「お母さぁん……どこにいるの? いたいよぉ……! こわいよぉ……!」
激化した抗争の
「あいつらを逃がすなァ! 一人残らずぶち殺せェ!」
サルッツォファミリーを象徴する白スーツの集団が、一般人の犠牲など知ったことかとアーツユニットを用いて街を破壊していく。反面、クルビアの自由を象徴するかのように、決まった服装などないクルビアマフィアは、格式張ったスーツを羽織るものもいれば、だらしのない格好をした浮浪者のようなものまでいた。
彼らも負けじと自前のアーツユニットや、ジュセッペから渡されたBSW製の拳銃を片手に応戦している。その余波に巻き込まれて、初めは静かだった『粛清』の狼煙も、時間が経つにつれ次第に騒々しい事態へと発展していく。
「飛び出してはだめだ! お父さんの後ろに隠れていなさい!」
ある所ではこの抗争が鎮静化するのを願って、巻き込まれないように恐怖に身体を震わせながら、それでも愛する家族を護ろうとする健気な父親の姿が見えた。
「おい、大丈夫か!? ちくしょう……腹部を撃たれて意識がねぇ! 誰かっー! 救急キットを持ってきてくれぇー!」
またある所では勇気ある青年が怪我を負った見知らぬ人を助けようと、必死に声を振り絞り助けを求めている。この混沌とした状況で、誰もが自分可愛さで逃げ出す中、意志を同じくして助けに行こうとするものは誰一人として居なかった。
ラップランドやイングリッドにとって、このような抗争で無辜の人々が命を落とす場面はなんら珍しいことではなかった。むしろシラクーザでありふれた、なんてことのない日常の一風景としてよく見かけるほど、彼女たちはこれが染み付いていた。
「────これが、『粛清』? ……ふざけてやがる。『粛清』されるべきは……どっちだよ」
ただし……記憶喪失状態のアッシュはその限りではない。シラクーザの出身である……覚えていることはほぼそれだけに近しい。今やシラクーザで過ごした大半の日常は失われている。整合性のない記憶によって、見慣れているはずの光景も真新しいものとして映っているのだ。
記憶の中から綺麗さっぱり両親との暖かい記憶が消え去っているとはいえ、どこか仄暗い胸騒ぎに襲われて心がざわめき立つアッシュは、無意識にナイフの柄を強く握りしめて苦々しげにこの状況を眺めている。
(記憶喪失前はがんがん割り切ってぶっ殺してたってのに……甘ちゃんだねぇ、今のアッシュくんは。マフィアってそういうイキモノでしょ〜が。 ウチの仲間のトラディトーレだってそう。こういうしょーもない抗争に巻き込まれて、ジュセッペに一族皆殺しにされてんの)
傾きすぎた善性は時に現実的ではない理想家の一面を表出させる。善と悪であれば勿論のこと善性を宿している方が良いに決まっているが、テオドラが求めているのは善なる理想家ではなく善なる為政者である。テオドラから見て、今のアッシュは甘ったれた現実の見えてないガキでしかなかった。
ただ、呆れつつもテオドラはやはりアッシュという青年はファミリーを率いる素質のある人間だと評価したことを撤回はしなかった。少なくとも、このままでは非現実的な理想論に傾倒しそうな危うさは持ち合わせているのは否めない。
だがそれは別に
(……俺も同じことを思うよ、アッシュ。こんなことが許されるべきじゃないんだ。今のマフィア社会は確実に歪んでいる。……もしかしたら、本当にこいつは俺たちを争いの無い世界に導いてくれる人間かもしれない……)
唐突で申し訳ないが、境遇の話をすればアダムは拾った人間がイングリッドではなく、ジュセッペだったという最悪の分岐点を辿ったかつてのアッシュである。アダムもまた順当に育つはずの精神は脆く成長し、誰かに縋っていないと保っていられないほど不安定な構造をしていた。
彼がテオドラを救世主として崇めているのもその表れであり、幼さの残るアダムはテオドラよりも現実を直視し受容できるほどの器が育ちきっていないという問題を有していた。現実主義的なテオドラとは裏腹に、アダムはアッシュの陽だまりのような善性に強くあてられ、誘蛾灯に誘われる蛾のように惹かれはじめていた。
「……確かに、君の言う通り人の命をなんとも思ってないような、非道な行いだと思うよ。けれど、これは私たちシラクーザマフィアにとってけじめの意味合いに近い。
ミズ・シチリアからすれば、老サルヴァトーレが息子ジュセッペの横暴を事前に止めてさえいれば、流れるはずのない血だったと思っているだろうね」
