ハクルナムの夜は明るい。その中でも照明に囲まれてひときわ明るくなっている広場では、今日もミカヅキが剣を振り回して遊んでいたでござる。
「だからやめなってば」
勇者が呆れたように言う。なぜバレた……。
「おらぁあああ!」
ミカヅキが気合と共に大剣を振り回す。まあ、気持ちちょっとだけ、振りがコンパクトになってる感もあるかもしれんな。だが、お相手の角の生えたぶかぶか袖の老人は素早い身のこなしで斬撃を躱していく。
「これならどうだ!」
ミカヅキが老人の胴を狙って横薙ぎの斬撃を繰り出す。老人はそれを屈んで躱すと、瞬時に距離を詰めていく。
「へっ、来ると思ったぜ?」
ミカヅキはコンパクトに腕を畳み、振りの衝撃を殺しながら大剣を振り上げた。
「ぬっ!」
「遅い!」
ミカヅキが剣を振り下ろす。一刀☆両断の銘が照明に当たってきらめいた。これは避けられないと判断したか、老人は足を止めて腰を落とし、脱力する。
次の瞬間、広場の観衆からどよめきが起こる。ミカヅキの一撃は老人の両手のひらの間に収まっていた。真剣白刃取り、やってのけたでござるか! ミカヅキごとそのままポイしてしまえ!
だがまあ、物事はそう上手くいかないでござるな。
「この街はほんと、退屈しねえなあ」
ミカヅキは笑い、剣に力を込めていく。止まっていた均衡が崩れ始め、剣を抑える老人の手が震え始める。
「ぐ、ぬぅ……!」
老人が体を横に逃しながらもなんとか剣を反らし、弾かれたような勢いで剣とは反対方向に飛び退く。だが、踏み込んで追いかけたミカヅキの剣が地面を切り裂きながら老人を追いあげる。
そして、受け身を取って地面を転がる老人の腕に追いついた。速い呼吸とともに血の流れ出る腕を抑えながら、まだ構えは解かない老人に、ミカヅキは言った。
「やめとけよ。俺、あんたのことけっこう好きだぜ?」
それを聞いた老人はゆっくりと呼吸を落ち着かせると、構えを解く。
「わしの、負けだ」
決着! 観衆が湧き上がるのと同時に医療スタッフが駆け付け治癒の魔術を掛け始める。
道場生たちに囲まれながらも、ミカヅキは勇者の方を振り返り、親指を立てて見せた。
☆
「んでよー、まさか白刃取りされるとは思ってなかったけど、これで終わらねえだろうな~とは思ってたんだよ!」
ニッコニコ顔でミカヅキは両隣のシャールとカウリスに試合の感慨を話していた。
三人の並びの後ろでは、勇者がたこ焼きを食べながら三人の背を見つめ、とぼとぼと歩いていた。
「会話に混じらなくていいのか?」
聞いてみると勇者はぷいと拙者から顔を背け、タコ焼きをもう一つぱくりとやる。
「へへっ、とにもかくにもこれで二段だ! シャール見てろ、すぐに追い越してやるからよ!」
ミカヅキは例の赤いブレスレットを見せてつけ言う。そこには金のラインが二本刻まれている。
「ほほっ、この街に来てからというもの、私のプライドも粉々になったものだと思いましたが、まだちょびっと残ってたようで。ええ、ミカヅキ殿を仰ぎ見るのだけは死んでもご免ですな。願わくばまだ、私はミカヅキ殿を若輩扱いしていたい。共に頑張りましょうぞ」
「ったりめえだぜ。くたばんなよ」
熱い視線の交錯の後、なんてことないようにシャールから前を向く。シャールのブレスレットのラインは当初の二本から変わっていなかった。
「そういえばカウリス殿はあと二回ほど勝てば四段に上がるそうですな」
話題を振られ、カウリスはこくりと頷く。その腕にあるブレスレットに刻まれたラインは三本、負けなしではないが、カウリスはおおむね好成績でやれている。バイトの頻度もミカヅキより少なく、練習に多くの時間を充てているようだ。
先ほど勝利を収めたこともあり、ミカヅキが調子よくかみついた。
「テメエもだぞ。ぜってえ追いついてやるからな!」
カウリスはその言葉を呑み込むように、こくりと頷いた。
☆
「楽しかった……のかなぁ」
勇者が呟く。もう何度目かもわからない。
「ならば教えて進ぜよう!」
と言ってはみても、
「いや、忍者はいいわ」
「さいで」
この始末である。勇者は一人用ソファに尻を落とし込み、両側の肘置きにそれぞれ首と膝裏を引っ掛けて行儀悪く寝転がっていた。
