異世界転生モノだと思ってるバカ   作:さぼさぼさん

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ベラ・ヴェネツィアの葬儀

 ────ベラ姉が死んだ。差した傘にぽたぽたと落ちてくる雨の音と、目の前でベラ姉が眠ってる棺を交互に見やって俺はこの世の無常に心の中で中指を立てた。

 

 体内に残った毒物の解毒は間に合わなかった。つーか、解毒するためには患者の生命力をけっこー使う。元々身体の弱いベラ姉に解毒手術はそもそも耐えられなかった。ま、そーじゃなくても本人の意志で持ちこたえてただろう生命力は、深昏睡に陥ってからというものの、見舞いに行くたびに萎んでいくようだったけどな。

 

 こういう衝撃的な場面に立ち会うと、普段あんだけパニック起こしまくる俺は変に冷静さを獲得してしまう。要は、泣くに泣けねー。そんな俺の分までリサちゃんは棺から見える綺麗なベラ姉の寝顔に顔を近付けて、めいいっぱい日頃の感謝を告げながら泣いてくれている。

 

 こんないい子に、早くから身内の死を見せてしまったことを申し訳なく思う。傘の取っ手を握り潰しそうになるくらい、仇のジュセッペをどう凄惨に殺してやろうかってそういう事ばっか考えちまう。今は目の前にいる、ベラ姉を想ってやりたいのに。

 

「……これで、俺ァ見送るのが三人目か。みんななんでか俺より先に死んじまうんだよなぁ……」

 

 視界の左端に、喪服に身を包んだイングリッドが見えた。黒いヴェールで顔を覆って表情は見て取れなかったが、心中察して余りある。ガキの頃にファブリツィオの義父に拾われて、幼いベラ姉と長きを共にしただろうからな。幼なじみ、または義姉妹といっても過言じゃねぇ。

 

 そんな片割れが死ぬんだから、あの冷徹な殺人鬼とて思うところがあるだろうさ。葬儀は、ヴェネツィアの幹部だけで行われた。実の娘が天国に行っちまって、義父はかなりやつれ気味だったように見えた。

 

 別荘に帰ってすぐ、居なくなったベラ姉の部屋の片付けを始めた。そのままにしてもよかったけど、そこにまだベラ姉が居るかもしれないって思っちまうとすげー悲しくて。さようなら、って意味も込めて丁寧に片付けることにした。ただ、ベラ姉の息遣いを感じて遺品の数々は捨てれはしなかったけど。

 

「…………うん、こんなもんかな」

 

 家事に関しては前世で学生時代に寮生活をしてたってのもあるからか、割と板についてる。規則的に掃除の時間が設けられてるちょい厳しめの寮だったんだよな。

 コンシューマーとか持ち込むのも禁止されてて、流行ったのはベイ〇レードとか〇丸とか、そういうホビートイだったな。どっちもメタルの時代だったね。シュートする時、力みすぎて壁にメタファイぶつけて穴あけたりしたのを覚えてる。

 

 葬式は正午には終わり、部屋の片付けは夕陽が沈むまでには済んだ。ベラ姉が本棚の奥に隠していたラブロマンスの小説も、それを隠すために飾ってばかりじゃなくしっかりと読み込んでたんだろう、ページの皺が見られる経営術のイロハが学べる本も、なにもかもが無くなった。

 

 シラクーザでは死者に手を合わせる文化は無いが、元々日本人だからさ。この部屋から出るとき、やっぱりしなきゃならないとって心が訴えてきたから、もう一度部屋に身体を向き直して手を合わせて、ベラ姉を想って黙祷した。

 

「────ベラの部屋を片付けたんだね」

 

 黙祷してっと、後ろから声を掛けられた。この別荘でこんな喋り方をするやつなんざ一人しかいない。義父との積もる話も消化しきれたんだろう。帰ってきてすぐにイングリッドもここに来て思いを馳せようとしてたってわけだ。

 

「……わり、片付けちった。 なんか、ここにベラ姉の物があると、胸がざわざわして。……あ、でも捨てて」

 

「大丈夫。 アッシュがそこまで薄情な子だとは思っていない。……私も無意識にここまで足を運んでしまったけれど、気持ちは一緒だ。もう彼女は居ないのに、この別荘に戻ればいつものように彼女が出迎えてくれると願ってしまっている」

 

 それは良くない感情だから。そう言って、イングリッドは何も無くなったベラ姉の部屋だった真ん中に立ち、辺りを見渡した。感情の乏しいこいつも流石に目を細めたり、多分俺の知らない昔の思い出に浸って淋しそうにしたりと……とにかく、それは俺の知るイングリッドらしくなかった。

 

