BanG_Dream! 前へ‼︎My Way!!!!   作:&Makoto

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無理に決まってるよ

 

 

午後の光は、いつもより少しだけ柔らかかった。

 

授業の終わりを告げるチャイムが鳴る直前、教室の空気はじんわりと弛緩していた。

 

黒板の前でチョークを走らせる教師の声は、もう半分ほど誰の耳にも届いていないのかもしれない。私は、肘を机につきながら、ぼんやりと黒板を眺めていた。

 

今日の雲は、どこか気まぐれだ。

 

風に押されて形を変え、ふと気づけばまるで別のものになっている。その様子に、近頃の自分を重ねることがあった。

 

何かに夢中になったかと思えば、すぐに飽きてしまう。熱を上げてチャレンジしたことも途中で投げ出してしまう、そんな自分自身を、私は嫌いではなかったが、変えたいとも思っている。

 

「…以上で、今日の授業は終わりです」

 

教師の声が、ようやく現実を引き戻す。

 

ほとんど同時にチャイムが鳴り響き、教室のあちこちで椅子の引かれる音が重なった。

 

大きく伸びをして、背中を鳴らす。

 

「ねえ愛音ちゃん、今日どっか寄ってく?」

 

近くの席から声をかけてきたのは、転校して直ぐに仲良くなった生徒だった。親しみやすい笑顔を持つ彼女は、初対面でもその優しさは変わらない。

 

「ごめん。今日は用事あって」

 

振り返り、そう答えた。

今日はこの後、予定がある。

 

「あ、例のギター指導?」

 

「そんな感じ!」

 

気分屋、目立ちたがり屋、どちらも、自分を形作る言葉だ。文化祭では必ずステージに立ち、体育祭では応援団に立候補したりもした。

そして、うまくいかなかったら飽きて途中で投げ出す。そんな矛盾を抱えたまま、それでも私は自分らしく在ろうとしていた。

 

 

軽く手を振り、鞄を肩にかける。教室を出ると、廊下には放課後特有のざわめきが広がっていた。部活動へ向かう生徒たちの足音、笑い声、誰かの呼び声。それらが混ざり合って、一種の音楽のように耳に届く。

 

階段を降りながら、ふと考える時がある。

今日の自分は、どこへ向かうのか。何をしたいのか。明確な答えはない。ただ、心のどこかで「同じじゃつまらない」と囁く声がある。

 

校門を出ると、水平線の向こう側へ落ち始めた太陽の光が街を染め始めていた。アスファルトの上に伸びる影が、彼女の足取りに合わせて揺れる。帰宅路は見慣れたはずなのに、日によって違う表情を見せる。コンビニの前で立ち話をする中学生、犬を散歩させる老人、電柱に止まるカラスの影。

 

歩きながら、スマートフォンを取り出す。

SNSを開き、友人たちの投稿を流し見る。誰かがカフェで撮った写真、誰かの部活の報告、誰かの何気ない愚痴。それらを眺めながら、彼女はほんの少しだけ過去を巡る

 

「…やり直すんだ、今度こそ」

 

ぽつりと呟く。画面を閉じ、空を見上げる。

 

最近始めたバンド活動。飽き性の彼女にしては珍しく、まだ手放していないもの。

 

理由は単純、見栄を飾っている。

浅いと言われようと、それでも、変わりたいと思っているのも本当。

 

やがて、クラスメイトの声は背後に遠ざかり、代わりに車の走る音や、人のざわめきが耳に入り込んでくる。

 

この街は、いつだって忙しない。大通りに出ると、ネオンの準備を始めた看板や、帰宅を急ぐ人々の流れが交錯していた。制服姿の自分が、その中に紛れ込んでいく。

昼間は学校という小さな世界に閉じ込められていたのに、一歩外に出るだけで、こんなにも無数の人生が同時に動いている。

 

カフェのガラス越しに笑い合う人たち、イヤホンをして無表情で歩く会社員、手を繋ぐカップル。どれも自分とは関係ないはずなのに、どこかで繋がっているような気もして、そんな忙しないこの街が私は好きだ。

 

少しだけ静かな通りへ入ると、路面電車の線路が現れ、停留所にはタイミング良く電車がやってくるところだった。

 

