BanG_Dream! 前へ‼︎My Way!!!! 作:&Makoto
「キオクソウシツ?」
「わかりますよ、状況がまったく理解できないのは」
記憶喪失といえば、もっとこう、深刻で重苦しいものではないのか、そんな千早愛音の先入観は、目の前の男によってあっさりと否定されていた。あまりにも当の本人の態度が楽観的すぎて、むしろ違和感しかない。
本来なら軽々しく触れてはいけない話題だ。ドラマなどでは、本人が精神的に不安定になっていることがほとんどである。
赤の他人である自分が首を突っ込んでいい問題ではない。それは理解している。
だが、この奇妙な状況に対して、彼女の中の好奇心がむくむくと頭をもたげていた。
知りたい。そんな衝動に駆られた、好奇心旺盛な女子高生だった。
「詳しく、聞いてもいいですか!」
「目がキラキラしてますね……。とはいえ、詳しいことは僕も知らないというのが事実です。ソーイチが入院したと聞いてお見舞いに行ったら……すでにこんな感じで」
「親曰く、『目が覚めたら何も覚えてなかった』。以上です」
あまりにもあっさりとした乙成操一の説明に、二人は思わず顔を見合わせ、苦笑するしかなかった。
「すごいざっくりしてる。それで……なんでライブハウスに?」
「ああ、それは先ほども千早さんにお伝えしましたが、ソーイチは以前、僕とバンドをやっていまして。何か刺激になるかと思い……」
「バンドなんて怖いから嫌だ! 、バンドマンなんてケダモノだし、バンドマンの“バ”はバイアグラの“バ”だからね千早ちゃん!」
「もう、それ完全に偏見だから……。……なんか
、逆効果みたいだね」
「そうなんですよねぇ……。まったく想像がつかないと思いますけど、これでも記憶を失う前は、音楽が大好きな人だったんですよ」
千早愛音は、乙成操一の過去を葉加瀬達郎から聞いていた。
バンド時代、彼はギターを担当していたこと。楽しそうに弾くその姿は人を惹きつけ、葉加瀬達郎もまた、その魅力に引き寄せられた一人だった。やがて仲間が集い、バンドが結成される。
気の向くままに音を鳴らし、ただ純粋に音楽を楽しむ日々。
まさに“音を楽しむ”と書いて音楽。それを体現していたのが、乙成操一という人物だった。
性格については、初めて会ったときはこんな調子だったという。
音楽を始めてからは徐々に落ち着いた性格になったらしい。
(元々はこんな性格なんだ……)
単純に考えれば、目の前の乙成操一は、音楽に触れることなく成長した姿だ。
音楽と出会わなかった結果、洗練されるはずの部分が削ぎ落とされ、アホさだけが純度高く残ってしまった。そんな、あまりにも残念な未来である。
「でも、自分を律して人格が変わるくらい音楽に時間を費やすなんて、本当に好きだったんだね」
「ええ。ソーイチは音楽が大好きでした。それだけは間違いありません。だから、もう一度ライブの熱を味わえば、本能が刺激されて、失った記憶にも何らかの影響が出るのではないかと考えたのですが、まさかここまでバンドに対して拒否反応が出るとは、予想外でした。いったいなぜでしょうね」
不思議です。といった表情で考えこんでいる葉加瀬達郎を目で追いながら、音成操一は千早愛音にコソコソと語りかける。
「千早ちゃん千早ちゃん。ライブハウスに来るたびにファンに囲まれる知人の隣で、蚊帳の外状態になってさ。挙げ句の果てには、ファンから妬ましい目で見られて、一部からは泥棒猫扱いされる俺の気持ち……考えたことある?」
「あー、なるほど……」
本人の意図しないところで原因を作ってしまっている、典型的なパターンだった。
その後、メンバーが待っているからと葉加瀬達郎はその場を後にした。
なお、「これも何かの縁だから二人で楽しんで」と、ある意味で遠回しな“監視役”を千早愛音は押しつけられてしまったのだが。
そして。
