アデプトとの戦いは、一か月にも及んだ。
日本各地に出没する彼らは、その名の通りどんどん増えて行った。
メグル達が撃退した者達は末端の末端だった。
彼らは魔王から闇のカードを与えられた者達で、メグル達が倒したのはその力に溺れて増長していただけのチンピラに過ぎなかった。
アデプトたちは、主に三つの派閥に分かれて組織だって動いていたのだ。
彼らのトップこそがのちの四天王と呼ばれる、魔王に侍ることを許された三人だった。
最初こそ、それに対抗する勢力は少数だった。
だが、徐々にそれは大きくなり、メグルもまたその中心にいた一人だった。
相手は人をカードに変える悪の組織。
だけど、その戦いは決して、私達の正義感や信念を満たすものではなかった。
エデン・コードはシンプルなゲーム性が故に、一部のパワーカードが高騰しやすいという傾向があった。
つまり、資産の多い者がゲームで有利になる。それ自体はカードゲームの性質上、ある程度は仕方がないことだ。
でも、私はカードを売る店の娘だった。
彼らの主張や行動は、私の胸を抉るようだった。
ある一例では、アデプトの一人はある骨董屋を襲撃し、その店主をカードに変えていた。
それを目の当たりにした私達は、彼女とアセンションを行うことになった。
無事、私達は勝利し、彼女は闇のカードをあっさりと放棄した。
なぜそんなに彼女が潔かったのか。彼女個人の目的は達していたからだ。
彼女はカードにした今の店主に、父親がアセンションで負けて店の権利を奪われたのだと言う。
それ以来、彼女は苦しい生活を強いられる羽目になった。
そう、彼女の目的は復讐であり、かつての実家を取り戻そうとしていたのだ。
アデプト達は、魔王に唆されたそんな弱者の集まりだった。
魔王の元に集った四天王たちも、決して悪人ではなかった。
アセンションを通じて、メグルはそれを強く感じていたと思う。
彼らは社会との格差や不平等と戦う為に、魔王に忠誠を誓ったのだから。
そう、だからこそ、彼は、シュウ君は、異端だった。
§§§
それは不意打ちだった。
シュウ君にデッキ調整を頼まれて、私はそれに頷いた。
「よし、僕の勝ちだね」
「うん。なかなかいい感じじゃない?」
私が卓上から彼に顔を向けると、彼は笑っていた。
「じゃあトキコちゃん。カードになろうか」
その瞬間、私は反応するまでも無くカードにされた。
気が付くと、私は椅子にロープで縛られていた。
「なに、どこ、ここ」
何も無い部屋。私には、教室が急に景色が変わったようにしか見えなかった。
だけど、カードにされる時の特有の寒さが、この身に起こったことを明瞭にしていた。
私が困惑していると、ドアからシュウ君が現れた。
「あ、トキコちゃん、ゴメンね縛ってて。痛くない?」
「シュウ君……これ、一体どういうことなの?」
「それがね、ミクが、魔王様がメグル君と戦いたいって言うんだ」
魔王。
その二文字だけで、私は全てを察した。
「最近は警察のアセンション部隊とか出張ってるしさ、もしかしたらメグル君は一般人だからこの戦いから遠ざけられるかもしれないじゃない?
だから、トキコちゃんを攫う他ないかなって」
「う、裏切ったの、シュウ君!! なんで魔王なんかに!!」
「魔王なんか?」
シュウ君は不思議そうに小首を傾げた。
そして、くつくつ、と笑い出した。
「トキコちゃん、それは驕りが過ぎるよ。この世にミクより上なんて、神様ぐらいなものだし」
「……なにを、言ってるの?」
「君が魔王様を軽蔑していることが不愉快だって言ってるんだ」
意味が分からなかった。
まるで別人だった。
彼は間違いなくシュウ君なのに、知らない人物みたいだった。
「やっぱりカードに戻そう。君の声を聴いた方がメグル君もやる気を出すかもしれないけど、考えてみれば君のスマホからカードになった画像を送れば済む話かな」
「い、いや、やめて!!」
「おやすみ、トキコちゃん。メグル君と一緒に大事にするよ」
彼の表情は、悪魔のように歪んでいた。
それが彼を見た最後だった。
アデプト事件。世間で言うその騒動が終わって、半年が過ぎた。
カードにされた人々は帰り、事件の過程で暴かれた悪事が次々と明るみになった。
アデプト達は魔王の復活という勝利条件は満たせなかったが、特殊勝利条件は満たせた。
要するに、痛み分け。
事件は多くの傷跡を残して、収束を迎えた。
ただ独り、消え去ったシュウ君以外は。
魔王が去ったあの日以来、誰も、両親さえも彼の行方を掴めなかった。
「なあトキコ。今日、アオナさんに会う約束をしてるんだけどさ」
「アオナさんに?」
ある日の放課後、私はメグルからそんな話を聞かされた。
アオナ。元四天王、白取アオナ。
今ではアデプト達を取り纏める一大勢力として、そのトップにいる。
だから彼女に会うのに、今の今まで時間がかかったのだろう。
「彼女に会って、どうするの?」
「シュウの行方を聞き出す」
その言葉に、私の顔は強張った気がした。
「魔王の元四天王なら、知ってるんじゃないかって」
「メグル……」
彼との戦いは、メグルの心に深い傷跡を遺した。
