朝月の勇者   作:遥海みしん

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第一八話 物見台

「さあ、勇者はこれを勝てば一段飛ばしで八段へ昇段! 前代未聞、このままハクルナムは勇者一人に手も足も出ないのか⁉ いや、そんなことはない! ハクルナムにはこの男がいる! その体、鋼鉄につき取り扱い注意! どんな攻撃も受け止める神の肉体は勇者の斬撃をも阻むのか⁉ 東ゲートより、皇鋼神拳! ヨクルゥガ‼」

 

 噴き出る白煙からのしのしと現れたのは人間ではない。頭皮までがつるつると照り輝く白金と化した巨漢だった。ヨクルゥガは舞台に上がると合掌し、目を瞑って一礼する。

 

「あ、どうも」

 

 と勇者もいそいそとお辞儀を返した。

 

「それではみなさん、心の準備はいいですか⁉ 選手のお二方もよろしいですね⁉ では~、れでぃ~ファイっ!」

 

 恒例のネギの実況が入る。勇者は構えるが、すぐに構えを説いてぽつんと立ち尽くした。

 

「来ないの?」

 

 勇者の質問にヨクルゥガは答えた。

 

「皇鋼神拳は相手を理解する拳法。相手の攻撃の全てを受け、相手のこれまで生きてきた時間を身をもって知る愛の拳法なのだ。私のこの体はそのためにある。さあ、来なさい」

 

 勇者は視線を泳がせる。

 

「いやあ、いやいやいや……」

 

「いいんだ」

 

 ヨクルゥガは目をつむったままほほ笑んだ。

 

「私は君の攻撃を受けきるためだけにずっとこの身を鍛え続けてきた、そんな気がするよ。私を信じてくれないか?」

 

「じゃ、じゃあ足とか、腕とか、えっと」

 

「ここだ」

 

 ヨクルゥガは自らの脳天を指し示す。

 

「遠慮のあるやりとりはつまらない。真のコミュニケーションとは命の危険を伴うものだ。私は十分覚悟している」

 

 勇者は気に入らなさそうにブスッとしながらもヨクルゥガの方へ歩みを進める。剣を振れば当たる距離まで来ると、再び問いかけた。

 

「じゃあ……」

 

「ああ、受け止めて見せる」

 

 合掌するヨクルゥガに迷いはない。勇者もまた吹っ切れた表情で剣を振り下ろした。

 

 ☆

 

 薄暗い石の階段を無言で上がる。拙者と勇者の足音だけが辺りに反響する。

 

「凄まじい試合でござったな」

 

 拙者の言葉に返答はなく、拙者の声だけが返ってくる。少し後ろの勇者を見ると、まだ不機嫌そうに唇を尖らせていた。勇者の背にはいつもの法国国旗がない。絶賛クリーニング中なのだ。

 

 明るい光が階段へ差し込んでいた。そこへ抜けると、一気に視界が開けてくる。

 

「うわ……いいじゃん」

 

 勇者がとぼとぼと物見台の方へ進んでいく。手すりに身を寄せ、眼下に広がる風景を見晴るかす。

 

 碁盤のような街へと運河は枝分かれしながら流れ込み、海へと合流する。細波は光を返しながらも穏やかに、勇者の視線を太陽の方へ運んでいく。

 

 そうだ、この太陽の下ではごま粒みたいな人々があちこちの広場に集まっているのも見えるのだ。五段以下の試合は広場や商業施設など街のあちこちで行われており、無料のために見物人が集まる。そうした活気もなんのその、ここでは海や川の方がずっと大きく見える。

 

 無音で、静かだった。

 

「夜に来るのもよさそう」

 

 勇者の言葉を拾ったか、ちょうどやって来たミカヅキが言う。

 

「おう、夜にも来ようぜ」

 

 勇者が見ると、遅れて階段を上がってきたシャールとカウリスもこちらに近づいてくるところだった。

 

「試合、見ていましたぞ。完勝でしたな」

 

「一刀☆両断、見事だ!」

 

 シャールとミカヅキの労いに勇者は苦笑しカウリスの方を見る。

 

「ああ、カウリス殿は試合でした。勇者殿の試合が早く終わったのでそちらもモニターで見ましたが、なかなかお強い相手でしたな」

 

「大変だったな、それでも勝ち切ったのは見事だぜ!」

 

 カウリスは目を逸らしながらぺこりと頭を下げた。

 

「カウリスも勝ったんだね、おめでとう」

 

 勇者にも言われ、真面目腐ったカウリスは再びぺこりする。

 

「あ、そういえば二人はどうなの? どんな感じ?」

 

 ここで勇者が思い出したように尋ねた。

 

「おう、見やがれこれを!」

 

 そう言ってミカヅキは右手のブレスレットを掲げて見せる。

 そこには金のラインが一本入っていた。

 

「おー! 初段じゃん、おめでと」

 

「へっ、飛び級につぐ飛び級、天才たる俺に相応しいじゃねえか。見てろよ勇者、すぐにそこまで行くぜ!」

 