こんこんこん、とそこでノックが成され、勇者が恒例の返事をする。
「入ってまーす」
「おーい、試合がもうすぐだから準備しろよ~……ってどうした? 浮かねえ顔じゃねえか」
控室へ勇者を呼びに来たミカヅキが勇者を見てギョッとする。ミカヅキはうーんと唸るだけの勇者に変わって拙者に説明を求める視線を送ってきた。
「昨夜、何か違和感があったらしい」
「違和感か、勇者、もう少し詳しく話せないか?」
ミカヅキが控室に入ると、勇者の向かいのソファに腰掛ける。勇者は寝転がったまま目だけを気怠くミカヅキの方へ向けた。
「いやぁ、なんかシャールが怪しい気がするんだけど、でも楽しそうに笑ってたし……私の勘違いかなあ」
ミカヅキも昨夜のことを思い出そうとしているのだろう、相槌をうちながらもその目が斜め上を向く。
「いや、勘違いじゃないんじゃないか?」
「やっぱり?」
「ああ、つーかあれか。勇者は法国だし、知らなくて当然か」
「え、何? 何の話?」
ここで初めて勇者が起き上がる。上体は起こしたが、未だに膝はひじ掛けに掛けてぶらぶらさせている。ミカヅキは勇者には気も留めずに言う。
「俺も道場に所属して色々変わったよ。道場には魔族もいるし、みんな優しいからな。それで、いるんだよな。元人間だった奴が」
「……どういうこと?」
「魔族に生まれ変わる方法がこの街にはあんだよ……俺は詳しく知らねえけど、忍者は詳しいだろ?」
おっと、ここで拙者でござるか。重要な役割でござるね? ふふふっ、ならば教えてやろうではないか! この街の闇(Darkness)、人類の抱える絶望(Hopeless)の片鱗を……!
「御託はいいからはよ」
ばんばん! と急かすように勇者が両手で低いテーブルを叩く。あーうざ。
「人類の魔術師たちの修行体系は知っているでござるか?」
「ああ、そういうことかよ」
ミカヅキは納得した模様。しかし勇者は頭に疑問符を浮かべている。
「いや、なんでわかんねえんだよ」
「えぇ、私ぃ? わかるのが普通なの?」
ミカヅキに聞かれて勇者はドギマギとし、なぜか拙者に助けを求める視線を寄越す。
「まあまあ、ミカヅキ殿。勇者は法国産だ。法国だけは違うのだ。奴らは技術を追い求めておらん」
「納得したわ」
やはりミカヅキは爆速理解の子であった。しかし勇者はちんぷんかんぷんだ。
「勇者よ、法国の戦士たちはどんな様子だった? 魔術師たちは? どのような心持ちで強くなろうとしていた?」
「そりゃあもちろん、祖国と信仰のためでしょ」
ゆっくり思い出す必要も無い、と言いたげな即答である。拙者は頷いた。
「そうだな。信仰があるから奴らは祖国を離れない。だが普通、強くなりたいと思う者は国の外に強くなる方法があるときには、祖国を離れることがあるのだ。ここにいるミカヅキのように」
勇者がミカヅキに目を向ける。ほへぇ……とみっともなく口が開く。なぁにを思ってるでござるか? まあよい。
「勇者は初めて聞くようだが、実は人類の魔術師たちの多くは体力のある若い時期に魔女の国に行き、魔族に転身する。魔族の長い寿命を健康な体で魔術研究に明け暮れる。これは人類共通、世界中の魔術師たちの修行体系でござる」
「は?」
勇者は目をぱちくりさせている。ミカヅキは当然これを知っていたので目を瞑って被りを振っている。
「え、そんなこと許されていいの? 法律で禁止されてないの?」
「許されてないし禁止されているとも。だが公然と行われ続けている。そして国をまたいで同じ体系を学ぶ魔術師たちは強い。だから止められない。人類の文明は魔女の興した魔術によって発展した。魔術の体系を切って捨てるわけにはいかん。そして魔術を極めようと思ったら魔女の街に行くしかない。対策できんのだ」
「相変わらず人類は終わってるな~」
ここで勇者が気楽モードに入る。クッキーへと手を伸ばすが、これは拙者が没収。
「そうだな。人類の希望を背負って立つお前には同情する」
おまけみたくミカヅキが腕を組んで勇者に協調して頷く。