未だに彼は信じられていないのだ。シュウ君が、友達が自分を裏切り、自分の前から姿を消したことを。
「聞いてどうするの?」
「……勿論、何があったのか問いただすに決まってるだろ」
シュウ君は魔王の手下として四天王になり、私達と戦った。
それ以上、私達は何も知らなかった。
「私も行く」
「トキコ」
「私も一発ぐらいビンタしないと、気が済まない」
私が同行すると言うことに、メグルはあからさまに安堵の表情を見せた。
一人では心細かったらしい。
メグさんは、あの時、魔王との決戦で力を使い果たして未だカードの中で眠っているのだから。
私達は電車で、アデプトの本拠地へと向かった。
地図アプリの案内に従い、白亜の荘厳な聖堂が姿を見せる。
その大きさ、広い敷地。それが今の彼女の地位を示しているように見えた。
ここはアデプトの総本山。“白い結社”の本部だった。
それと同時に、宗教施設でもある。
今も多くの信者が、本堂の方へと歩いて行っている。
私達はアオナさんに取り次いでもらおうと守衛さんに話しかけると、今は聖堂に居ると言う。
折角だから参加してはどうかと言われたので、私達は聖堂に向かった。
「皆さま。日頃の活動のお陰で、我々の賛同者も増えつつあります」
アオナさんはそこで説法をしていた。
本堂には、多くの人間が長椅子に座り、或いは座る場所が無く立ち聞きをしていた。
私達もその聴衆に交じった。
「我々がメアリース教団の分派として正式に認められてから幾月、我らチーム四天王の仲間たちと共にいずれ社会をアセンションするべき時が来るでしょう」
彼女は、本職の神官だ。
かつてメアリース教団に所属していたらしい。だからやたらとアセンションと言う言葉を使いたがる。
「主流派はアセンションを通じて、人々をアセンションしようとアプローチを試みております。
それが彼らの役割であり、女神メアリース様が創造なさる楽園へ迎えられる唯一の手段であると。その方法自体は、とても崇高で素晴らしいことだと存じます」
メグルは彼女の言葉を聞き入って、頷いている。
彼はこう見えて信心深い。アセンションはそれを通じて他者と分かり合えると信じている。
「しかし、実際はどうでしょうか。メアリース様は我々を見放してはおられません。なぜなら、この大地も、空も、宇宙も、かの御方の創造物。我々はそこに住まうことを許されている、それが何よりもの証拠でありましょう。つまり──」
彼女は一旦言葉を結び、こう続けた。
「我々は
この地球こそを楽園にする、彼女はそう強い意思で語った。
「世界をより良くするために、我々はアセンションしなければなりません。その手段としてエデン・コードがあり、アセンションがあるのですから。
いずれ世界はアセンションにて一つになり、笑顔と平和で溢れることでしょう。その時こそ、我々が神に認められる時なのです!!」
聴衆から拍手が起こる。
メグルも真剣に拍手をしていた。
私も追従して拍手をしていたが、彼女の話は相変わらずアセンションがゲシュタルト崩壊をしそうだった。
いや有難いお話なのはわかるんだけどね!! 彼女は真剣で、周囲の人達も賛同するのもわかるんだけどね!!
もうちょっとアセンション以外の語彙を増やしてほしい。中学生にそんなこと考えさせないでほしい。
お話が終わり、アオナさんはいかにも仕立ての良いスーツのおじさんおばさんに握手を求められ、それに応じていった。
そうしていると、彼女は私達に気づいたようだった。
こちらに軽く会釈してから、彼女はお偉いさんの対応を早めた。
魔王の四天王は、みな社会的地位の高いものばかりだった。
神に仕えるアオナさんは言うに及ばず。
アセンション協会の会長のアカネさん。
来須コーポレーションの社長のイワオさん。
一万人もの人間をカードにして誘拐しておきながら、彼らは失脚などをしていなかった。
一般人相手に狼藉を働いた末端が逮捕された。それくらいしか、アデプト達は処罰を受けていない。
事実上の無罪放免。
それどころか、アオナさんは分派として正式に承認を受けている。
それについては色々と憶測が飛び交っている。私やメグルのような一般人には情報は降りてこない。
ただ、ネットの一部からはアデプト達は義賊のように扱われていた。
「お二人に御会いできて、私は嬉しいですよ」
ゆったりとした白い神官服を纏った青い髪の彼女は、そのいつものように柔和な笑みで私達を奥の私室に通した。
「それで、どのような御用でしょうか」
彼女は私達が座った応接用のソファーの対面に座り、そう問うた。
「アオナさんは、元四天王ですよね?」
「訂正をお願いします」
メグルの言葉に、アオナさんはきっぱりとこう言った。
「今もなお、私は魔王様の使徒。我ら四人はチーム四天王の仲間なのです」
「……わかりました。訂正します」
結構です、とアオナさんは微笑んだ。
緊張しているメグルを他所に、この人の語学センスは本当に独特だと思った私である。
四天王の前にチームを付ける意味は? もう四天王って時点で四人のチームなのでは? 神官的な言い回しなのだろうか。
