あれから色々とありまして。5年くらい経ったか?目まぐるしい日々で感覚バグるんだよな。年齢はずっと義父とイングリッドに祝ってもらってるから覚えてる。今年で10歳になった。
そーいや、出会った当初から身重だったイングリッドが今や母親になっちまった。あんまり実感湧かんよな、俺も湧かない。名前は元々決めていたらしく、リサちゃんと名付けたらしい。一応出産に立ち会ったが、その時のイングリッドはいつものイカれた殺人鬼のような顔は無く、無事に産まれてきたリサちゃんを抱きしめて、涙を流して祝福するただ一人の母親の顔をしていた。
5年前はすっげぇ物が無くて寂しかったイングリッドの別荘も、今や俺が居るからつって住み込み始めたイングリッドとリサちゃんのためのおしめやらシーツやらで生活感ばちくそありまくりになった。あ、リサちゃんがてちてち歩いてこっちに来てる。どちたの!
「にぃちゃ、だっこ!」
「こら、リサ。 アッシュに触るとばっちぃよ、こちらにおいで」
「おいゴラ女狐、誰が汚ぇって?」
「その荒々しい口調では否定のしようがないと思いますわよ……」
言い忘れてたけど、ファブリツィオ──俺らのドンに実は一人娘が居たんだよな。名前はベラ・ヴェネツィア。
恐らくはこのファミリーの全てを任されるだろう後継者さんだ。ドン譲りのくすんだ銀の髪を肩まで伸ばしていて、あのダンディーな感じを女性に置き換えたらこうなるんだろうな、って感じの雰囲気をしている。ちなみに乳は小せぇ。
……説明下手くそか?まあ要はちょっとキツめの顔の美人さんってことよ!分かれ!
「言ってくれるじゃねぇのベラ姉。 てか大丈夫かよ、医者に動くの止められてんじゃなかったっけ?」
「先生から禁止されているのはあくまで屋敷の外に出ることでしてよ。 屋敷内まで歩くのはダメだ、とは言われておりませんもの」
ふんっ!と鼻息を荒くして無い胸を張っているベラ姉。ベラ姉もベラ姉でこれまたクセが強いんだわ。どーやら生まれつき身体が弱いらしいんだが、メンタルは違ったらしくすげーパワフル。
義父の一人娘なんだから威張り散らかしときゃいいものを、幹部も下っ端も関係ねーと言わんばかりに関わる関わる。そんでファミリーの構成員全員の顔も名前も覚えてるっていう、もうファミリーの長の座を継ぐ気満々じゃんって思わせて全員に言い放った言葉がこれ。
「
義父は頭を抱えた。ベラ姉はなんかずっとドヤ顔だった。
まあでもベラ姉はベラ姉で考えがあるっぽい。弟みたいに可愛がられてるんでね、色々聞かせてくれました。だからちょっと俺がわかりやすくしたのがはいどんこちら!
そもそもベラ姉はシラクーザのマフィア文化に嫌気がさしてるっぽくて、裏の家業をやらないと地位や名声が保てないのってなんかダサくね?って考えてるのが根幹。
それに、ヴェネツィアの表の事業は割と軌道に乗ってるんだから、裏の家業はどんどん縮小させて表の事業一本でやっていけばいいじゃないの!とのこと。
ヴェネツィアの表の事業ってのは自動車工場及び自動車販売の事を指す。二十ちょっとあるシラクーザの都市において、ヴェネツィア印の自動車は割とブランド的な価値を築いている。ホ〇ダとかト〇タとか、そういう感じで。
分からんでもないよね。日本だったらそういう大手自動車メーカーの財閥令嬢なわけでしょ?ベラ姉って。
