和風ホラゲ世界に閉じ込められたのでTAS技使って脱出しようと思う 作:月見肉団子
黴臭い臭い、埃っぽい空気に鼻がむずついた。外では雨が降っているようで、絶え間なく静かな水音が聞こえてくる。辺りを見回すと、ボロボロの畳に破れた障子、そして半分ほど腐れ落ちている小さな祠があった。
この光景を俺はよく知っている。この光景は和ホラゲーの『怪壇離し』に出てくるスタートの光景だ。
そのゲーム自体は有名会社が手掛けた和風テイストの探索系ホラーゲームであり、配信者がこぞってプレイをしていたのを動画でよく見ていた。
内容としては、壊してはいけない祠を事故で壊してしまった主人公が夜な夜な夢で怪異たちに襲われるという、「お前、あの祠を壊したのか?」の流れを汲んだありきたりなストーリーである。内容は初見殺しが大変に多い。ジャンプスケアから理不尽判定まで。何でもござれであり若干クソゲー臭が漂う出来だった
そんなクソゲーながらも、存在が許されていたのは登場するヒロインが可愛い事と愉快なバグが多く存在し、当時は怖さ半分、ネタ半分として話題になっていた。
そして、そのバグたちに目を付けたRTA走者(開始から終了までタイムアタックをやる人)や、TAS勢(タイムアタックの理論値を再現し、タイムを追及する人)たちがこぞってこのゲームに参加した。現状、世界最速記録は4分44秒であり、タイムと合わさって笑い話の一つだ。
さて、そんな世界に立っている自分。転生なのか夢オチなのか、はたまた怪異現象なのか。何故そんな事になっているかは分からないが、ともかくとして殺されるのは勘弁であるし、高校生でもある自分は人生まだまだ先がある。現実でやりたい事も多い。
故にここから出なければ。と、ウロウロする事を止め、ゲームスタートの条件である鳥居を調べる事にした。
かび臭い匂いと共に植物を切った時の異臭が立ち上り、鼻の奥にツンとくる。
突如として、打ち捨てられたボロボロの日本人形が突如として浮かび上がり、目の前に立ちはだかった。
「ここは夢だ。そしてお前はここから出られない」
「あー、はいはい、此処から逃れる事は出来ずに、魂だけが永遠の回廊で彷徨う事になるだろう」
「此処から──なんて?」
「この後、雷が落ちてブラックアウトでしょ? 知ってる知ってる」
俺の言う通りに、目も眩む閃光と耳を劈く轟音が鳴り響き、障子をストロボのように白黒させた。動画で何度も見た光景であり、動画主の恒例の雑談タイムである。だいたいは此処から先がまともに動けるようになるので、レギュレーション説明タイムだ。それに倣い、自分もまた同じ様に説明をする。
(えー、今回は全てのバグ使用可、死んだりすると痛いし何が起こるか分からないのでノーデスクリアでこの回廊から脱出しようと思います。ホラーゲーは苦手なのでなるべく怖いシーンはカットしたいです。はい、よーいスタート)
雷が止み、光が戻る。そしてこの後、起こるのは不気味な笑い声と共に目の前から消える日本人形なのであるのだが……。
「おまっ、……おほん。貴様、絶対に後悔させてやるぞ!! ほんと、ッ、本当だからなっ!!」
涙目を浮かべる日本人形が拳をわなわなとさせながら、こちらを睨んでいた。おおう、目が片方取れていて迫力がある。怖い怖い。
「あー、はいはい、分かった分かった。じゃあ、また出口で会おうぜ?」
「ふ、不敬──っ、不敬過ぎるぞっ!!」
それだけ言うと消えてしまった。怒らせちゃったかな? まぁ、でも何も問題はない。なんせこのゲームはスタート地点からゴールまで直行できる裏技があるのだから。
「はい、最速入力でスタートしまして、まずは右コーナーを決めていきます」
始めの部屋から縁側へと出る。雷雨が激しくなっている外には目もくれずに、まずは突き当りの厠へと直進する。そして離れである初期部屋と厠の前を縁側を下りる行為を挟みながら行ったり来たりしていると、だんだんと障子のテクスチャの判定がおかしくなり始める。ちょっとした階段昇降であり、健康になれそう。
そこに顔をめり込ませるように何故破れないのかわからない障子紙に直進した。
「うわ、なんかキモっ……」
有名なスローライフゲームである「私の冬休み」の終わらない冬休みバグを彷彿とさせるように、ところところで線がほつれたように障子の奥が見え始め、その奥には紫色に変色した日本人形の姿が見え始めた。
本来であれば数々の即死トラップを潜り抜け、追跡者から逃げた先にあるギミックを解除し、再び出現した日本人形に話しかけると次のステージに運ばれる。
しかし容量の節約の為なのか、何故か厠(トイレ)周辺だけギミック解除後の判定になっており、ここから書記部屋を覗き込むと既に日本人形が立っている。その為、壁をすり抜ける判定を駆使し、話しかけると第一部がクリアとなる。最初のムービーを飛ばすのであれば1分も掛からない場所であり、RTA走者のリセットポイントだ。
さて、しゃがんで壁にめり込む際の姿が、余りもアレなためについた通称『(厠前で)うんちスキップ』は日本人形が見えてくれば後は会話ボタンを連打するわけだが……。会話ボタンなんてここには無いぞ???
