ロストメメント~失われた記録を求めて出会いと別れを~   作:御神梓

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三話 福分けの茶屋

 歩きにくい道から、多少は整備された道を進んで宿場町まで降り門の前まで来た。門の前には門番の人達が立っていて、多くの宿継や飛脚の人達がここの問屋場と、次の問屋場を目指して走っていく中、私達はその流れの中に入って歩いて行く。

 村田宿場町は、ここよりもより地方の地域や首都へ人や物を運ぶ為の中間地点であり、同時に多くの様々な地域へと枝分かれする根元の部分で、ここら一帯の物流の中心を担っている場所。

 多くの物と人、お金が行き交う地であり雅や粋などと言われる首都と比べて田舎であっても、商売に関わる者達にとっては、決して無下にすることができない場所でもあった。

 飯綱はそそくさと人込みを掻き分けて進んでいくのに対して、童は慣れない場所にそわそわしているのか、何度もキョロキョロと周囲を見渡している。

 

(余所者の自分がこの場所に居ていいのかって思ってるのかな……それとも、取って食おうとする奴が居るとでも思っているのか)

 

 その様子に飯綱はやれやれと小さく息を漏らす。

 

「ここは宿場町だから、毎日新しい知らない顔が沢山来て出ていく場所だよ。今更余所者が一人や二人増えた所で誰も気が付きはしないし、寧ろ余所者を歓迎している場所だから」

「”そうなんですか?”」

「そうだよ」

 

 山の中を移動していた時と比べて、地面が平らで安定していて、跳びまわるようなこともないため、歩きながら書いた文字は安定してい読みやすいものになっている。

 

「誰も童の事を取って食おうとする奴は居ないから安心しなさい。むしろそわそわして居る方が悪目立ちするから」

 

 飯綱の言葉で安心することができたのか、一先ず先ほどまでのような周囲を警戒してそわそわとした様子はなくなった。

 

「っと、見えてきた見えてきた」

 

 そんな調子でしばらくの間歩き続けると、飯綱が目的地としていた建物が見えてきた。

 その建物は大通りに面し、外には幾つもの長い椅子が置かれていて、「分福茶屋」と記された旗と、準備中と書かれた立札が置かれている。

 見るからに営業準備中の茶屋で、お客を受け入れられるような状態ではなかった。それでも、飯綱は営業状態など関わらず店の中へと入っていった。

 茶葉の良い匂いが染み込んだ店内を進んでいくのに対して、童は飯綱の腕を掴み、外に置かれている準備中の立て札を指さして、外へ引っ張り出そうとする。

 

「大丈夫、ここ知り合いの店だから。というか、奥の方で部屋借りてるし。妖理~居る~?」

 

 飯綱は少し大きな声で、店の奥で仕込みをしているであろう知人へ聞こえるように呼び掛ける。

 

「あんりゃ、飯綱だべした(じゃん)。この時間()来るなんで珍しいなぁ」

 

 呼びかけに応じて、一人の女性の声が返ってくる。そして、店の奥からゆっくりとマイペースにその声の主は姿を見せた。

 飯綱よりも薄い茶色をした髪に、小さく丸みを帯びた狸耳、まん丸の尻尾、全身をもって柔らかさを体現している。お腹周りは着太りしているのか太く見える。

 

「ちょっと面倒なことになってね。妖理ならこの辺りの人達の顔とか覚えているでしょ?」

んだな(そうだね)、仕事柄、人の顔さよぐ覚えでっけど(ているけど)、流石()全員でねえよ」

 

 妖理が店主として商いをしているここは茶屋であり、問屋場からそう離れていない場所にある。問屋場を含む職人など働く多くの人達が僅かな休憩時間で、手軽にご飯を食べる為にここを利用している。多くの人達がこの茶屋を利用しているため、自然と店主である妖理の元には情報が集まってくる。得た情報を使って利益を得ようとする飯綱にとっては、一番の情報収集の場所であった。

 

「記憶喪失の子が居てね。あんたなら何か知っているんじゃないかって思って来たんだけど」

そら(それは)大変だ。おらにできるごと()があるんだら手貸ずよ」

 

 

 手を貸してくれる言質を取った。

 

(よし、これで最悪の場合、妖理にこの童のことを丸投げする下地は作れた)

 

 妖理は変わらずのんびりとした雰囲気のまま、ゆっくりとした足取りで童の方へと近づく。

 

