短編第2弾

こういう旅の
ふとしたワンシーンの切り取りがみたかった、そんなお話

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第1話

サンマリーノの夜は、潮の香りが部屋の隅々にまで入り込む。

遠くで繰り返される波の音が心地よいリズムを刻んでいる。

ここはかつて、レイが自分の姿を失い、誰にも気づかれずに彷徨った町。

今はこうして、実体を持って仲間と宿屋のベッドに横たわっていることが、どこか不思議で、そして何より嬉しい。

 

「……ねえ、ミレーユ。起きてる?」

バーバラがベッドの中でかぶっていた毛布からひょいと顔を出し、窓際で月を眺めていたミレーユに声をかけた。

ミレーユは、夜風に揺れる銀髪を指で払いながら、静かに微笑みを返す。

 

「ええ。この町の風、少し不思議な香りがするから。

……どうかしたの? 眠れない?」

 

「ううん、なんとなく! ほら、今日はムドーを倒したあとで、みんな流石に疲れちゃってたでしょ?

宿に着くなりハッサンは倒れるように寝ちゃうし、レイもぼーっとしてるし。ゆっくり話す暇もなかったからさ」

 

バーバラは枕をぎゅっと抱え直すと、楽しそうに瞳を輝かせた。

 

「そういえばさ、昨日寄った村の『キメラの翼の丸焼き』あれはちょっと……衝撃的だったよね」

 

「ふふ、そうね。お店の人は『秘伝のタレ』なんて言っていたけれど、少し焼きすぎて炭の味しかしなかったわね。飲み込むのも一苦労だったわ」

 

「でしょ!? しかも魔物の肉……私、あの後こっそり裏で吐き出そうかと思っちゃった。……あー、やっぱりレイドックの城下町で食べた、あのふわふわのオムレツが恋しいなあ」

 

「あのオムレツは絶品だったわね。卵がとろっとしていて、バターの香りがお城の広場まで届きそうだった」

 

「あ! うんうん、あれ美味しかったよねー! レイなんて、普段はあんなに物静かなのに、無言で三皿もおかわりしちゃってさ。

てか、あんなに食べるなんて意外じゃない? 頬張ってる顔がリスみたいで、ちょっと笑っちゃった」

 

バーバラが身を乗り出して笑うと、ミレーユもつられて口元を緩めた。

「そうね。普段は一歩引いて、みんなが危ない目に遭わないかいつも気を配っているけれど……

ああいう無邪気なところを見ると、やっぱり年相応の男の子なんだなって、なんだか安心するわ」

 

「ね、レイってそういう気配りを自然としてるのもなんか良いっていうか。

流石ミレーユ……レイの事もちゃんとよくみてるんだね。あ!そうそう、男の子と言えばさ!」

バーバラはさらに声を弾ませた。

 

「ほら、この前行った街で出会ったあの……ストップって言われるまで踊り続けちゃう人! ああいう変な人たちに会うたび、レイがいちいち真面目に対応してるのを見るのも、あたし結構ツボなんだよね」

 

「そうね、彼は本当に誠実な人だから。街の人全員に話しかけて真面目に聞いて…。

冒険に関係ない話も中には沢山あるけれど、彼はそれすらも楽しんでるのかしら」

 

最近寄った街でのワンシーン。

2人は思い出してくすくすと笑っている。

 

「それにほら、私たちが最初に出会った『月鏡の塔』のこと、覚えてる? あの時、透明だった私のこと、レイが見つけてくれて、『夢見のしずく』で助けてくれたでしょ。

……あの時ね、実はちょっと変な感じがしたんだ。

なんて言うか、今まで誰も私を見てくれなかったのに、レイの瞳にバッチリ私が映った瞬間、なんだか魔法にかかったみたいにドキドキしちゃって」

 

「それは……バーバラにとって素敵な出会いだったわね」

 

「ねぇミレーユはどう? 初めてレイとハッサンに会ったとき、どう思った?」

 

ミレーユは少し考え込むように視線を落とした。

「私は、グランマーズの館の前で彼らと出会ったわ。

正確に言えばこのサンマリーノでもあるのだけれど……

ハッサンは、岩をも砕く力強さの裏に、とても繊細な優しさを持っている人だと思った。

そしてレイは……。最初に出会ったときは、まるで透き通った水のような人だと感じたわ。

何色にも染まっていないけれど、どんな困難も静かに受け入れて、前に進む強さを持っている。

……正直に言えば、彼らがいなければ、私は今でもあの館で、ただ運命を待っているだけだったかもしれない」

 

「……ふーん、そっかぁ、水かあ。ミレーユらしくてなんだか、カッコいい表現だね」

 

バーバラは少しだけ羨ましそうに呟いた。

 

「私はさ、あの時直感で思っちゃったんだ。『あ、この人なら私のことを見つけてくれる』って。

……でもさ、ムドーの城で、レイが鏡の力で自分を取り戻した時……あの時の顔、すっごくカッコ良くなかった?