「うん、見とく見とく」

 

 勇者の答えに気をよくするミカヅキだったが、シャールがいつもの補足をする。

 

「勇者殿、本人が隠しているので言おうか迷ったのですが、一応ライバルであるなら知っておくべきでしょう」

 

 てめっ、やめろ、言うな馬鹿っ! シャールを止めようと暴れ出すミカヅキをカウリスが抑えつける。それを横目にシャールは続けた。

 

「ミカヅキ殿は初段に上がって最初の試合で負けています」

 

「へっ?」

 

 勇者の間の抜けた声に思わず笑ってしまった……のは拙者だけでしたな、失敬♪

 

「どんな相手に負けたの?」

 

 やめろ言うな! おねがむぐっ! カウリスがミカヅキの口を押さえつける。シャール殿は悪い笑みを浮かべて言う。

 

「恨みなさるな、ミカヅキ殿。なに、これは友たる私が愛ゆえに与える試練のようなもの。ミカヅキ殿が勇者殿をライバルとするのであればこそ、越えなくてはいけない壁なのですよ……」

 

 む、むぐ~‼ とミカヅキ、本気で嫌そうでござるな。シャール殿は一度悪い笑みを引っ込めると、のほほんとして言う。

 

「ミカヅキ殿が負けた相手は皇鋼神拳の道場生、つまり勇者殿が完勝された相手の弟弟子ですな」

 

 む、むぐ……。膝をつくミカヅキ。勇者が困っていると、ミカヅキはぽつり、ぽつりと話し出した。

 

「そうだよ、言い方は悪ぃけど、俺は……お前が倒したヨクルゥガの、くそっ、劣化版相手に傷一つ付けられなかった……俺は、お前の、超絶劣化版だ……」

 

 どんよりとした空気でござるなぁ。が、拙者の頭ではいつもパーティー部隊が控えておるのでな。こんな時のために彼らは日々訓練を行ってきた。さあ、今こそ舞え、踊り狂え! 歌に踊りにお食事、DJもage↑age↑で行くでガンスよ!

 

 そんな調子で拙者の脳内でパーティーのセッティングまでなされたところで、ミカヅキがこのどんより空気を気にしてないとばかりに言い放つ。

 

「まあでも、俺は気にしてねえよ」

 

「嘘をつくな、拙者にはわかる。お主はたいへん気にして――」

 

「忍者うるさい」

 

 勇者に睨まれたので拙者はお口にチャック。やればできる子なのだ!

 

「俺は決めた。この街の道場に所属する。もっともっと強くなるから、お前は俺のことを忘れんじゃねえぞ」

 

 勇者はミカヅキの顔をじっと見つめると、頷き、返した。

 

「うん。覚えとく」

 

 その言葉を聞くと、満足したのかミカヅキは踵を返す。カウリスもぺこりとお辞儀して階段の方へ進んでいった。

 

「勇者殿」

 

 そう言ってシャール殿が一歩進み出た。

 

「あんなことを言っておきながら、実は私もついに一敗してしまいました」

 

「そっか」

 

「ええ、膝も腰も痛くて、寄る年波には勝てませんな。ほっほっほ……」

 

 シャール殿は笑うが、勇者は笑わなかった。それで、シャール殿も笑えなくなった。

 

「年のせいにするこの根性がまずいけませんな。ミカヅキ殿を見習います。では」

 

「うん、じゃね」

 

 シャール殿もまた物見台から離れていった。

 

 勇者はしばらく街を見下ろしていたが、隣で脳内パーリナイツしていた拙者に目を止めて言う。

 

「忍者」

 

「なんでござるか」

 

「この街に来て何してるの?」

 

「そうでござるなぁ、色々でござるよ」

 

「試合って賭けがあるって聞いた」

 

「聞いたでござるか」

 

「うん聞いた。私に賭けてる?」

 

「当然でござる! がっぽがっぽでござる!」

 

「あっそ」

 

 勇者は手すりから身を起こし、くるりと身を反転させる。勇者の視線はまず超絶美形アサシンの拙者へ。次にはその奥にいる黒のポンチョにフードを被った青年へと移っていく。

 

 青年は階段手前の壁にもたりかかり、緩めのズボンのポケットに両手を突っ込んでいる。膨らみをもたせたポンチョの質感はネギのジャケットを連想させるが、こちらは黒の中に留め具の明るい緑が浮き上がっており、またフードからのぞく黒い髪にも目の覚めるような緑のメッシュが入っている……いや、この緑もネギみたいだな。

 

 そうした見た目とは反してじっとりとした目が勇者に向けられていた。

 

 勇者はずんずんと歩んでいくと、その男の前に立つ。

 

「何かよう?」

 

 腰に手を当てて軽く笑って聞く勇者。対して男は身じろぎもせずに言う。

 

「試合を見たよ。八段昇段、おめでとう」

 