車体が、低い音を立てながら近づいてくる。金属が擦れるような音と、かすかな振動。扉が開き、中にはまばらに人が座っていて、光が窓から差し込んで座席や床を柔らかく染めている。

 

ガタン、と扉が閉まる。電車が動き出すと、身体がわずかに揺れる。その揺れが、どこか心地よかった。私は窓際の席に腰を下ろし、流れていく景色をぼんやりと眺める。

 

電車に乗ると見慣れたはずの街が、少し違って見える。歩いているときには気づかなかった細い路地や、小さな店の看板、古い建物の影。すべてがゆっくりと後ろへ流れていく。

 

 

「ライブ…やりたくないな」

 

思い出すのは、先日の出来事だ。それはあまりにも唐突で、まるで予兆なんて最初から存在しなかったみたいに、静かに、そして確実に、私の前に現れた。

 

突然決まったライブ。


出演予定だった別のバンドが出られなくなり、その代役としてステージに立ってほしい。そんな話が、半ば押し流されるようにして持ち込まれた。


気づけば、参加する方向で話はまとまり、時間が動きだした。

 

「十分間だけのライブ」。そう付け加えられた言葉は、驚くほど軽く聞こえた。

 

たった十分。


けれど、私にとって、その十分は決して軽く扱えるものじゃない。

 

ライブはライブだ。


観客の前に立ち、音を鳴らす以上、それは紛れもなく本番で。逃げ場なんて、どこにもない。

 

できるはずがない。そう思った。

 

確かに、ギターの練習は始めた。少しずつ、ほんの少しずつだけど、それっぽい音も鳴らせるようになってきた。

 

でも、ライブができるレベルじゃないことくらい、自分が一番わかっている。


まだ未熟なんて言葉でごまかせる段階ですらない。

 

それでも、頑張っている、つもりだった。いや、本当は違う。

 

頑張っている“ふり”をしているだけだ。焦りと不安に押し潰されそうになるたびに、現実から目を逸らして。


アンプにも繋がず、まともに音も鳴らさずに、ただ“練習している形”だけをなぞっている。

 

本当はまだ、誰かに聴かせるどころか、音を鳴らすことすら怖いくせに。それを、誰にも言えていない。

 

音楽は、見栄で始めた。誰かに認められたくて、目立ちたくて、頑張ってるって言われたくて。


何者かになりたくて。ただ、それだけで。

 

だから…、これはただの手段にすぎない。

 

音楽を、心から楽しいと思えたことは、まだ一度もない。

 

 

 

 

 

 

電車が小さな停留所に止まる。誰かが降りて、誰かが乗る。その繰り返し。人生みたいだ、なんて、少しだけ大げさなことを考えて時が過ぎ去る。

 

やがて、乗った場所よりも少し先の停留所で、私は降りた。

 

外に出ると、遠くの方でビルの隙間から見える光が、街を包み込んでいる。私は深く息を吸い込む。日が沈み始める時の湿った空気が肺に入り、心の中の曖昧な感情を、ほんの少しだけ形にしてくれる気がした。

 

ローファーの音が、規則的にアスファルトを叩く。一歩一歩が、確かに前へと進んでいき帰路につく、

 

 

 

 

 

家に着き、ポケットから鍵を取り出す。

金属同士が触れ合う乾いた音が響き、ドアを開ける。

 

「ただいまー」

 

玄関に声を落とすと、すぐに奥から返事が返ってきた。

 

「おかえり、愛音」

 

聞き慣れたその声が、この場所が帰る場所なんだという実感を得る。

 

靴を脱ぎ、揃える。階段を上り、自室のドアを開ける。太陽の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を染めていた。制服のリボンを緩め、肩の力を抜く。そのままソファに身を沈めると、ようやく一日が終わった現実感が押し寄せてくる。

 

手を伸ばし、タブレットを掴む。画面をつける前に、ふとその隣に置いてあったギターに視線が吸い寄せられた。

 

指先でそっと弦に触れる。

 

きん、と澄んだ音が鳴った。

 

 

 

 

「…よし」

 

小さく息を吐き、私はギターを膝の上に乗せた。まだ扱い慣れない質感が、腕にぎこちなく触れる。指先にはじんわりと汗がにじみ、弦に触れるだけで妙な緊張が走った。

 

タブレットを操作し、そこにある映像をジッと見た。

画面には、彼から送られてきた動画が再生されている。

 

