「おい、貴様とまれ! 貴様だ、貴様以上に怪しい奴があるか! そこのゴリラ!」
どうやら勇者はゴリラの自覚があるらしい。う、うほ? と呟いて足を止めた。
「おい、お前どう思うよ?」
胸当てに小手だけ着けた軽装の門番であるところの、目玉の飛び出た半魚人が仲間のオオトカゲを呼ぶ。
こちらは地面を四足で這うスタイルながら兜を頭に着けてくりくりとした黒目が勇ましいでござるな。オオトカゲはその人懐っこい眼で勇者を見上げ、首を傾げた。
「ゴリラだが?」
「そうか? にしては何か匂いが……」
半魚人とオオトカゲは同時に鼻をぷくぷくさせながら勇者ににじり寄る。勇者は一か八かの賭けに出たようだ。
「う、うほおおおおおお!」
勇者がぽんぽんぽんっと自身の胸を叩く。ゴリラの真似なのだろうか、しかし痛いのが嫌なのか力加減はかなりマイルド気味であった。当然二人も鼻で笑う。
「おいおい、求愛のダンスのつもりか? これだからゴリラは」
「そう言ってやるな。相手はゴリラだぞ」
オオトカゲは呆れたように首を振ると道を開け、門の向こうを舌で作った矢印で指し示した。
「行けよ、誰彼構わず襲うなよ。」
「発情もほどほどにな~!」
からかってくる半魚人の声を勇者は無視して都市の門へ。拙者も影ながらついていく。
「ゴリラ差別反対……」
勇者が泣きそうな声でつぶやいた。草。
現在勇者の姿は絶賛ゴリラノ介である。背は勇者に合わせて低くなったが生前と変わらぬ立派なレスラー衣装を纏っている。拙者が死骸から丹精込めて作ったオーダーメイドの一品。絶妙なフィット感にこの地域の気温に適した厚み、さらに柑橘系の香りまで、まさに最高級の着心地を追求したといえるであろう。
息苦しくなるほど厚みのある門を勇者はゴリラ姿でとぼとぼとくぐり、我らは第三魔都ユブラ=デシラへ足を踏み入れた……!
カツ、カツ、カツ、と足音が変わる。整備された石のブロックがくまなく敷き詰められた道路が縦横無尽に都市を行き交う。外から見えていた薄暗い霧は内部では晴れており、そこを行く魔族たちの姿は明瞭に見て取れる。
勇者(ゴリラ)などはすれ違ったドレス姿の骸骨婦人の被る大仰な帽子を目をキラキラさせながら見ていた。
「っていうか忍者いつまで寝転がってんの」
「拙者は今ゴリラの影でござる。あまり話しかけるな。それと背後に人を立たせるなでござる。踏まれて痛いのだ」
「おっけー。了解」
とすぐに勇者の興味は街へと戻る。ふむ、骸骨もトカゲも蛇も、透明人間すらも大仰な帽子をかぶっておるな。さては流行か?
そして甲冑を纏う兵士の数も多い。この辺りはちゃんと戦争中か……といっても雰囲気は祝勝モードだなぁ。奪還の報告がまだ周知されてないのか、魔族の民たちは伸び伸びと生活しているご様子。
ここにそれをぶち壊すゴリラが一匹侵入したとも知らずに……。
「うわぁ……!」
と勇者が目を輝かせながら視界を横切るものを目で追った。
頭上から垂れてくる触手は先端が毒々しい色に滲んでいた。触手の元を追って頭上を仰ぐと、そこに見えるは巨大なクラゲたちが建物群に囲まれた空を舞っている光景だ。長い触手はふわふわと空中に線を引いていくかのように漂っている。
いやあ、それにしても高い高い高い! 宿も集合住宅も商店も建物という建物が空を突くように高いでござる! まるで小人にでもなったかのようだ!
