すればいいじゃんとか言おうとした?
ふん
「…………つ、強い。あの数のマフィアを、一人で……」
よ〜、初めましておまえら。どうやら俺ってば記憶喪失らしくて、俺と出会う人出会う人全員すげぇ浅からぬ関係らしいのね?
あとさ、ずっと頭ん中で囁きまくってるうるせぇ声のせいか分からないんだけど、誰かが苦しめられたり追い詰められたりしてると身体が勝手に動き出しちまう。
本当はこの傷ついたクルビアマフィアたちを匿ってる隠れ家だって知らんふりで通り過ぎるつもりだったんだ。つーか隠れ家までの通り道とかも知りさえしなかったしね。目の前でぶっ倒れてるシラクーザマフィアが襲撃してきて、それから逃げ出してきた奴に助けを求められるまではね。
俺についてきてくれたテオドラとアダムは俺のこの衝動性に慣れつつあったのか、またか……みてぇな呆れた顔して避難誘導と護衛に徹してくれたし、お陰でやりやすくて感謝しかないね。ありがと二人とも。
後は……この強気そ〜〜な女の子の警戒をどう解くかってのが目下俺の一番の悩み事だな。そら怖いよな、いきなり出没して敵とはいえマフィアをボコすなんて。その力が自分たちに向かないとも限らない……って見えるしね。
「…………あー、大丈夫か? 怪我とか、してない?」
「あなたのお陰で傷一つない。……それより、あの不思議な『アーツ』は一体……?」
最初見たときどっちが敵でどっちが護るべき相手なのか分からなかったから様子見させてもらっていたけど、俺の『アーツ』を目で追えてるって、この娘やっぱり相当やれる術師だ。
どーやら記憶を喪う前の俺は観察が得意だったのか知らんが、余程『アーツ』の使い方が巧みじゃなきゃ凡そのアタリをつけることができるっぽいんだよな、俺。
見た感じ、火属性の『アーツ』を得意としていて、それ自体は何の変哲もない属性系のそれだった。ヤバそうなのは、俺の『逆転』と『分解』のような
どーいう原理か知らないけど、ずっとそこに『アーツ』が残り続けるとかいう面白い特性。普通アーツエネルギーは込めた量に比例して持続時間は決まってるものだけど、この娘のはその
アーツエネルギーは発動した分で大体問題ないっぽいし、まあ出力も弄ろう思えばバカにならないだろうけど、『永劫』はその消費量に関与してない。ピーキーな性能してるけど、刺さる時はぶっ刺さる……そんな感じだよね。
それに、発動するのに特別難しい工程も必要ないってのがコスパいいね。デメリットと言えば……『永劫』のオンオフはできないっぽいところか。
術師単独で使うには色々悪さもできそうな良い属性だけど……狭い空間、多人数戦、自前の『アーツ』は火属性とかいう三つの理由が悪い方に作用して、使おうにも使えそうになかったのは彼女の苦々しい顔を見てて分かった。
だから、『分解』で彼女が最後の最後に苦肉で発動した『アーツ』に宿ったその『永劫』を俺が貰うことにした。分離した『永劫』の特性を俺の『アーツ言語』で隠密狙撃しようとしてる術師のアーツユニットに付与する。ついでに、『常時発動/対象に向かって射撃/対象:シラクーザマフィア』ってのも追加してね。
────って長々説明してもなぁ、俺の『アーツ』効果が唯一無二すぎて何が何だかって感じで分かんねぇと思うしなぁ……でも訊かれてんのに答えないってのも失礼だよね!? ううん、これは困った……
「くすっ、あなた……思ってること、顔に出すぎ」
「えっ……!? マジか……どんな顔してたよ俺?」
「そうね……眉がしわしわになるくらい困り眉になって、口下手で申し訳ない……!みたいな酷い顔」
思ってること顔に出すぎ……ねぇ。なーんかどっかで言われたことある気するんだよな。初めてじゃないっつーか……あでも、同じような台詞じゃなかったと思う!もっと何だっけな……気持ちを偽るのが下手くそだとか言われたような。
……ま、ともかく!彼女の緊張が無意識のなっさけない俺の顔芸によってほぐれたので良いとして!避難誘導もあらかた終わったテオドラがニヤつきながら俺の周りをうろちょろしてイジってきやがった。
「ありゃ〜〜? アッシュくぅ〜ん? 元カノちゃんに飽き足らず、またかわい子ちゃんを引っかけてるのぉ?」
確かにこの強気っ子ちゃん、相当に美少女ではある。てか俺の周りなんか顔面偏差値高いんだよな、仲違い?しちゃったイングリッドさんとラップランドちゃん、あの二人もすっげぇ美人だったし。