「えー、はい。とても素晴らしい演奏でした。それでは、そろそろ俺は帰らせていただこうかと思います。本日はお誘いいただき、大変光栄でした」
「ちょっと! まだ始まってすらいないって!」
「もう十分、心の中で堪能したから大丈夫!」
「何が大丈夫なの!? ここで帰らせたら私の責任じゃん!」
前に立ちはだかり、進路を遮る。
まるでサッカーにおける一対一のマッチアップのように、横へと逃れようとする者と、それを阻む者、互いに譲れぬ意地がぶつかり合い、奇妙な攻防がしばらく続いた。
「バンドとか興味ないの! 、タっちゃんがギター弾いてるところ見たことあるけど、思ったより地味って感じだし」
その一言を聞いた瞬間、千早の中に、かすかな閃きが生まれる。
糸口があるのでは。
この目の前の男の子のバンド嫌いを克服させる手がかりが、いま確かに見えた気がした。
そして同時に、もうひとつの思考が輪郭を帯びる。
それは、いま自分が抱えている厄介な問題すら、まとめて解きほぐしてしまうかもしれない。そんな、都合のいい企て。
一石二鳥。いや、それ以上の何かを引き寄せる可能性すらある。
胸の奥で静かに確信が芽吹き、彼女はその思いつきを提案として差し出す決意を固めた。
「乙成君も、ギターやってみたら?」
「俺が…ギターを……? ……ムリムリムリムリ、あんなの楽しくないって」
首をものすごい勢いで横に振り、全力で拒否する。
だが、千早愛音には、ここで引き下がるという選択肢はなかった。
なぜなら、これは彼女にとっても、千載一遇の好機だったからだ。
(ここで勝負を決める!)
「ギターやると……女の子にモテるかもよ?」
「ッ!!? ……マジ?」
明らかに目つきが変わった。
それは、この日初めて見る“真剣な表情”だった。
「私もガールズバンドやってるから、周りからよく聞くけどな〜」
「……フッ。……実はギター、やってみたいと思ってたんだよね」
「わーすごいチョロい」
判断がはやい。
チョロい、チョロ過ぎるのではないか。
紙よりも軽く裏返ったその薄い信念に、今は感謝するしかない。
これで千早愛音の計画も順調に先へ進める。
「よし、じゃあ会場に行こっか!」
「えぇ行くのぉー。暗くて狭い場所嫌いなんだよー、不自由な感じがしてー」
「行くの!、葉加瀬君に頼まれているんだから最後までいてよね」
会場に入りしばらくして
一組目のバンドのバンドの演奏が始まった、荒削りな音をそのまま叩きつけ、ギターは少し掠れている、ドラムも興奮か緊張か走り気味。それでも、その不揃いさごと前へ突っ走る勢いがあって、胸の奥を押されているうな気持ちでいた。うまくなくてもいい、というより、うまくないからこそ届く何かがある。
短い転換のあと、次のバンドが現れる。最初の一音で空気が次のステージにはいった。今度は整っている、まず初めに感じたのはそれだ。ギターは滑らか、ベースは支え、ドラムは一定のリズムを刻む。音はぶつかるのではなく、足並みを揃え広がっていく。同じステージのはずなのに、さっきまでとは違う景色がみえていた。余裕を感じるその響きに、観客の呼吸も自然と揃っていく。これは聴いていたくなる音という表現が丁度いい。
そして三組目。
葉加瀬達郎が参加しているバンドである。
音が鳴った瞬間、理解するより先に身体が反応した。ベースが無駄のない低音で空間を引き締め、一音ごとに世界の輪郭をはっきりさせていく。正確で、鋭くて、迷いがない。曲の冒頭にベースソロを置き、その強烈なリフで存在感を放つそれは俺たちの音を聞けという強いメッセージが込められているみたいだ。
一音一音が寸分違わず噛み合い、まるで最初からそこにあった完成形のように空間を彩っていく。技術、という言葉だけでは足りない。積み重ねてきた時間ごと叩きつけられるようで、ただ圧倒されるしかなかった。
