異世界転生モノだと思ってるバカ   作:さぼさぼさん

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テキサスの死
クルビアン金券は俺たちの未来だ


 先進的な街灯の光が灯るクルビアの真夜中、真下に備え付けられたベンチに座って今どき珍しい紙面の新聞を両手に広げて読んでいる、華美な鈴蘭の刺繍が拵えてある黒スーツの男がいた。

 

 そのちょうど真向かい、自分たちの明るい未来について夜更けまで語り合ったのだろう、酒気を帯びて顔もどことなく赤らんだ若者たちが建物から顔をのぞかせた。

 

 スーツの男の背には遥々(はるばる)シラクーザから出稼ぎにやってきた、見窄らしい洗車工の車庫がある。若者たちは、このきらびやかなクルビアに一滴垂れたシーツの汚れを見つけたかのように表情を歪め、道路を横断して洗車工へと歩み寄った。

 

「なあ、おっさん」

 

「……なんだ。仕事の邪魔をすんなら帰ってくれ」

 

「そんな冷たい態度はねぇだろ、兄弟。

 あんた、見たところ……シラクーザから来たクチだろ」

 

「そういうあんたがたは……シラクーザ人らしくないがね」

 

 洗車工は幼い頃からよく母や父から言われてきた古い言い伝えをふと口にした。『シラクーザ人であることを忘れるな』……これを耳にした若者たちは、吹き出したように大声で笑い、(なじ)った。

 

「うちの祖父さんがいつも言うような、古臭いことを言うんだな! さっすが、貧乏臭い田舎者は言うことが違う!」

 

 クルビアマフィアの発祥は栄華を極めたテキサス・ファミリーが源流と言って差し支えない。シラクーザを愛した老サルヴァトーレを敬い、そして彼のように気高くあるために、昔のクルビアマフィアは「シラクーザ人であること」を大切にしてきていた。

 

 しかし、それもかび臭い叙事詩に記された古いものだ。今の若者たちは先人たちが築き上げてきたものを大切にする気概など毛頭なく、地を見ず天を見上げるばかりだった。

 

「……それでも、あんたがたにもシラクーザの血が流れていることには変わりがねぇ」

 

「はっ、関係ないね! クルビアは開拓の国だぜ? ルーツなんざごちゃまぜだ。 大切なのは……俺らの未来、クルビアン金券を手にしてるかどうかさ」

 

「その通りだぜ、親友。 ……なあ、あんたみたいなやつが知ってるとは思わねぇが、聞きたいことがあんだよ」

 

「…………」

 

「どうやら最近、あんたと同郷の招かれざる客がこのクルビアに来てるらしくてな。 俺たちは『歓迎会』しなきゃって探してるんだよ」

 

 白いスーツに手を入れたまま、飄々とした態度を取る若者たち。拳にしては無骨な形をして盛り上がっている右ポケットを洗車工は見逃すことなく、少し黙りこくったのち、やがて口を開いて若者たちがやってきた向かいの建物の右、小洒落たバーを指さした。

 

「お求めの奴らならあっこのバーでしっぽり呑んでるよ」

 

「おー! 誰に仕えるべきか分かってる、優秀なワンコじゃねぇか! …………おっと失礼、狼だったな! ハハハ!」

 

 洗車工を嘲る態度を隠す気もなく、車庫にあった工具箱を蹴飛ばしながら踵を返す若者たち。その背を見つめて、なんの感情もその顔に映すことなく洗車工も車庫の奥へと身をひるがえした。

 

 しばらくして、彼は使い慣れたペンチを片手に戻った。潤滑油で汚れていたために、今さっき丁寧に拭き取り磨きあげたものだ。反射するペンチの輝きに、無感情な洗車工の顔が反射する。何をしようとしているかは、明白だった。

 

 しっかりとした足取りで、喧しく去っていく若者たちの背に近付こうとする洗車工。街灯に照らされた影が伸びて、安っぽいサスペンスのような緊迫感がその場に漂い始めた。そうして洗車工がベンチを通り過ぎようとした、その時である。

 

「────殺るときゃもうちょい獲物を選んだ方がいいんじゃねぇか? 洗車工のおっちゃん」

 

