朝月の勇者   作:遥海みしん

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第一九話 不忍者

 選手控室で勇者はクッキーをミルクと合わせてサクサク食べていた。

 

「こら勇者、試合前にそんなにサクサク食べては本番のパフォーマンスに影響するでござる! 少しの甘味であれば脳にも体にも良いが、腹を満たそうとしてはならん! 没収でござる!」

 

「あぁっ……!」

 

 手から離れていくクッキーの皿に儚く手を伸ばす勇者。残念だが拙者がマネージャーに就任した以上、こんなものは……サク、サクッ、うまっ……うむ、許されるはずがないのだ……もぐもぐ……。

 

「あー! 私のクッキー食べた! 泥棒だ! 警察に言ってやる!」

 

「言えばよかろう。あむ、あむ……」

 

「あーんもう、なんでマネージャーになってんの⁉ 信じらんないんだけど! 勝手に登録したでしょ、運営に抗議してやる!」

 

「残念だったな。シン殿に頼んで捻じ込んでもらったのだ。雇われの運営陣じゃどうにもならんよ」

 

「くっそ~~~‼」

 

 こんこん、とノックがされる。

 

「入ってまーす」

 

 とよくわからん返しをする勇者。控室のドアが開く。ドアの隙間から少年が顔を覗かせた。瞳にきらきらと☆を浮かべる少年だった。

 

「ってミカヅキじゃん! こんなところでどしたの?」

 

 勇者がミカヅキの方を見ながら拙者の持つクッキーの皿へしれっと手を伸ばす。拙者はその手をパシンと叩き落とした。

 

「あー、俺って道場に所属しただろ? その代償みたいなもんだよ。低収入バイトに駆り出されんだよ、道場に所属すると」

 

「へー」

 ミカヅキは薄手の青いスタッフベストを纏っていた。勇者はそれをじっと眺め、頷きながら顎に手をやり、言う。

 

「似合ってんじゃん」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

「え、なんで⁉」

 

 困惑する勇者。ミカヅキは、こいつはまあこうか……と呆れたようにため息をつくと、スタッフとしての要件を果たしにかかる。

 

「で、お前の試合が次の次だ。東ゲートへ向かえよ。じゃあな」

 

「おー、ありがとう! ミカヅキもお仕事頑張ってね」

 

「嫌みかよ、このやろう」

 

 ミカヅキはいいながら控室から去っていった。

 

 ☆

 

「で、シャールさんがこっちか」

 

 入場ゲート裏に立つ青ベストを着た紳士。その姿は現場の頼れるベテラン責任者にも見えたが、こう見えて新人バイトなのだった。シャール殿は頭に手をやって軽く会釈する。

 

「ああ、勇者殿。そうです、恥ずかしながら道場に所属することになりました」

 

「別に恥ずかしいとか思う必要なくない? このイベントに必要なんだから」

 

 勇者は腰に手をやって問いかける。シャール殿は笑って答えた。

 

「ははは、必要とされると言っても必要とされたいされ方があるのですよ」

 

「され方ねえ」

 

「はい、例えば今回のイベントの目玉は勇者殿です。私たち運営スタッフは勇者殿が戦いやすいよう選手に気を配り、勇者殿の戦いを見やすいように観客たちに気を配る。私たち運営スタッフも観客たちもみんな勇者殿を必要としているのです、わかりますか?」

 

「言われてみれば?」

 

「そうです、言われなくては気づかない、それなんです。私は本当は、仕事としてでも……なるべく人に気を配りたくなかったのです……それでも人には求められたかった。ああ、弱い己が残念でなりませんなぁ!」

 

 おじさんが拗ねてるでござる。だがまあ、そういうこともあるでござるな……。しかし勇者はシャール殿の肩に手を置くと、うんうん頷いて言う。

 

「それ、めっちゃわかる。人に気を配るとかめっちゃ嫌だもん」

 

 勇者⁉ シャール殿の困惑顔を見てさらに何かを言おうとした勇者の口を拙者は抑えにかかる。こうしていつものように殺し合いが始まる我々であるが、そんな様を見てシャール殿は声を上げて笑った。

 

「試合前ですから、おやめください……ふっ、いえ、大丈夫なのは知ってますけど、一応仕事として注意をですね」

 

 勇者が拙者を突き飛ばす形でお互い離れると、シャール殿は穏やかな表情で少し目線を下げて言った。

 

「こんな風に思ってしまうのは私が未熟だからなんでしょうな。騎士団の統括にいて腕も頭も鈍ってしまったようです。ここで色々と学ばなくては」

 

「あー、がんば?」

 

