ちょっとビジュアルノベル風の作風になっておりますので、ご留意いただけたらと思います!
『死にたい』
現代ではありふれた言葉だ。
ある人は苦痛から逃れるために。
ある人はコミュニケーションの潤滑剤として。
皆が皆、思い思いに死という言葉の力を享受しているのがこの世界である。
だが、この言葉が話者にとって「願望」の意味を持った途端、現実を侵食する凶器となる事実を、どれほどの人間が理解して生きているのだろう。
相手の言葉がノイズと化し、共感ができなくなり、
気づいた時には景色がモノクロとなって、怨嗟と疑念の言葉が視界を埋め尽くすようになり、
最後は身体を押し付ける架空の重みとなって,日夜問わず降り注ぐ雨のように心を濁らせていく。
これが他人から浴びせられる言葉なら、環境や感情を切り離せる。ほんの僅かだがマシな方だ。
しかし、人間は自分の内側から溢れる言葉に耐性を持つことはできない。
何故ならそれはまごう事なき「己の意思」なのだから。
それ故に家族も、友人も、恩師だろうと、当事者の孤独を癒すことができないだろう。
彼らは所詮、立場の異なる他人でしかないのだ。
心の中に潜り込んで一緒に戦ってくれる戦友などこの世に存在しない。
いずれその苦痛と自責は退路を断つレベルで積み重なり、世界との繋がりを自ら手離す上で無視できない存在感を放つようになる。
自死を選択する者の脳内は一種の悟りに満ちていて他者の介入する余地はなく、それは人が死ぬ瞬間孤独であることの証明でもある。
だから、人は唯一、自ら死に向かおうとする知的生命体なんだ。
眼前に迫る自動車をぼんやりと眺めて、私《おれ》はこれまでの人生を振り返り、そんな事を思った。
◇ ◇ ◇
軽く視線を後ろにやると悲痛な表情で地面に倒れ込んだ双子が、私に何かを伝えようと必死に手を伸ばしている。
あぁ、良かった。突き飛ばしてしまって心配だったけど、これなら彼女たちはきっと助かるだろう。
……でも、きっとこのままだと双子達は「自分たちを庇って死んだ人間がいた」事実を抱えたまま生きていくことになるだろうな。
それだけはいけない。
人生は自分のためだけにあるものだ。
本人たちが意識していなくても、周りから「道徳とやら」を説かれるたび、その事実は重くのしかかりいつか彼女たちを縛る枷となっていく。
私は望んで死を選ぶのに、この国の汚い大人共に私の死を美談などにされてたまるか。
彼女たちは胸を張って人生を堂々と歩むべきだ。自分のためだけに生きる価値がある人間なのだと思って欲しい。
……人生の最後に人との繋がりができてしまった。全く厄介極まりない。
だから、この瞬間、最後の最後でやらなくてはならない事が出来たのだ。
それが終わるまではまだ死ねないのだろう。
使命感っていうやつが人の身に力を与えてくれるとでもいうのであれば、それは致命的なバグだ。
限りのある生命力を酷使して、僅かな可能性に賭けるだなんて馬鹿げている。
でも、私《おれ》は呪いをかけるために2人を救ったわけじゃない。
……はぁ、早く楽になりたいのに心ってのはどうして、自分の言うことを聞いてくれないんだろうな。
でも仕方がない。
死にゆくものが生者の足枷になるだなんてまっぴらごめんだ。
瞬間。
身体に突き刺さる鋼鉄の感触と共に私の意識は途絶えた。
◇ ◇ ◇
「「-----ん。-----さん!!!!!」」
……なんだよ、まだ眠いんだ。数年ぶりに悪夢を見てないっていうのに。
大人しく寝かせてくれよ、×××。
「おねえさん!!!!しんじゃダメだよ!!!!」
…死?何を言ってる?
それに私は男だ。
肉体が女であったとしても、この身体には男の魂しか入っていない。
私の人生で、性別を外見で判断する人との関わりは絶ったはずだが。
それにひどいオイルの匂いだ。
……どこの誰だか知らんが、ちゃんと風呂入ってから人様に声をかけろよな…
バチン!