 その声の主は一部始終を遠巻きに聴いていた、鈴蘭の男だった。声は低いが男と呼ぶにはいささか若く、髪型は襟足の長いウルフカットであった。燻んで色褪せた特徴的な灰色の髪を新聞のあいだからチラつかせて、彼は洗車工を引き止めた。

 

「いやぁ、俺もシラクーザから最近来たんだけどな。 都会にあった憧れってやつ? そういうのがポッキリ折れちまったよ」

 

「あんちゃんも……あいつらのお仲間か?」

 

 洗車工の握る力が一層強まった。掴みどころのない鈴蘭の男に、水を差されて虫の居所が悪かったのもある。今さら一人や二人転がる死体が増えたところで些細なこと。何よりも優先されるべきは、ミズ・シチリアの掲げる秩序なのだから。

 

 洗車工の放つ威圧もどこ吹く風かというように、鈴蘭の男はぺらぺらとそのお喋りな口を閉じない。むしろ、舌が乗ってきたかと言わんばかりに、その饒舌さは拍車がかかっていく。

 

「テキサス傘下の製薬会社の取締役員の汚職、クルビアン金券の台頭による他の株式会社の暴落。

 いやぁ、クルビアってのはもっとずっとスマートで、そんでもってインテリジェンスなもんだと思ってたよ」

 

「…………使い慣れてない横文字を使うのはダサいぜ、あんちゃん」

 

「えっ!? マジかよ……『これであなたも間違いなし!オシャレなクルビア語慣用句20選』ってやつ読んできたのに……」

 

 洗車工は自身の心が警鐘を鳴らしていることに気付いていた。この鈴蘭の男は明らかに()()()()の人間だ。なのに敵意が全く見られない。こういった場合、大きく分けて二つだ。本当に底抜けのバカか、洗車工の彼のことを全く脅威と見なしていない……上澄みの強者か。

 

「……で、何だっけ。 話しまくったら何言いたいのか忘れちまった。 ……ああ! その重たくて鈍い音を立てそうな獲物じゃあ、殺るのに苦労するだろ?」

 

 丁寧に新聞を四つ折りにして、今一度男の容姿がはっきりと洗車工の瞳の前に現れた。火傷痕の名残か、色素が他の顔周りと違って若干白く、右眼が濁っている。それを見た途端、洗車工はハッと思い出した。

 

 幼少期からあのヴェネツィアの殺人鬼に育てられ、シラクーザのどこに居ようとも必ず殺しにくると恐れられている第二のヴェネツィアの殺人鬼……!特徴的な灰色から気付くべきだったのだ、あんな髪をしているやつは二人として居ない!

 

「あんちゃん……ヴェネツィアのアッシュか」

 

 

 

 出来事は1091年の終わり頃のことである。老サルヴァトーレとその息子ジュセッペの確執は、もはや修復不可能なところまで到達していた。ある日を境に、ジュセッペは現当主である老サルヴァトーレのテキサスファミリーからの離脱を宣言する。

 

 そこから新しくジュセッペはファミリーを立ち上げるのだが、嫌がらせかそれとも自分の方がテキサスを継ぐに相応しいと考えていたのか、既に存在している『テキサス』の名を冠したファミリーをもう一つ作り上げた。

 

 クルビアマフィアは混乱を極めた。老サルヴァトーレ派のマフィアたちは荒事を起こす気はなく、あくまで老サルヴァトーレの命に従うつもりで静観を選択していたが、ジュセッペ派のマフィアはその限りではなかった。

 

 無理な事業拡大、他の企業との共生を顧みぬ産業の奪取、無辜の人々への過剰な圧政。短期的に見ればジュセッペ率いる偽テキサスファミリーの利益は相当なものだろう。しかしこの先の未来を見れば、偽テキサスだけでなくクルビアという1つの国さえ危ぶまれる大変おざなりな行動であることは火を見るより明らかだった。

 

 老サルヴァトーレは嘆き、その重い腰を上げてかつての友であり今やシラクーザの女帝ともいえるミズ・シチリアに手紙をしたためた。不出来な息子を止められなかったこと、シラクーザを今でも愛していること、それと同じくしてクルビアもまた愛していること。

 

 一度これを切っ掛けとして、テキサスは滅ぶべきだろうかと悩んでいること。それに愛い孫娘を巻き込むのは……家族として痛ましく思うということ。素早くミズ・シチリアは決断した。