「…………だとしても、なんだってこんなっ」
「────夜明けが近いから。 ミズ・シチリアは長々と『粛清』をすることを厭ったんだ。 彼女なりの人々への配慮……または老サルヴァトーレに対するなけなしの敬意……なのかもしれないね。
ともかく、ボクらはその命令を一言一句違えちゃいけないんだ。ミズ・シチリアがボクらの飼い主だとしたら、ボクらは首輪を付けられたペットだ。言いつけも守れないペットに飼い主は……おしおきをするものだよね」
以前のアッシュがイングリッドやラップランドとの関係を良好に保てていたのは、この歪んだ社会構造をおかしいと感じる感性を有しつつも、「自分一人ではどうすることもできない」と前世の日本人的な右に倣え精神で反発心に蓋をしていたからである。
そして、誰よりも人の痛みを知るアッシュがラップランドだけが抱える苦しみ、イングリッドだけが抱える苦しみ……それらをよく理解していたから、家族の形に、はたまた恋人の形に上手く着地することができたのだ。
彼女たちもシラクーザの泥濘に足を掬われた一人の哀れな人間でしかない。逆らえるものなら逆らいたいが、待つのはミズ・シチリアの手によって直々に下される死の
「…………あんたらの事情も、分からなくはない。 けど……俺は許せそうにない。こうして無関係の人々が巻き込まれて……自分たちの無力さに打ちひしがれるしかなく、降りかかった悲劇を呪うしかないってんなら、俺はそれをぶっ壊さなきゃだと思う」
継ぎ接ぎに繋ぎ直された記憶で自己を形成しているアッシュにとっては、ラップランドもイングリッドも「悪いやつじゃないんだろうけど、初めて会った他人」程度の認識でしかない。彼女たちには彼女たちなりの事情があることも重々承知した。その上で、それは目の前で困っている人々がいて助けない理由にはならないと、彼は判断したのだ。
この決断の重さを彼は理解していない。『粛清』に真っ向から逆らうということは、それ即ちミズ・シチリアの『銃と秩序』の思想に唾を吐く行為と同義であると。存在しない記憶で自己を保っている弊害か、今のアッシュは明らかに無鉄砲に自らの本能に突き動かされている。
イングリッドは、苦虫を噛み潰したような顔で片手剣に手を添えアッシュを見据えている。対してラップランドは驚きも悲しみもしてはいなかった。ただ、ラップランドの知る彼ならそうするだろうと確信がその胸を占めていた。チェリーニアを助けようとする、優しい彼ならと。
「────テオドラさん」
「ん? なぁに、ウチらに御用?」
「あんたらが俺をドンだなんだって囃し立てたのは嘘なんだろうってのは……流石に分かるんだけどさ。俺ァ逆に、その嘘に乗ってやろうと思う」
「──!? ……マ、マジで……言ってんの? アッシュくん」
「大マジ。 誰かを護らなきゃ……!って言葉がずっと頭の片隅で主張してきてうるさかったんだけど、今なら理解できる。
洗車工がアッシュを見て予感したあの凶兆は的中した。本来変えられるはずもない物語の筋書きを、強引に書き変えてしまう力を持ってしまったアッシュが、シラクーザの檻を壊そうとしている。この先彼の進む道は茨に覆われて険しい。
まだシラクーザの雨に掻き消えてしまう死の方が生易しいほど、凄惨で目も当てられない死に方をすることになるのは間違いがないだろう。それでも、高潔な魂は自らの信じる道を歩む意志を抱き続ける。いや、抱き続けてしまう。
テオドラは……既に惹かれつつあるアダムに遅れて、アッシュの放つ眩い光に焦がれだした。どう考えたって、上手くいくはずのない甘ちゃんの言葉だ。具体性も、明確な解決案も出してなんかいない。正解はここでテオドラはアッシュの差し伸べた手を払うべきなのだ。だが……目が離せない。
この輝きが織り成す出来事の数々を彼は特等席で眺めていたい。もしかしたら期待を裏切って簡単に終わる人間かもしれないし、もしかしたら本当に世界を動かしかねない偉業を成し遂げるかもしれない。若かりしサルヴァトーレに惹かれた人々の気持ちはこうだったのかもしれないと、テオドラは実感した。
しかしこれは類い稀なるカリスマ性からくるものではなく……あまりに愚直な心の清らかさ。誰もが口を揃えて述べる、彼の等身大の泥臭さが魅せる、ただ今を生きる人の輝きであった。
「あーあ……下手に手を出したウチの自業自得ってことね。 いーよ、アッシュくん! その馬鹿げた理想に付き合ったげる」