普段の優しい雰囲気のレイとは別人みたいでさ。

私、その横顔を見てたら、またドキドキしちゃったんだよね…」

 

バーバラは自分の言葉に照れたのか、顔を枕に深く埋めた。

沈黙を埋めるように、窓の外からザザーンと規則正しい波の音が入り込む。

 

「レイだけじゃないわよ。ハッサンだって、どこの街でも子供たちのために必死になっていたり。

そういう時の彼も本当に頼もしかったわ。……この旅の仲間は、みんな眩しいくらいに真っ直ぐね」

 

ミレーユの言葉に、バーバラが枕から片目だけを覗かせて、少し躊躇いながらも核心を突く質問を投げかけた。

 

「……ねえ、ミレーユ。ミレーユはさ、その……レイとかハッサンみたいなタイプって、どう思う? 恋愛対象っていうか、男の人として!」

不意に飛んできた直球に、ミレーユはふと夜空に浮かぶ月を静かに見つめた。

彼女の脳裏には、黄金の輝きに包まれた夢の世界と、それとは対照的な、冷たく暗い、思い出したくもない「過去」の断片がかすめる。

 

「……そうね。二人とも、とても素敵だと思うわ」

ミレーユは、自嘲気味ではない、どこか遠くを慈しむような穏やかな声で続けた。

 

「でも、私にとって『誰かを好きになる』っていうのは、まだ少し……鏡に映った自分を見ているような、どこか現実味のないことなの。

ついこの間まで、自分という存在さえ曖昧だった私が、自由になれた。

今はただ、この広い世界をみんなと歩けるだけで、胸がいっぱいになってしまうの」

 

「ミレーユ……」

「ふふ、ごめんなさい。少ししんみりさせちゃったわね。

でも、バーバラ。あなたがレイを見つめる時の瞳はこの部屋の鏡よりも、夜空に浮かぶ月よりずっと綺麗に輝いているわよ?」

 

「ちょっと、ミレーユ! もう、すぐそうやってからかって…お姉さんぶって逃げるんだから!」

 

バーバラは頬を膨らませてベッドを叩いた。

 

「いい? 私はミレーユのことも知りたいの! レイが『ミレーユ、こっちだよ』って手を引く時、ミレーユすっごく優しい顔してるんだからね! 本人は気づいてないみたいだけどさ!」

 

「……私が、そんな顔を?」

ミレーユは驚いたように瞬きをした。いつも冷静な彼女の頬が、月の光のせいか、ほんの少しだけ朱に染まっているように見える。

「そうだよ! もう、自覚ナシなんだから。……レイがミレーユを特別に頼りにしてるのも、ミレーユがレイを信頼してるのも、見てればわかるもん。

……だからさ、たまーに、ほんのちょっとだけ、私が入る隙間がないなーって、寂しくなっちゃうんだよね」

 

バーバラはそう言って、照れ隠しに足をバタバタさせた。

薄着の寝巻きが不意に捲れ上がり、月明かりに照らされた肌が露わになり慌てて直す。

 

「あはは! 今のはナシ! 独り言! やだなぁ、私ったら何言ってるんだろ。ムドー倒したばかりで、そんなこと考えてる場合じゃないのにね!」

 

「バーバラ……」

ミレーユは椅子から立ち上がると、バーバラのベッドの端に静かに腰を下ろした。細く、温かい指先が、バーバラの髪を優しく撫でる。

「……寂しい思いをさせてしまったのなら、ごめんなさいね。

でも、安心して?私にとってレイは、暗闇の中で道を示してくれた『光』のような存在。

……けれど、あなたは、その光と一緒に隣を歩いて、私を笑わせてくれる『太陽』なのよ」

ミレーユの瞳が、真っ直ぐにバーバラを見つめる。

 

