朝月の勇者   作:遥海みしん

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第一七話 武術の都

 暗い夜の波間に連綿と明るい光が続いていく。クルーズ船は港から少し離れた岸に着岸しようと側面を寄せていく。

 

 港の方には一際まばゆく装飾された木製の赤門が開かれており、既に船で到着した人間、魔族を問わないあらゆる戦士たちを迎え入れていた。

 

 ここは第二魔都ハクルナム。あらゆる武術をマスターしたシンを王とする、武術家たちの聖地だった。

 

 デッキの手すりに手を掛け港を見つめる勇者の目にはどう映っているだろうか。魔族と人間がよきライバルとして生を営むこの魔都は。

 

 勇者の腕には朝月をモチーフにしたブレスレッドが嵌められていた。そこには金のラインが五本入っている。

 

「いきなり五段か」

 

 勇者は拙者に目を向けると、ブレスレットを見せつけるようにしてどや顔で言う。

 

「ヒョールドさんを倒した功績からだってさ」

 

「まあ妥当でござるか」

 

 拙者は息をつき、今度は反対側を見る。そこには三人のむさくるしい男たちが武術の国に目を輝かせていた。

 

「ちなみに私は元騎士統括の功績で二段からですぞ。そして彼も二段のようですな」

 

 シャール殿が水色のブレスレッドを、カウリス殿が紫色のブレスレッドを見せつける。そして最後の一人、ミカヅキ殿は……。

 

「俺は燃える炎をイメージしたぜ」

 

 とラインの入っていない赤ブレスレッドを見せつけて来た。

 

「まあ妥当でござるか」

 

 てめっ、このやろっ、はなせっっ!

 

 カウリスに抑えつけられているミカヅキ殿の罵声を無視し、拙者は再び勇者に注意を向ける。

 

「勇者はどうするつもりだ? いきなり四天王を取りに行くつもりなのか?」

 

「なっ、そんなことしないから! 普通に十段になって四天王を倒すつもりだから!」

 

「なんと。しかし講習会では寝ていたようだが。あれはシンだけさっさと倒すし、街のルールとかウチには関係ね~という思惑ではなかったでござるか?」

 

「ないよ! ない」

 

「ふむ、だとすると寝ていた理由は」

 

「眠かったからだよ! 人の話聞いてたら眠くなるの! 理由なんかないの! 要は前の武闘祭がずっと大きい規模で年がら年中やってるような街なわけでしょ? おいしいものたくさんあるんでしょ? 勝って、お金貰って、パーっと使って寝る! それだけじゃん!」

 

 なるほど、と拙者は納得する。恐らく講習で語られたのは街のシステムであろう。その中には当然、どうやって生きていけばいいかという弱い者に向けたものが多かった。しかし試合で勝ち続けるなら話は違う。案内に従って試合を行い、勝利し賞金を得、祭りを楽しむ。強き者にとってはそれだけで済む街でもある。勇者の理解には問題がない、か。はぁ、うざ。

 

「なにその顔。気に入らないことがあるなら言ってみなよ」

 

「勇者のことが気に入らないのはいつものことでござるよ」

 

「なーんだ、じゃいいや」

 

 硬い揺れが一瞬起こり、どぷんと波の音がして船は止まる。

 

 着岸完了! 忘れ物はないか? ちゃんと船のお土産は買ったか? 

 ではいざ行かん! 第二魔都、ハクルナムへ!

 

 ☆

 

 地面に埋め込まれたライトに導かれ、門へと入っていく武者の列に合流する。ささやかな話し声は聞こえるが、みな寡黙。街を覆う塀の上にはライトに照らされた影がぞろぞろと列をなしていた。

 

 赤門、ところどころペンキが剥げて無骨な木が見えるそれを通り過ぎたとき、拙者の観光客用のブレスレットがビーンと鳴る。

 

「おっ、鳴った!」

 

 勇者たちも楽しそうにブレスレットを見交わす。

 

 驚くのも束の間、門の向こうの光景に勇者たちは息をのんだ。

 

