法国勇者のアウトサイドロード   作:遥海みしん

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第一六話 クルーズバケーション……

「ねえ忍者ぁ」

 

「なんだ、勇者よ」

 

「あったかいね」

 

「そうだな」

 

「はぁーあ」

 

 勇者がため息をついた。

 

 我らは現在クルーズ船のデッキの上、プールサイドにてサマーベッドで太陽の光を浴びていた。

 

 勇者はサングラスをかけていつもの水着に国旗パレオ、寝転んだ状態で膝を立て、足を組んでいた。

 

「なんかさ、魔物の街の方が栄えてて、人類ひょっとして大したことないんじゃないかなーって思ってたんだ」

 

「そうか」

 

「うん。でも、こんなにすごいものを作れるなら、人類も捨てたもんじゃないんだなって、ちょっと希望が持てた」

 

 勇者が顔を横に倒す。その目線の先には我らのいるプール際よりも空に近い位置にあるレストランやジム、展望台などがそびえていた。

 

 巨大船は現在海洋を横断中。波を切り裂き白い潮を残していくにもかかわらず、我らの足場はほとんど揺れず、航行は安定しているようだった。

 

「残念だな、勇者よ。拙者はこの船を作った者を知っている。それを今から教えてやろうというのだから、拙者も残忍であろう?」

 

「……うわぁ、残忍だぁ」

 

 なんとなく察した勇者がグラサンの奥から非難の目を向ける。そんな視線などかゆい、かゆいわ! と、大本営発表~!

 

「この船を作ったのは魔女だ」

 

「あーあ」

 

「ついでに言うと人類側のトップ企業はだいたい全部魔女の系列だ」

 

「うわっ、聞いてないよ別に。っていうか終わった……終わってたんだ、人類って」

 

「今更気づいたか?」

 

「気づきたくなかったぁ」

 

 勇者は傍らの丸テーブルから果実ジュースのグラスを取ってストローでチューと飲む。

 ぷはーっと息をつき、勇者は切り替えたように言う。

 

「それで、これは今どこに向かってんの?」

 

「四天王シンの領地、第二魔都ハクルナムでござるよ」

 

「へぇ、けっこういいペースじゃない。あっという間に四天王も全滅かもね」

 

 と勇者は甘えたことを抜かす。ふぅ、やれやれ。拙者が現実の厳しさを教えなくてはならんな。

 

「勇者よ、あまり調子に乗るな? 次の四天王は勇者にとっては最悪の相性ともいえる」

 

「え、そうなの!?」

 

 拙者の言葉が予想外だったらしい、勇者がガバッと起き上がる。

 

「四天王シン、種族自体は魔女の生み出した踊る死骸の派生に過ぎんが、問題は本人の資質だな。奴はあらゆる武術をマスターした天才なのだ」

 

「はぇ~」

 

「あらゆるだぞ。そこには拙者の忍術を始め、勇者の学んだ両断派の諸流派も含まれている。あの男なら勇者の粗雑な動きなどすべて読み切るわ」

 

「え、いいねそれ。イケメンだったら私も教わっちゃおっかなー」

 

 ……(‘_’)

 

「私って剣術そんな上手くないじゃん?」

 

「そうでござるな」

 

「ヒョールドさんとやったとき、押してたのは私なんだけど、なんかヒョールドさんの方が上手かった感あったんだよね」

 

「気にしておるのか?」

 

「いや、あんまり?」

 

「そうか」

 

 勇者は猫のように喉を鳴らしてサマーベッドの上で強張っていた体を思い切り伸ばす。

 

 そこで勇者に話をかける者がいた。

 

「失礼、お二方」

 

 寝そべった姿勢のまま勇者が振り返ると、そこには三人のむさくるしい男どもが立っている。

 

「あれ、なんかどこかで見たような」

 

 目を細める勇者の前に、瞳に星を宿す少年が進み出る。

 

「ブルードゥクの武闘祭、あんた最前列で見てただろ?」

 

 それで思い出したらしい。勇者は「あっ!」と声を漏らす。

 

 少年の背負う身の丈を越す大剣には一刀☆両断の銘が刻まれていた。

 

「ああ、あのときの!」

 

「へっ、俺は気づいてたぜ。あの場にいた誰よりもアンタが強いってことに。あの場では逃げられちまったが、運命からは逃れられねえよ」

 

 そう言って少年は鼻を鳴らした指をツンと勇者に突き立てる。

 

「アンタはこの俺、ミカヅキ様のライバルだ!」

 

「へぇ! 君が優勝してたんだ。例のシュナ……なんとかに勝ったってことだよね」

 

「おう、当然……」

 

「彼はベストエイトですな」

 