一瞬を走る今を生きているような荒い音、粘土細工のように交り合いひとつの作品を作り出す音、そしてこの情熱的なメッセージのような音も、どれも違って、どれも確かにここにある。
同じ夜に並んだ様々な音の形が、心の奥に静かに残っていった。
これがライブ、これがバンド、これが音楽か。気持ちが自分という存在を追い越していく感覚がそこにある。
これはワクワクしている感情だ。
やっぱり、私もここに立ちたい。千早愛音の素直な気持ちである。
気づけば拍手をしながら、そう思っていた。
目立ちたいというのは浅く、軽い気持ちなのかもしれない。
しかし、目立ちたいという感情は、自分という存在を知ってほしいという気持ちの表れだ。
生きたい、生きていたい。本能的な願望なのかもしれない。
来て良かった。その一言である。
「どうだった?…。…乙成君?」
一方で、隣で「あー暗い」「あー狭い」「耳キーンなるわ」とブツブツ言っていたかと思うと途中から大人しくなっていた乙成操一はというと。
「音…ずっとここに残ってるみたいな、変な感じがする」
何気なく手を頭に置くと、先ほどの記憶の中を歩く。
この音はいったいどこまで届いたのだろう、そんな考えが巡る。
会場の熱気が冷め始める頃、外へ出ていく足音に逆らって、こちらに人影が近づいてきた。
色んなお客さんから声をかけられているその姿は、薄暗さがある中でも光のないスポットライトを当てられているみたいである。
「ソーイチ、音楽って面白いですよね」
「タっちゃん…」
そう伝えて、葉加瀬達郎は懐かしさを滲ませるように、静かに微笑んだ
「今日はありがとうございます」と2人にお礼の言葉を述べ、2人に今日のライブについての感想を聞いた、
「最高です」「胸が熱くなりました」口をついて出てくるのは、どれも在り来たりな言葉ばかりだ。だが、全て紛れもない本音であった。
そして、計画していたソレを込めるように、自分自身の手を握りしめる。
(言うなら、今しかない)
そう腹を括ると、千早愛音は意を決した面持ちで顔を上げ、あらかじめ胸の内で温めていた願いを、葉加瀬達郎へと差し出した。
「あの、じつはお願いがあって。…わたしに……私に、ギターを教えてください!」
「…ギターを?」
わずかな間、確かめるような声が返る。
「…はい」
その一言には、迷いも、揺らぎもなかった。
「ふむ…なるほど。一応、理由を聞いても?」
穏やかな声音だったが、その奥には確かめるような響きがあった。
「はい!えっと、その…私もバンドをやっているんですが…ちょっと、自分の実力に自信がなくて…」
言葉を選びながら答える。だが、胸の奥では別の思いが静かに沈んでいた。
本当は、少し違う。
自分の実力を少しばかり誇張して伝えてしまったことは、口には出せないままだった。
かつて触れていたとはいえ、長く遠ざかっていた時間は過去の自分を置き去りにした。積み重ねを怠っていた分、今はせいぜい素人に毛が生えた程度と言っていい。
先日みせてもらった動画の中で、他のメンバーたちはそれぞれの音を確かに鳴らしていた。
そこには、日々の練習を重ねてきた者だけが持つ、揺るぎない技術がはっきりと表れていた。
それに比べて、自分は。
言葉にはしなかったが、その差は痛いほど理解している。
何とかなる。それがもう通用しないところまできているのだ。
言葉を受けた葉加瀬達郎は、わずかに視線を落とし
思案するような仕草をとり、やがて静かに口を開いた。
「わかりました。千早さんには恩がありますので、構いませんよ」
「えっ…いいんですか?。…正直、断られるかと思っていました」
安堵と驚きが入り混じった声が漏れる。
「見ず知らずの男性に教えを乞うというのは、なかなかできることではありません。だからこそ、僕はその気持ちを尊重したいと思います」