 屋台に夜店の明かりが大通りを彩り、その上から高い街灯も柔らかな光を重ねていた。街の中心たる中央広場に武道館まで続く一本通りには、肉や揚げ物の匂いに子どものはしゃぎ声、商品の宣伝に試合の宣伝など商魂たくましい喧噪が繰り広げられる。

 大通りは広く、クルーズ船から降りる人の列を受け入れてなお余裕がありそうだった。

 

「すっげー! なぁ、どこから回る⁉」

 

 ミカヅキが興奮して尋ねる。

 

「そうねそうね! じゃ、じゃああれとか!」

 

 勇者は目を迷子にさせながらもおもむろに指を差す。そこには肉焼き串屋がパタパタとうちわで火をあおいでいた。脂身のある肉には焼き色が回っててらてらと輝き……うむ、拙者も食べたいぞ勇者!

 

「それではここは年長者である私が持ちましょう」

 

 我先に屋台に進んでいったのはシャール殿だった。

 

「さっすが」

 

「やるな爺さん!」

 

「……」

 

 ぞろぞろと後をついていく腹ペコ三人衆。が、拙者もついて行って四天王になってしまうのだ……! と思いきやシャール殿が振り返って拙者に声をかけた。

 

「忍び殿は選手登録されていませんでしたな」

 

「……うむ」

 

「では忍び殿にはご遠慮していただきたいですな」

 

 ( ;∀;)

 

 ご覧ください、甘だれのかかった肉を串から食いちぎる勇者の笑顔。大変絵になりますね。BGMには左手より、美しきイケメン忍者の歯軋りなんていかがでしょう。

 

「おら忍びぃ、どうだ旨そうだろー? んん?」

 

 ミカヅキが拙者の顔面すれすれに顔を近づけながらもしゃもしゃと肉を喰らう。

 

 ポコッ☆

 

「い、いてぇ! カウリス、あいつぶったよ! 暴力反対!」

 

 カウリスに泣きつくミカヅキに拙者はふんすと鼻から息をまく。調子乗るな、雑魚が……でござる。

 

「あ」

 

 勇者が何か思い出したようだ。

 

「どうした勇者? 船に忘れ物か?」

 

「いや、そういえば私、このあと試合があったわ」

 

「はぁ? 早くね?」

 

 ミカヅキの言葉にシャールが同意するよう頷き疑問の目を投げかける。勇者は少し恥ずかしそうにして答えた。

 

「いや、なんかよくわかんないけど、この街に勇者がやって来たぞって一刻も早くお披露目したいんだって。疲れもあるだろうし無理にとは言わないって念押しはされたけど、もうオッケーしちゃった」

 

「お前、馬鹿だなぁ」

 

 ミカヅキが呆れたように言う。

 

「場所は」

 

 カウリスの問いに勇者は指を差して答えた。

 

「あそこ。だからたぶん、みんな見れない」

 

 示されたのは通りの先に控える武道館だった。

 

「じゃ、そういうわけだから」

 

 気まずそうにしながらも焼肉串を喰らい、三人の前を通る勇者。シャール殿が真っ先にフリーズから解け、声を上げた。

 

「勇者殿、これを」

 

 そうして、シャール殿はまだ手を着けていなかった自身の串を勇者に差し出したのだった。

 

「いいの?」

 

「当然。私たちが打ち取るまで負けてはいけませんぞ」

 

 勇者は躊躇いがちに串を受け取ると、一番上の肉を頬張り、笑って言う。

 

「ありがとう! 勝つよ、絶対!」

 

「その意気です」

 

 シャール殿が手を振る。勇者がその場を去ろうとしたとき、さらにミカヅキが声を上げた。

 

「またあとでな!」

 

 勇者は肉の刺さった串を後ろ手に振っていた。

 

「さて、では拙者も行くでござる」

 

「は? どこにだよ?」

 

 ミカヅキ、絡んでくるなぁ。ま、それもどうでもいいでござる。拙者は懐からチケットを一枚取り出した。

 

「最前列の席でござる」

 

「なっ、俺たちの分は⁉」

 