「まあ、長くはなったが、要は魔術師の戦士版がこの街でござる。魔族に転身する術などこの街でなくともいくらでもあるぞ。ここの場合は特にそうだ。ここの街で暮らすうちに魔族と仲良くなる人間もいるはずだ。魔族と友情や恋で結ばれる人間もいるだろう。この街で暮らせば暮らすほど、人間にとって魔族になるハードルは低くなる。それがシャール殿のように人間の体の限界を迎えているのであればなおさらであろう」
「まあ実際? 人間の戦士もたくさんいるじゃねえか。緩いんだよ、戦士っつーのは。強くなる方法も人それぞれで体系に落とし込めねえ。この街に来たって正解は見つかんねえよ」
ミカヅキが話をまとめにかかる。というかもうすぐ勇者の試合だから話を切り上げたいのもあるのだろう。
「シャール、悩んでんのかな」
「悩ませとけよ」
ミカヅキがあっけらかんと言う。
「いいじゃねえか。魔族になりゃあ腰の痛みとも当分おさらばだ。魔族になれば強くなる。わかってて手を出さないことを甘えみたく感じる時間はつれえだろ? わかるぜ俺も」
「うーん、でもなぁ」
何か引っかかっているような勇者にミカヅキは続けた。
「ほっといてやれよ。弱い奴が強くなろうとして悩むのは当然の権利だ。あいつもここでは二段だが人類圏では十分強い、一人前の戦士だぜ? それにまぁ、なんだ」
ミカヅキはそこで少し鼻の頭をかくと、目を逸らして言った。
「この街では魔族と人間が普通に仲良くやってるんだ。誰が魔族になったって、俺たちの関係は何も変わんねえだろ……お前が許せるか知らねえけど」
勇者はじっとミカヅキを見つめると、次にはその顔がニカっと笑う。
「よくわかったよ。色々話してくれてありがとう」
拙者は?
「忍者もね」
あたぼうよ……でござる。
パン、と両手を重ね、勇者は立ち上がる。
「時間でしょ? 行くよ」
席に着いたまま、ミカヅキは勇者を見上げて言った。
「勝てよ……いや、言われなくてもか?」
「言ってよ。嬉しいから」
勇者はふっとほほ笑んで歩き出した。
☆
「勇者十段戦、これより開幕ぅー!」
マイクを握ってぶんぶん腕を回すネギに合わせ、どこどこと太鼓が叩かれ、あちこちで噴水のように花火が噴き上がる。
会場が一気に湧き上がるが、花火が消えて太鼓が静まり、辺りが暗闇に満たされると、自然とみんな静かになっていく。
待っていたかのようにネギはあえて短く告げた。
「東ゲートより、勇者」
スポットライトを浴びて勇者は静かに歩いてくる。元気という風ではないが、心に乱れはなく、落ち着いている。舞台を見上げるその目はこれまでのどの試合よりも期待と緊張をはらんでいるようであった。
勇者は足音が響いてくるほどに静まった会場で、一歩一歩階段を上がり、舞台に上がった。
「さぁてさて、勇者のこれまでの試合は全てが圧勝に終わりました。誰が予想できたでしょうか……私たちを楽しませ、時に涙させてきた幾多の物語が勇者一人に粉砕されていくこの現状を……。で・す・が! 諦めるのはまだ早いと、そう思いませんか! この街にはまだ、あの女がいる! みなさん、思い描いてください! 今宵、勇者と対峙し、見事止めて見せるのは誰だ⁉ 誰だ、誰だ、誰なんだ~!」
さんざんためを作った後、ネギは席を立って叫んだ。
「私だぁあああっ!」
とーうっ! とネギが実況席から飛び降りると、舞台の上に音もなく着地する。
「来たね、ネギちゃん」
「来たよー、勇者ちゃん!」
ネギはビシッと勇者を指差して不敵な笑みを浮かべ言った。
「今宵、勇者を止めるのは……最強武道系アイドルにして十段段位、実況席より入場っ、ネギ!」
ネギが言い上げた瞬間にスポットライトが絞られ、会場にはネギと対峙する勇者だけが映される。
ネギはカラーテーっぽい道着を魔改造した片側だけ丈の長くなった黒コートに、覗くもう片側は緑のショートパンツという謎シャレコスチューム。対して勇者はいつもの法国国旗を背負う奇抜ファッションだ。
「そして、これより解説・実況は勇者研究家の忍者さんに交代したいと思います。にんじゃさ~ん、マイク入りますかー?」
「はい、ござるござる……はい、えー、私がね、勇者研究の第一人者をやらせてもらってます。ニンジャと申します。皆様どうぞよろしくお願いしますでござる」
拙者がぺこりとすると会場がまばらに拍手してくれる。うむ。
「では忍者さん、後は頼んだ!」