「俺も……アッシュについて行くよ。さっきまではドンとして担ぎあげようって打算ありきだったけど……今は本当に、お前の力になりたいって、そう思ってる」
経緯と目指すものは違えど、サルヴァトーレの元からジュセッペが離反した流れと皮肉にも似通ってしまう。似て非なるとはよく言ったもので、やはりアッシュとジュセッペは相容れぬ存在でありながらも、どこか同じ運命の元にあるようだった。
たった今この時よりヴェネツィアのアッシュはただのアッシュになり、名もない小さなファミリーを発足した。彼の仲間はテオドラとアダムの二人と、随分と心許ない。しかしどうしてか三人の顔は爽やかな表情で満ち溢れていた。
「────そうか。君の選ぶ結論はそれなんだね。ここでは争うことはしない。今は君と戦いたくない。……戦う気分じゃない。
でも次に会ったときは、気を付けて。私は私の意志関係なく……君を斬らざるをえないから」
その輝きの外にいることに耐えかねたイングリッドはそう言い残して一瞬にしてこの場から立ち去った。その後ろ姿は悲しげで、大の大人が纏う悲哀の中では最も重い感情であるように見えた。それもそのはずで、彼女はアッシュたちのように若さゆえの無鉄砲に走ることもできず、かといってしっかりとした大人としてアッシュとの家族愛を割り切ることもできずにいるのだから。
彼女が居なくなるのを見届けて、少ししてラップランドもアッシュの方を振り向き自らの考えを述べた。嫉妬や憎しみがその顔に含まれてないとはけして言えはしないが、誰よりも近くでアッシュを感じて、触れ合ってきた彼女は納得していた。アッシュから与えてもらった愛情を返すように、その仕草はどこまでも柔らかい物腰を維持していた。
「ボクは……イングリッドと違ってアッシュと共に歩むことを諦めてはいないかな。けど、望みを叶えるタイミングは今じゃないって理解してる。
だから、また逢うその日まで……キミとのあの頃の思い出を抱き締めて、育んでおくよ。キミはチェリーニアの前に必ず現れるだろうから、スグに逢えるだろうけど……そのときは殺してでもキミを取り戻すから、覚悟してね?」
イングリッドと対照的にコツコツと小気味良いヒールの音を立てながら、ゆっくりとこの場を去っていくラップランドを見て、アッシュは心がきつく締め付けられるような感覚を得た。彼女が悲痛な面持ちで告げたように、きっと自分と彼女は恋仲だったのだろう。
それが真実だとして、恋心を抱けてもいないのに形だけの関係を保つのはラップランドに対して不義理が過ぎるとも思っていたし、どんな事情があるにせよ彼女のやることをアッシュは看過できない。必ずどちらかがどうしても折れなければならない、難しい関係性だった。
「恋人に戻れなくても……仲良くなれそうなのにな……」
「アッシュくん、それ乙女にとってサイアクな対応だからね?」
「好きな人に『友達としてやり直そう』って言われるの、凄い辛いと思うよ、アッシュ……」
ただみんなを護りたいのに、それだけで誰かを哀しい思いにさせてしまうことに、アッシュは心を痛めた。優しいだけでは誰も救えない────そう頭の片隅で囁く誰かの声が、今の中途半端な自分を嘲笑っているような気がして、あまり良い気分ではなかった。
「っぐぅ……! ちくしょうっ……俺の腕を持っていきやがって、シラクーザマフィアの野郎ども!」
「……ったく、ボヤいたって何も変わりゃしないわよ! ほら、シャキっとする! あんたの腕だって気合いで生やしな、男だろ!?」
徐々に劣勢に追い込まれたクルビアマフィアを匿う隠れ家で、彼らに発破をかけて生気を失わせないようにしている一人のフェリーンの少女がいた。
彼女の名は、ジョヴァンナ・ロッサティ。彼女の祖母が発足したロッサティファミリーはクルビアマフィア内では異質の中立を謳っていた。
そうは言うものの、ロッサティの歴史を紐解くとジョヴァンナの祖母、ヴィヴィアン・ロッサティは若かりし頃のサルヴァトーレと交友関係にある。クルビアに降り立って間もないサルヴァトーレを気にかけ、時には助けあい、時には争いあいながら深めたその関係はまるで歳の離れた姉と弟のようだったという。
サルヴァトーレを熱い眼差しで見つめていたヴィヴィアンは、ただの弟分と思っていなかったようだが。祖父の血を色濃く受け継いだチェリーニアと同じように、ジョヴァンナもまた祖母の血を色濃く受け継いだ。
勝気な性格と強い意志の籠ったつり目の瞳は、かつてのヴィヴィアンを思い起こさせる。ジョヴァンナは、派閥など関係なく故郷の家族が血を流して、死の淵に立たされていることに大きく憤っていた。