 ジュセッペの横暴を止められなかった老サルヴァトーレにも責任の所在はあるとし、冷酷にもテキサスファミリーの粛清を行うという人ならざる決断を。

 

 老サルヴァトーレはその報が届いた際、憤るでも不平を漏らすでもなく、ただ安心しきった顔をしていたという。我が友は変わらず健在であることが、なによりも嬉しかったのだそうだ。

 

「……いきなり襲いかかってくるこたァねぇだろ、洗車工のおっちゃん」

 

「ぐっ……アッシュ、おまえさんは何が目的だ……!?」

 

 洗車工も素早く決断をした。ヴェネツィアのアッシュに小手先は通じない。先手を打たねばことごとくを対処される。洗車工の彼もシラクーザではそれなりの殺し屋であったが、だからこそ知っている。

 

 サルッツォの一人娘に感じたものと一緒なのだ。どう足掻いてもこの才能の差は覆しようがない。そしてなお、彼ら彼女らはその才能に胡座をかいて驕ることはしていない。そんなやつらに、勝てる道理は万一にも無いと。

 

 殺意を気取られることなく押し殺し、横に振ったペンチはいつ抜いたか分からないククリナイフの刃によっていなされていた。日常の延長線かのごとく、ただ少し埃を払うかのような素振りで顎を蹴り飛ばされ、地面に膝をつかされた。圧倒的な勝敗だった。

 

「目的? ……んーっと、死んだベラ姉の仇討ちと、あと腐れ縁のバカを連れて帰ろうかなってところかね」

 

「い、言ってる意味がわからねぇよ……!!」

 

「……いや、そうだよな!? 洗車工のおっちゃんからすりゃベラ姉って誰だよってハナシだし、俺がチェリーニアとダチなのも知らねぇわな!?」

 

 ……今、こいつはなんて言った?ベラ姉とやらはたしかに知らねぇ。だが、チェリーニア?あの、チェリーニア・テキサスと友人だと!?

 洗車工は戦慄した。チェリーニアは表に交友を持っていた人間は多数いた。が、そのどれもが顔見知り程度であったし、なまじこの事情をどこからか聞きつけても巻き込まれて死ぬだけの弱いやつらばかりだからだ。

 

 だが、こいつは違う。下手に力がある。状況を掻き乱しかねない不確定さをその身に内包している!どんな結末が待ってようが、ロクなことにならねぇ!洗車工は歯噛みするしかなかった。止めようにも止められない、力の差にひれ伏すしか自分には選択肢が無いことに。

 

「ま、とりあえずあのアホたちにはもうちょい生きて貰わないといけないんだよ。ジュセッペがどこまで狡猾かは知らないが……鳥頭共は手がかりを勝手に落としてくれるだろうからさ」

 

 

 

「…………はっ? い、今なんと仰って……お爺様……」

 

 老サルヴァトーレの言葉にチェリーニアは理解が追いつかなかった。ミズ・シチリアに手紙をしたためた後、老サルヴァトーレはこれから起こるかもしれない出来事を愛する孫娘に隠してはいけないと考え、チェリーニアを自室へ呼び出した。

 

「残念だが、テキサスは滅ぶだろう。俺があの馬鹿息子を止めてやれなかった。愛情が邪魔して殺してやれなかった。

 …………だが、これは俺たちの問題だ。チェリーニア、お前が巻き込まれるのは何とも忍びない」

 

「────それは、どういう」

 

「しかし、それと同時にあれの娘であるが故にお前はジュセッペに名を利用されてしまっていたな。事業拡大に際して公に名を晒したテキサスはジュセッペのそれではなく……才媛として祀り上げられたチェリーニア、お前の名だった」

 

「…………私は、それでも良いと思っていました」

 

「お前はバカじゃないからな。気付いていると思っていたさ。その上で、抵抗もしなかったことも。ミズ・シチリアは看過できないとしたが……友に悪いがこれだけは抗ってやろうと思う」

 

 老サルヴァトーレはそこまで賢くはない。シラクーザかつ劣悪な環境下、知識をつけることよりも生き残ることを優先しなければならなかった彼にとって『知』とは何の役にも立たないゴミ同然だったからだ。