その言葉は穏やかでありながら、どこか誠実で物思いにふけるような。
「やった!、ありがとう、葉加瀬君。…あ、ちなみに乙成君もギターを弾いてみたいって言ってたよ」
「ソーイチが…? …先ほどからやけに大人しいですが…」
葉加瀬達郎の視線の先には、俯いたまま沈黙を守り続けている乙成操一の姿があった。
まるで周囲の音が届いていないかのように、微動だにしない。
余興の余韻がまだ抜けきらないのか。それとも、先ほどの音楽が何かしらの刺激を与えたのか。
「乙成君―?」
呼びかけても、返事はない。
「ギター、やるよね?」
念を押すように、先ほどの約束を改めて問いかける。
「……リ……。……」
かすかに、何かが零れ落ちるような音がした。
「ん?」
もう一度、耳を澄まそうとした、その瞬間。
「いやムリムリムリムリ、ノーです!、見てこれ!ライブ中に誰か俺の足を踏んだよ、足イッタ!!。耳キーンってなるし、ああいう場のノリ無理!、隣の知らない人に肩組まれて普通に怖かったんですけど!!」
栓を抜いたように、言葉が吹き出してきた。
「あー…」
そういえば確かに、隣にいた見知らぬ男に「もっと熱くなれよ!」「一緒にブチあがろうぜ!」などと肩を組まれていた。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
軽く首を振り、千早愛音は先ほどの言葉を改めて問いただした。
「ちょ…ちょっと…ギターやらないの?」
「あんなところでギターなんてやったらアレだよ!、失敗したら袋叩きにされるよ!、…不安感で夜に寝れなくなっちまうぅ!肌が荒れちまうよォ!!!」
ほとんど悲鳴にも似たその声は、先ほどまでの沈黙が嘘だったかのように、場に響き渡った。
「えー!!一緒にギター上達していこうって約束したじゃん!」
「そうだ!ちょっと買い物思い出したんで、お先に失礼します! 二度とライブなんか見たくないからー!!」
「あ!?逃げた!!」
言い切るや否や、乙成操一は振り返ることすらせず、その場から駆け出した。
ためらいの欠片もない、あまりにも鮮やかな逃走だった。
「あははっ、元気ですね」
その一部始終を眺めていた葉加瀬達郎は、堪えきれぬといった風に、くつくつと喉を鳴らして笑った。その笑いは、どこか呆れを含みながらも、微かな温もりを帯びている。
「笑っている場合なの!?
思わず声を荒げたものの、すでに彼の背中は遠ざかり、小さくなっていくばかりだった。ただ呆然と、その背を見送ることしかできない。
「ソーイチがライブを最後までいてくれたのは記憶を失ってから初めてなんです。……また、機会があれば協力してくださいね」
その言葉は穏やかで、けれどその奥には確かな願いが込められていた。
ギターを教える代わりに、手を貸してほしい。
そう静かに語りかけられている気がした。
持ちつ持たれつ。そういうことなのだろう。
それは、こちらにとっても願ってもない話だ。
千早愛音の周りには、音楽ができる人間ばかりが集まっている。まるで最初から歩幅が決まっているかのように、彼らはコツコツと前へ進んでいく気がする。
「こんなバラバラの歩幅で足並みが揃うわけないじゃん」。そう後ろから叫んでみたところで、その差が埋まるわけではない。むしろ、距離はますます開いていくばかりだ。
けれど。
同じように手探りで進む初心者が一人いれば、それだけで心が少し軽くなる。不思議なものだが、隣に並べる存在がいるというだけで、人はこんなにも救われる。
だから、千早愛音は答えた。
「はい、よろしくお願いします!」
(私は、救いはほしい)
気づいてしまったら、もう、逃げられない。
闇こそ光に一番寄り添う理解者であるように
スポットライトは闇の中でこそ、輝く。
音楽からは、逃れられない。
【真の芸術は、混沌から生まれる】
ー ジム・モリソン ー