 スーツ姿でまつげが妙にパッチリした白髪初老の男性が前に進み出る。

 彼はミカヅキの恨みがましい視線を無視して颯爽と名乗りを上げた。

 

「私はピン・シャール。元ペキニィズ騎士統括、現在は流浪の騎士としてハクルナムに向かう道中です。よろしくお願いしますぞ」

 

 そして彼が……とシャールは手で示す。長身痩躯の優男が前に進み出た。

 

「彼こそが、ブルードゥク武闘祭準優勝、カウリス殿です」

 

 カウリスは未だに寝そべっている拙者と勇者に順に目をめぐらすと、ぺこりとお辞儀し、また三人の列に戻る。

 

「いや、俺とそいつが負けたのは同じ相手だろうが、実質変わんねえよ!」

 

 とミカヅキ。カウリスの方はそちらを見もせずただすっくと立つばかりであった。

 

  ☆

 

 まあ座れば? 見上げんのだるいし、という勇者の気遣いによって彼らはサマーベッドを移動させ、我らと向き合う形に並べた。

 

 各々そこに寝そべりサングラスをかけると、ようやく話し合う姿勢が出来たようだった。

 

「それでさ、みんな私たちに何のようなわけ?」

 

 勇者が尋ねる。いや、私たちではなく、私な? こやつら拙者に用とかないですやん。

 

「ああ、えと、それなんだけどよ」

 

 ミカヅキが頬を掻き、ためらう素振りを見せながらも口火を切ろうとしたとき、シャールがそれを遮って言った。

 

「ええ、それなのですが、実は我ら三人とも、勇者殿の暗殺依頼をお受けしましてな」

 

「てめ、言うなよばか!」

 

 ミカヅキが隣で寝転がるシャールを蹴ろうとするが、シャールはコロンと転がって隣のカウリスの方へと移動する。

 

 初老男性との濃密な肌の触れ合いにカウリスの顔がきゅうっと絞られたように渋くなる。

 

 ミカヅキが諦めるとシャールは再び転がって自分のサマーベッドに戻るが、しばらくカウリスの表情は死んでいた。

 

「へぇ。じゃあやる?」

 

 短く言って、勇者はグラスを手にジュースを啜る。シャールの目がきらりと光った。

 

「それはやらなくてもいい、ということですかな」

 

 ちゅーっと勇者は吸い終わると、ストローから口を離して言った。

 

「そりゃそうでしょ。こっちからしたらどうでもいいもん」

 

 シャールは頷くと、自信に満ちた表情でお友達二人に言う。

 

「ほれ、話してみるものです。ね、そうでしょう?」

 

 二人が恥ずかしそうに目を逸らしたのを見届けると、シャールは勇者に説明を始めた。

 

「いやはや、私たち三人ともデッキでくつろぐ勇者様を同時に発見したのですが、これは勝てない、と同じ判断に至りました。それでですね、思ったのですよ、いつか勝ちたいと」

 

「いい、爺さんは十分話したろ、ここからは俺に言わせてくれ」

 

 シャールを制し、ミカヅキが後をつぐ。

 

「依頼は興味本位で受けた。勇者とは戦ってみたかったからな。だが、今の俺たちじゃ戦うにも値しねえ。依頼からは逃げられねえ。法的効力の問題じゃねえよ、俺たちの意識の問題だ。一度比べちまった、そして勝てないと思っちまった。この先の人生、俺たちの中にはずっとお前がいる。これは命にかけて倒さなきゃならねえ。だから依頼はいつか達成する」

 

「つまり、何が言いたいわけ?」

 

 勇者が口を差し挟む。少し遠回りになっていたと自覚し、ミカヅキは歯がゆい表情を浮かべる。

 

「つまりよ、俺たちはハクルナムで修行する。そんでいつかおまえを倒す。待っててくれるってんなら礼を言うし感謝もするよ、ありがとうな」

 

 勇者は少し間が抜けた顔になるが、何とかミカヅキの言葉を呑み込めたようで、軽く頷いて言った。

 

「オッケー。暗殺したくなったらいつでもおいでよ」

 

「はっ、このやろ」

 

 ミカヅキは笑うと、サマーベッドから立ち上がった。他二人も立ち上がると、船のデッキを後にした。

 

 ☆

 

 ※イメージ映像でござる。

 

「あははっ、忍者やめてよ! 水遁ずるいって!」

 

「ふふっ、やめないでござるよ~ふふっ、ほーれほれ!」

 

「うわっ、もう! こっちだって負けないんだから!」

 

「ぷはっ、口に入ったでござるっ、勇者殿もご無体な☆」

 

「まだまだ勝負はこれからなんだからね!」

 

※以下本文

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」

 

 水のなくなったプールの底で、勇者は剣を構える。対して拙者の構えるはクナイであった。

 