どんなに手足をバタバタさせても、それらしいボタンが日本人形の頭上に浮かぶことは無い。
──なので、叫ぶことにした。
「おーい!! ぶっ壊れクーデレ幼女日本人形こと、ミタマちゃーん!! 返事してくれー!」
「……!? ……ふいっ」
「あっ、てめっ!! 今、目を逸らしたろ!! 聞いてやがるな!! おい、ゴラァ!!」
肩を震わせて、辺りを見回した後にガッツリと目があった日本人形は思いっきり目を逸らした。それはもう長くて綺麗な髪がぶわっと翻るくらいの勢いだった。
その後も色々な事を叫んではみたものの、ついぞ反応は返ってくることはなく、むしろ怒らせてしまったようで完全にそっぽを向かれている。
「つーん」
「く、くそっ、ふざけんな! 聞こえてんなら次のステージにっ!! ぬわっ!!」
しまった、と気づいたときにはもう遅く、次の雷が鳴り響き視界がまたしても搔き消えてしまう。残念ながら時間切れだ。こうなってしまうとテクスチャがリセットされ、やり直しになる。しかも、会話判定が消えてしまう為本来であればリセットだ。
「……ガバ。ではない、よし、リカバリーすればいいだけ」
自身にそう言い聞かせて、次の手を打つことにした。冒頭でも語ったかもしれないが、今作にはヒロインがいる。
名前は「静丘 澪」。ゲームの主人公が祠を壊すのだが、その祠を管理していた巫女であり、主人公の一つ年上である幼馴染だ。
彼女は主人公の事を「弟くん」と呼ぶ。温和な雰囲気を持ち、事ある事に心配してくれる天使だ。
特徴は烏の濡れ羽色と称される綺麗な黒髪であり、あと胸がデカい。ちなみにDLCを買うと色んな服装にも着替えてくれる。メイド服に水着に、何故か全身甲冑の姿もある。もう少し力を入れる所、あったんじゃないか?
そんな『静丘 澪』こと『澪ねぇ』に会いに行くために、縁側の下を覗いている。
「追跡者スキップもしておかないとな……」
『怪壇離し』には数種類の追跡者が存在する。この第一ステージである、『雨月の残滓』では屋敷内や、庭園内に関わらずに、おかめのお面を被った四足歩行の異形がドタドタと追跡してくるのだ。基本的には衣装箪笥や物陰に隠れながらやり過ごすのだが、蠅よりも大きな虫がダメな自分としてはエンカウントはご勘弁願いたい。
その為、ヒロインに会う前に必ずエンカウントする『春の面』の異形に関してはスキップすることにした。やり方は簡単だ。道具も何もいらず、フレーム単位での入力や時間制限もない。
何をやるかというと、スクワットだ!
「……四十八、……四十九っ、ご、五十っ!!」
汗だくになりながらも、縁側の端っこで半身になりながらスクワットを繰り返した。途中何度も失敗し、服が意味をなさなくなった為、現在、上半身は裸である。
激しい雷雨の中、廃墟の日本屋敷の縁側で片足スクワットに励む半裸男性。字面もビジュアルも大変よろしくはないのだが足腰の負担も大変な事になっている。もうパンパンだ、乳酸が溜まりに溜まっており筋肉痛は避けられないだろう。
ただ、その努力の甲斐あってか、視界がだいぶ低くなっている。地面にめり込んだ証拠だ。縁側と地面の判定の合間の場所で50回のスクワット(立つしゃがむの連続動作)をし、その後に縁側から地面に飛び降りる事で発生するバグ、『地面潜り』だ。
このバグはRTAの初期環境では絶対必須の技であり、先程試した『うんちスキップ』が発見される前までは多用される技であった。当然今回も多用するつもりなのだが……本当に多様出来るのかと筋肉痛を訴え始めた大腿四頭筋くんの周辺を優しくさすった。
さて、『地面潜り』により顔半分を屋敷の床から出しながら、顔に該当する部分に『おかめ』の面をつけ、ピンク色の四つ足の肉塊にボロボロの巫女服、そして長くぼさぼさの髪を地面へと垂らした追跡者こと『春の面』の股下を潜り抜ける。直立不動の姿で固まっている為、本来四足歩行であるのに、現在は二足歩行だ。足だけが人間基準で美脚なのが大変気持ち悪い。
そうして『澪ねぇ』が囚われている座敷牢の下に入り込む。本来であれば「春の面」に追いかけまわされながら、お札をはがして結界を解除するのだが『地面潜り』は全部をスルー出来る。スクワット最強! スクワット最強!!