 勇者は疑問形で首をこてんと傾けて言う。

 

「はい、一緒に頑張らせて頂きますよ、勇者殿」

 

「え、私は頑張んないよ? 死んでも頑張んない」

 

「そう言わずに。さあ、もう間もなく入場ですよ。心の準備を」

 

「いらないよ別に。戦いに準備とかなくない?」

 

「そうですな。その通りです」

 

 にこにこと肯定するシャール殿を勇者は不気味なものを見る目で見つめるが、じき名前を呼ばれて白い煙の方へ進んでいった。

 

 ☆

 

「さあ、来たぞ来たぞ来たぞー! お待ちかねのメインイベント! 説明不要、最強最悪! 人類の希望とはなんだったのか! 広めた奴出てこーい! 今日も悪夢の白い月がお前を空から見下ろしている……圧倒的絶望! 触れる者全てを切り伏せる地獄よりの使者! 東ゲートより……来い、勇者!」

 

 ネギが会場を盛り上げるべくマイクを握る。白煙が噴きあがり現れた勇者は不満顔だった。勇者は入場ゲート前で足を止め、辺りを見回して言う。

 

「この紹介考えた奴、殺すわ」

 

 こころなしか、歓声が弱まる。勇者の声が聞こえなかったらしい後列の観客たちも不審に思って次第に口をつぐみ始める……。

 

「ネ、ネギではないですよ~? へへっ、今を時めく天下の勇者様に向かってそんな……あとでネギが調べて懲らしめとくんで、勇者様は気にせず試合に集中してくださいね!」

 

 勇者の目がぎろりとこちらを睨む。

 

 あー、拙者でもないですよ~でござる( 一一)

 

 三下系だの最強アイドル(笑)などのヤジが飛び交う中、なんとか空気を換えようとしてネギは叫んだ。

 

「気を取り直して! はい、気を取り直して! 勇者の進撃はこの女になら止められる⁉ デビューから稼げる相手としか戦わない姿勢は一貫しております! 出場を待ち望まれる裏番長にして、312代忍者アカデミー主席卒業者、でも全く忍ばないぞ! こんなところで戦ってていいのか⁉ 西ゲートよりハクルナム段位九段、不忍者、ツクシ!」

 

 白煙の奥から現れたのは忍者衣装に真赤なマントを羽織り、前髪をアイスクリームヘアクリップで短くまとめた女だった。女のマントは白煙の中にはためき、そこにラメ入りでプリントされたスポンサーロゴがチャラチャラと光っていた。

 

(にん)!」

 

 女忍者のツクシは指を立てた印のポーズを取って観衆を沸かせると、風のように走り、ゲートから一気にステージ上まで駆け上がった。

 

 ボルテージの上がる歓声に囲まれながら、ツクシは勇者に向けて不敵な笑みを浮かべた。

 

「聞いたっすよ、勇者様」

 

 勇者は相手の言葉を促すように無言で首を横に倒す。ツクシは笑みを含みながら言う。

 

「先輩が付け狙っても殺せない怪物。そんな存在がこの世にいるなんて驚きっすね。この目で見てみたかったんすよ」

 

 勇者はうん? と一間一度首を傾け、少し考えて思い至り、尋ねた。

 

「ああ、先輩って、なるほどね。君、忍者の後輩なんだ。どうなの? あいつ母校で有名だったりする?」

 

 おい勇者、それはあまり聞かない方が……拙者の視線は届いたようだが、勇者に無視される。そしてもちろん、ツクシが答えてしまう。

 

「有名なんてもんじゃないすよ。校長、副会長、理事長、担任、学年主任、生徒会役員たちが先輩一人に全員抹殺されました。私の入学前ですけど、おかげでまだ慌ただしかったんっすよ、ほんと勘弁してほしかったす」

 

 ノ、ノォオオオオオッッ! こんなところで拙者の黒歴史が……! というかあれは拙者が悪いんじゃないんでござる! 拙者の悪友が、悪友が……! 

 

 拙者の脳内にはわが友がアイスクリームをぺろぺろと舐め回す姿が思い浮かんでいた。えぇい、消え失せよ!

 

「ふーん、あいつもやることやってんだ」

 

 と他人事の勇者。違うでござるよ? くそ、こうなればスナイピングイヤーで……さすがにウザがられるか。まあ、気にしてるの拙者だけっぽいしな。

 

 そうだ、落ち着いてこれでも食えよ、と妄想内のわが友も舐め回したアイスを差し出してきた。いらんわ!

 

「お二人とも! どうやら戦う準備は万端ってところですか⁉ では行きますよ~? 行きますからね~? れでぃ~……ふぁいっ‼」

 

 ネギの戦闘開始の声がかかる。勇者は剣を立てて構えると、堂々とツクシの方に歩いていく。

 

 その迷いのない歩みにツクシは笑って肩のマントをはぎ取ると、宙へと放る。

 

「死ぬ気はないです」

 

 とツクシは言う。

 

「でも、稼がせてもらうっすよ」

 

 ツクシが高速で印を結び、術を発動した。

 

裂転身(れってんしん)!」

 

 空中で揺れるマントは落ちる間際、スポンサーのロゴごとに千切れて分裂。マントの欠片はその大きさも様々に、幾多の生物の形を取り始めていく。

 

 タコ焼き会社のロゴを墨で頭に入れた巨大なタコ、焼肉メーカーの名を背負うオーク、家具メーカーの名を翼に刻んだ鳥、さらにはクルーズ船を出していた魔女の会社の名を刻んだホバークラフト(⁉)まで。

 

 いまや、ツクシの周囲をスポンサー動物たちが取り囲んでいた。

 

「楽しそうじゃん」

 

 と勇者。ツクシも笑みを返して言う。

 

「そうですねぇ~、ぶっちゃけこれを考えてる時が一番楽しいまである」

 

 ツクシはホバークラフトに乗り込むと、勇者を指差し発進した。

 

「一回言ってみたかったんすよね~! 全軍、とつげきぃ~!」

 

 ロゴの入った動物たちが一斉に走り出す。遅れてツクシを乗せたホバークラフトも陸上を走り出した。

 

 さあさあさあ、実況はネギですよ~。大きなタコさんの触手が勇者へと伸びる! 勇者はこれをカットカットカット! ついでに鳥さんも豚さんもカットだっ! 勇者、斬れる軌道にあったらお構いなし! ちなみに今斬られたタコさんと豚さんの会社はこの街で屋台を出してるのでみんな探してみてね! ネギもいつもおせわになってま~す!

 

 そして勇者の剣にマシンガンみたく甲高い音を鳴らしているのは~……手裏剣、手裏剣です! ツクシ、その腕はやはり忍者学校主席か⁉ ホバークラフトで距離を取りながらのこの芸当、両手を高速で擦ってるようにしか見えないが、どうやら手裏剣を高速で投擲しているようです! これは並の戦士であれば一瞬で穴だらけになるぞぉ! しかし勇者、軽々とこれを防いで見せる! 

 

 そしてやはり、ついでに斬っていくぅ! 今斬られた龍はイベント会社のものだぁ! ネギのステージも手掛けてくれる素敵な会社になんてことを! いつもありがと~!

 

 ネギが片手を突き上げて言うと、会場のみんなも片手を突き上げて復唱した。(いつもありがと~!!!!)

 

 はい、みんな復唱ありがとね~!  さてさて、ツクシの生み出した動物さんはもう触手が二本しかなくて普通に足みたくなってるタコさんしかいないぞ、どうするツクシ⁉

 

「どうするもこうするも、テキトーなとこで負け……」

 

 ツクシは言いかけて、ホバークラフトを捨て空へ飛びあがる。

 

 足元を勇者の剣が通過する。ツクシは気に入らなさそうに目尻を細めると、印を結ぶ。

 

 ホバークラフトが爆発を起こす。さらにタコが墨を吐く。黙々と広がる黒煙の中に、ツクシは上空から高速で手裏剣を打ち出していく。

 

 キンキンキンッ、と硬質な音だけが連続で鳴り響く。冷や汗を流してツクシは舌打ちする。

 

 そして、黒煙を突っ切って勇者が飛び上がった。

 

「んもうっ、来ないでくださいよ!」

 

 ツクシが両手にクナイを構え、迎え撃つ。

 

 勇者の剣を交差させたクナイで受け止めようとしたツクシだったが、クナイは一振りで粉々に砕かれた。二振り目で勇者の剣がツクシを捉える。

 

 ぼんっ!

 

 間の抜けた音と共に煙が上がった。勇者が剣を止める。そこにあったのは忍者衣装を着せた丸太だった。

 

 おっとぉ! 変わり身の術、変わり身の術です! どこだ、どこだ、どこだぁ⁉ と実況のネギは真剣に迷っていたが、ツクシは武道館観客席の二階と三階の間の側壁に背中をピタリと着け貼り付いていた。

 

 ツクシは息を吐き切り、なんとか上下する肩を抑えて言う。

 

「死んだと思った~」

 

「気を抜くのは早いんじゃない?」

 

 ツクシの少し眠そうな目は丸太を見ていた。白煙を突っ切り、視界の中でどんどん大きくなっていく忍者衣装の丸太を。

 

「これまずいですっ……ぶへらっ!」

 

 ツクシの顔に丸太が正面衝突する。

 

 ☆

 

「勇者ちゃーん!」

 

 夕方、武道館から離れていく勇者を呼び止める者があった。今まで呼ばれたことのない呼び方に勇者はギョッとしながら振り返る。

 

 ショートパンツに薄茶のコートを羽織った女がこちらに駆けてくるところだった。女は緑色の髪にペレ―帽を被り、眼鏡もかけて落ち着いた雰囲気だ。

 

「えっと、ファンの方? 握手する?」

 

「へ?」

 

 よくわからない顔で手を差し出す勇者とよくわからない顔でその手を握る女。両者はよくわからないと言った風にお互い顔を見ながら手を離した。

 

「あ、ネギちゃん⁉」

 

 そこで思い至ったらしい、思わず声に出す勇者。

 

 ネギという言葉に反応して周囲にざわめきが広がっていく。

 

「ちょっ、名前名前! 勇者ちゃん行くよ!」

 

 ネギは勇者の手を取ると、顔を上げずに走り出した。ネギはそのまま勇者の手を引いて路地に入ると、勇者に合図する。二人は同時に屋根の上に飛び上がった。

 

 ☆

 

 カツン、カツン、カツン……と瓦屋根を踏む二人の足音が鳴る。二人の手は繋がれたまま、コートを纏うネギが先導し、勇者は若干手を離したそうにしているようだ。屋根の上からは地平線の彼方からのっぺりとしたこの街へ、夕焼けが流れ込んでくる様が一望できた。

 

 ああ、風、快し……!

 

「で、この人が忍びって奴?」

 

「うんそう。忍びって奴」

 

「ふーん、これが噂の」

 

 後ろをちらちらと見て二人がほざく。拙者は影の中の影。美しき暗殺者にして死の体現者。見れるうちに幾らでも見るがよいでござる。

 

 胸を張った拙者を見て満足したか、二人の女はもう振り返ることはなくなった。

 

「勇者ちゃんはこの後どうするのー?」

 

「そうねー、もう少ししたらミカヅキの試合があるから、見に行こっかなーって」

 

「ミカヅキ?」

 

 少し低い、素っ頓狂な声で尋ねるネギ。どうやら素の声は低めのようだ。

 

「あー、何だろう。なんかよくわかんないけど、一緒に行動してるんだよね」

 

「あれ、ひょっとして西の広場?」

 

「そう!」

 

 ネギは興味深そうに眼下で街行く人たちを見てほほ笑み、勇者を振り返る。

 

「そうなんだ。じゃあ急がないとね。下にいる人たち見える? きっとみんな広場に向かってるよ」

 

「え、急ご急ご!」

 

 今度は勇者が走って前に出る。女子でござるなぁ……。

 

 ☆

 

 広場に行ってもどうせ大型モニターでしか見れないほど大盛況だったので、勇者とネギは屋根の上に座り、広場とモニターの間で視線を行き来させていた。

 

「おらぁ! ふっ! うら! やぁ!」

 

 ところで広場では瞳に星を宿す少年が何やら剣を振り回して遊んでいた。遊び相手はかわいらしいピエロ三人組だ。

 

「意地悪いなぁ」

 

「拙者の心を読むでない」

 

「はいはい」

 

 コホン、勇者の邪魔が入ったが、続けよう。ピエロたち一人一人は小さい体だが、三人が縦一列、頭に乗って一つの細長い体みたくなってるのでミカヅキよりも遥かに背丈が高い。ぐらぐらと揺れながらも崩れず、ピエロたちはミカヅキの一撃必殺の斬撃を捌いていた。

 

「ふっふっふ、君の一撃は確かに強いよ」

「でも僕たち三人が剣を合わせれば受けきれないほどじゃない」

「タメが大きければかわせばいいしね、ほーら」

 

 三人は下から順々に喋りながらもミカヅキの剣を宣言通りに受け、斬撃の位置にあわせて一人目が頭を屈めて二人目がジャンプする、という調整などでやり過ごす。さらに今度は一人目の足元を狙った斬撃をジャンプし、さらに飛んだ一人目を二人目と三人目が引き上げて一番上の位置に上げてやる。今度は二人目が一番下の一人目になる……うむ、言っててこんがらがってきたぞ?