 だが老サルヴァトーレはバカでもない。初めはなにも無かったクルビアでは『知』を要求された。学ばなければ仲間も自分も野垂れ死んでしまう。今までやってきたやり方に固執するようなプライドなどそこにはなかった。

 

 ミズ・シチリアにこの事を話すことなくチェリーニアを逃がせば、恐らく彼女は地の果てまでチェリーニアを捜し殺すだろう。だからこそ、予め罪を自白したのだ。チェリーニアは意図することなく、愚図な父親に利用されたということを、白日に晒して。

 

 これにより、ある程度の正当性を確保した。チェリーニアを一人生き延びさせても情状酌量の余地がある、正当性を。それでもあの女傑は殺しにくるだろうが、昔にした大喧嘩と同じだ。譲れぬものがあって衝突する、それは何も悪いことでは無い。

 

 あの時は一人の小娘に負けたと悔しくてしょうがなかったが、リベンジができる。愛する孫娘のためとはいえ、少しだけ老サルヴァトーレは久しく灯ることのなかった熱を宿していた。後は退き、次世代の者たちの舞台だと一線引いていた脳が、あの頃の青春を思い出して若々しさを取り戻し始めていた。

 

 

 

 環境やしがらみに縛られることをなによりも嫌っていたチェリーニアは、諦めていた。どうやってもテキサスという名は自分の背をついて回り、どうやってもチェリーニアという人間は『女』であることを要求された。

 

 チェリーニアにとって素晴らしき日々だったのは、12歳のあの頃だろう。シラクーザという国そのものは嫌いだったが、アッシュというバカがいた。

 退屈でつまらない時間を、有無も言わせずどこぞに連れ出し、よくも分からない沸点で喧嘩をふっかけられる。

 

 お互い傷だらけになりながらも、腹をすかせて飯を食べに行くというただそれだけの行為が、チェリーニアをチェリーニアたらしめて、心地よかった。

 月日というものは酷く、チェリーニアもアッシュも自分を取り巻く環境が締め付ける束縛は段々と強くなっていった。

 

 ただでさえ余裕を無くし、正気の沙汰ではないアッシュに頼れるはずもなく。必然的にチェリーニアは彼の負担になるまいと距離を置く選択肢を取った。

 

「────それにベラ姉が巻き込まれてんだよクソアマァ!!!!!!!」

 

 学校の屋上、誰にも見つかることのない穴場だと思っていたそこにアッシュが首を突っ込んできたときは、どうしてお前から近付いてくるのだとさえ思った。

 そして、好きにしろと内心独りごちていた父親の横暴が、巡り巡ってアッシュの身内の死への引き金を引いていたと知り、尚のこと彼には告げてはならないと確信させた。

 

 自分も巻き込まれているのだと言って、心労を増やすよりは……彼の鬱憤を晴らすための必要悪として立ち回って、少しでも楽にしてやろうと。だが、それはそれ、これはこれである。

 

 久しぶりの彼との喧嘩は、チェリーニアらしさを取り戻せる唯一の瞬間だった。彼の向ける気遣いもあるが、やはり楽しいものは楽しい。殺られてやろうと思いながら、相打ちにまで持ち込んでしまった。

 

 そんな彼を荒業で正気に戻したラップランドには驚いた。恋愛事にほとほと興味が湧かない彼女からすればアッシュのどこに惚れたのかどう頭を捻っても分からなかったが、二人が幸せそうなのでそれでいいかと思った。

 

 そうして今や18歳になったチェリーニアは老サルヴァトーレのその歳に見合わない少年のようなギラついた目と笑みに驚愕を隠せなかった。何かに縛られて自分を殺していたのは何もチェリーニアだけでは無かったのだ。

 

 いつも厳格に、そして人情に溢れていた老サルヴァトーレの本質は……それこそ荒れ狂う一匹のやんちゃな狼でしかなかったのかもしれない。鏡写しのような祖父を前に、チェリーニアはなるほど皆が口を揃えて『シラクーザ人らしい』と言うのはそういう事かと合点がいった。

 

「お爺様、私たちは似た者同士かもしれないですね」

 

「…………ほぉ、俺が似ていると言ったら心底嫌そうにしていたお前が、どういう心境の変化だ?」

 

「今初めて楽しそうに笑う私の知らないお爺様を見て……私も同じ気持ちを抱いたことがあると、そう感じたのです」

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