しかし、こういった裏技のほとんどがムービーの入る会話イベントや、ボスや中ボスが現れた時のムービーにて解除される。進行に不可欠な要素は基本的にスキップ出来ないのだ。それ故に全てのイベントをスルー出来る『うんちスキップ』は当時激震が走った。……らしい。
「澪ねぇ、来たよ。ここから……あっ」
不安げな表情を浮かべ、座敷牢に囚われている彼女。そこに原作通りに声を掛けようとした。
しかし、そこには重大な見落としがあったのだ。このシーンは位置取りが非常に重要であり、本来であれば座敷牢に顔半分をめり込ませるのが正しい。そこでズレてしまうと、会話イベント発生時に伴って、地上に出た際に何処かにめりこんでしまうのだ。
顔面一杯に柔らかい感触が広がる。そして鼻をくすぐる桃のような香り。上からは少し色のついた吐息と悩まし気な声が響いた。
「お、弟くんっ!? き、気持ちは嬉しいかも、しれないけど……あの、帰ってからに、して? ね?」
なんと今回めりこんだのは、澪ねぇの胸の中であった。そのバストは豊満であり極上。反射的に頭をどけてあやまろうとするのを留める。
(いや、待てよ? この状況、使える!!)
もちろん男子高校生たるアレそれとして、リアルな感触に耽溺したのは山々だが、まずは命が最優先だ。ゲームなのかリアルなのか分からない世界観とおっぱいに溺れているわけにもいかない。
「お、弟くん!??!?」
澪ねぇからの本気の困惑の声が聞こえてきた。それもそうだろう。胸に埋もれたままに澪ねぇの方に中腰のままに左右にジグザクと細かく動きながら前進しているのだから。澪ねぇの弱々しくも引き剥がそうとする手を無視しながら、更に高速に動きを加速した。
完全に変質者である。ここに警察がいたらまず間違いなく捕まってブタ箱行きなのは確定なのだが、生憎通話は出来ない。むしろ早く来れるなら来て欲しい。切実に。
「え、えぇぇぇ!?!!??」
彼女の困惑した声が頂点へと達した。──そして、時は来る。
澪ねぇの胸に埋もれながら左右に細かく動き続けた結果、いつの間にか身体がポーンと弾き飛ばされ、天井裏に頭からめり込んだのだ。
これは、通称『パフパフジャンプ』であり、しゃがみながら、澪ねぇの胸にめり込むようにカクカクと左右に動く事で位置情報がバグり、天井裏に判定が飛ぶというTAS技になる。
このゲームはとにかくそういった判定のバグが多い。本作のメインヒロインである『澪ねぇ』もバグの宝庫であり、半裸でスクワットしてまで会いに来たのはこれが理由だった。決して胸の為でない。本当だ。
ともかくとして、これでゲームはクリアだ。後は天井裏を歩き回りショートカットをすればいいだけ。……そう思っていた。
……しかし、俺は忘れていたのだ。俺はRTA走者でも無く、TASさんでもない。ただの一視聴者だ。故に細かい箇所は忘れている、或いは知らないのだ。ここで俺は重大な見落としをしていた。
澪ねぇの第一章の会話イベントは、座敷牢を脱出した後。……そして、合流後に追跡者に初めて足音が聞かれた時の二つだったということを。
四つ足の異形「春の面」の頭上を歩いている際に、それは起きた。そう、本来であればここはスニーク連打のカクカク歩きが正解だったのだ。
「あっ、弟くん! ちょっと待って!!」
にゅっ、と天井裏の虚空から澪ねぇの白くて細い腕が伸びて来て、俺の肩を掴む。そしてそのままに地上へと落下する。
その姿はとある有名なRTA走者の特大ガバのワンシーンを彷彿とするもので、思わず言葉を口走っていた。
「なーんーでーだー!!!」
そのまま俺は、虚空から廃墟へと引き戻されるのであった。
(続きは)ないです。