「このくそ忍者、ルール守れっての」

 

「勇者が言うか、勇者が……だいたい、水の掛け合いにサブマリン水中斬撃戦法など前代未聞でござる!」

 

「そっちだって水の上走ってたじゃん! なんならジャンプしまくって水遁空爆戦法してたじゃん! カスじゃん!」

 

「なにをぅ!?」

 

「なんだってぇ⁉」

 

「いえ、あの、お二人とも」

 

「「ああ!?」」

 

 拙者たちはガラも悪く声のした方を見上げるが、同時にその顔はしゅんとなる。

 

 プールを取り囲むのは水兵服のユニフォームを纏うこの船のクルーたちだった。

 

――

 

 正座する我らに対し、腕を組んだクルーが真顔で言った。

 

「降ろしますよ」

 

「あの、すいません。反省してます」

 

「右に同じく」

 

「なぜあんなことを?」

 

「それは、ちょっと初めてのクルーズではしゃいじゃったっていうか。あの、すいません。私、魔王を倒さなきゃいけないんです……どうかこの船にいさせてください」

 

「右に同じく」

 

 勇者がぎろりと拙者に目を向け、ぽんっと正座してる膝ごと跳ねてこちらに向き直った。

 

「右に同じくじゃないんですけど? え、忍者反省してんの?」

 

「反省してるでござるよ、クルー殿。ところで拙者、魔女殿とは旧知の仲でしてな」

 

「あ、ウソついてます。忍者ウソついてますこれ。乗組員さん、騙されないでください」

 

「嘘じゃないでござる⁉」

 

「忍者の言うことなんか全部嘘に決まってんじゃん⁉」

 

「お二人とも、反省してるんですか?」

 

「「はい、反省してます」」

 

 クルーの視線が厳しくなる中で、勇者が気まずそうに手をあげた。

 

「……なんですか?」

 

 呆れ混じりに問われた勇者が言う。

 

「あの、寒いんでジャグジー浸かりながらでもいいですか?」

 

 クルーの目から光が消えた……。

 

 ☆

 

 ディナーは円形ソファに座ってスポットライトの当たるステージを見ながら頂く。

 

 今勇者がナイフを入れているのは火の点った蝋燭だった。

 

 ホールケーキのように太くて短い見た目をしているが、蝋燭が溶ければ溶けるほど味が段階的に変わっていくのでゆっくり食べ推奨。

 まさしくショーを見ながらいただく前菜なのだ。

 

 どれ、と拙者はフォークで突き刺しナイフで蝋燭を切る。蝋のように固い感触ではあるが、ナイフを前後させると抵抗感なく切れる。

 

 フォークを口へ。

 

 うーむ、舌の上の触感は見た目通りだが、野菜を煮込んだような優しい味なので、蝋燭を知らなければこういう食べ物といわれても納得できそうでござるな。

 

「おお……!」

 

 勇者が声を上げる。ショーは当然のように魔術ショーにござる。

 魔女運営の魔術学校の生徒がリゾートバイト感覚でやってる奴でござるよ、勇者殿。

 

 っと、メイン料理キタコレ!

 

 メインは大怪鳥ムワックの肉を使ったジビエな盛り合わせでござる。全部同じ鶏肉なのに色とりどりでござるな~!

 

 ステージ上ではローブを纏った黒髪の女がその身を炎に包み込む。やがて、炎が消えた先には灰だけが残った。

 

 人間たちのざわめき。緊張の眼差しが注がれる。

 

 一筋の火種が灰の上に点る。火種は星座を描くようにぽつぽつと灰の上に広がっていく。そこに描かれるは鳥の姿。

 

 次の瞬間、ばさっと灰を吹き払い、炎の鳥が羽根を拡げる。

 

 灰は甘い匂いのする何かのようで、観客たちはその匂いを嗅いでとろんとした顔になる。

 勇者は……ショーと肉のどちらに集中すればいいかで困惑してるでござるな。

 

 炎の鳥は飛び立ち、空中に消える。あとには女が立って手を振っていた。勇者も含めて人間たちは惜しみない拍手を送っていた。

 

 ☆

 

「忍者はこの後どうするの?」

 

「拙者は少し休憩したらジムで運動して、シャワーを浴びて、その後は夜風に当たっちゃおっかなーでござる」

 

「私はどうしよっかな。かっこいいバーがあったから行ってみようかな」

 

「……勇者は酒が飲めたでござるか?」

 

「ううん、ジュース頼む」

 

「さいで」

 

 では、と拙者たちは中央階段を別れた。

 

 ☆

 

 ポップな音楽に明るく広い天井、そして最新機器の数々。それらを見て回っていた拙者の足は止まる。

 

 ジムには必死にフィットネスバイクを漕ぐカウリス殿がいた。

 

 拙者はカリウス殿からフィットネスバイク一つ分離れたフィットネスバイクにまたがると、時間を指定して漕ぎ始める。

 

 ちらっと横を見ると、カウリス殿はその長身を波打たせるようにバイクを漕いでいる。

 

 さあ、拙者も集中でござるよ!