「い゛っ…!」
両頬へ鋭い刺激が走る。
鈍色の光が差し込む歪んだ視界を開いていくと、眼前に広がるのはひしゃげた鉄の塊と双子の少女。
路面に散らばった鉄屑と芳香剤の香りが混じったガソリン、血だまりが私に起きた悲劇をこれでもかと主張していた。
そうか。私は彼女たちを庇って車に轢かれて……
「…ば、か。恩、じん、なぐる、、ある、、、」
「「!!!!!!」」
滝のような涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした双子の瞳が見開かれる。
瞬間、事故前の思考が走馬灯のように蘇った。
いや、これ本当に走馬灯だな。凄い、本当にあるのか…
自分の容態そっちのけでキチガイじみた感動をする私を他所に、双子はあわあわと続ける。
正直、あまりの状況に彼女たちが何を話しているのかよく聞き取れなかった。
「…………っふ」
……笑えてくる。
数刻前まではあんなにも死を渇望していたというのに、死に際で生まれてくる思いはこの子達のために少しでも生きたいなのだから。
事故直前の記憶は消し飛んでいるみたいだけど、多分同じようなことを考えていたんだろう。
男の心を持つ自分に母性じみた感覚があるだなんて思いもしなかったよ。
人間、自分の気持ちってやつでさえも、まともに気づいてやれなかったりするのかもしれないな。
……幸い思考はできるが、内臓がめちゃくちゃなのが感覚として分かる。
死にゆくものとして彼女たちに残せるものは何か。
もう一度覚悟を決めるしかない。
「ぎゅる…ぐぉ…がっ…!?」
肺に血液が逆流した。
苦しい。苦しい苦しい……!
もう声は出せない。なにか他の方法を探さなくては。
「はな、せぬぁい。べ、つのぐぁおもの、を」
互いに顔を見合わせた双子の片割れは震える手でタブレットを操作し、宙に浮かぶ操作盤を展開する。
これは……眼球運動で文字を入力し会話できる優れものであったはず。
俗にいうアイトラッキングというやつだ。
そうしてもう一人の双子はAIアシストが搭載されたホログラムゴーグルを私に被せてくる。
こちらは脳波をキャッチし、アプリケーションの補助を行ってくれる類のものだったか。
おそらく私が事故にあったタイミングで周辺の全ての機器が反応し、座標と事故の詳細を行政と救急に知らせた筈だ。
全く便利な世の中になったものである。
「おねえさん!きゅうきゅうしゃがくるからっ……もうちょっとだから……!!ぜったい、だいじょうぶだからっ」
「やだよぉっ……やだ、やだやだやだ!おねえさん、おねえさん!!!」
…全く、ほんとそっくりな双子だよ。
瞳を涙でいっぱいにしながらも私の要望を精一杯理解しようと、宙に浮かぶモニターから目を離すまいとする桜色のサイドテールを湛えた少女たち。
こんなにも小さく健気な2人の幼子に、死という現実を突きつけるような肉体を見せるのは、本当に情けない。
でも、2人を助けた時点で生まれた責任を、私《おれ》は果たさなくてはならない。
...いや、もう消えゆく命だ。マイノリティを誇示することも、世に反抗することもきっと、生の特権なのだから、もう抗わなくてもいいのではないか。
最後くらい、人生で最初に貰った身体という贈り物に、素直に心を許してもいいだろう。
全く持って柄ではないのだが、私《わたし》の人生で最初で最後の教壇に立つとしようか。
ーこんにちは。かわいいお二人さん。私の声、届いてるかな。
「!!!!」
「きこえる!!きこえるよ!!」
ーそれは良かった。デバイスの音声機能がオンになってるみたいだね。
「おねえさん!!もうちょっとでびょういんのひと、くるから…むりして、はなしちゃ、だめ…」
「そう…くるしいのはだめ、だよ。さっきはあわててたけど、このチャットもつかれちゃう…おねえさん、つかれるの、やだ……」
ー大丈夫、お姉さん強いからね。それにまだちょっとだけ時間あるから2人にちゃんと話しておきたいことがあるんだ。
ー2人には、私が女の人、に見えるんだよね。
「「っ、うん!とってもきれいなつよくてやさしいおねえさん」」
「ぐるぉ、がっ、ご」
いけない、いけない。少しむせてしまった。
やっぱり久しぶりにお姉さん呼びされると慣れないな。
ーそっか、嬉しいな。でも私はそんなかっこいいものじゃないよ。
「…そんなことないもん!おねえさんはわたしたちにとってぷいきゅあよりもかっこいいの!!!」
「ねこちゃんをたすけようとして、それでね。すっごくおおきいおとがきこえて…こわいっておもったらおねえさんがね」
やっぱり想像通り、彼女たちにとって私はヒーローになっていたか。
嬉しいけど、でもそれじゃ彼女たちはいつか私を理想として、ありもしない幻想に手を伸ばして。きっと壊れてしまう。
心を救う魔法は物語のヒーローやヒロインが授けてくれるものだから、私は彼女たちと対等の人間として、彼女たちの現実をちょっとだけ軽くしてあげたい。
ー私はきみたちとおんなじ。何も変わらない。大人ってね、実はきみたちと一緒なのに、無理して頑張っている人たちのことを言うんだよ。
ーだから、二人にはそんな人生を送ってほしくないと思ってる。
「...えっと、」
「...ん...うゅ...わかんない、かも...」
ーふふっ。大丈夫。これは二人が大きくなったときにもう一度思い出してほしいな。
簡単に言うとね、「もしこの先沢山悩んでほかの人に迷惑をかけたとしても、自分のことを世界で一番大切にしてね」ってことだよ。
「せかいでいっちばん、」
「じぶんがだい、じ?」
くりくりの淡い桜色の髪を揺らしながら、まるで合わせ鏡を見つめるように互いに視線を交わす双子。
お互いの頬に手を添えて、腫れぼったい眼でぽかんとしている二人を見ていると愛おしさが込み上げてきた。
―2人は、将来何になりたい?