 あまり口を開けずにぼそぼそとした喋り方であったが、勇者には聞き取れたらしい。勇者は殺気を収めると、ほほ笑んだ。

 

「なぁんだ、ありがとう。っていうかひょっとしてだけど、私のファンだったりする? 五段以上だとファンもたくさんいるって聞いた」

 

 ね? とこっちを向く勇者。拙者に聞くか。答えた方がいいのか? 嫌でござるよ。しかし男が都合よく答えてくれたのでオーライ。

 

「どうだろうね。五段に上がる選手たちはみんなここで長く戦ってるから……魔女に言わせれば成長コンテンツっていうらしい。勇者はここに来たばかりでそういうファンはいない……けど、勇者は鮮烈だ。これまでにない存在感がある。全く新しい刺激に応援したくなるファンもいるんじゃないか? この僕みたいに」

 

「え、えーとつまり、あなた、私のファン?」

 

 男はコートのポケットから手も抜かずに答える。

 

「ああ。僕は君のファンだよ、勇者」

 

「え、えへへ~。握手したげよっか?」

 

「いいのか? じゃあ頼む」

 

 男は差し出された手に応えるためにポケットから手を抜く。しなやかな手だった。傷一つない。

 

 二人の手は組まれ、きゅっきゅっと二回ほど結ばれると、そっと離れていく。男は再び手をポケットに突っ込んだ。それを見て勇者は笑い、手を振る。

 

「じゃあ私は行くね。試合、また見に来てよ。絶対勝つから」

 

 男はこくんと頷いて答えた。

 

「行くよ、必ず」

 

 勇者は弾むような歩調で階段を降りていく……。

 

「ねえ忍者」

 

「何でござるか?」

 

「あの人も選手だったりするのかな? 強いのかな?」

 

「あー、うむ、知りたいなら名前を聞いてみればよかったのでは?」

 

「確かに! 聞けばよかった!」

 

 階段を降り、出口への通路を進んでいく。スキップする勇者の後ろ姿に拙者は問いかけた。

 

「知りたいのか?」

 

「知りたいけど、今は忍者の口からは聞きたくない!」

 

「さいでござるか」

 

 建物から出ると、勇者は振り返って先ほど自分が立っていた物見台の方を見上げる。そこには誰も立っておらず、勇者は少し肩を落とし、街の中心の方へと歩いて行った。

 

 ☆

 

 西区画の酒場の特設リングでは死闘が繰り広げられていた。

 

 翼の上口に鋭く寝かせた刃を仕込ませた天使みたいな女が翼を振るう。対して場に相応しく洒脱なワインレッドのジャケットを着たシャール殿はサーベルで鋭い突きを連続で放つ。

 

 天使女はそれを腕甲や翼の刃を駆使して何度か弾くが、受けきれないと判断して翼で思い切り空中を掻いて距離を取る。

 

 巻き起こる暴風にシャール殿はなんとか踏みとどまり、風に目を細めながらも追撃の踏み込み、突きを放とうとする。

 

 踏み込み過ぎでござるな。と思ったが、勇者も拙者にちょびっとばかし、いや大幅に遅れて口に出す。

 

「踏み込むんだ……」

 

 天使女は再び羽根をうならせ、ふわりと浮かぶ、シャール殿の頭上へと。天使女が翼を振るう。

 

「ぐっ、小癪ですな……!」

 

 シャール殿はサーベルで迎撃し、弾く。そして踏み込んで突きを放つ。

 

「あー」

 

 と勇者。翼は二対ある。シャールのサーベルが天使女の脇腹を切り裂く。一方、天使女のもう一つの翼もまた、シャールの足を切り裂いていた。

 

 両者は同時に倒れ込む。静まり返った会場に二人の呻きだけが聞こえていた。

 

 やがて、脇腹を抑えた天使女が足を抑えてうずくまるシャールを見下ろすことになる。

 

「勝者、エンジェルファイター・ピショウ! そしてこの勝利によってピショウの三段への昇段が認められます!」

 

 酒場のマスターがマイクを握って宣言すると、酒場の観客たちがピショウを称えるべく拍手し、称賛や激励の言葉を投げかける。

 

 ピショウは駆け寄ってきたドクターに治癒の魔術を掛けてもらいながらも満面の笑みを浮かべ、ありがとう、ありがとう、と手を振っていた。

 

「負けちゃったかぁ」

 

 勇者は赤い液体の入ったグラス(※ベリージュース)を傾けて呟く。ピショーが笑みを浮かべるその裏、舞台袖ではシャールが治療を受けているはずだった。

 

「どう見る?」

 

 拙者の問いに、勇者はうーんと唸って答えた。

 

「体力がなくて、体が脆いかな。判断を焦ったのはそっちの限界に押された形じゃない?」

 

「で、ござるな」

 

「どうなるんだろうね、これ」

 

「どうするでござろうなぁ」

 

「気にしないといいけど」

 

「無理でござるよ、それは」

 

「だよねぇ」

 

 勇者は涼しい表情で甘いジュースをごくごく飲んでいた。

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