「そーいえば、名前教えんの忘れてた! 俺の名前は」
「アッシュ。さっきそこの薄青色の
ジョヴァンナ・ロッサティ。ロッサティファミリーの若頭……を務めさせてもらってるわ」
ロッサティ。その単語にテオドラは「げ……」みたいな不味った顔をしてこちらに向き直してきた。え、なに?ロッサティファミリーって悪名高かったりするの!? 今の俺は悪いやつに敏感だからね、絶対悪人ぶっ潰すマンとなってる俺に慌てて訂正するテオドラ。んなことよりおめー女の子と間違われてるけどいいの?あ、それは満更でもねぇんだ。よく分かんね〜。
「ちがうちがう! むしろその逆ぅ! アダムとウチって元ジュセッペ派閥じゃん? ……ロッサティは中立を決め込んでたけど、それはそれとしてジュセッペ派のことをよく思ってないんだよねん」
なるほどねぇ……中立って言ってもどちら寄りかくらいの傾きはあるわな。ロッサティはそれで言うと……サルヴァトーレ、だっけ?ジュセッペのお父さん側の思想に近かったわけか。で、テオドラたちは肩身が狭くていつバレちまうかヒヤヒヤしてると。
こういう時、下手に隠し通そうとするとかえって悪手だ。確かにやった過去は消えねぇし、しでかした事の大きさを考えればジョヴァンナがこいつらにキレる権利は十分にあると思う。
でもテオドラたちがもうジュセッペの支配下に無いことも事実で、今はこうして力無き者たちへの助力に勤しんでるってところにもちゃんとフォーカスしなきゃいけない。
「────悪い! 俺たちは元ジュセッペ派の残党だ!」
だから、しっかり謝る。
ジュセッペがこの混沌の火種を蒔いたことで、命を落とした仲間も居るだろう。いがみ合うことのなかった者たちが血を流す羽目になっちまっただろう。その罪の重さはどうやったって償いようがない。
でも、俺らはそれを隠匿しちゃあいけない。しっかりと罪を罪と認識してるって態度をちゃんと示さなきゃいけない。ごめんなさいって、これからちゃんと清算しますって……許されなくても何度も何度も謝るんだ。
「……それを明かして、私たちに何の得があるっていうのかしら? 死んだ家族は帰ってこないし、ここまで大きくなった出来事の落とし前は、あなたたち三人の命じゃ釣り合いが取れないように思えるけれど」
「……そうだな。俺たちの命ぽっちじゃあ何十人の命と釣り合いなんか取れやしないよな。だから、これから死ぬかもしれない命を俺たちは掬い上げるんだ。何年も、何十年もかけて……俺らは人々を救い続けるために、戦うんだよ」
ぶっちゃけ意識を取り戻してすぐジュセッペと殺りあってたことから、俺はきっとジュセッペ派閥の人間じゃない……っつーかシラクーザの人間だから当たり前に違うんだけど、んなキモい言い逃れはたった今ゴミ箱に捨てた。
俺はテオドラとアダムを束ねる一人のドンなんだ。こいつらの罪を背負ってやらんで、なにがファミリーだよ。少ししかまだ関わってないから俺の人を見る目がない可能性も無きにしも非ずってところだが、今んところテオドラもアダムも良い奴だ。
……まあテオドラはちょっと人をイジるのが好きすぎるあまりライン越えて人をガチギレさせてしまったり、アダムはちょいガキンチョだから子供ゆえのストレート発言でノンデリが過ぎてガチギレさせてしまったりするけどね?だからジョヴァンナお願いだ。ここは一つ、俺たちに……いや、俺にチャンスをくれないかっ……!
「…………はぁ、あなたって泥臭すぎる。 でも、そのバカ正直なところ、買ったわ」
「──っ! じゃあ、仲間として認めてくれるのか!?」
ジョヴァンナは照れくさそうに咳払いをして、嬉しさのあまり距離を近づけた俺に待ったをかけた。
ジョヴァンナの『アーツ』は俺にとってかなり有り難い火力要員だ。そのままぶっ放つのもよし、俺の『分解』で様々な物質に付与して嫌がらせするのもよしで、戦術の幅が広がる!願ってもみない術師だった。
「ん゛ん゛っ! ……あくまで、
「────ねぇテオ、アッシュってさ……人たらしだよね」
「わっかるぅ〜……! 無自覚なトコロもさ、罪だよねぇ〜……!」
おい、後ろでコソコソ話してるそこの二人ぃ〜?聞こえてるからね〜?おめーらのケツ拭いてやってんのになに呑気にイジってきてんだこんにゃろが、ジョヴァンナに首差し出して俺だけトンズラしてやろうか?え?