「ほへぇ、この子がその子でいいのがな?」

「”初めまして”」

「初めましてって、あらぁ?」

 

 童が筆談している事に妖理は首を傾げ、飯綱の方を見る。

 

「ああ、その子記憶喪失に加えて、今声を出すことができないみたいなの。意思疎通は難しいと思うけど、一応筆談することはできるみたいだから」

「ありま、そりゃ大変だ」

「”ご迷惑をお掛けします”」

 

 妖理は改めて童の方を見る。そして、両手を顔を持ち上げるかのよう頬に添える。そこから、まるで団子を練るかのように顔全体を撫でて、揉みくちゃにして、頬を摘みムニュムニュと弄り回していく。

 

「”あのなにぃをシてい”」

 

 弄り回されている状態では、手と紙は酷く揺れて真面な文字を書くことはできず、ミミズ文字で太さは滅茶苦茶となっていて、文字としても判別は難しい文字が書かれていた。

 

(顔は童顔、身長は小柄より、体重は軽め、大きな外傷はなし。指にタコがあるけど、この出来方は筆の持ぢすぎかな)

 

 飯綱が見ていた時よりも、妖理は細かい所を見て童の特徴を確認していく。

 飯綱は妖理が何を思ってそこまで弄り回しているのか分かっておらず、そこまで相手の事を触るのかと若干引き気味な目で見ていた。

 

「ふぅむ、おらの所、うんと(沢山)人が来るげんとも、この子を見んのは初めでがな」

「初めて?」

「んだ、おらさこの子に覚えがない」

 

 ここ宿場町で一番情報が集まるであろう茶屋の店主、妖理であっても童の事については何も知らなかった。

 

「まじで?」

「おおまじ」

「話だけでも聞いたことはないの?」

「知らない」

(待って待って、妖理でも知らないってのは流石に予想外なんだけど、手掛かりの1つもないってそんなことありえるの!?)

 

 ここに来れば何かしらの情報は手に入ると考えていた飯綱にとって、何も情報が手に入れられなかった予想外の事態に、考えていた予定が音を立てて崩れ落ちていった。

 

「そ、それじゃあ、ここ村田の子じゃない?」

「だべな。村田の奴ならばどごかしらで見覚えがあるげんとも、ねえがら」

「まじかぁあ、まぁ、でも村田の子じゃないと」

 

 妖理から情報は手に入らなかったが、裏を返せばこの童はこの村田の地の者ではない。外から来た者である可能性がかなり高くなった。

 

(一応、外の人ってことならあの竹林に居た事にも納得はできなくはないか)

 

 地元民でも目的がなければわざわざ行かない竹林で一人倒れていたことに納得がいく。

 

「そうなるど、あまり情報は期待でぎねえね」

「そうだね」

 

 妖理は顎に手を当て、飯綱は天井を見て考える。

 

(外から来た者ってなれば、この宿場町で情報を集めるのは一気に難しくなっちゃうなぁ。この童のことを知らない人の方が圧倒的に多いわけだし、手掛かりがあるなんて保証はどこにもないし)

 

 外の者という情報を手に入れられても、そこから直ぐに他の情報へと結び付けられるような情報ではないため、現状これ以上新しい情報を手に入れることは望めない。

 

「おらの方でも、お客さんに聞いで確認してみるよ」

「そう、ありがとう」

「”ありがとうございます”」

 

 目先に手掛かりが無くても、ここは茶屋には多くの客が来る。当然その中には外の者も含まれているため、そうした一人ひとり聞き込みをしていけば、いずれ新しい情報を手に入れることができる。新しい情報が手に入れば、そこからより多くの情報を手に入れるための糸口になるため、知っている客を一人でも見つけられれば良い。

 

 グゥ~

 

 不意に誰かの腹の虫の音が鳴き響き渡り聞こえてきた。

 

「ん?」

「あら?」

 

 飯綱と妖理は聞こえてきた音の発生源の方へと視線を向け、童の腹を見る。そして、自身の腹の虫の音を聞かれた童は、顔を赤く染めて、本で顔を半分程を隠して目線を逸らしている。

 

「あ~、そういえばもう結構な時間が経ってるか」

 

