異世界転生モノだと思ってるバカ   作:さぼさぼさん

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俺のお家芸、前置き加筆修正するかもしれない報告


狂気を飼い慣らせ!

 洗車工から情報を手に入れた若者たち……いや、クルビアマフィアの下っ端の面々は、その情報の確度を確かめないままに落ち着いたジャズが流れているバーの店内へと入っていた。

 

 コンパクトな内装に、ずらりとショーケースに飾られている銘酒の数々。このバーがどれほど顧客の口に合う酒を提供できるかが、それだけで理解できる良い店内だ。

 

 カウンターに、上品な所作でグラスを傾け上等なワインを口に運んでいる女性がいる。上流階級に居そうな出で立ちの彼女だが、やはり裏の世界に少しでも足を踏み入れたら分かる死臭をこれでもかと漂わせていた。

 

 ビンゴだ。彼らは目当ての人物がここにいることを確かめ合い、頷いて喜んだ。ドンであるジュセッペが彼らに命じたのは、ミズ・シチリアによってクルビアに来ているだろうサルッツォファミリーの情報収集であった。

 

 彼女の見た目は、そのサルッツォの一人娘の容姿と酷似している。クルビアで生まれ、クルビアで暮らすシラクーザを真に知らない彼らは一つ誤算をしていた。ジュセッペ率いるクルビアマフィアは流血沙汰を好んで起こしたがらないが、シラクーザマフィアは暴力こそ最も的確で最適な手段として好むということを。

 

 そして、その恐ろしいシラクーザマフィアの中でも最も猟奇的で、狂気の体現者と言えるのが彼女であると。幸か不幸か、サルッツォの一人娘、ラップランドは機嫌が良かった。

 よくアルベルトによって行われる裏切り者の粛清、今回の命は父親からではなくミズ・シチリアからだが、その退屈な旅行先に愛しのアッシュも居るらしいという話を聞きつけたからである。

 

 テキサスの粛清に思うところがなかったわけではない。チェリーニアを殺さなければならないのはとても心が痛む。以前の独りぼっちな彼女であったなら、自らの置かれた立場と抱く感情に板挟みになって、どうにかなってしまっただろう。

 

 だが今の彼女にとってはそこまで悩ましい事ではない。チェリーニアを殺そうと思えば、なんの感慨も無く殺せる。アッシュが居れば、彼女にとってどんな苦しみも慰めてもらえると知っているから。もう独りぼっちのはぐれ狼などではないのだ。

 

 ラップランドはアッシュにとって自分はただの急ごしらえの精神の拠り所であることを理解していた。ただし、それは彼だけでなく彼女も同じあることをアッシュは気付いていない。異性への性愛、欠けていた父性の補填。アッシュはラップランドにとってうってつけの『男』だった。

 

「……ごめんねぇ、チェリーニア。 ボクはキミが殺されるかもしれないって悲しみより、アッシュがここに来てるかもしれないってことが嬉しくって堪らないんだ」

 

 『男』を知り、成熟した女性として完成したラップランドは、魔性だった。誰よりもアッシュを知る彼女は、あの不器用な優しさを持つ彼が何をしでかそうとしているかおおよその検討が付いている。恐らくは、彼はチェリーニアを殺さない。

 

 何をしてんだと駆け込み怒鳴り、チェリーニアの頭に拳骨でも喰らわせて、その首根っこを引っ掴んでシラクーザに連れて帰る心積りだろう。それがアッシュだし、そんなアッシュだから惚れたのだ。

 ラップランドは想像の容易い展開にふふっと微笑んだ。なにもかもが変わってしまいそうな只中でも、その本質は変わらないアッシュにまた胸のあたりがじんじんと熱くなる感覚を覚えるラップランド。

 

 しかし今この時点でラップランドよりもアッシュに想われているチェリーニアに嫉妬もしている。彼がチェリーニアを見つけるよりも早くに彼女を見つけ出して殺し、彼の思惑をぐちゃぐちゃにしてやりたいとも思っている。