「あるわけないでござるよお!」

 

 はっはっはっ、気分よくチケットでぺらぺらと顔を扇ぐ拙者にシャール殿は言ったのだった。

 

「忍び殿、実はさっき勇者殿に渡した肉串、あれは私のではございませんでした。あれは忍び殿にあげる予定だったのです」

 

「はっはっは、手遅れのカスの情報開示など無用、これにてソーリー!」

 

 拙者は勇者の後をつけ大通りを進んでいった。

 

 ☆

 

 武道館、それはこの街の武芸者たちの目指す頂点たる舞台。五段以上の者だけが試合を行い、見物料が発生する唯一の舞台である。にもかかわらず、席は毎回満員を記録する。五段以上の者はみなこの街のスターにして憧れの的なのだ!

 

「さーて、みなさまお待ちかね! ここからがメインイベント! この街に上陸した人類の希望は、果たしてこのハクルナムの地でどのような輝きを見せてくれるのかっ! 勇者☆降臨……いでよ最強! 西側ゲートより、勇者!」

 

 若くきゃぴきゃぴした女の声が告げると、西ゲートから煙が噴き上がる。白煙を切り裂き現れたのは勇者であった。

 

 勇者は得意顔で剣を担いで花道を歩む。やがて中央のいかにもな石の舞台への階段を上がる。

 

「対するは、連戦連勝! ここまで負けなしのまま六段に昇段したハクルナムの注目株ルーキー! しかしその生涯は苦渋にまみれた苦労人でもあります! 果たして今宵、彼の六本足が人類の希望を踏み潰すのか⁉ はたまた、勇者は彼にとっても初の試練となりうるか⁉ 東ゲートより、鉄球魔人、ビサラ!」

 

 東ゲートから煙が噴き上がる。その姿が煙の中から現れたとき、観客からどよめきが上がった。

 

 その肉体は球体。身体のまん中に一つだけの目があり、足が左右上下に合わせて六本ついている。そんな怪物の武器は一目でわかる。六本のそれぞれの足に鎖で繋がれた鉄球だった。

 

 がちゃんがちゃんと鉄球をぶつけながらビサラは階段を上がり、勇者の待つ舞台へと上がる。

 

 ビサラはその一つ目で勇者を見つめて言った。

 

「人類の希望らしいな」

 

 勇者も答える。

 

「うん、そうらしい」

 

「俺にはそんな大役、一生ないよ」

 

「そう思ってたらそうなっちゃうよ」

 

「そうなのかもな」

 

 軽く笑うビサラ。ビサラは武道館の観客や天井を眩しそうに見上げ始める。

 

「見てくれ、俺の旗があちこちにはためいてる。お前のもあるぞ」

 

「え、うわっ、本当じゃん」

 

 武道館を取り巻くように二色の旗ははためき、また、モニター上にも事あるごとに映されていた。

 

「夢みたいだよ。腕のない俺がみんなの憧れになれるなんて」

 

 勇者はその言葉を聞いて無言でビサラに視線を向けた。

 

「俺はずっと何もできなかった。ただ足の力が強くて、足がたくさんあって、それだけだった。おかしいよな。罪を犯し、牢屋に入れられて初めて武器を手に入れたんだ。俺の幸せは、そこにしかなかった」

 

 勇者の視線はビサラの足元に転がる鉄球へと向かう。ビサラは苦笑した。

 

「俺が輝いてるときには常に俺の足は重い。鉄球が重ければ重いほど俺は強くなるが、それなりにきついし、痛みもあるんだ。でも、これ以上の幸せもないんだろうな」

 

「そうかもね……ふふっ、まだ話す?」

 

 勇者が笑いかける。ビサラが首を横に振った。

 

「いや、聞いてくれてありがとうな」

 

 二人が沈黙したのを見計らい、実況の女が差し挟む。

 

「ちなみにこの試合の実況・解説を務めるのは十段段位を持つ最強武道系アイドル! ネギちゃん! このあと中央広場で無料ライブも控えているので皆さま是非是非お立ち寄りください!」

 

