「なんか話す?」
勇者が軽くシンの顔を覗き込んで聞く。シンはどんよりとした目で頭を横に倒し答えた。
「まず動かないか? 気分が滅入ってるんだ。動けば気分転換になる」
「おっけー」
言うが早いか勇者が振り回すように剣を横薙ぎに振るった。シンは軽く踏み込むと、勇者の眼前に立ちふさがる。
勇者の剣を握る手に自らの手を添え、もう片方の手で勇者の肩に触れながら、勇者が体を振り回す勢いに合わせてお互いの立ち位置を入れ替えた……ように見えたのだが、勇者はそれだけで振り回されたように吹き飛んだ。
勇者は前のめりに地面を転がると、でんぐり返り失敗みたいな格好で目を丸くした。
「おお」
おおじゃないが。
シンは勇者へと歩み寄る。勇者はごろんとでんぐり返りを完遂して両手を上げポーズを決めると、踏み込んでシンへと急接近、剣が届くかどうかという距離で急ブレーキをかけた。
フェイントのつもりだったのだろう。シンの反応を見たかったのかもしれない。だが、シンが勇者に向けて手を伸ばした。剣が届くかどうかの距離のはずだった、なのにシンの手は勇者の視界を覆いそうになっていて……。
勇者はブレーキをかけていた足で地面を蹴り、同時に頭を逃そうと仰け反り、それで、バランスを崩して自ら突き飛ばされたみたく地面に倒れ込んだ。
その機を逃さずにシンは勇者のピアスの付いた腹部に蹴り込む形で着地、流れるような動作でマウントポジションを取り、かなり乱雑に勇者の顔を殴り始める。
「うわぁ~⁉」
勇者が腕で覆って顔面をガードしようとするが、その上からがつがつとシンは拳を振り下ろす。ひっどい絵面来たでござるな……。しかし勇者はどちらかといえばアトラクション気分のようだ。目が(>_<)こんなんなってるでござるからして。
武道館全体が揺れ、嫌な音が響きわたっていた。勇者の頭の下で舞台が割れ、石がひしゃげていく。恐らく舞台に留まらず地中の奥深くにまで衝撃がいっているのだろう。さらに横から角度をつけた暴力的な拳はシンの細身の体を大きく見せ、観衆に息をのませていた。
やがてシンは殴るのをやめ、勇者の顔に見入る。
「傷一つない、か。さすがに傷つくな」
シンは勇者の頬に指で触れ、軽く爪を立てて押し込み始める。勇者は嫌がるようにその指を掴んで言う。
「私の心の方が傷だらけなんですけど」
勇者はシンの指を折ろうと曲げにかかるが、シンは指の曲がる方向へ体ごと翻し、勇者の上から飛び上がる。そのまま指を掴んでいる勇者をふわりと引っ張り上げて立ち上がらせた。
「あれ? 立っちゃった」
と困惑する勇者の顔面にシンの肘が叩き込まれた。
「……痛いんですけど?」
目元に肘をめり込ませながら勇者が言う。シンはじりじりと肘を顔面で押し返してくる勇者に対抗して重心を落とし、呆れたように言う。
「わかりやすい嘘を……」
「痛いのは心!」
シンは切り裂くように肘をスライドさせ勇者の圧から体を逃す。勇者はすぐさま剣で斬り払おうとするが、再びシンが踏み込む。勇者の剣の持ち手に手で触れながら反対側の手で勇者の肩に触れる……先ほどと同じ形だ。
「それはもう見た!」
勇者が飛び退って距離を作りながら剣を振る。それを見てシンは笑う。笑ってもう一歩、いや、元々読んでいたか既に踏み込んでいた。勇者との距離はない。その手は体に沿えたまま、勇者が着地する直前、今度は肩に沿えていた手で勇者の服を掴み、そこで初めて先ほどとは逆向きに体ごと回転、腕を開き、勇者の体を払いのけるように投げ飛ばした。
再び地面を転がる勇者。返れなかったでんぐり返りのような恰好で目を丸くし声を漏らす。
「おお」
だからおおではないが。