ネギはマイクを置く。勇者は口をあんぐりと開けて実況席の拙者を見上げておるな。うむ、あの目は何かを言っておる。唇もぷるぷる震えておるし、伝えたいことがあるのだろう。勇者研究家の拙者にはその意図が一目でわかるぞ。そうだな、確かにカウリスのたこ焼きは美味かった。
勇者は腰の横に手を着いて言った。
「はぁ、忍者はもういいわ。それよりネギちゃん、まさか戦ってくれるなんて思わなかったから、嬉しいな」
「ふーん、私が逃げると思ってた?」
勇者は一瞬黙り込むと、くすりと笑って言った。
「少しだけ。ネギちゃんとは戦えずに四天王を倒して、この街を去ることになるんじゃないかって思ってたんだ。ごめんね、ネギちゃんのこと、甘く見てたみたい」
「ふっふー、正直に言えて偉い! でもゆるさないから!」
ネギは勇者に張り合うように両手を腰の横側に当てて胸を張る。やたらとニコニコして。
「シン様に戦わせて私は見てるだけ。そんなのありえない、許せるわけないじゃん! ここはシン様の街だけど私の街でもあるんだよ。そんなに簡単にこの街を去らせはしない!」
「うん、でも私はこの街を去るよ」
「ヨクルゥガじゃないけど、わかり合わないと……ううん、ぜーったいにわからせてやる!」
半分笑みを含みながらも確かな怒気が含まれたネギの声に勇者は薄い笑みを迎えて対峙する。機は熟したか? 掛け声か⁉ よし、いくぞう!
「両者、準備はよろしいでござるな? ならばもう、あとは心行くまで死合うのだ……! 両者見合って見合って……はっけよーい、残ったでござる!」
弾かれたようにネギが前のめりに駆けだす。風を切るように前方へと突き出された両腕へ、光が集まっていく。
ネギがその手の中の光を巻き込むようにして拳を握り込むと、光は腕の前面を覆う武器へと変わる。これは……!
「サイドバトン! トンファーでござる!」
ネギは光を集めた硝子のようなトンファーを構えると、走る足を止めず、勇者のゆるく構える剣の先端、その横面にトンファーを叩きつけた。
「っと」
勇者が剣を叩かれバランスを崩しそうになる。というかバランスとかどうでもいいと思ってそうだな。ちょっと面白いぞ? くらいの感覚でネギから目を離しておらん。
ネギは叩いた勢いそのままに剣の側面に体をぴたりと添わせるように回転し、回転しながらトンファーを剣に叩きつけながら勇者へと迫る。
「ネギ、速くて芸が細かいぞ! 奏でる金属音にビュリフォーな身のこなし! これは羨ましい! じゃなかった、勇者どうする!」
対して勇者は「おわ! たたたたっ⁉」とトンファーで剣を叩かれるたびに一回一回けな気にリアクションも取りつつ。しかしネギが飛び込んできた瞬間に、勇者は剣を忘れたかのようにひょいと膝を上げると、勇者にしてはわりと狙いすましてネギの胸を蹴り込もうとする。
ネギは反応はするが、その反応を押し殺して体を逃すように半回転多く回り、蹴りをすかして懐に潜り込んだ。ネギは地面を強く踏みつけて無理矢理回転を止めると、その反動をぶつけるようにトンファーを振りかぶる。
が、前もって殴る気満々だった勇者の方が早かった。ネギは慌ててモーションを変更し、トンファーの鉤で勇者の殴る腕を反らしにかかる。
「って重ぉ⁉」
受け流そうとしたパンチに半ば体を持っていかれつつ、ネギがアイドルとしてはどうかと思うデスボ手前の低音ボイスで恐れおののく。
ネギと距離が出来た、と思ったのだろう、勇者は体を回転させて剣を振るう。
「へへっ、この武器は魔女様特製仕様なんだー! 今までみたいに壊せは……ってちょっと待って⁉」
嫌な予感でもあったのか、ネギは鉤で受け止める作戦を変更。先ほどのパンチのように受け流す方針にしたようだ。
前で構えたトンファーで斬撃前の勇者の剣に自ら触れに行く。そこから柔らかにトンファーの鉤を剣に沿わせ、衝撃を殺しつつもなんとか軌道を変えに行く。変えきれない分は……⁉
「セルフで頑張って躱すの!」
イナバウアーしたネギが自分で解説してくれたでござる。
しかし戦況は勇者が握ったでござるよ! さあどうするネギ⁉
「ぐぬぬぬ……!」
次々繰り出される勇者の連撃をネギは両手のトンファーフル稼働で捌き切る。
さあ、ネギはちょっと余裕ないでござるか⁉ 対して勇者は嬉しそうでござる!