 てかシラクーザのインターホンって日本みたいなピンポーン!って鳴るやつじゃないんだよ。よく洋モノのドラマで見るジジー!ってブザーが鳴るみたいなやつ。

 俺あんまこのブザー音好きじゃないんだけど、取り替えようとしたらイングリッドたちに変な顔されたから、違和感なのは俺だけって気付いて郷に従うことにした。こういうのもあって、一人暮らししようとしたんだよな〜。

 

 そんなインターホンを突然鳴らしてこの別荘に訪問してきたのは、どこからかベラ姉の訃報を聞きつけた、葬儀が終わって一日も経ってねぇのに心配そうな顔してるラップランドだった。急いで来たんだろうな、ちょっと息を切らしてていつものニヤついた表情はそこになかったね。

 

「…………ん、どした? ラップランド」

 

「……よかった。 憎しみあまってどこかに行ってしまうんじゃないかって、気が気でなかったんだ」

 

「信用ないねぇ……大丈夫だよ。すげー悲しいし、辛いけどさ。くよくよしてるとベラ姉がブチ切れそうだし、しっかり前向かないとな!」

 

 天国にいるベラ姉が「暗い顔しててもなにも好転しません! ほら、シャキっとしなさいな!」って背中ぶっ叩いてくれそうだなってのはホント。俺が前を向かないといけねぇなぁ、って思ってるかどうかっていうと、そこは怪しい。

 

 正しく過去を清算できてない。ベラ姉を嵌めた屑、それに迎合して流されてるだけの馬鹿ども、全員殺してやらないとベラ姉を弔ってやれない。…………なんて思ってるけど、こんな血が流れるだけの報復もベラ姉は喜んでくれなさそうで、優柔不断な俺はまた善悪の狭間で揺れている。

 

 ラップランドとは恋人になって結構な月日が経つ。初めは俺の方がこいつの内心を見透かすことが多かったんだが、最近はトントンぐらいで俺の内心も見透かされることが多くなった。どういう事かっていうとな、俺の嘘をラップランドは見抜いたようで、有無も言わさず俺を胸に抱き寄せたんだ。

 

「こんな時まで気丈に振る舞わなくたっていいんだ。…………ほぉら、その胸の内をボクに教えて?」

 

 柔らかな肢体に俺の半身が沈みこんでいくような感覚と、ラップランドが好んで使っているお気に入りの香水が鼻腔をくすぐって、俺が今どこに立っているのか分からなくなるような前後不覚に陥る。十六にもなるっていうのによぉ、こいつに赤子みたいに頭を撫でられて、自尊心もへったくれもありゃしねぇ。

 

 なのに、この退廃的な関係を拒絶できないくらい俺の心にラップランドっていう女が侵食してしまっている。在りし日のお袋に抱かれた幼い思い出と現在を重ねながら、泣けそうになかった目尻に湿っぽい液体が溜まっていく。

 

「あ゛ーー……嫌だ。 ちゃんとベラ姉にさよならが言えない俺も、しっかりと泣くことさえできずに復讐のことばかり考える俺も、全部が嫌になる。 ちくしょうが……ちくしょうっ……!」

 

 これは俺の独り言でしかなくて、たまたまラップランドはこの場に居合わせて聞き耳立てちまっただけに過ぎない。まるでそうであるかのように、相槌も返事もせずただ静かに俺を撫で続けるラップランド。泣き慣れてない俺の嗚咽が少しマシになってから、ようやくラップランドは口を開いた。

 

「…………ジュセッペを、殺したいかい?」

 

「……あぁ、ぶっ殺してやりたいよ。なんの罪もねぇ、優しかったベラ姉を狙いやがったあの男を……許せるわけがない、生かしてはおけない…………」

 

「────その願い、ボクなら叶えてあげられる。その代わり……一つボクの言うことも聞いてくれないかな……?」

 

「ずびっ……あんだよ、もったいぶらずに言いな」

 

 思い返すと、この聞き返し方マジで最悪だなって思ったね。まず女の子の方に言わせるのがナンセンスだし、こういうときだけ謎に鈍感なのどーいうことだよって。

 この時ラップランドは少し恥ずかしそーに、言うか!?いや、やっぱり恥ずかしいし言うのは……!みたいな百面相をお披露目してたわけだけども。最終的に意を決して、ラップランドはその『お願い』を言葉にした。

 

 

 

「────今夜ボクを、抱いてくれないかな?」

 

「………………んぇ!?」

 

 

 

 …………やっちまった。ラップランドと一線越えちゃった……!うぅ、もうお婿さんに行けないっ……!え、ボクが娶るから問題ないって?クソイケメンだなお前。

 さて、今世では初めての色事だったのと、結構もう薄れかけてる前世の記憶を遡っても多分女性との出逢いに俺ァ一切縁なかったもんで、まあヤるのにすげぇグダついた。

 

 普段は一枚上手を醸し出してるあのラップランドでさえ、裸体を晒すことに羞恥を覚えていたし、バージンは痛そうで異物が体内に入っていく感覚は気持ち悪かったんだとよ、変な汗をかいてた。

 俺ちゃんはって?セックスの負担って男側は少ないのちょっとズルだよな。色々柔らかかったし色々暖かくて超気持ちよかったよ!…………へっ!!