ま、十二家に名を連ねる巨大ファミリーの一つのウチらが、そう簡単に足を洗えるわけないんだけどね。そもそも先ずの話、ミズ・シチリアが許しちゃくれないだろうし。
でも、マフィアの頭目の一人娘だっていうのに真っ直ぐに育った善性は無くして欲しくないなって思うね。俺は少なくとも関わってて好感がもてる。
「それにしても……いつみてもリサちゃんは可愛らしいこと! ジメジメしたシラクーザ、ジメジメしたマフィアの抗争ばかりの毎日に、一筋の光が舞い込んで来たかのよう!」
「きゃっきゃっ」
「もっと言ってくれてもいいよ。 私のリサはシラクーザ一、いやテラ全土を駆け巡っても張り合える相手はいない可憐さだからね」
……まあ、もしそんな夢物語が来たらちょっとは手を貸してやろうかなとは思うね。ベラ姉頭良いから意外とどうにかできそうだし。
あとずっと見て見ぬふりしてきたけど流石に親バカが過ぎるっす。イングリッドパイセン。そんなキャラだったけ?もっとさぁ、「手早く済ませよう。リサが待ってるからね」ってかっこいい……かっこ、あれ?いつも通りだな。
ちょっと心配なのは授業参観とかでリサちゃんに気にありげな目線送ってる同級のガキに睨みきかせてPTA会議とかで苦情寄せられないかなって。俺ね、これガチで心配してる。
「というか、時間は大丈夫? 急がなきゃって言っていなかったかな、アッシュ」
「げ、やべぇ!! バスに乗りおくれるっ……!」
「いってらっしゃいまし、アッシュ〜!」
離乳食の時間をちゃんと決めた方がいいってベラ姉に言われて真面目な顔でイングリッドが買ったでけぇ振り子時計を見ると、時刻7時45分を指していた。割と遅刻だし、てか多分間に合わないんだけど、諦めたらそこで試合終了って安〇先生も言ってたし、とりあえず走る。
あ、言い忘れてたわ。俺、小学生やってます。
義父の過保護が凄すぎてなんかすげぇ肩書きの家庭教師……なんだっけな、クルビアの有名大学を出たなんちゃら博士を取った天才?を付けられそうになったんで、めちゃくちゃにあることない事言ってシラクーザの一般家庭が行きそうな普通の学校に通わせてもらうことに成功した。
おかげで前世ぶりの『普通』の学校生活を送れて内心ハッピー!な俺である。非日常が地続きだったんでね、学生やってる間は血を見なくていいのは脳に効きますよ〜!
あ、ちなみにスクールバスには間に合わなかった。仕方がないんで最寄りのターミナルに行って電車を待つこと数分。
「うわあっ!? ……っつめてぇ! ……おーい、なにサボってんだぁ……?アンジェリーナさ〜ん……?」
首筋にちべてぇ缶コーラを当てられてガチでビビった俺。マジでびっくりしておじさんみてぇに適当な経済ニュース読んでたタブレット落としそうになって焦ったんだけど。
汚れ仕事のおかげで金には困ってないけどさ、貧乏性というか。壊れたらなんかヤじゃんね。
後ろを振り返ると悪戯成功〜!といったようなにこにこのアンジェリーナが立っていた。
「えっへへ〜! びっくりした? バス停で待っても来なかったから、多分こっちに来ると思って待ってたの!」
この人懐っこそうなヴァルポの女の子は安心院アンジェリーナ。くりくりとした大きな瞳、垂れ目がちの優しい目元、ふわふわとした艶のある茶髪に、アンジェリーナの感情をダイレクトにわっかりやすく伝えている耳と尻尾。
紛れもなく美少女。しかもこちらを勘違いさせてくるあざとい系の。なに?俺を待ってるってそういうこと?