 飯綱は今日の事を振り返る。日の出よりも前から竹林へと歩いて向かい、日の出の頃には竹林で倒れている童を発見した。そこから救護をしてここまで歩いて来た。その間、妖理と童が口にしたものは水だけであり、腹に溜まるようなような物は何も食べていない。加えて、河原には火を起こした痕跡は残されていなかったため、童は昨日の夜よりも前から何も食べていない可能性が十分にあった。

 

「お腹を空かせでんのが、少し待ってでな。簡単なもんをよういすっから。そっちの机ど椅子を使っていいがら」

 

 妖理に促されて飯綱と童は板場前の席に座る。妖理は板場の中へと入り、一本の帯を手にして、流れるように襷掛けをして作業するには邪魔な襟を縛り、作業しやすい状態にする。

 

「記憶喪失って、どごまで覚えでいねえのがな」

 

 慣れた手付きでマッチを擦り、火を起こして炭に火を移す。続けて湯を沸かすために、水瓶から水をやかんへと移して火にかける。そして同時に机越しに妖理は話を続けた。

 

「名前と身分は覚えていないみたいだけど、言葉と文字は理解できてるみたい。他は……どうなの?」

 

 妖理の問いに対して、童は速筆で回答を書いているが、やはり口で話すよりも少し時間がかかる。

 

「私が把握している限りだと」

 

 速筆と言えど童に一から手書きで書かせていたら日が暮れてしまうと思い、飯綱が知る限りのことは代わりに口頭で答えておく。そして、飯綱にもわからない部分を童本人に捕捉させるように話を進める。

 

「”殆ど何も覚えていないです”」

「ありま、これは厄介な事に」

 

 飯綱が知る限りのことを妖理に話し、飯綱に補足する内容があるかと目配りをしたが、童から補足の内容はなかった。

 

「何処が行ったごどがある場所さ覚えはあるが?」

 

 棚から湯飲みと急須、茶箱を取り出してお茶を入れる準備を進める。

 

「”思い出せません”」

「口頭で……この場合口頭なのかな、話を聞いただけでその場所がわかるとは思えないけど」

 

 蒸し器の中から二本の団子を取り出し、近くに置いていた壺の中から刷毛を手にしてタレを団子にたっぷりと付ける。

 

「ほら、御手洗団子」

 

 飯綱達の目の前に置かれる一本ずつの御手洗団子。団子そのものは既に蒸し終わっていて、あとはタレを付けるだけで提供可能な段階まで調理を済ませていたため、お湯が沸くよりも早く提供された。

 

「それで、飯綱はこれがらなじょすん(どうする)の」

「え?」

「え、でねえよ(じゃないよ)。おめもやっぺぎごど(やるべきこと)やん(やる)だがら」

「え~と」

 

 飯綱は最低限後腐れが無い所まで手を貸して、適当な所で切り上げようとしていた。妖理が童についての情報を知っているか、他に知っている人が居ればその人達に童の事を丸投げすれば良いと考えていた。そのため、飯綱自身これから先どうするかなんてことは一切考えていなかった。そして、飯綱についてくるようにと言われてついてきた童は、当然右も、左もわからないため飯綱がどうするのかと飯綱の方を見る。

 

「……」

 

 気まずさを覚えた飯綱は、視線をそらして出された団子を手にして口へと運び食べた。

 

「あ、それ4文な」

 

 飯綱が団子を食べた事を確認した妖理は、間髪入れずに団子の値段を告げる。それを聞いた飯綱は一瞬体の動きを止めて、固まるが、口に入れていた団子をそのまま飲み込む。

 

「ここはタダの流れでしょ!?」

「おめからタダなんて言葉が出でくるなんてな。まずはツケの払うもの払ってがら言いな」

 

 飯綱の駄目元の値切りとも言えない、苦し紛れの言葉で踏み倒しを試みるが、妖理にはあっさり流される。

 

「うぐ」

 

 ツケの話、それは飯綱にとって触れられたくない所だった。それを形で現すかのように妖理の手には一冊の帳簿が手に取られていて、大きな文字で【管谷飯綱】と書かれている。パラパラと頁が捲られていき、どの頁にも飯綱が何を妖理から買ったのか、その代金が幾らなのか確りと記録されている。そして、そのどれもが、未精算であった。

 ツケの一文も支払われていない。だからこそ、飯綱は妖理からツケの話題を振られてしまっては、強く出る事ができない。

 飯綱は妖理から視線を逸らして、童の方を見ながら団子を食べる。

 