 

 そーいや日焼けとか知らねぇの?ってレベルでつるっつるの白い肌なのに、アルベルトに折檻されたときの傷痕が所々にあって、俺に嫌われると思ったのかラップランドは汚いものを隠すかのように手で覆ってた。でもさ、好きなやつがどれだけ傷だらけでも愛してやるのが男の気概ってやつじゃん?

 

 だから啄むようにラップランドの傷痕の数々に唇でキスして、オラこちとらこんな事もできんだぞ。てめぇの古傷がなんのそのじゃゴラァ!とマウントを取ってやった。それに感極まったラップランドにまた為すがままに食べられる(性的)まで秒読みだったんですけどね。

 

「はーあ、最低だな……俺って」

 

 正直狂ってると思わない?ベラ姉が亡くなってすぐにこんなこと。でもここは日本じゃねぇし、ましてやシラクーザだ。法も機能してねぇし、俺にはもう正気の保ち方が分からなかった。自分の復讐心を正当化するために、ラップランドっていう女体に溺れないとやってられなかった。

 

 白いタオルケットでさっきまで晒してた裸体を隠して、となりで俺を蕩けた顔で見つめているラップランド。汗で張りついた布がこいつの美しいプロポーションを強調して、大事な部分は隠れてるはずなのに逆に扇情的な色香を放っていた。

 天井のシミを数えながら自慰行為に近い自己嫌悪に浸ってる俺の頬を指でなぞって、ラップランドは自分という(せい)に引き摺りこませるように俺を肯定してくる。

 

「最低……? 誰にとっての最低なの? 少なくともボクにとって、キミはずっと────んむっ!?」

 

「ん……ぷはっ! その先は……ちょいと俺には甘すぎるね。 デレデレラッピーもたまにゃいいけど、少し落ち着きな〜?」

 

 言わずもがな俺はこいつに溺れてるが、それはラップランドもだった。元々ネジが2、3本外れてるのがデフォルトの女だったが、これを機にバカみてぇに盛るようになっちまった。身体が触れ合って、お互いの熱を感じ合えるのが心地いいんだろうな。お陰で俺の首筋の絶妙に服で見えない部分はこいつのキスマークでアザと歯型だらけだ。

 

 で、万年発情狼さんであるラップランドはクルビアに来ても変わらんようで。雨宿りと称して俺を人通りの少ない路地裏に引っ張っておもむろに唇を奪ってきやがった。俺が泳がせてたアホどもを文字通り挽き肉にしてすぐこれだからね。若気の至りってすごいね。

 

「ん……ちゅっ、はぁっ…………あはっ! その冷たい眼差し、ゾクゾクする……!」

 

「……ジュセッペをぶっ殺すのを手伝ってくれるって言ってたのはどっちですかねぇ、ええ? せっかく撒いた餌がぐちゃぐちゃに食い破られちまった。 これで俺は振り出しに戻ったわけだボケが」

 

「もう、せっかちだなぁ……ボクがなんの考え無しにあのおバカさんたちを殺したと思ってたの?

 鈍間な彼らに頼ってるようじゃ辿り着くまでに夜が明けてしまうから、寝ぼけてるキミの目覚まし代わりも兼ねてサプライズしてあげたんだよ! どう?……お気に召したかな?」

 

 俺にしなだれ掛かりながら、耳元で甘えた声を出すラップランド。色事を知ってエロがりを奏でやがって……そろそろおいたが過ぎるのでほっぺを摘んで退かしてやる。

 いいねぇ、昔のバカやってた時みたいな顔してら。「ちょっと離してよ」みたいなむっ!とした顔。懐かし〜!!

 

「いーからさっさとお前の掴んでる情報を吐け。旅行先で色めき立ってんじゃねぇぞ。俺らはあくまで『粛清』に来たんだ。

 それともなんだ? ご褒美でもぶら下げなきゃサルッツォのお嬢様は尻尾を振らねぇのか?」

 

「それはキミの期待に添えたらご褒美を貰えるってことかな? ひとつ勘違いをしてるけど、ボクは他でもないキミだからここまで心を許してるんだよ。

 目を離さずボクを見てって言ったでしょ? 既にボクはキミに尻尾を振って服従を示してるのが分からない?」

 

 ……もうほんっとに口先の勝負強いから嫌いっ!口喧嘩ってプライドが無いやつが強いんだよ、知ってっか?こいつ好意をド直球に伝えるようになって、無敵の人になっちゃったのよ。歩を取って優位に立てたと思ったら気付けば飛車角を捨てなきゃいけないように仕向けられてんの。エグすぎ。

 

「ご褒美の話、ちゃんと覚えておいてね?