 

 拙者がペダルを漕ごうとしたとき、カウリス殿が声をかけてきた。

 

「気分転換か?」

 

 見ると、少し早さを緩め、息を整えながらもカウリス殿はこちらを向いていた。

 

 しゃ、喋れたでござるか⁉ 

 

 にしても渋さと若さと暗さまで備えた酸っぱい声でござるな、うらやま……ちがう、おっさんぽい声でござるな。

 

 拙者は内心の動揺を悟られぬよう、低い声で答えた。

 

「そのような向きにござる」

 

「違うな」

 

「違うでござるか」

 

「ああ、違う」

 

 うぃーうぃーうぃーんとバイクの駆動音が少し。それからカウリス殿は言う。

 

「気になったんだ。俺たちがどうして勇者の強さを察しながら折れないか」

 

 うぃーうぃーうぃーん(←面倒くさいので静かなときは以後これ)。

 

「俺たちじゃ勝てない、それは俺も思うが、折れないことがそこまで信じられないか?」

 

 こやつ、鈍い喋り方をしおる。いや、それがイケメンの秘訣なのか?

 

「おぬしらは努力でヒョールドをなんとかできるのか?」

 

 うぃーーーーーーん。

 

「人間ではあの毒を浴びれば死ぬ。魔族でも四天王ですら普通に死ぬ。あれをおぬしらは攻略できるか?」

 

 うぃーんうぃーんうぃ~んっ んっ んっっ!

 

「痛いところをつく」

 

 とカウリス殿はハンドルを握ったままその手の甲の上に頭を重ねる。いちいちかっこよくて腹立つな……。

 

「だが、まあ、断絶ではない、と思っている」

 

「断絶でなければ歩くのか」

 

「そうだ。道は繋がっている。繋がっていると信じることに決めた以上、足を止めることは出来ない」

 

「そうでござるか」

 

「ああ、そして、俺たちよりも、勇者に近いのは忍び殿だ」

 

 うぃんっ!

 

「俺たちよりも正確に、勇者との距離がわかっている」

 

 うぃうぃんっ!

 

「そんなに遠いか、勇者の立つ位置は」

 

 うぃーん、うぃーん……。

 

「「あ」」

 

 拙者たちは同時に声を漏らす。

 

 拙者とカウリス殿の間に一つあったフィットネスバイク、そこにお爺ちゃんがライドオンしたのだった。

 

 

 宣言通りシャワーを浴び、階段を上がって夜のデッキに出る。

 

 大きな波を切り裂くたびに水は空気を含み、船は僅かに沈み込む。

 

 デッキ中央では復活したプールが青や紫の光に照らされライトアップされていたが、勇者はその明るさに背を向け、飲み物の入ったグラスをもって船のへりに肘をかけていた。

 

「バーはどうだったでござるか?」 

 

 声をかけると勇者は振り返る、拙者の顔を認めると、すぐに海の彼方へと視線を戻す。

 

 頭上の空は星々が瞬き明るいが、下方の海はどこまでも暗闇が続いていた。

 

「うーん、なんていうか、バーテンさんがちょっと意味深だったかも」

 

「ほぅ、それはどんな?」

 

「いやね、ヒョールドさんのこととか、ちょっと聞いてきたから」

 

 それは本当に不思議な奴。まあ、だいたい想像はつくが。

 

「それより忍者の方はどうなのよ、ジム。楽しいの、私も行ってみたいな」

 

「いや、勇者殿はww マシン壊れるでござるからしてwww」

 

「もうっ」

 

 勇者はグラスを口許であおる。透き通った赤い液体だ。匂いからしてベリー系だろう。海を見続ける勇者に観念し、拙者は言う。

 

「ジムでカウリス殿と会った。意味深だったかもしれぬな」

 

「へっ、それってどんな?」

 

「まあ、最後はお爺ちゃんが全部持っていったが」

 

「へ?」

 

 きょとんとする勇者。拙者も、恐らくカウリス殿も、あの時こんな顔をしていたのであろう。

 

「明日は早いし、今日はもう寝ようかな」

 

「うい、おやすみでござる~」

 

 拙者が手を振ると勇者殿も手を振り返してくれる。

 

「あい、おやすみ~でござる」

 

 勇者はデッキを歩き、建物に入ると階段を降りて行ってしまう。

 

 拙者は先ほど勇者がしていたようにしばらくは暗い海を見ていたのだが、じきに飽きて部屋へと帰った。

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