うんうん。そうだよね、土下座して泣くくらい喜ぶべきだよね。アダムはまだこう舎弟感あるから犯罪の雰囲気ないけど、テオドラをこうやって地べたに頭擦り付けさせてるとキャバ嬢に貢がせてるホストみたいで危ないね。ちょっとそれ意識してるだろおめー。あ、バレた?みたいな顔してら。殺す。
「一度懐に入れた者には分け隔てなく親愛を示して、その優しさを振り撒く……若かりし頃のチェリーニアのおじい様って、こんな感じだったんでしょうね……」
チェリーニア。ラップランドちゃんも言ってた記憶喪失前の俺の親友だったとかいう女の子。いやまぁ確かに俺の頭のちょい隅っこがこそばゆい感じあるから……知らないわけじゃなさそうだけど、全く顔を思い出せない。会ったら思い出せんのかなぁ……てか俺の周り女の子多すぎないか?
ミズ・シチリアがシラクーザ全域のマフィアに告げたテキサスの『粛清』は、何もサルッツォファミリーだけを招集したわけではなかった。
十二家に連なることは叶わないが、中堅として名を馳せているファミリーや、この『粛清』で武功を知らしめシラクーザでの地位を高めようとする無名のファミリーまで、数多くのマフィアたちがこの一夜にて集っている。
アッシュたちが水面下でジョヴァンナと協力してシラクーザマフィアを退けている中、もう一人憂さ晴らしかのようにシラクーザマフィア、クルビアマフィア関係なく来るもの全てを屍として屠っている存在が居た。
「…………ッチィ! ちょこまかと逃げやがって! どうせお前らクルビアマフィアは滅びる運命なんだよ! さっさと死んだ方が身のためだっての!」
その存在について、生きて帰る者がいないために誰もが周知することが叶わない。故にまた一人、また一人……と、知らぬ間にその死の領域に足を踏み入れてしまう。
可哀想なことに、嬲るように足を執拗に痛めつけていたクルビアマフィアを見失い、酷い土地勘で裏路地に入り込んでしまったシラクーザマフィアの一人の男もその餌食だった。
彼が苛立ちを隠さないずかずかとした歩調で進み続けると、やがて少し開けた建物と建物の小さな空間に躍り出た。そこには大量の返り血によって艶を失ったシルバーブロンドの長髪の少女が、双月を見上げてぽつんと立っていた。
かなり汚れが目立って格好も品性に欠けるというのに、その整った横顔だけで全てがどうでもよくなるくらいに美しかった。彼は突然の美少女の登場に見蕩れて、見上げていた彼女がこちらをじーっと見つめていることに気が付かなかった。
「────ねぇ、今日は雨が酷いね」
その投げかけに、彼は戸惑う他なかった。シラクーザと違ってクルビアは雨季が訪れにくい。そういった部分もあるし、そもそも今日は一日ずっと雨なんて降っていない。彼は一言も言葉を発してはいないが、滲み出る困惑は彼女に十分に伝わったようで、どうもおかしそうに首を傾げている。
「あれ? おかしいな……ボクはずっと顔に雨がかかって鬱陶しくてしかたがないんだけど……」
全く噛み合わない会話によってか、彼は彼女の顔以外の風景にもピントが合うようになる。そこで改めて気付いた。自分が追いかけていたクルビアマフィアの標的が、彼女の足元で血溜まりを作って斃れていることに。
それだけじゃない。誰か分からない死体がゴロゴロと、彼女の周りに疎らに転がっている。その手に持っていた剣に気付くこともできなかった。この女は……イカれている。さらに言えば、イカれているだけじゃこの地獄絵図を演出できるはずがない。女でありながら、相当の実力者……!