「あれ?」

 

 童の方を見てみれば、団子を食べる手を止めて、代わりに筆を手にして文字を書いていた。

 

「ん、どうしたん?」

 

 飯綱の視線に気が付いた妖理は、沸いたお湯を急須に注ぎ入れてから、湯呑に移して器を温めつつ、童に質問した。

 

「”あの、自分お金を持っていないのですが”」

 

 妖理の質問は、震えた文字で書かれた無一文を告げる一文で返された。

 

「ほ、ほら。こ、この子からもお金を取るっていうの?ここは団子とお茶はタダってことで」

「ああ、その事だったら、そっちの子はタダでええよ。記憶喪失で無一文の子から金なんざとらねぇよ。ただ、おめは別だ」

 

 妖理は笑顔のまま、帳簿をパンパンと叩きながら飯綱の事を見下ろしている。

 

「で、でも、いくら私でもそんなにツケた覚えは」

「千文、おめが今おらにツケている分だよ」

「せ……千文?」

「”どれだけツケているんですか”」

 

 飯綱は自身のツケの総額を聞かされて、若干血の気が引いたように青ざめて視線を逸らす。同時に、童も先程までは飯綱の事を親切なお姉さんを見る目であったが、この人は一体何をしているんだと呆れるような目で彼女を見ていた。

 

 「待って待って、幾ら何でもそんな額をツケた覚えがないよ。ここって高くても十文そこらでしょ!!」

 

 ツケを踏み倒そうとしていることは否定しないが、流石に桁違いのツケをしている覚えはなかった。

 飯綱の言う通り、壁に掛けられているお品書きには高いと言えるようなものはなく、千文ものツケを作るのは相当難しいように思える。

 

「ここに帳簿があるから、読みあげっぞ?朝飯さ晩飯、飲み水さ菓子、部屋の間貸し諸々で」

「ごめん、わかった。わかったから」

 

 店の食事以外に、家賃光熱費諸々を含めて計上されてしまっては、ものの数か月で千文近くのツケが生まれるのは当たり前だった。

 現実を突きつけられた飯綱は、これ以上現実を突きつけられたくない飯綱は席から立ちあがり、妖理の帳簿を奪い取ろうとする。けれど、妖理はどこ吹く風かの如く、ひょいひょいと擬音が聞こえてくるように避けていく。

 

「これでも安ぐしてんだがんね」

「”ツケはしっかり払いましょうね”」

「一文無しには言われたくない」

(おかしいな、私はちゃんとお金を稼いで、いろんな方法でお金を稼いでいるはずなのに、まるでまともに働いていない人を見るかのような目で見られているんだけど)

 

 一応こんなにツケをしていて、懐が寂しそうな雰囲気をしているが、この場に居る誰よりも自由に使えるお金は彼女が持っているにも関わらず、無一文の童に正論をかまされてしまっている。

 気まずい雰囲気を覚えた飯綱は、今度は誰もいない方へと視線を逸らす。その一方で、妖理は微笑みつつ、抽出が終わったお茶を湯飲みへと注ぎ、飯綱と童の前に出す。

 

「はい、煎茶」

「はぁ、何文?」

「茶は一杯一文、ああそっちからは取んねえがら、好ぎなだげ飲んでもいいよ」

 

 飯綱と童の目の前に出される煎茶、童は妖理に頭を下げてお礼をしてから飲む。飯綱はツケが増えてしまうことに嫌な表情を見せつつも、朝から飲んだ飲み物は水筒の少しの水程度であり、流石にこの場で何も飲まずに過ごすのは無理があった。近くの井戸水も煮沸しなければ飲めたものではない。諦めて一思いに飲み干し、湯呑を空にした。

 

「”おいしいです”」

「そっか、嬉しいごど言ってくれるね。んだけども、団子一本じゃ足りねえべ」

 

 妖理はいつの間にか奥の樽から漬物を取り出していて、食べ易い一口大へと切り分けて小皿に盛り付ける。そして、お櫃から茶碗に一杯分の冷や飯をすくい、そこに煎茶を注ぐ。

 

「ほら、朝飯には足りねぇべげんとも、おらのどころで出せる飯はこれぐらいだよ」

「……私の分は?」

「家賃に含めとくよ」

 