 モニターでマイクを握って手を振る緑髪の女が映る。試合開始の予感に興奮を隠さぬ観衆たちが拍手を捧げると、ネギは満足の笑みを浮かべた。

 

「それではみなさん、心の準備はいいですか⁉ 選手のお二方もよろしいですね⁉ じゃあ行きますよぉ、行きますからねっ⁉ れでぃ~ファイっ!!」

 

「らぁああああああっ!」

 

 最初に仕掛けたのはやはりビサラ! 空中に跳び上がって回転! 回転! 回転! 六本の足から自在に繰り出される鉄球が勇者へと向かう! 対して勇者は……うわっ! これは凄いぞ勇者! 鉄球包囲網を軽々抜け出した! 

 ですがビサラも一筋縄じゃ行かないぞっ、鉄球が生き物のように、生き物のように蠢いてそれぞれが追撃を開始ぃ! ん? 勇者が鎖を掴んだ、どうするつもりだぁ⁉

 

「こうするの」

 

 勇者が手繰り寄せた鎖から鉄球の動きが逸れだし、他の鎖を巻き込んで束ねていく。そこから外れていた鉄球が勇者に襲い掛かるが、勇者はこれを避けると鉄球の後ろで流れていく鎖を掴み、さらに束ねる。

 そうやって勇者は六本の鎖を抱え込み、完全に掌握したのだった。

 

「くそっ、動け、なぜ動かない……!」

 

 自分の足に連なる鎖を束ねられ、地面を這いつくばったビサラが足を震わせるが、震えは鉄球まで届かず、鎖の振動は勇者の腕の中ですべて消えてしまう。勇者は言う。

 

「降参しなよ」

 

 ビサラはにやりと笑うと、口を大きく開けて吠え立てた。

 

「死んでもしない……! 俺の幸せは、戦いの中にしかない!」

 

「そっか」

 

 勇者は頷き、鎖を抱え込んだままぐるりと体を半回転、勢いづいた鎖とビサラ、最後に鉄球が浮き上がったところで勇者は鎖を解放する。そうやって放たれた鉄球はビサラを連れて武道館の天井へと衝突した。

 

 屑鉄や木屑がパラパラと落ちてくる。

 

 シャラシャラという鎖の滑る音が鳴り響く。鉄球は天井に埋まっていた。遅れてビサラが天井から垂れ落ち、鎖に引っ張られて空中に吊るされる。

 

 ぽたぽたと、ビサラの血だけが滴り落ち、舞台の上に血だまりを作っていった。

 

 拍手もなく、歓声もなく、勇者は無言でビサラの体を見上げていた。

 

「け、けっちゃーく! 勇者! 勇者勝利! 噂にたがわぬ実力、そしてエグい、エグすぎる! ビサラ生きてるか? 誰か早く下ろせ~!」

 

 ここに来て、会場の観客たちがようやく現実に追いつき、歓声が沸き上がった。 

 

 ☆

 

「おう、お疲れ」

 

 ミカヅキが口にジュースを含んで言う。

 

「広場の中継モニターで見ていましたよ。素晴らしい戦いでしたね」

 

 シャールの労いに勇者は少し照れたように笑うと、カウリスの差し出すジュースを受け取り、それを一息にあおる。

 

 飲み込んだ後の吐息はため息のように聞こえたが、モニターの光に照らされた顔は疲労感もありつつどこか爽やかだ。

 

「さあ来た来た来たー! ネギちゃん登場~! 武術家たちよ、今日の疲れを私の歌でぶっ飛ばせ! みんなついてこい! ううん、私から行く! 君の隣へ!」

 

 広場のモニターの前、舞台上では武道館から移動してきたらしい、緑の髪のネギが襟を立てたライダージャケットを羽織り、マイクを取って歌い、踊り始めた。

 

 

 浮かない顔見せてよ

 

 私に任せて

 

 きっと笑顔にしてあげる

 

 ねえ、そうしてた方が楽しくなれるよ

 

 

 勇者はさんさん照明に照らされて輝く舞台を見下ろし、目を細めて言う。

 

「楽しいな」

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