アンジェリーナのお父さん気が気でないでしょ、こんなん。
「あんたはがっこーに行きなさいっ。 テストの点数良かったらアンジェリーナのお母さんがお小遣いアップしてくれるんだろ?」
「うえっ、そ、そうだった……。で、でも〜。友達として、アッシュが心配だったのもあるんだ……」
ぴっくりして耳がぴーん!となったかと思いきや、今度はぺたん……。と耳をへたらせるアンジェリーナ。うーん、可愛い。しかもこの娘純粋だから本当に心配だったんだろうなってのも分かって更に可愛い。
とりあえずわしゃわしゃと頭を撫でて、停車した電車ん中に二人で入る。ま、間に合わなくても途中から授業聞く分には損ないしネ。なんなら正門着いて行きたくなきゃやめりゃいいし。選択肢は俺らの手にある。
ちなみに缶コーラは俺にあげるために買ったらしい。お小遣いで洋服とか買ってカツカツなのに健気。飲まずに一生大事にするね♡ え?破裂するから飲めって?あい。
荷物が重てぇから座席の上に乗せようと思ったんだけど、ガキだから手が届かねぇ。仕方ねぇし足に挟んで座ろうかなと思っていた矢先、手に感じる重さがふわっと軽くなったような気がした。この摩訶不思議体験の原因、アンジェリーナさんは任せて〜!と言わんばかりに張り切って荷物を上に乗せてくれている。
「相っ変わらずチートアーツだこと……。 俺によこせっ、そのポテンシャルぅ〜!」
「わわっ、二回目はだめ〜! せっかくセットした前髪がぁ〜……」
アンジェリーナのアーツは『重量操作・重力操作』だ。このアーツはマジで凄い。今やって見せたのは物の重量を軽くさせて浮かすことで手の届かないところへ物を運ぶというものだが、これは割とニュートラルな使い方。これのヤバいところは際限なく重くすることができるというところにあると思う。
ブラックホールの作り方っていくつかあるけど、その一つに死ぬほど物体に重力をかければ段々周りを巻き込み始めて全てを飲み込む暗黒点に……みたいなのがある。アンジェリーナの『アーツ』にはこれができる。
そうじゃなくても、殺したい相手の重量なり重力なりを重たくする方向にイジれば、勝手に自分から圧死させることができる。回避不可能の殺人マシーンの完成ってわけ。
まずこういうのを思いつかないあたり、アンジェリーナってめっちゃ良い娘なんやなってワイは思います。
もう俺ヴェネツィアに染まっちゃったからさ、こういう使い方しか思いつかねぇわ。
「ねぇねぇ! 最近できたいちごクレープのお店気になってるんだ! 今日帰る前に寄っていこうよ〜!
もともと店長さんはパスタ屋さんだったらしいんだけどね、その経験をクレープ作りに活かせないかって考えたんだって!」
なんか自虐してたらめちゃくちゃ可愛くデコってあるタブレットをこっちに見せていちごクレープの広告を見せてきた。えっと、話が入ってきません。なぜなら距離が近くて肩が触れそうだからです。
マジで顔良っ。さすが学校一可愛いランキングでナンバーワンと名高いアンジェリーナさんですわ。最近になってアンジェリーナの良さに気付きはじめたんだが……みたいな顔付きの男ども多いもんな。
「ふーん。 でもなんだっけ、本場のスイーツといったらみたいな国があるって言ってたよな。 そこに比べるとどーなんよ」
「ラテラーノ! いつかあたしも行ってみたいんだぁ〜……!
流石にそのスイーツと比べちゃったら味は負けちゃうかもだけど、きっと美味しいことには変わりないと思う! 物は試しって言うでしょ〜?」
流石に勘違いじゃないと思いたいが、安心院アンジェリーナは明らかに俺に気があると思う。学校の帰りにクレープ一緒に食べようって将来結婚しようと同義だよね?よしきた、俺は入籍準備万端ですよ。
んまぁ、懐かれる理由は色々と思い当たる節があるんだけどね。シラクーザって国は種族分布的な話をするとループスが多いんだよ。つっても『多い』って言葉は全員がループスですよ、って言ってるわけじゃないじゃん。
イングリッドやアンジェリーナみたいにヴァルポ……キツネの獣人も居りゃあ、稀っちゃ稀だがフェリーン……ネコの獣人も居たりするわけでさ。
外国人留学生が転校してきてさ、肌の色とか眼の色とかが違うから気持ち悪がって男の子たちがちょっかいかけたりする出来事とか無かった?どこ行ってもイジメは無くならないってのはホントなんだって思い知ったね。テラでもそーいうのはあったっていうハナシ。
これは民族的優生思想とか選民思想とかは関係ないのかなと思うね。ガキゆえに、ガキだからこそ『違い』に敏感で気持ち悪いと感じてしまう……言わば避けようのない本能的なモノなんだと思う。
大人になってもそれが消えない可哀想なやつとか居るけどさ、段々歳を重ねてったら周りにそういう人減っていくでしょ?