「…………『粛清』って、一体私たちがシラクーザに何をしたっていうのよ。ただ毎日を必死に過ごして、お互い不干渉を貫いていたじゃないっ……!」
チェリーニアほどでは無いが、ジョヴァンナはクルビアマフィアの中でも腕が立つほうではある。ただ一人がどれだけ秀でていようと、救える人数には限りがある。どんどんと増えていく負傷者を前に、ジョヴァンナの限界もまた見えぬ形で蓄積していっていた。
「────こそこそ隠れやがって、てめぇらはもうお終いなんだよ」
さらに言ってしまえば、ここに助けを求めてくるクルビアマフィアが多いということは、その分だけシラクーザマフィアにも隠れ家の情報が耳に入る可能性が高まっているということである。
パンクした負傷者の受け入れと、敢えて泳がしていたクルビアマフィアを追いかけて隠れ家を見つけ出したシラクーザマフィアが押しかけてくるタイミングは、運が良いのか悪いのか、同じタイミングであった。
「……とうとう来やがったな、返り討ちにしてやる!」
深手を負っていながらも無理をして立ち上がろうとするクルビアマフィアの男たちを手で制しながら、シラクーザマフィアに相対するジョヴァンナ。
見たところ手ぶらに見える彼女だが、それは侮りである。ロッサティとは赤に由来する意味を持つ言葉だ。その名の通り、代々ロッサティは特徴的な『アーツ』を相伝して扱う術師一族なのだ。
ジョヴァンナの指先に灼熱が灯る。ゆらゆらとはためく焔を弓を引くような構えで佇みながら、彼らを脅すように睨みつけるジョヴァンナ。シラクーザマフィアたちは鼻で笑い、虚仮威しに過ぎないと高を括っている。
「……ここから手を引きなさい。 私はやると言ったらやる女よ」
「へぇ? やってみなよ、弱っちぃ猫ちゃんよぉ!」
代々彼女たちが相伝している『アーツ』は『永劫』の『アーツ』と呼ばれる特殊な性質である。効果としては単純で、その場にただ永遠に残り続けるというもの。それだけでは弱いように思えるこの能力の真価は広範囲殲滅系の属性『アーツ』によって表れる。
ジョヴァンナの放つ焔の矢は放たれたら二度と鎮火することなく、辺り一面をごうごうと灼き尽くす。彼女が実力者と言われる所以は『アーツ』を発動されたら最後、その時点でジョヴァンナの勝ちが決まるからであった。
ただし、致命的な弱みも存在していた。この『永劫』の『アーツ』には解除する手立てが無い。後方から前衛の支援をすると巻き込みかねないし、自分が前に出て戦うのならばそれはもう一人で十分だ。背を預け合う仲間を持てない孤高。それが弱点。
今も強気に啖呵を切ったジョヴァンナであったが、隠れ家ごと灼き尽くしかねない自分の『アーツ』の威力に、正直発動を躊躇っていた。当然全員死ぬとは言わないが、きっと自分の『アーツ』によって逃げ遅れ、焼死あるいは酸素欠乏で死ぬ家族は何人か生まれてしまうだろう。
ジリジリと、しかし確実に近寄ってきているシラクーザマフィアとの距離。頬に汗が伝う感触、生唾を飲み込んでどうにかしなきゃ、どうにかしなきゃとフル回転させる頭。もう……発動するしかない……!震えながら目を瞑り、焔の矢を巻き添え覚悟でかなりの近距離で放ったその時────。
ジョヴァンナの『永劫』はその特性を発揮することなく、シラクーザマフィアの集団のみに着弾することとなった。かつ、シラクーザマフィアがコソコソと不意打ちを狙おうとしたアーツユニットによる狙撃がなぜか軌道を変え自らに集弾
「────やると言ったらやる……ね。いい言葉じゃん?」
さて、これにて役者は揃い必要なピースも集まった。この先の歴史を読み解いても、これほど濃密な一夜は無かったであろう、テラ最大の舞台の佳境へと差し掛かることとなった。複雑怪奇に絡まりあった人間の因果が織り成す、少年少女たちの
ジョヴァンナは流石にチェリーニアに失恋おばさんにしておきたいところ
てか若い頃のサルヴァトーレ書きたくね?誰か書いて
ミズ・シチリアとドンパチやって辛くも負けて悔し泣きするシーンとか、ヴィヴィアンとちょっといい感じの雰囲気になるのに全く気付かない朴念仁なサルヴァトーレのシーンとか、ほら、書けるでしょ?
俺の勘だとサルヴァトーレはもう一人くらいヒロイン候補(今の妻)を巻き込んで三角関係ラブコメしてたと思うんだよね、書いて?
あと勝手な偏見だけどサルヴァトーレは年上のお姉様キラーだと思っている