 やれやれとしつつ、満更でもない表情をしながら、飯綱の分のお茶漬けも用意された。

 飯綱と童、どちらもお腹を空かせていたようで、出されたお茶漬けをサラサラと胃へと流し込んでいき、あっという間に茶碗を殻にしてみせた。そして、添えられていた漬物も瞬く間に食べ切った。

 

「ふぅ」

「”ごちそうさまです”」

「いいくいっぷりやなぁ」

 

 二人の見ていて心地よい食いっぷりに、妖理は笑みを零しつつ、空になった茶碗を取って洗い場に置く。

 

「で、飯綱はこれがらなじょすん(どうする)の」

「う~ん、ひとまず人が多い所で情報収集かな」

 

 情報を集めるのならば、情報通か多くの情報が行き交い、人が多く集まる場所、そこに行くのが無難だろう。飯綱の考えに対して、妖理も同じ考えなのか、それに対して何も口出しをしない。

 

「まぁ、頑張ってぎで。おらは店があっからそだのに手は貸せねえがら」

「はいはい、一人で頑張りますよ」

「”自分もできるだけのことは頑張ります”」

「そうが、ほら、これサービス」

 

 空の湯飲みに新しい煎茶を注ぎ入れ、飯綱達の前に差し出す。

 

「げんとも、今がらえぐんか?あそごは今殺気立ってるで思うげんとも」

「まあそうだね、少し時間を置いてから行くよ」

 

 まだ朝早い、今から問屋場に行けば、大勢の人達と荷物のやり取りで殺気立っている。その場を知っている飯綱と妖理ですらこの時間帯に行くのは気が引ける。知っている人で気が引ける場所であるため、何も知らない細身で小柄、力もない童を連れて行けば、人の流れへ容易に飲み込まれて見失ってしまうのは明白だ。

 適当に時間を潰して、多少人が少なくなってでも近づけるだけの勢いが落ち着いた所で向かうことにする。

 飯綱と妖理は煎茶を飲み時間を潰して、妖理は板場でこれからの商売の為に大量の料理の仕込みをしていく。

 

「ん?」

 

 飯綱は狐耳をピクリと動かし、湯飲みを置き表の方に耳を傾ける。妖理もそれに気が付いたようで、手にしていた包丁をまな板の上に置き、手拭いで手を拭い、壁に掛けていた和傘を手に取る。

 

「妖理、どうする?」

「なじょするっつっても、相手がわがんねえ以上、様子は見ねえどね」

「”どうしたんですか”」

 

 童は飯綱と妖理が何かに気が付いたことに気が付き、少し怯えた様子を見せつつ彼女達に問う。

 

「そうね、端的に確認するけど、童、あんた戦える?」

「"無理です"」

「だべな。おらと飯綱でどうにがすっから、下がってで」

 

 飯綱は近くの机を倒して、そこに童の身を隠させてから、袖の中からお札の束を取り出してそこから数枚を童の手に握らせる。

 

「大丈夫だとは思うけど、流れ弾に当たったら、傷口に押し付けておいて、それが怪我を直してくれるから」

 

 童の身の安全を確保してから、先に出ていた妖理の後に続いて飯綱は表へ出た。

 飯綱が表に出てみれば、まだ昼前であるにも関わらず、三人の酔っぱらいの姿があった。一人は店先の長椅子で横になり、花提灯を作りながらいびきをかいて寝ている。

 

「どうする?追い払う?」

 

 目の前の状況を見て、少なくとも一人が店に対して営業妨害をしているといっていい状態だ。

 

「まだ決まっていねえがら」

「いやでも」

 

 他の二人は、店の目の前で喧嘩をしている。先程、飯綱と妖理が店内で聞こえていた音はこれであった。

 店先で酔っ払い同士の喧嘩、既に相当酔いが回っているのか、頭に血が上っているのか、顔を真っ赤に染めている。

 途中から来た飯綱と妖理には、一体何があって二人が喧嘩を始めたのかわからないが、所詮酔っ払い同士の喧嘩、一々内容を気にしていられない。それに、店先で喧嘩をしている、それだけの事実でただただ迷惑なのだ。

 それにまだ巳の三つ時、多くの人達は今日を生きる為の日銭を稼ぐ為に働いているにも関わらず、こんな時間から酒を飲んでいる輩は碌な相手ではない。

 

「てめぇふざけんじゃねぇ!」

「それはコッチのセリフだよ!」

 