恐らくネギがそこそこ強くて嬉しいのだろう。そんな勇者の笑みも気に入らないか、ネギが対抗するような笑みを浮かべるが、こちらは少し憎々しさが滲んでおるな。
「うにゃ゙ぁっ‼」
だいぶ手遅れ目ではあるが、猫なで声かつ気勢もある気合とともにネギが一点突破と二つのトンファーを同時に突き込む。勇者はなんてことないように剣の腹で受けると、腰だめに引いてもう一度同じことをしようとしていたネギを剣で叩き、払いのける。
ネギは受け身を取って転がり、そのまま追撃に来てる勇者から距離を取ろうとバックステップに移行、下がりながらもなんとか剣を捌いていく。
「ネギちゃん、強いね……!」
勇者は息も乱さず言う。勇者の振り回す剣に、次第にネギの体も振り回され始めていた。トンファーと剣の接触時間が次第に短くなり、ネギの息の乱れが激しくなっていく。
そしてついに、受け流しきれずにネギの体が剣に持っていかれて開いた!
「私のことだってわかってよ」
冗談交じりの言葉と共に、勇者は横薙ぎに剣を振るう。
ネギは疲労混じりの悲壮な顔で勇者の斜め前に回り込むように踏み込み、ヒットポイントをずらしにかかる。
そうやって一番の衝撃が来ないようにしながらも、さらに剣がトンファーに触れる瞬間に、思い切り剣の進行方向に飛んで衝撃を逃そうとする。
ドン! という皮膚を張るような空気の振動と共に破片混じりの粉塵が上がる。光のような速さで吹き飛ばされたネギは壁に叩きつけられたのだった。
ごくん……と拙者の唾をのむ音をマイクが拾う。武道館の観客の視線を集め、ドーム内壁の瓦礫の中に影が浮かぶ。
その姿が光の中に現れたとき、観客たちは息をのんだ。
ネギが、よたよたと歩いてくる……血を流した頭をその小さな体で支えようとし、左右に足が振れていた。トンファーは砕け、垂れた腕からも血が流れていく。
流れた血が目に入り、真っ赤になった瞳で勇者を一身に見つめるネギに会場は冷えかかっていた。
そんなとき、声があがった。
「ネギ、頑張れ!」
少しくぐもっていて、大声を出すのに慣れていないのは明らか……そんな不器用な青年の声だった。それを認めて会場の空気が一変する。
みんな、思い思いにネギへとエールを送り始める。男も女も、老人から子供まで、声はばらばらだったが気持ちは一つになっているようだ。
「ネギ、諦めるな! 勇者を殺すでござるよ!」
拙者も感極まって叫ぶ。とまぁ、こんなところか。剣も構えていない勇者の元までたどり着いたネギは、倒れ込みそうになったところを勇者に抱き留められた。
「うん、よく頑張ったよ」
勇者はネギの細い肩を抱く。ネギは虚ろな目で言葉をこぼしていく。
「私は……私が、居場所に……」
勇者は今度はネギの頭に手を回し、手が血に塗れるのも気にせず撫でてやる。
「わかったから。言いたいことは伝わったから」
勇者はそう言ってネギを離すと、ほほ笑んで言うのだった。
「また元気に話そうね」
そして勇者は突き放すようにネギの肩を両手で押す。ネギはその力に抵抗できず、ぱたんと背中から倒れた。それでもう身動きしない……。
「決着でござる! ウィナーイズ勇者! いやあ、素晴らしい勝負でした。あとはお医者さんたちに任せましょう。あ、勇者どの、勝利者インタビューに応じて頂けるでござるか?」
「応じないよ」
そっけなく言い、勇者は舞台を後にする。
「あー、では拙者もそろそろ勇者の研究に行きますかな。会場の皆様、スィーユーアゲイン! 今宵美しく戦った二人の戦士に皆様今一度大きな拍手をお送りくださいでござる~」
ドロン! と拙者は白煙と共に実況席を後にした。