」

 

 満足気に頷くlogosに青筋を立て、説教を行うケルシー。そろりとケルシーの後ろから謝ろうと近づいていくアーミヤ。一緒に着いてきて謝るのを手伝ってほしいと言われ、微笑ましく同行するベアトリーチェ。そこには、シラクーザの屋敷にはなかった暖かな血が通ったやり取りが存在していた。

 

 ────エリザ、見ているかしら。わたしは今、とてもしあわせだと感じているわ。

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