 その一方でどろどろとしていて、粘着質な甘い愛がラップランドにこれはどうだろうかともう一つの道を囁いてもいた。

 

 どこまでもチェリーニアを助けようとする彼の味方をして、あらゆる手を尽くしてあげた上で、彼の手から全てが溢れ落ちてしまうという……なんてやるせない結末を招いてあげるのはどうだろうかと。

 そして、最期の彼の手の内にはボクしか残らないようにしてしまうのだ。そうなれば彼はよりラップランドという泥沼に沈みこんでくれる。

 

 ぞくぞく…………と、ラップランドは非道徳的な官能に震え、酔いもあってかその顔を妖艶に赤らめた。彼女の気分が最高潮に達したその時、クルビアマフィアの彼らもまた下卑た笑みを浮かべて近寄ってきていた。

 

「一人でお楽しみかい? 別嬪さん。どうだ、俺らと一杯やらないか?」

 

「……アハッ、いいね。 ちょうどボクもお相手を探していたんだ」

 

 

 

 女というのは簡単だ。金をチラつかせるか、あるいは商売道具のBSW製の銃をチラつかせれば簡単に言うことを聞き、股を開いてくれる。(さか)しさを武器にしている彼らだが、その実鼻で笑っているシラクーザマフィアよりも本能的で、かつ下品な振る舞いが得意だ。

 

「回りくどいのは嫌いなんでね、さっさと本題に入ろうか狼ちゃん。 なあ、アンタ含めシラクーザマフィアがクルビアに押しかけに来てんだろ? どうしてだ?」

 

「……ふぅん、ジュセッペはキミたちに全部を教えてないんだね? どこまでも他人を信用してなくて、娘さえ道具扱いする……いかにも小心者らしい手法だね!」

 

「…………俺らのドンを馬鹿にしたのか? いくら女だとしても、そりゃあいただけないぜ狼ちゃん」

 

 ラップランドは嗤っている。少しでも自分の足りないオツムを使って考えることをしないのか、この使いっ走りたちは。そもそも『狼ちゃん』などと種族蔑視に近い言葉を多用しているが、当の彼らのドンでさえ種族はループスだ。

 

 巡り巡って自分の長を貶していると理解できてない辺り、相当に愚図な奴らである。しかしラップランドは気前よくバーの店主に彼らにボクと同じものを出しておくれと告げた。

 

「まぁまぁ。 落ち着いてよ、一杯やるんでしょ? ここはボクに奢らせて……?ね、いいでしょ?」

 

 普通ならこの愚鈍さに呆れたり、苛立ちを露わにするだろうところを、ラップランドはむしろ上機嫌に受け入れた。路傍の石がしっかりとした廃石であればあるほど、自分が見初めた手元の石の価値がより一層際立つのだから、それを気付かせてくれた彼らに優しくするのも当然のことである。

 

 彼らはなんだか上手く丸め込まれつつある現状に気持ち悪さを感じつつ、仕方なくその誘いに乗ることにした。こういったつまらないプライドも、ジュセッペから受け継いだ負の遺伝子であり、マフィアとしては三流であるよい見本だった。

 

 大人しく席に着いた彼らを見て、満足気にその口に酒を含み、艶めかしく喉を鳴らしたラップランドは出来の悪い子供に分かり易く道しるべを与える母の如き表情で話し始めた。

 

「キミたちのドン、ジュセッペはやりすぎた。 キミたちが知らぬ存ぜぬを貫いたとしても、ルーツはルーツ。シラクーザの血が流れているなら、キミたちもミズ・シチリアの掲げる『銃と秩序』の範囲内なのさ」

 

「…………おい、なんだよその『銃と秩序』って」

 

「キミたちのお爺様は教えてこなかったの? それとも記憶力のないキミたちが覚えてないだけ? ……ま、いいや。

『銃と秩序』っていうのは、『銃』がボクたちシラクーザマフィアのこと。『秩序』がミズ・シチリアの言うルールのこと。今回、キミたちはそのルールを破ったんだよ」

 

 ここまで丁寧に話せば馬鹿でも理解していく。ジュセッペはそのことを知っていた。そして、目の前にいるこの女が我々の敵であることさえも。侮って鼻で笑っていた田舎臭いシラクーザとやらは、もしやするともっとずっと我々より(さか)しいのではないか?