 ……キミも知ってるベラ義姉さんを嵌めたテキサス傘下の製薬会社。最近あそこの取締役員が汚職でスキャンダルを起こしたよね」

 

「散り散りになったトラディトーレの残党どもが拾われたクソみてぇな会社な? シラクーザに根を張ってた下部組織は全部俺が潰したから忘れもしねぇ」

 

「テオドーロって大男も覚えてる? 変わったアーツを使う、幹部格の大男。……彼、兄弟が居たみたいでね?

 女の子みたいな名前だし、見た目も華奢で男の子とは思わなかったよ! 名を、テオドラ。 適当な人間に罪を被せて、彼は今もジュセッペ直属の幹部として偽テキサスファミリーの中核に居座ってるんだって!」

 

 

 

 テオドーロは強さを求める、いわばクルビアマフィアらしくない人格の持ち主だった。弟であるテオドラはいつも兄を蔑んでいた。強さとはなにも正面から打ち合って活路を拓くだけが全てではないのに……と。

 

 その上で、一つだけ尊敬もしていた。既得権益に肖り努力もしないクルビアマフィアの腐った下っ端たちとは違い、兄はアーツの研鑽に励んでいた。類を見ない『水』の特性を持つアーツエネルギーを、どう扱うかということに。

 

 ついぞ兄は『アーツ』に昇華こそできなかったが、それでも幹部に上り詰めるほどには強者として君臨できた。愚かながら、それでも見どころのある良い兄だった。

 

 テオドラは兄のテオドーロを反面教師に人生を設計してきた。『暴』ではなく『知』を、『力』ではなく『技』を追求し、同じ血統であるがゆえに流れる『水』の特性を持つアーツエネルギーは大きくその在り方を変えた。

 

 人間の体内に含まれる液体量は成人で6割程度である。血液、胃液、唾液……様々な液体によって構成される人体だが、とどのつまりそれは『水』であることに他ならない。

 マフィアの組織の理想として、よく蟻の群体をケースに語られることがある。末端に意思決定を委ねさせず、トップに君臨する女王蟻を中心に考えられるパターン化された行動。

 

 隊列に反した蟻がいれば、異分子として群れをなして殺害する。テオドラはこのクルビアマフィアにとってその群体的パターン化が理想だと考えた。故にそこから着想を得たテオドラの『水』のアーツはジュセッペと幹部を除く全ての偽テキサスファミリーの構成員に微細に入り込んでいる。

 

 もしもジュセッペに背くものが現れたならば、即刻排除できるようにするために。テオドラの『アーツ』は遠隔操作の暗殺に向いていた。

 

「…………はぁ、おつかいもできないバカどもが死んだんだけど」

 

「────おっ? ドンに命令された情報収集係のやつら?」

 

「そ。これくらいならできると思ってたんだけどな……期待したウチが馬鹿だった。マジ反省」

 

 テオドラはその容姿さえテオドーロとは真逆に育った。筋骨隆々の大男であったテオドーロとは違い、細く色白で声も高い。すれ違った人々は「綺麗なお姉さん」と勘違いするだろう。

 

 色素の薄い青白い髪をウェーブさせて伸ばし、心底つまらなそうに携帯をイジってガムを噛んでいる。先進的なクルビアの風景には不釣り合いなほど、生脚が見えているホットパンツとへそが見えているぶかぶかの長袖を着ている。所謂ギャルコーデというやつだった。

 

「テオ、次はどうするのさ。 殺し合いなら暇だし俺も手伝うよ!」

 

「ん〜、ちょい待ち。正面から殺り合うとかナンセンスだし。あくまでウチらはドンのサポートに徹するだけでいい……そーゆーわけで、まだ()()()()()()()は大人しくしてて。オッケー?」

 

 厚底のブーツを履いたまま、机に足を乗せたテオドラ。彼にトラディトーレと言われた色黒のリーベリの少年はラップランドがアッシュに向けるような粘着質な熱を帯びた瞳をテオドラに向けて、「テオがそう言うなら」と大人しくすることを決めたようだった。




テオドラくんは見た目こそギャルですけどちゃんと恋愛対象は女の子ですし、
トラディトーレくんもテオドラくんにクソデカ感情抱いてますけど恋愛感情じゃないです。
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