そのてっぺんは何処も険しい尖塔となり、花が咲いていた。花々は風に舞い上がり、クラゲたちの背景で花びらとなって散っていく。
っておやおや、これまた勇者が勇者でござる。
「おい勇者? ヒョールドの城は見えてるあそこだぞ」
「いや、先に買い物しようよ。お土産お土産。こんなん帽子欲しくなるって」
今一つしかないし、と勇者は付け足す。まあ勇者はこれが平常運転なとこあるでござるか。
都市中央の毒の噴水広場に面して帽子屋が複数並んでおった。勇者は迷ったが、先ほどすれ違った骸骨婦人の被っていたものを店頭で見つけたのが決め手だったようだ。
暖色の落ち着いた灯りの下で帽子が壁に掛けられて展示されている。どれも大仰なブローチに波打つフリルや目が覚めるようなリボンが飾られて下へ垂れている。勇者が扉を開けた瞬間それらがかすかに揺れた。
勇者は一度店内をぐるりと見て回ったようだが、じき奥に坐する帽子を被った虹色のカメレオンの店主に尋ねた。
「すいませ-ん、朝の月モチーフの帽子ってありませんか?」
店主は蛇の頭を模したランプに照らされ、実際に目を白黒させて答えた。
「法国かい? あるわけないだろそんなの……と言いたいところだが、今はあるんだよねぇ」
そう言って一度奥に引っ込み、再び姿を現した店主の手には青く滲んだ白い月とクラゲを混ぜたような妙な形の帽子があった。
店主は玉を線でつないだような爬虫類っ手でクラゲの膨らみたる帽子のつばを持ち、勇者に渡してやる。勇者は目を輝かせて受け取ると、被っていいか尋ね、店主がうなずくとそれを被る。
「忍者、どう?」
勇者はまるで月クラゲに頭を捕食されたゴリラのようだ。頭上には月の丸いふくらみが、その下につば部分の傘の膨らみがあり、勇者が軽く回って見せると垂れている触手を模したリボンが柔らかに空気の流れに抵抗して揺れる。
っていうか話しかけるなと。拙者はため息をついてスナイピングイヤァで勇者にだけ声を届けてやる。
「ちょっと目立ちすぎるが、この都市ではさほど気にするでもあるまい」
「似合ってる?」
「いや、捕食されてるゴリラにしか見えん」
「あっ」
勇者はずーんと項垂れる。そこに店主が帽子について苦笑しながら話した。
「いやぁ、腐れ縁のオスに嫌がらせで作ってやったんだ。法国ふぁきゅー! ってその場でびりびりに切り裂かれちゃったけど、なにか思い入れがあったんかねえ。時間をかけて修復しちまった。貰ってもらえるならありがたいよ」
勇者は何とか立ち直ると、礼を言って拙者からせびった金を店主に支払い、店を後にした。
「いやぁ、いい買い物しちゃったなぁ」
店を出てニコニコの勇者に拙者は声をかけた。
「それは結構なことでござるな。ではそろそろ城に参ろうぞ」
「いやあ、腹ごしらえしようよ、腹ごしらえ、突撃、魔物めし!」
「さいで」
☆
月クラゲのゴリラはるんるんと街を練り歩く。先ほどレストランで猪の魔物のジビエを喰らったばかりだというのに、露店で買った海鮮串を両手に今は次の娯楽を探しているところだ。
「ぶっちゃけ人類圏のよりおいしい。魔物ずるい」
「さいで」
「これは追加調査の必要がある」
そう言って勇者はもきゅもきゅと海鮮を喰らい、次の店へ入ろうとする。
広場の方で悲鳴が上がったのはその時であった。
見ると、向こう側から人間サイズのタカアシガニが白煙を上げながら走ってくるではないか。そのハサミには水色とピンクのゆめかわ帽子、さらにその後ろからは舌が目から出てる女の子が、奪われた帽子を取り返そうと泣きそうになりながら……いやよだれか? わからん。とにかく走っているのだった。
「私の出番ね」
なぜか活き活きとし始めるゴリラ一匹。タカアシガニの前に立ちふさがる。
「どけゴリラ!」
のたまう蟹の長い足をゴリラがタイミングよく払う。
「や、きゃっ!」
想定外の事態にあられもない悲鳴を上げる蟹。蟹はゴリラの足払いに自分の全体重が引っ繰り返されたことよりも、自分から出た少女のような声に困惑しているようであった。まあそういうこともある……。
今だ! と周囲の大人魔族たちが蟹に覆いかぶさり、事件は一件落着でござ~。
「はいこれ」
と勇者は帽子を子供に返す。子どもは恐る恐るそれを受け取ると、帽子を手で触って確かめ、それを被ってにっこり笑って(怖いでござる)いうのだった。
「ありがとう!」
それでその茶番が終わると思いきや、続きがあった。女の子は勇者の頭を指差して言ったのだ。
「ゴリラさん、その帽子、気のいいカメレオンの帽子?」
「ん?」
と勇者が自らの影を見る。影はぼそぼそと答えた。
「店名でござる。その帽子を買った店だ」
「なーる」
と勇者は再び女の子の方を見る。
「そうだよ。あんまり可愛くはないみたいだけど」
女の子はそれを聞くと、首をぶんぶんと横に振り、目をキラキラさせていった。
「とっても似合ってる! かわいいよ!」
これがよほどうれしかったのか、ゴリラの目から涙がこぼれた。女の子は恥ずかしくなってしまったのか、もう一度ありがとうと言って走り去る。あとに残された勇者は辺りに集まってきた魔族たちを見て慌てて涙を拭った。
「なあアンタ、その帽子は冗談にしても、すげえ勇気だったよ。それ、ジャクムの店の海鮮串だろ? 観光客か? 何か奢ってやろうか?」
声をかけてきたタコの声を聞いて勇者の目が涙を斬るように光り輝く。
「いや、俺の店に来いよ。たらふく食わせてやるからよ!」
と馬鹿が興奮してひひーんと鳴いて角をぶんぶん振る。
「なんだったら俺を食ってもいいぜ」
と声を上げたのは人の形を取って群れ集まった雑魚だった。
はぁ、戦時中で祝勝で。みんな気分がいいからか英雄に甘いでござるなぁ。みんな揃って妙な帽子を被りおって。うぅむ。拙者は時計を見て唸った。
アポイントメント、取ったのでござるが。ヒョールド、待っておるのだが。
まあ、仕方ないな、勇者だし。