 

 彼らはグラスを掴んで壁に投げつけた。グラスの割れる音が響き、他の客が何事かと振り向き驚いている。上着のポケットに隠し持っていた拳銃を未だ動じないラップランドに向け、虚勢を張るクルビアマフィアたち。優しく手ほどきをしてやったというのに、この酷い仕打ちにもただ微笑むばかりの彼女。

 

「なに笑ってやがる! なにがおかしい!」

 

「……なにも。ただ、勿体ないなぁ……って。美味しいワインが無駄になっちゃった」

 

 彼らの焦りは加速していく。なぜなら、さっきからずっと引き金を引いてラップランドの頭をぶち抜こうとしているのに一向に弾が出てこないからだ。店内がパニックに陥り悲鳴と忙しない足音に満ちていく。

 

 戦いに身を置かず、研鑽も積まずにいた彼らにとって『アーツ』は縁遠い技術だ。故にラップランドが無詠唱の『抑制』を行使しても自らのアーツが練れなくなっていることに気付けない。

 

 BSW製の銃は持ち主にアーツエネルギーの目減りを感じさせないほどの微量な量で起動する機構を有している。これはあくまで起動にアーツエネルギーを必要とするのであって、射出される弾丸はアーツ由来のものではない。ジュセッペはこのコンパクトな構造を気に入り、偽テキサスファミリーに普及させた。

 

 しかし、少なかろうがアーツエネルギーを必要とするのだ。二度も言うようだが、『アーツ』という技術に少しでも触れていたら分かることも彼らには分かっていない。ラップランドは目の前の輩たちが廃石であると断じたその瞬間からこうなることを予見していた。

 

 ラップランドは左手をただ上にあげるような最小限のモーションで、銃口に手の甲を当て弾く。その力が伝わりマフィアの鼻先に向かうような軌道を描いた銃口はそのままの流れでクルビアマフィアの一人の口腔へと突っ込まれ、『抑制』のクールダウンが終わると同時に震えた自分の指が誤って引き金を引いてしまい、その間抜けな脳漿をぶち撒けた。

 

 未来を語り合った兄弟の一人が呆気なく死んだことに理解が追いつかない彼らは、声にならない声をあげて銃を乱射した。恐怖で狙いの定まらない弾道はラップランドに当たることはなく、跳弾した弾が店内の灯りを壊して、彼らの内心を表したかのような暗闇を演出した。

 

「……おいっ、どこに隠れた!? 出て来やがれコンチクショウが!!」

 

「────ココだよ。キミに狙いが定まるかなぁ……?」

 

「舐めやがって……! 声を出してヒントのつもりかよ、このぉっ!!」

 

 暗闇の中、声のする方へ振り向き勢い任せに発砲した。シュボッ……とライターの火が灯る音がして、その青白い炎が映し出したのは、叫び声が漏れないよう手で押さえられ後ろからラップランドに肉壁として利用されていた仲間の激痛に歪んだ顔だった。先ほど発砲した銃弾によって、仲間は綺麗に心臓を撃ち抜かれている。

 

「…………何なんだ。 何なんだよお前はぁっ!!!!」

 

「お見事! 射撃の腕はあるみたいだ! ほら、彼も凄いって感動で涙を流してる……! かけがえのない友情って心温まるね?