「お嫁さんとサッカー選手!」
「お嫁さんとスチュワーデス!」
―……そっか。素敵な夢だね。
「「…でも、おねえさんみたいに、わたしも、こまってるひと、たすけられるような、やさしいひとになりたい。」」
悪寒が走った。
その生き方だけはいけない。無条件の優しさを他者は疑うし、恩義は一過性のものでいつか忘れられる。
にも関わらず、自分が他者にやってあげたことを人は忘れられない。つまり、多くの人間にとって大切なのは自分自身でしかないのだ。
人を助けることで育まれた自尊心は、主体性を損なわせ、いつか過去の自分に疑いの目と恨み言を向けることになるのだ。
私は何のために生きていたんだろう、と。そういう風に生きてきた人間を私は知っている。
勇者やヒーロー、魔法ヒロインの在り方は自分を犠牲にして他者の願望機になるということなのだ。
―2人とも、お姉さんと、二つ、約束して欲しいんだ。
「「……?」」
―人を助けたいと思ったら、絶対に見返りを求めないこと。そして、誰かを助けた自分を誇りに思わないこと。
視界が本格的にぼやけてきた。
何故か肺に入る空気が酷く熱い。
「どうして?」
「だって、せんせいは、こまってるひといたら、たすけるのがえらい、っていってるよ?」
―……人を救うことは自分を救わないことなの。私をみてごらん?助けたのに、こうなっちゃってるでしょ?
眠い。酷く眠い。
でも、精一杯の笑顔を作る。視界が霞もうともそんなの言い訳にすらならない。
せめて、何か嘘をつかなくては。
―私は病気でね。もうすぐ天国に行きそうな人だったの。だから、思い残すことはなくて、最後に人の役に立つことをやってからお土産話を持ってご先祖様に会おうとしてた。だから、特別なの。
―それに、小さな命を大事にしようとする貴方たちがすごく眩しくて、純粋で大切な存在に思えたんだ。あぁ、世界に生まれ落ちた時、人はみんなこうだったんだよなって。
「おねえ、さん…?」
あれ、よ、く見えなくなってきたかも。でも、まだ。
―私が、あなたたちを助けたのは、あなたたちだったからだよ。私は、あなた たちが生きてい る、それだけで嬉しい の
死にゆく者は、生者の足枷を生み出してはならない。
―私は あなたた ちの一生分の献身を知 っ てる。見ず知らずの私のた めに、ここまで涙を流して、寄り添ってく れる人を私は知ら ない。
死にゆく者は、生者にこの世の美しさを気づかせてあげなくてはならない。
現実という言葉で絶望を与えるだけではいけない。
「……!?おねえさん!!!」
私は、今、笑えているだろうか。
―これから あなた たちの人生、苦しいことば っ かりあるかもしれ ない。同じぐらい 良いこと が 沢山あるか もしれない。
「!?おねえさん!!!ダメっ!!ダメっなの!!!」
―でも ね たと え世界で み んな敵になっ た とし て、お姉さんは もう2人に会えないかもしれな い けど。
死者は、せめてこの世で一番の幸せを。誰かに謳歌してほしいと柄にもなく思ってしまうのだ。
―私は だけは 2人の味方でいて あげ る。
どんな に悪いことを しても。私 味方でい るよ。
あと少しだけ、もう少しだけ無理をしたい。
なぜなら、人は善性を信じなくては前に進めない生き物だから。それを必ずしも家族が与えてくれるわけではないから。
―だって、 私はあなたた ちのために、命をかけ た 人間だから
―そんな人の 言うこと なら、誰よ り も 信じられる でしょ う ?
―安心 して進 める で しょう?