「あなたがいない旅なんて、きっと私は寂しくて耐えられないわ。レイにとっても、それは同じはずよ」

 

「……ずるいよ、ミレーユ。そうやっていつも綺麗な言葉でまとめてさ。……でも、すっごく嬉しい。ありがと、ちょっとだけスッキリしたかも」

 

バーバラはミレーユの手に自分の手を重ねた。

その温もりに浸ろうとしたその時——壁の向こう側から「うわっっ!?」という短い叫び声と、宿屋が震えるほどの凄まじい衝撃音が響いた。

 

「「……!!」」

 

二人は顔を見合わせ、ピタッと動きを止める。

「ど、泥棒!?」とバーバラは叫びそうにるのを抑え、大事な仲間達に危機が迫っていると思い、バーバラが勢いよくドアを開ける。

そこにはなんと、パジャマ代わりの薄着で呆然と立ち尽くすレイの姿があった。

 

泥棒や魔物ではなかった事に安堵する。

と同時に何故レイがそこに?と首を傾げながら考えるも、やがて一つの結論を導き出した。

 

「あーっ! もしかしてレイ! そこであたし達の話に聞き耳立ててたんでしょ!?」

 

「わ、悪かったよ。……いや、違うんだ。実は別に聞き耳を立ててたんじゃなくて……」

 

レイは寝癖のついた頭を眠そうに掻きながら、背後の隣の部屋を指差した。

そこからは「……むにゃ……あといっこ……あと一個、木の実を積めば、世界一のパンチが……」というハッサンの地鳴りのような寝言と、ドカドカという壁を叩く様な音が響いている。

 

「ハッサンが、寝ながら正拳突きを壁に打ち込んでるんだ。……その音で目が覚めて、びっくりしたのと、あまりにうるさいから一旦逃げ出そうと思ったんだ。

ただ、その正拳突きの前から寝言が凄くてそれで起きちゃってさ。

そしたら壁越しに君たちの部屋から僕の名前が聞こえてきて……つい」

 

レイの顔は、月明かりの下でもわかるくらい真っ赤になっている。

「……え、どこから聞いてたの!? 」

 

「ええと……『レイがこっちだよって手を引く時』……あたりから……かな」

 

「最悪ーーー!! ほぼ全部じゃん!!」

 

バーバラが顔を真っ赤にしてポカポカとレイの腕を叩く。

その様子を後ろで見ていたミレーユは、耐えきれずにくすくすと上品な、けれど大きな笑い声を漏らした。

 

「ふふ……。どうやら、私たちの『光』は、隠し事があまり得意じゃなかったみたいね」

 

「ミレーユまで! もう、笑いごとじゃないよー! 恥ずかしくて明日から旅できないよ!」

 

あまりの騒ぎに、階下の宿屋の主人が「夜中だぞ! 他の客も寝てるんだ!」と階段を駆け上がってくる足音と怒鳴り声が聞こえる。

三人は慌ててお互いの口を抑え、狭い廊下で隠れるように身を寄せ合った。

「……ねえ、レイ」

 

バーバラが叩く手を止めて、レイの服の裾を掴み、見つめながら消え入りそうな小声で囁いた。

 

「……ミレーユが言ったこと、忘れなさいよね。変に意識して、明日からニヤニヤしたり、私の顔をじろじろ見たりしたら……本当に、全力のメラ打っちゃうから!」

 

「わ、わかってるよ。……でも、その」

 

レイは少しだけバーバラとミレーユを交互に見て、どこか吹っ切れたように、優しく、そしてどこか嬉しそうに笑った。

 

「……ありがとう。僕も、二人が隣にいてくれて……すごく嬉しいから。

とても助かってるし、危険な旅だけれど本当に毎日楽しいんだよ。

……さ、主人が本気で怒りに来る前に寝よう。

明日からまた、長い旅になるんだから」

 

そう言って、レイは逃げるように自分の部屋へ戻っていった。

 

「……ねえ、ミレーユ。あいつ、最後、絶対鼻の下伸ばしてたよね?」

 

「ええ。でも、私たちの事とても大切に思ってくれているみたいで、安心したわ」

 

二人は静かに部屋に戻ると、さっきよりも少しだけ誇らしげで、少しくすぐったい気持ちでベッドに潜り込んだ。

潮騒の音と、相変わらず聞こえてくるハッサンの「正拳突き」の音をバックに、サンマリーノの夜は更けていくのだった。

 


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