アンジェリーナはループスじゃなくヴァルポだ。これだけでイジメの理由足り得てしまった。俺たち私たちとは違う耳、尻尾。だから気持ち悪い。だから嫌い。酷いとシラクーザ語も分からないんだろ、とかエグいことを言うやつもいた。当然アンジェリーナはそれ、聞こえてるわけで。
その時のアンジェリーナは今よりずっっっと暗い顔で、ずっっっと何かを必死に我慢してた。今のにっこにこなアンジェリーナを見るとちょっと親心みたいなもの湧くもんね、マジで。
「たしかに? 味比べってのもオツだしな。
ちょっと気になってきた。 俺店までの道分かんないから案内ヨロシクね、アンジェリーナ=サン」
「……! うんっ! 道案内はあたしにおまかせあれっ!
ねね、別々のメニュー頼んで半分ことかどーお!?」
嬉しいとき耳がしっかり立つのわっかりやすいよな〜。この可愛さは国宝級ですよ、誉高い。
なんの話してたっけ。あ、そう。アンジェリーナイジメられてたのよ。だからちゃちゃっと助けちゃった。
前世含めてもどーしても幼稚なままな自覚はあったんだけどね、本物の幼稚ってのを見せられたらなんかクソガキ自称するのも憚られるよね。無邪気って怖いわ〜。
そんなこんなでアンジェリーナと午後の予定を色々と話してたら教室にとうちゃーく。アンジェリーナとは別クラスなんでここでバイバイして、中に入るとなんだかクラスメイトがザワついてるご様子で。
「よう、どしたのお前ら」
「アッシュ! 珍しく今日はサボりか!?
なぁなぁ、今日この学校に転校生が来るってウワサ、知ってるか!?」
「……転校生? 4年次のこの季節に?」
「たしかに変なタイミングだけどよ……どうやらウワサの転校生、金持ちのお嬢様らしいぜ?」
「金持ちの、お嬢様……ねぇ」
シラクーザの『金持ち』は基本的に信用ならない。まぁ確かに証券会社の跡取りとか娯楽として盛んなオペラ座の秘蔵っ子とかすげー立場の子供とかはいるっちゃいるが……。
大体こういうのはマフィアの長の一人息子、あるいは一人娘であることが多かったりする。
ループス種の人たちは子どもを過酷な場所にぶち込むのが習わしなのか、自分たちの生活水準より遙か下の水準の世界に子どもを放り投げることがある。んで、俺の直感は今回それなんじゃねぇかなって尻尾がビンビンしてる。
「はーい! 皆さん席についてー! いきなりだけど、大事なお知らせがあるわ。 今日からこの学校に転校してきたラップランドちゃんよ! ……もう入ってきて大丈夫よ、いらっしゃい」
サボったんで何回目のベルだ?昼は過ぎてねぇから3回目か4回目?のチャイムが鳴り、先生が入ってきて早々クラスメイトたちのウワサは本当であると告げられた。先生の合図で教室に入ってきたのは、明らかに上等な布で仕立てられた私服に身を包んだ、品性を感じさせる女の子だった。
────ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!!
狩人が獲物を狩る時に様式美を気にするように。マフィアも『体裁』と『理由』を重んじる。こいつは身なりこそお嬢様のフリをしている……しているが、同じ世界の人間には分かる。分かっちまう。
「やぁ……初めまして諸君。 ボクの名前はラップランド……ああ、呼び捨てで構わないよ。これから仲良くしてくれると嬉しいな……?」
まるでこいつ以外の人間は『獲物』で、己のみが『狩人』であると言わんばかりの……上手すぎる擬態。違和感が無いこと、それこそが違和感。
その所作から感じられる品性では隠しきれないほどの死臭と、一つの絵画を思わせるほどの美貌では隠しきれないほどの狂気がそこに存在していた。
ラップランドは誘い受けだと思ってるので、わざと挑発的な態度を取って相手の神経を逆撫でするムーブをデフォルトで取ります。
そして、気になる相手がそれに乗ってこなかったとき「ボクから目を逸らすの……?……アハッ、後悔させてあげる」と言いながら覆い被さってきます。
そして明日のゴミ出しの日にやけに憔悴したテキサスとつやっつやのラップランドがゴミ置き場にゴミを出しに来るんですね。
「ああ、気にしないでおくれ。……すこし『運動』をして疲れているんだ」
と、乱れた髪を耳にかけ火照った艶やかな顔を──────