―だ から 人 生を思い っ きり、楽し んでね
もはやぴくりとも動かせない触感のない腕が握られている感覚がする。
「おねえさん!!!!なまえ、なまえはね!!!」
「「雪穂・永愛だよ!!!!」」
「「わたしたちがぜったいたすけるから!!!」」
ふふっ、ガキンチョが一丁前なことを言ってる。
……まぁ、責任取るって、言っちゃったしね。
そんな未来が、あるのであれば、期待しないで待ってるよ。
無責任な先生を演じることしかできなくて、ごめんね。
最後に、人間らしいことできたかな。お母さん。
遠くから鳴り始めるサイレンの音。
運ばれてくる担架の音。
無理やり装着された酸素マスク。
女の子の鳴き声。
そして、意識刈り取るような強烈な痛みが脳に走り。
私のクソッタレな生は、自己満足という低俗な形で終わりを迎えた。
◇ ◇ ◇
ブチッ
突如の脳に電流を流されたような強い痛みを覚え、私の意識は急速に浮上する。
痛い、いたいいたいいたいいたいいたい。
頭が割れそうに痛い。
「う゛、あぁ…」
視界が歪む。
足が自分のものでないかのようにぐにゃぐにゃとしていて上手く立っていられない。
「あ、あ゛。あ゛あ゛っ」
暗がりのなか、体を引き釣りながら壁伝いに少しずつ進んでいく。壁に触れるたびに全身の細胞が泡立つような刺激が脳をえぐる。
一歩一歩が自分の身体でないかのように恐ろしく重い。
「く、ぐぞっ…」
間違いなく、人生で最悪の気分だ。
これより少し前に何か自分の身に破滅的なことがあり、今の状況があり得ないことだけは理解できる、が…
とりあえず今は少しでも身体を休めたい。
息も絶え絶えにリビングと思われる場所にたどり着く。
あいもかわらず、視界はぐわんぐわんと揺れていて、ここがどこなのか定かでない。
ただ一つ、脳裏に鮮明に焼き付く濃密な死の気配だけが、自分の魂の所在がまだ肉体にあることを告げていた。
かろうじてソファに座り視線をゆっくり上げる。
「…は?」
ここは、マンションの一室?
確証がない理由は、窓の外の景色があまりに私の時代の常識からかけ離れていたためだ。
あまりの違和感と画面酔いのように定まらない焦点から、プロジェクターに投影された立体映像かと思ってしまった。
「俺は頭がおかしく、なったのか?」
一面ガラス張りの部屋の向こうには、無数の小型飛行機と奇怪なデザインのビル群が占めており、空には水泡が浮かんでいる。
あまりのトンチキな事態に自分の正気を疑うしかない。
もはや自分が何らかの薬物を摂取したとしか思えないのは普段の行いのせいだろう。
とりあえず私は体調の回復を待ち、この家の洗面所と思しき場所へ足を向ける。
「…………は?」
誰だ、お前は。
鏡に映るのは、女という外見を捨てるほどの勇気はなく、ほんの少しの抵抗として、マッシュのメンズカットと多めのピアスで自分を鼓舞していた女性の姿はなく。
白雪のように美しい肌に、見るもの全員を振り向かせるような艶のある桜色の髪をたなびかせた絶世の美少女が、何とも間抜けなつらでこちらを見つめていた。
ガチャ
洗面所のドアが開かれる。
大きなあくびをしながら入ってきたのは自分?と瓜二つの姿をした美少女。
「おはよ~雪ねぇ。昨日ほとんど部屋に籠ってたみたいだけどだいじょぶそ?」
「え、あ。」
「???」
不思議な顔をしてこちらの顔を覗き込む美少女。
や、やめて。近い近い。き、緊張するだろ。
というか、この距離感に名前の呼び方、この部屋の家主、もしくはその近親者なのか…?
「…あの、あなた、は」
「どなた、ですか」
最初は怪訝な顔をしていた美少女であるが、私の言葉を受けて徐々に信じられないようなものを見る顔つきへと変わっていく。
「………まさか、雪ねえ。成功、させたの?」
「でも、理論的には不可能だって言われていたはず、なのに……」
一体何の話だろう。それにしてもさっきから頭痛がひどい。
「…あ、あの!差し支えなければ、雪ね、いや、あなたのお名前をお伺いしても…?」
興奮を隠そうともせず、熱を帯びた視線で彼女は続ける。
「お、俺は。」
口いっぱいに広がる血液の匂い、水たまりのように広がっていく赤い血溜まり。
「っ。俺の名前は」
泣きじゃくる子供と耳をつんざくサイレンの音。
記憶の底に沈殿している私の名前を辛うじて掬い上げる――――
「阿月《あづき》…霜詩阿月、だと、思う…」
お読みいただきありがとうございました!
ガルコメとシリアス、入れ替わりものとかいう癖寄せ集めの小説となりましたが、どうだったでしょうか?
少しでも皆様のお心に残るお話であったのであれば、これほどうれしいことはありません...!
なお、こちらの作品は展開の都合上、更新が比較的ゆっくりとなります。
お待たせしてしまい申し訳ございませんが、各話のブラッシュアップも行いつつ気長に取り組めればと思いますので、もしよろしければ今後ともお付き合いいただけると嬉しいです!
最後に、ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございました!