『報告書』
拙者、暗殺対象の少女と接触に成功。
少女は金欠のようだったので三万ユーンをめぐんで恩を売ることに成功。
機会があれば暗殺に乗り出してみたいと思うでござるが、少女は卑怯なスキルにて常に隙ナシ。
機会を伺いつつも少女を懐柔する方向で作戦を練るでござる。
あと、三万ユーンが経費であるのは明らかでござるので、拙者の口座に振り込んで候。
ふっ、なんと容易い尾行だ。あの少女、国旗を背負っておるからにして屋根から見れば一目瞭然でござる。
しかし見たらバレるというのは難物でござるな……。敵意察知もあるし、ひょっとしてもうバレてる? わからぬ。
どれ、少し聞き耳を立ててみるでござるか。
「お兄さん、そのアイス幾ら?」
おお、聞こえる聞こえる。大人っぽく落ち着いた声調ながら、声自体は明るく聞き取りやすい少女の声にござる。
「あぁ、百五十ユーンさ」
これは屋台の店主の声でござるな。さて、少女は財布を拡げて……ん? 動かないでござる。どうしたことやら。
そして、どこかへと歩き出し、足音がどんどん大きくなって……。
「ねえ、五十ユーンくださいな!」
「いいでござるよ。ほれ」
「ありがとう!」
そして少女はアイスを買う、と。ふむ、やはり視線を向けずとも敵意察知で拙者の存在はバレてしまうな?
じゃあもう堂々と見るでござるか。
少女は店先の椅子に座ると、大きな口を開けてアイスの上辺にがぶりとかぶりつく……っていうかこれ、暗殺チャンスでは? 拙者は少女の全身を見て、判断する。弛緩している。緊張の欠片も無い。
少女はアイスを美味しそうに食べるのに夢中でござる。試してみるでござるか。
拙者は隠れていた花壇の中からズボッと立ち上がった。
それとほとんど同時に少女は揃っていた足をずらし、立ち上がれる状態に移行する。遅れて通行人たちの取るに足らない悲鳴が聞こえてくる。
「きゃー、変態よ、変態!」
ふっ、我を変態扱いする悲鳴など一千度の業火にも耐えるこの皮膚の上では涼しいばかり。少女はやはりただ者ではないようだ。危険な賭けになるが、少女の底を暴く! ゆくぞうぅ!
拙者は懐から細長い筒を取り出す。瞬間、少女も何かを察知したか、アイスに口を着けた顔でぴたりと停止した。拙者は筒の先端に口を着ける……そして……!
ガタン、と少女の座る椅子は倒れた。少女ごと。
「んんんんんーっ!」
少女のくぐもった悲鳴が広場に響く。少女の口に収まっていたアイスが少女の顔面を上滑りし、ちょうど額の上でべちゃりと潰れていた。
ああ無残、額から垂れたアイスはぽたりぽたりと溶け、背中の下で広がっている国旗に落ちていく。法国の象徴たる月にのっぺりアイスのクレーターが……ぷっ法国ざまみろでござるww
拙者は少女の元まで歩いていくと、口にくわえていた縦笛をぴゅーと吹いて法国国歌を演奏し、そのまま倒れている少女の周りを練り歩く。少女はしばらく殺気で瞳を震わせていたが、やがてがっくしと全身の力を抜いて目を瞑った。
拙者はガッツポーズをとるのを堪え、いかにも少女には興味がないと言った風に踵を返し、歩き出す。
勝利でござる! 勝利でござる!
さあて、この祝勝気分で昼はカラオケでござ~。
☆
一人カラオケを三時間楽しんで建物から出たとき、拙者の肩を背後から叩く者があった。
何奴! と振り向けば、怒り狂った野生のオーガッ! あいや、アイスの匂いを旗からかぐわせる少女でござった。
「す、ストーカーでござるか。出待ちのファンの方なら握手くらいはしないでござるが……」
少女は唇の端を噛みしめてじっと拙者の瞳を覗き込んでくる。
あ、これ言ってるわ。ストーカーはお前だよな? って。もんのすごい怒気を含ませて目だけで主張してくるでござる……。
「おい」
と少女は静かに言った。
「はい」
「お前は私を殺そうとしてるよな?」
「えぇ! そんな物騒な!」
「殺そうとしてるよな? 自分を殺そうとしてる奴を殺したって何もおかしくないよな?」
王国平和憲章規定第二十二条に反してるでござるよ! いや、ここはぶつかるのでなく、誤魔化すのが上策か。
「あっはっはっは! 貴殿は面白いお方でござるな~。そんなのもちろん……」
「ちなみに私、嘘ついたらスキルでわかるから。嘘つきは殺すから」
「あぁ、あー……っはっはっは。そんな、殺そうだなんて物騒でござるよ、ほんと。貴殿は勇者でござろう。魔王は騒いでいるでござるが、この王国は何年も平和ですぞいっ。貴殿はもっとこの平和を噛みしめ、この平和のためにその身を尽くして……」
「はいかいいえで答えろ。お前は暗殺者で、私を殺そうとしてる?」
「はぁ、い、い、ぃぃぃんぇぇえ……!」
ふぅ、上出来でござるな? 拙者の奥義を見て、少女は真顔で言う。
「はいって言った?」
「そう聞こえたでござるか。まあ人間色々。解釈も人それぞれでござる」
「ぶっ殺すぞ」
いけない。このままだと殺されてしまう。なんとかして話題を変えなくては……!
「はぁ、っていうかなんでそんな怒ってるでござるか? 百歩譲って……百億歩譲ってぇ、拙者が貴殿を暗殺しようとする忍者だとしてぇ? それで、貴殿は今、なーんで怒ってるでござるか? 暗殺とは関係なさそうに見えるでござるが?」
「ちっ!」
少女は舌打ちして顔を背けた。
見えたぞ! 敵の急所が!
「拙者も覚悟を持って忍びを生業とする者。貴殿が正当な理由を持って拙者を殺すというのであれば、なるほど。拙者も命を賭して応戦するとしよう。んけぇれども! 貴殿は今、アイスが台無しになった不快感を拙者にぶつけようとしているように見えるでござるぅ~うぃっ!」
「それは! お前が吹き矢を……」
「縦笛で貴国の国家を奏でたのでござるなぁ。そして貴殿は、なぜだか知らんが! なぜだか知らんが! 勝手に! 一人で! 突然に! 椅子ごと後ろに転んじゃったでござるかぁ? いっやぁ、ドジっ子属性まで持ってるとは隅に置けぬ! よっ、ドジっ子勇者! ここに爆誕にござるぅー!」
「くっ、この……!」
少女は舌打ちし、骨が鳴るほど強く拳を握り締めた。
握り締めて全身をプルプルカタカタと震わせた。
そして、少女の震えが極限に達すると、少女はかくんと首を横に折って手をだらりと下ろし、握った拳も静かに開かれる……。
「ど、どうしちゃったでござる? まさか、自分の非を認めるというでごわすか?」
「そうだよね……確かにこれって八つ当たりだよね。私が悪かった。私は、なんて最低なんだ……」
少女はすまなかったと頭を下げ、そのまま頭を上げずにくるりと踵を返し、ずるずると足を引きずりながら去っていく。
「え、えぇ……」
弱いというか、ちょろいというか、良くも悪くも素直でござるな。罪悪感湧き湧きでござるよ。
さて、この沈鬱な気分で家に帰っては食べ物も喉を通らん。この気分はカラオケで吹き飛ばすでござる! 拙者はUターンしてカラオケ店に入っていった。