「おまっ……どっちだ!? クルビアのやつらか!? それとも、シラクーザの仲間か!?」
「おかしい……ボクはこんなに濡れているのに、キミは濡れてないね……? ああ! そっかぁ……ボクを濡らしていたのは雨じゃなくて、ボク自身が流した涙のせいだったんだ! ボクってば忘れてたよ……」
彼の質問に取り付く島もない彼女は、身体をゆらゆらと揺らして細かな足取りで彼の元へと近付いていく。彼も彼女の一歩に合わせるように、恐怖を隠しもしないまま後退ろうとするが、転がる死体に足を取られて情けなく後ろに倒れ込んでしまう。
「……あーあ、大丈夫かい? ほぉら、ボクの腕をお取り? 痛かったよね?」
知らぬ間に距離を詰められ、至近距離で彼を覗き込んだその
「あ、……ああっ! おま、おまえはぁっ! サル、サルッツォの……」
「ボクのことを知ってるの? アハハッ! 意外にボクって有名人なんだね……? じゃあ、これも知ってるかなぁ? ……ついさっきね、ボクは好きな人に綺麗さっぱり忘れ去られちゃったんだ。まあ、いわゆる失恋……ってやつだよ」
自嘲気味に訊かれてもいないのにつらつらと語るその姿に正気の二文字は無い。明らかに茫然自失、我を失って暴走している様子だった。それは足元に転がる陣営入り交じった死体の山を見れば一目瞭然ではあるのだが、彼女のその雄弁な語り口によってその狂気はより後押しされて強調されていた。
「……もうさぁ、サルッツォとかテキサスとかどうでも良くなっちゃったんだ。ずぅ〜っとアッシュの事ばかり、頭から離れなくて……悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて……どうしようもないから手当り次第に殺してみてるんだけど、ちっとも気持ちが晴れない……なんで?」
「だ、誰だよアッシュってぇ!? 俺は知らねぇし、んなこと言われたってどうしようもねぇよっ!!」
サルッツォの狂犬……ラップランドの狂気にあてられて、彼も上がるべきではない壇上の階段に足をかけてしまう。今のラップランドは気分の良さそうな口調で話しているようで、その実内心はご機嫌とは真逆でかなりささくれ立っている。
にっこりとした表情を一瞬にして無に変え、気分を害されたことを分かりやすくメッセージするために彼の右脚をなんてことの無いように切断した。
「────アッシュのことを知らないの? キミ、シラクーザマフィアだよねぇ? 彼のこと知らないとかふざけてるの? ねぇ、おかしいって思わないの? ねぇっ!!!!」
突然の痛みに悶えてラップランドの怒りが耳に届いていない彼は、無くなった右脚に手を添えてのたうち回っている。返答なぞそもそも期待なんてしていないラップランドは綺麗に切断した右脚が原型を留めなくなるまで突き刺し、自分の息が上がるまでそれを行い続けた。
声を荒らげて癇癪を起こしていたというのに、一変してラップランドはもう一度にこやかな顔付きに戻り、脂汗を流し青ざめている彼に優しく語りかけた。怖くてたまらない彼は、もう何でもいいから生きて帰してくれとしか思えず、話の内容なぞ聞きもしないまま、ずっと頷きこくっている。
「…………でも、アッシュの魅力を誰もが知ってるのも考えものだよね! ごめんよ、ボクも取り乱してしまって……右脚をダメにしてしまったけど、キミは弱いしあってもなくても変わらないよね? ……よかった! 頷いてくれて安心したよ!」
しかしながら、頷いたとしても頷かなかったとしても彼が生きて帰れる確証は無いに等しい。似たようなことは転がっている死体の誰ぞかがもう試している。その上で死んでいるのだから、ラップランドがここに足を踏み入れた人間を惨たらしい方法で殺すことはどう足掻いても決定事項として進んでいるのだ。
痛みに耐えかね、彼はそんな自分の末路を察する知恵を回す余裕もないまま、ラップランドに叫ばれると厄介だからと喉を斬られ、反撃されると危ないからと指の関節を斬られ、見えない方が苦しくないよね?と目を斬られ……次第に彼は、目も耳も口も切り裂かれた、達磨になってしまった。
「次は……どこを斬ろうかなぁ……って、あれ。 もう死んじゃったの? つまらないなぁ……みぃ〜んな弱くて。 アッシュなら……こんな弱っちくないよ。もっともっとしぶとくて……優しさを振り翳せるだけの強さがあるから。
…………アッシュ、はやく戻ってきてよ。ボクはここにいるよ? お姫様を迎えに来るのが王子様なんじゃないのかい……?」
ラップランドはその肢体を自分で抱きしめるようにして、悲しみに身体を震わせた。彼女は死体が噴き出す血の生温さに浸っていないと、寒くて寒くて頭がどうにかなりそうだった。独りぼっちのはぐれ狼を暖めてくれた陽だまりのような彼はもうとなりにいない。
アッシュの誰よりも近くに居続けた彼女もまた、アッシュのように正気と狂気の狭間を揺蕩う中途半端な少女になってしまった。アッシュが等身大の女の子としての幸せを教えてしまったからこそ、下手に狂いきることを難しくさせていた。そしてその事を自覚できないほど愚かでもないことも、ラップランド自身を苦しめる要素たらしめている。
「……淋しいなぁ。いつからボクってこんなに弱くなっちゃったんだろう……」
弱い弱いと有象無象を詰っていた彼女こそ、彼らを通じて最も自分自身を蔑んでいた。独りで目まぐるしく自己嫌悪に浸り続けては、