軽やかな音が流れ出す。

 

指板の上を滑る彼の指は迷いがなく、まるで楽器と呼吸を合わせているかのようだった。無駄のない動き、無駄のない音。ひとつひとつの音が空気を震わせるたび、胸の奥に静かな熱が灯る。

 

同じ楽器なのに、どうしてこんなに違うんだろう。

 

思わず、苦笑がこぼれた。

 

動画の中の彼は、何をやっても器用で、少しだけ遠い存在に思える。同じ歳とは思えない。

きっとこれが俗にいう天才という奴なのだろう、そう感じる。

 

「ここ、コード押さえるときの手首は、気持ち柔らかくするのがコツです」

 

動画の中で、彼の声がする。録画されたものだと分かっているのに、不思議と今この瞬間に語りかけられているような気がする。

 

「分かってるよ…」

 

小さく返事をして、私は言われた通りに実行する。動画を一時停止し、左手を見下ろす。ぎこちなく指を動かし、コードの形を作る。弦に触れ、押さえ込むたびに、少し痛みが走った。まだ指先は、この刺激に慣れていない。

 

「……いたっ」

 

思わず顔をしかめ、再び動画を再生する。彼の指は、痛みなど存在しないかのように滑らかに動いていく。同じコードを押さえているはずなのに、鳴る音はまるで別物だった。

 

私の音は、濁っている。

 

どこか曖昧で、自信がなくて、今にも消えてしまいそうな音。

 

「こんなの…無理かも」

 

ぽつりと零したその瞬間、画面の中の彼がふっと笑った。偶然だと分かっているのに、その笑みはまるで私の弱音に応えたように見えた。

 

「最初はみんなそんなものですよ。…まずは音を楽しみましょう」

 

続く言葉が、静かな部屋に落ちる。

 

「音が鳴るだけで上出来です。ちゃんと鳴らそうなんて思わず…音楽は自由です。僕はソーイチにそう教えられました。」

 

その声音はどこか穏やかで、けれど確かに背中を押してくる強さを持っていた。

私はもう一度、弦に指を置く。

 

今度は先ほどよりも力を抜く。力まず、手首を柔らかく、音を鳴らす、鳴らすだけで良い。さっきの言葉を思い出しながら、ゆっくりと形を整える。

 

弦を弾く。

 

じゃらん。

 

さっきより、ほんの少しだけ澄んだ音が響いた。

 

「…あ」

 

思わず声が漏れる。

 

わずかな違い。それでも、はっきりと分かる変化だった。胸の奥に、小さな灯がともる。

 

もう一度。

 

そして、もう一度。

 

繰り返すたびに、音は少しずつ輪郭を持ちはじめる。まだ不安定で、ところどころ濁る。それでも、最初の頃のただの雑音とは違っている。

 

動画の中で、彼は次のフレーズへ進んでいく。

 

「ここから、ちょっと難しいですね」

 

軽い口調でそう言いながら、彼は迷いなく弾いてみせる。その指の動きに、思わずため息がこぼれそうになる。

 

「…それ、絶対ちょっとじゃないよ」

 

ムスッとしながら、私は再び動画を止めた。

 

指の位置を確認する。動きを真似る。何度も、何度も繰り返す。

 

うまくいかない、音が途切れる。

 

指がもつれる。

 

リズムが崩れる。

 

それでも、不思議と手は止まらなかった。

 

さっきまで「無理かも」と思っていたのに、今は「どうすればできるだろう」と考えている。

画面の中の彼は、相変わらず軽やかに弾き続けている。その背中は、やはり遠い。

 

それでも

 

「……音楽、してるかも」

 

小さく呟く。

 

返事はない。ただ、動画の中の音だけが静かに流れ続ける。

 

私はもう一度、弦を弾いた。

 

先ほどより、少しだけ確かな音。

 

指先の痛みは消えない。むしろ、じわじわと強くなっている。それでも、その痛みさえもどうでもいい。時間が、ゆっくりと溶けていく。

 

気がつけば、窓の外の風の音も、遠くの車の音も、もう耳には届いていなかった。代わりにあるのは、ぎこちない私の音と、画面の中の彼の滑らかな旋律だけ。

タブレットの光が、色を変え始めた陽の光と交差し、静かに部屋を照らしている。その淡い光の中で、私は不格好な音を鳴らし続ける。けれど、その音は、ただの雑音ではなかった。

 

少しではあるが、確かに、音楽になろうとしている。

 

 

 

 

 

 

そんな急いでライブなんかやらずに、こうやって音楽を続けていけばいいのに。そんな思いが、胸の奥で静かに澱のように溜まっていく。

 

 

 

 

 

「ライブ、やりたくないなぁ」

 

ぽつりと零れた言葉は、思っていたよりもずっとはっきりと空気を震わせた。これで、本日二回目の呟きだった。誰に向けたわけでもないその言葉は、けれど確かに、自分の耳に届いている。

 

当然だけど言葉が返ってくるわけがない。沈黙が流れる。

 

その静けさが、余計に息苦しい。

 

「燈ちゃんだって、やりたくないって言ってたもん」

 

続けて口にすると、自分の声がわずかに震えていることに気づいた。言い訳みたいだ、と頭のどこかで冷静な自分が囁く。けれど、それでも言わずにはいられなかった。

 

あの時の話し合いを思い出す。メンバー全員で話し合ったあの日、結論は、あまりにもはっきりと分かれてしまった。

 

自分と燈ちゃんは「やりたくない」側。

 

そよさんたちは「やりたい」側。

 

その間には、思っていた以上に深い溝が横たわっていた。音楽をやるなら、人前で演奏することは自然な流れ、誰かに聴いてもらうために、音を鳴らす。それは、きっと当たり前のこと。

 

でも。

 

「なんでそんなに、急ぐの……」

 

思わず、心の中で呟く。

 

まだ、ちゃんと弾けるわけじゃない。コードひとつだって、間違える。リズムも不安定で、音だって綺麗に鳴らない。

 

そんな状態で、人前に立つなんて。

 

「無理に決まっているよ…」

 

今度は声に出ていた。誰かに聞かせるための音じゃない。それはまだ、自分の中で形になりかけている途中の、未完成の音だ、そんなの怖いに決まっている。

 

タブレット越しに見た彼の指をもう一度見る。迷いなく動き、確かな音を生み出していた指がそこにあった。

 

誰かを否定したいわけじゃない。ただ、自分がそこに立つことが怖いだけだ。失敗することも、間違えることも。そして何より。

 

「下手だって思われるの、嫌だし…」

 

本音が、ぽろりと零れた。

 

「もっとちゃんと弾けるようになってから、どこかで……その、ちょっとだけ披露するとか」

 

気づけば、そんな言葉を立て続けに口走る。自分でも驚くくらい、弱々しい。それでも、何も言わないよりはいいと思った。

 

やりたい人と、やりたくない人。その溝は、まだそこにある。

 

無理やり前に進もうとしても、足並みが揃うわけがない。

 

そんなこと、分かりきっているのに。

 

夕焼けが、少しずつ色を深めていく。

 

 

 

 

───ピコン。と。

 

不意に、静まり返った部屋の空気を裂くように、スマートフォンの通知音が鳴った。

 

びくりと肩が揺れる。

 

ついさっきまで、頭の中がぐるぐると回り続けていたせいで、現実に引き戻された感覚がやけに強かった。

 

「…誰だろ」

 

小さく呟きながら、机の上に置いてあったスマートフォンへと手を伸ばす。指先にはまだ、さっきまで触れていた弦の感触がわずかに残っていた。

 

画面を覗き込む。通知欄に表示されていた名前を見た瞬間、思わず瞬きをする。

 

「…そよさん?」

 

意外だった。あれだけ話し合ったばかりだというのに。

 

画面をタップして、メッセージを開く。そこに並んでいたのは、簡潔で、けれどどこか慎重さを感じさせる文章だった。

 

『一度、みんなで集まれないかな。』

 

ただそれだけ。余計な言葉は添えられていない。けれど、その短い一文の奥に、いくつもの思いが詰まっているような気がした。

 

「…また、話すのかな」

 

ぽつりと零れる。あの空気を、もう一度。胸の奥が、わずかに重くなる。

 

やりたい人と、やりたくない人。

はっきりと分かれてしまったあの時間。

 

結局、何も決まらないまま終わってしまった話し合い。

 

その続きが、また始まるのだろうか。

 

スマートフォンの画面は、静かに光り続けている。

 

 

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