 ボクも試してみようかなぁ、的は……キミの心臓! もし当たったら、彼みたいに泣いて喜んでおくれ! ッハハハ!」

 

「…………*クルビアスラング*……!」

 

 再び、ラップランドは『抑制』を行使する。彼女よりも早く引き金を引こうとした彼は不発に終わり、その顔を絶望に歪めて絶命した。使い慣れない銃でも、ラップランドの方がわずかばかり上手く心臓を撃ち抜いていて、流血が少なく済んでいた。

 

 結局のところ、ジュセッペの望む情報収集は徒労に終わってしまった。ラップランドという狂気的な女によって、持ち帰ってきてくれるはずの偵察兵は皆殺しにされた。先ほどの微笑みが嘘だったかのように誰もいなくなった静寂に包まれたバーの店内で無表情で立ち尽くすラップランド。

 

 そこに石ころがあるかのように倒れたクルビアマフィアを蹴飛ばして、転がす。数十分前までは感謝さえしていたが、今は煩わしさが勝りはじめた。アッシュと合流したら何をしようか……そんな事を考えていたのに水を差された。内容も面白みがない、とっても下らないことで。

 

 話していてもアッシュのようにわざと道化を演じているような嘘らしい愚図さを感じることもなく、何もかも察しの悪い本物の白痴。許せない、アッシュのことを想う時間を数十分でも奪ったことが許せない。既に死んでいる彼らを黙々と、感情が抜け落ちたままに蹴り続けるラップランド。

 

 力加減のない蹴りによって死体の(てい)を為していたものもあったというのに、ぐちゃぐちゃの肉塊へと変貌してしまっている。最初は鈍い音を発して辛うじて『殴打』に近かったのだが、今は水っぽい音を立て肉をこねくり回しているような……冒涜的な音が響き渡っていた。

 

「…………ありゃま、グロテスク〜〜。で、なに暗闇でエグいことしてくれてんのよ、ラップランド」

 

 苛立ちで靄がかった脳を刺激するような、暖かい陽射しのような声が届いた。下らない憂さ晴らしをすぐさま辞め、聞き慣れた男の声のする方へと走り出すラップランド。そのまま受け止めて貰えると確信し、その首に手を回して抱き着いた。

 

 予想の通り、ラップランドを受け止めた彼こそが彼女の頭の中を支配してやまないアッシュ本人であった。ラップランドほどではないが、ここ2年で裏の人間として本格的に本腰を入れた彼は気の抜けた表情とは裏腹に死臭が強く漂っている。

 

 それは共に地獄に堕ちようと言ってくれたあのときの言葉は嘘では無いのだと、彼の昏い決意がひしひしと伝わって、ラップランドは倒錯した愛に酩酊しそうになった。尤も、酩酊しそうなのは数十分前にかなりの量の酒を嗜んでいたからかもしれないが。

 

「アッシュ……何処にいたの? ボクを置いて先にクルビアに行くなんて、酷いじゃないか」

 

「あの、会話のキャッチボールをね……? いやこの惨状を見たら分かるけどさ、可愛く首傾げても誤魔化されねぇからな」

 

「あんなのは放っておいて、ボクだけを見てよ。 粛清は一夜にして行えってミズ・シチリアは言っていたけれど、夜は長いし……ボクらが少し雨宿りしても誰も知る由もないでしょ……?」

 

「…………あ〜、相談無しに突っ走ってごめんな。 そうだな、クルビアはシラクーザと違って雨は降ってないが……雨宿りね。 いいぜ、来な」

 

 ラップランドはアッシュの声が聞こえてからというものの、ずっと心臓が高鳴っている。粛清なぞ後でもできる。今はただ、目の前の彼に愛を囁きたくてしょうがない。浮かれた生娘のように、未だ抱き着いている彼女を抱きかかえて支えてくれているアッシュの首元に顔を(うず)めて、喜びを全身で表現するラップランドであった。

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