 

「くそっ、卑怯だぞテメエら!」

 

 あまりのクソ仕様にミカヅキが吠える。ピエロたちも応戦する。

 

「何だって言えばいいさ。こっちはシン様に許しを得てやってるんだ」

「僕たちの体は一つ。僕たちは常に一人分の足しか地面に着くことが許されていない」

「実際、君がぼくらを卑怯だって言ったって、ぼくらはこれでまだ初段の実力さ。二段に上がるには実力が足りない……言いたいこと、分かるよね?」

 

 三番目のピエロが自虐的に笑う。その言葉がミカヅキに刺さったのか、ミカヅキは無言で歯を食いしばり、一刀☆両断の大太刀で縦隊ピエロを斜めに切り裂こうとする。

 

「大振り……当たらないってば!」

 

 上二人のピエロが同時に宙返りを披露する。渾身の一撃を躱されたミカヅキはバランスを崩してよろめいた。てってってっ、とピエロが距離を詰めていく……というか上のピエロたちも合わせて足踏みしてるのは必要でござるか?

 

「くそ!」

 

 ミカヅキは体ごと振り回すようにして間に合わせた剣の柄で一番下のピエロの斬撃を受ける。が、二人目のピエロが突き出したちんまい剣がミカヅキの肩を貫く。

 

「っでぇ! てめらよくも……ぁっ!」

 

 三人目の剣が高みからミカヅキの喉へと突き付けられた。

 

 ミカヅキは剣を置き、降参する。

 

  ☆

 

 勇者が立ち上がる。そこから一歩踏み出して屋根から降りようとする。が、寸前で勇者は踏み出す足を引っ込めて踵を返した。

 

「どしたの勇者ちゃん?」

 

 ネギが尋ねるも、勇者は何でもない、と返すだけだった。

 

 ネギは勇者が見たものを見ると、納得したように頷いて勇者を追いかける。

 

 どれどれ~と拙者も屋根から身を乗り出して下を覗き込む。そこには人と魔族……ああ、ミカヅキと同じ所属の道場生たちであろうな。仲間たちに囲まれて励まされるミカヅキの姿があった。

 

 ☆

 

 大通りからは少し離れ、居並ぶ屋台の明かりが黒い河にてらてらと揺れる。そこに法国国旗が混ざり込んだ。勇者は運河を覗き込みながら、歩きながら呟く。

 

「楽しいな」

 

「なーにが楽しいのー?」

 

 勇者の顔をネギが覗き込んだ。勇者はネギの方を見てほほ笑むと、また河の方を見て言った。

 

「うん、なんかみんな楽しそうだなって」

 

 ネギの口許が一瞬引き攣ったように見えた。が、その綻びはすぐにほほ笑みに上塗りされる。

 

「それで勇者ちゃんも楽しいんだ」

 

「あはは、まあね」

 

「ふーん、いいじゃん」

 

「そだねぇ、なんかいい感じかも」

 

 二人はしばらく河沿いを歩いていたが、寂しくなったのか二人の歩みは次第に屋台側に近づいて行った。

 

「ん、あれ?」

 

 そこで勇者は発見する。

 

「このロゴ、どこかで見たような……ってカウリスじゃん、元気だった?」

 

 例の会社のたこ焼き屋台でカウリスがタコをひっくり返していたのだった。カウリスはこくりと頷いた。ネギはそのイケメンもやしをジト目で見つめると、どうでも良さそうに尋ねる。

 

「ええと、カウリスさん? どこかの道場生?」

 

「ああ、昨日陽水(ひずい)流の門派に所属した」

 

 しゃ、喋ったでござる!

 

 これには拙者だけでなく勇者も目をぱちぱちとさせて驚いているようだった。

 

「陽水流?」

 

 勇者の口が繰り返す。カウリスのキャラも把握できてなさそうだが、ひとまずネギが指を立てて解説した。

 

「陽の光も流れる水も、掴みどころがないままに人を癒し、人を殺す……安易な正解を唾棄し世界と向き合い続けていくのが陽水流!」

 

 説明を聞いた勇者の反応はシンプルだった。

 

「ふーん、めんどくさそう」

 

「わかるわ~。私もなんか、陽水流ってオタクくさいのが多いっていうか……あ」

 

 勇者の言葉に共感するだけしてカウリスを切って捨てていたことに気づき、ネギは慌てて軌道修正を図る。

 

「理論派だよね! うん、理論なら俺たちに任せろ! みたいな……はは」

 

 無理でござったな。タコ焼きをパックに詰めるカウリスの目が死んでおるわ……と、カウリスがタコ焼きのパックを勇者に手渡した。

 

「え、くれるの?」

 

 こくりとカウリスが頷いた。勇者はたこ焼きをじっと見下ろすと、はにかみ、カウリスに笑いかけて言った。

 

「ありがとう。大事に食べるね」

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