「アオナさん、今も魔王の四天王と言うのなら、シュウが今どうしているか知っていますか?」
「シュウ君ですか?」
「ええ。もうずっと行方を眩ませているんです」
なるほど、とアオナさんは頷いた。
「お二人は彼のご友人ですものね。心配なのはわかります」
ですが、と彼女はこう言った。
「シュウ君はかの御方の御側で働くことを許された。
私の方からはその所在や任務は与り知らぬものです」
要するに、分からないと言うことだった。
「……そうですか」
メグルは、特に食い下がらなかった。
この人が嘘を言ったりしないということは、その態度から明白だった。
「我々はチーム四天王は財界や政界、カード界に影響力を持っていますが、私は我々に優劣はないと考えています。
シュウ君は我々と同じように、魔王様に貢献しているのでしょう」
彼女は私達を安心させようとしたのだろう、魔王の側に居るから安全だと言いたいのだ。
「それは、なにをしているか分からないってことですか?」
「ええ、魔王様は我々に全て任せる、としか仰らなかったので」
私は魔王に侍ることを許された四天王でさえ、彼女に意見や真意を問うことさえできないように思えた。
「ですので、我々は我々の信念に従い、魔王様が去った後もこの世界をより良くアセンションするべく、好き勝手に行動しているのです」
恐ろしいことだった。
この世界に、もう魔王は居ないのに。
魔王の影は、確実に存在していた。
「魔王が俺達にしたことは、ただの遊びだったんですよ。
それなのに、まだ彼女を慕っているんですか?」
「それの何が問題なのですか?」
アオナさんは不思議そうに小首を傾げた。
「魔王様はメアリース様に唯一並び立つ、かの御方の化身。
魔王様そのものが神の怒りであり、代弁者なのです。
そんな魔王様が、我々人類に対して寛容だった。我々は許された。
遊び以外の感情を抱かなかった。では人間は醜いからあのようなことを為された方が良かったのでしょうか?」
魔王に悪意や害意は無かった。アオナさんはそれを重視していた。
「……そうですね」
私も、魔王が神様に類する上位存在なのはわかる。
アデプト達が世間から明確に処罰を受けなかったのは、魔王の報復を恐れているからだ。
「魔王様の遊びとはアセンションなのです。むしろ、我々は歓迎すべきなのです。
なぜなら我々人類はメアリース様に認められるべくアセンションすべきであり、偉大な存在である魔王様とのアセンションはより高みへと我々を導くものだったのに違いないのですから」
……うん。大人になったら彼女の言いたいことが分かるようになるのかな。
「ああそうだ。メグル君、あなたはもう三年生でしたね。進学先は決まっているのですか?」
「いいえ、それがなにか?」
「実は我々、チーム四天王はエデン・コードを用いたアセンションを専門とする教育機関、アセンション学園の設立を急いでいます。
魔王様に見初められたアセンションの実力を持つあなたを、特待生待遇で迎えたいと考えています」
「アセンション学園ですか?」
「ええ、私の考えは以前あなたとアセンションした時に伝わったはずです」
彼女は真剣に、メグルを見ている。
「アセンションはお互いを競い合い、高め合う為に行うもの。
我々は資産の格差を埋める為に、汎用カードを多く封入したストラクチャーデッキなどを配布したり、そもそもカードゲームに向かない者達にコツを教えたりしてきました。そうして皆が平等に近づけば、人類のアセンションの底上げに繋がるのですから」
わかったから……!! 宗教用語でのアセンションとカードゲームのアセンションを分けて話してほしい!!
「アセンション学園もその一環です。
社会はこれからエデン・コードをインフラとしてますます普及させていくでしょう。
その為の優れた人材を、社会に送り出す必要があるのです」
「だから、俺をアセンション学園に?」
「ええ。貴方がダメなら他の誰がふさわしいと言うのでしょう」
彼女は自分のデスクから、入学希望の書類を取り出した。
「トキコさんの分もありますよ。流石に特待生は無理でしょうが、試験無しでの入学ぐらいは口利きしますよ」
「うッ……」
正直言うと、私もちょっと心が揺れた。
だって高校受験とか面倒だし。進路が決まってないのは私も同じだ。
「……考えさせてください」
「あなたは来ますよ」
書類を受け取るだけ受け取ったメグルに、彼女は大真面目に、こう言った。
「あなたは失うことを恐れている。
シュウ君が居なければ、あなたは心から
そして、囁くように、こう告げた。
「そして何より、アセンション学園の設立は、魔王様のご命令なのですから」
ハッとしたように、メグルは顔をあげた。
「共にお出迎えをしませんか」
私も、唾を飲んだ。
それの意味する言葉の真意を理解して。
「魔王様の、御帰還を」
四天王の面々はネタまみれです。
というか、ネタで突っ走ることでしかこの作品の意義が無いと思うので、くすっとしてくれれば作者は嬉しいです。
更新速度やモチベーションの維持の感想や高評価をお待ちしております。
ではまた、次回!!