 既に殴り合いの喧嘩に発展していて、次第に騒ぎが大きくなっていく。おまけに、店先に置かれていた椅子や、装飾の小物が巻き込まれて倒され、傷ついていく。

 

「飯綱」

「あ~うん」

「口実でぎだがら、やるよ」

 

 物的な明確な被害が確認できた。それを見て、妖理は笑顔のまま、和傘をパンパンと音を立てながら叩き、酔っ払いどもの方へと歩み寄る。

 

「おはよう。うんと楽しそうにしてるね」

「あ?なんだよ」

「女は引っ込んでろ!」

 

 酔っ払いどもは喧嘩をしていても、部外者の女である妖理が話に割り込み、関わろうとするのは良しとしなかった。そして、流れるように追い払おうとした。けれど、酔っ払いども相手に真面目な対応をするのは無駄な労力であり、初めから話をしてどうにかなる相手だとは思っていない。そして、妖理にとっては、明確に損害といえる被害が生じているため、キツイ言動程度で低いことはない。

 

「いつまでもおだって(調子にのって)んじゃねぇぞ」

 

 聞こえるのは妖理の低くドスの効いた声。その声に飯綱は思わず全身の毛を逆立たせて恐怖を覚え、店の中からこっそりと外の様子を見ていた童も、体をビクッと振るわせて恐怖を覚えていた。

 

「おらもその喧嘩さ混じらせでもらうよ」

 

 流れるように手にしていた和傘を引き、酔っ払いの一人の腹部周辺へと狙いを定めて、一点を勢い良く突く。

 

「ガァ!?」

 

 実際に突きが当たった部分はみぞおちであった。これが腹部であれば大きなダメージにはならないが、急所であるみぞおちを突かれては大きなダメージとなる。全身へと激痛が走り、それに対して筋肉が強張り、あっという間にその場で蹲ってしまう。

 たった一撃、不意打ちであったとしてもあっという間に一人を無力化して見せた。それに対して、飯綱はやりやがったという感情を表情に出しつつ、今の突きが当たり方次第ではかなりの致命傷であることは明白。新しい御札を取り出して、蹲る酔っ払いのみぞおちに対して叩きつけるように投げて、最低限の回復はさせておく。

 

「あんたもくらつけるから、かかってきな」

 

 手にしていた和傘を流れるように広げて、柄を肩に乗せる。これが戦闘をしている状況でなければ、絵になるのだろうが、残念なことに迷惑な酔っぱらいを追い払うためにやっていることだった。

 そして、酔っ払いという存在は実に面倒なものであり、目の前で仲間のが一撃で無力化されたにも関わらず怖気る事を知らず、差していた刀を引き抜き構える。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 相手が獲物を手にした。妖理も和傘という獲物を手にしているため、五分五分ではあるものの、刃物である刀を相手に飯綱は心配の言葉をかける。

 

「大丈夫や」

「調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「それ、さっきおらが言ったべ」

 

 酔っ払いでありつつも、相手は多少武芸を嗜んでいるのか、構え自体はそこまで悪いものではない。素面の状態であれば、妖という点も加味して、厄介な相手ではあっただろう。

 距離を詰めつつ、上段の構えから振り下ろされる。それに対して、妖理は持っていた和傘を広げたまま自身の前に運び、紙の生地で自身の大部分を覆い隠した。

 

「あり?」

 

 刀の刃は妖理が立っていた場所を確かに切った。けれど、振り下ろされると同時に和傘が動き、覆い隠している個所も動き、先程まで覆い隠されていた部分に妖理の姿はなかった。

 

「こっちだべ」

 

 正面で相対しあう位置関係だったはずが、刀が振り下ろされる頃には、妖理は酔っ払いの真横の位置まで移動している。酔っ払いがそのことに気が付いた時には、さらに移動をして背後にまで周り、手にしていた一振りの直刀を振り下ろした。

 

「あ”あ”!!」

 

 背中に大きな切り傷を作り、そこから大量の血があふれ出す。

 

「ちょ、妖理流石にやりすぎじゃない?」

「こんくらいやらんとだべ」

 

 背中を切られたことによる激痛を覚えのたうち回る酔っ払いに対して、さらに蹴りの追撃を入れる妖理に対して飯綱は苦言を呈しつつ、致命傷にならないよう傷口に対してお札を投げつけて止血させた。

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