シンが待ってやってるのをいいことに、勇者はのそのそと起き上がると、シンに向かって聞いた。
「シンってさ、両断派についてどう思う?」
「急にどうした」
「いや、私の先生は何にも教えてくれなかったから。シンは学んでマスターしてるでしょ」
そう言いながら、あまりにも自然に勇者は剣を構えた。それを認めてシンは歩みを進める。
「制度上の高段位は取った。でもマスターは無理だ。僕には向いてなかった」
シンが剣の間合いに入る。シンの姿が揺らいでいるのに勇者は目を疑ったようだが、相変わらず胴体を真っ二つにしようと剣を振るう。シンの姿が揺らぎ、遠のく。シンは勇者の剣の間合いの外に立っている。シンは続けた。
「両断派は一般的に、一つのものが二つに分かれることを美しいと思う変態たちだ。君もそうなのか?」
「違う!」
勇者が剣を振り下ろす。シンは優しい手つきで剣の横面に触れる、その瞬間に剣は大きくそれて地面を切り裂いた。
シンは一歩踏み込むと、勇者の剣の持ち手を勢いよく踏み落とそうとする。
「脳筋っぽくて嫌だなって思うんだけど、私を褒めてくれた人もいたし、この剣で頑張りたい気持ちはあるんだけどさー、迷いもある、みたいな?」
ぐりぐりと苦い顔で勇者の手を踏みつけるシンだったが、勇者は呑気に話を続けていた。シンは相槌をうつ。
「なるほど手が剣から離れない……馬鹿みたいな握力だ」
「まーねー」
勇者が剣と一緒にシンを持ち上げる。シンは上がった剣から普通に飛び降りて着地した。勇者は言った。
「まああれ、要は強くなりたいわけ。シンに勝ちたい! みたいなね」
「そうか」
「ねえ、どうすれば強くなれるかな?」
明るい声音で勇者は尋ねた。同時に地面を蹴ってシンの方へと駆けだす。
「それを僕に聞くのか」
シンは足を一歩引いて半身になると、後ろに手を伸ばし、まるで何か見えないものが乗っているかのように掌を上へ向け水平に保った。勇者が警戒して目を細める。だが動きは止めない。勇者が接近し、剣を振るおうとした瞬間、シンが勇者の目の前で手をまっすぐに振り下ろした。
会場が騒めいた。ミカヅキは驚嘆しシャールは……いやこいつらのリアクションはいらんでござるな。ノーモアサブキャラたちのびっくり、と。
勇者は勢いよく膝をつき、ズザザーッともんどりうって倒れ込んでいた。
「おお」
勇者は仰向けに寝転んだ状態で呟く。だからおおでは(以下略)。
「見すぎだね」
シンは笑う。
勇者はごろんと転がってお腹を下にし、立てた両手の上に顎を乗せて言う。
「見すぎってなに~?」
シンは勇者の方へ歩きながら説明し始めた。
「君は僕の後ろの手を意識してただろ? 何かしてくるかもって。気持ちが前に引っ張られて、自分でも気づけないくらいほんの少し、前のめりになってたんだ。それで重心が足より前に出た。そのタイミングで僕が何か攻撃っぽいことをする。すると君は防御のために重心を落とす。でも、重心は足より前に出てるからね。足では支えられずに地面までまっすぐに落ちる」
「ほへぇ」
勇者はわかったかわかってないかな顔でつま先を上に向けふりふり揺らしている。ワンチャン股関節をほぐしている説もあるか(ないわ)。
「剣を振る時も同じだ。立ってみて」
「あ、さっきの立たせる奴またやってよ」
勇者は寝転んだ状態で手をパタパタとシンに伸ばす。シンは勇者の傍らに立つと、少し気に入らなさそうに言う。
「背骨は反りづらい。上向きに寝てくれると助かるんだけど」
「できないの?」
シンは無言で勇者の手を取ると、勇者の伸びた腕を勇者の首に巻き付けるように引っ張りあげた。
「ぐぇっ、うえぇえ……あ」
自分の腕で首を絞められながらも、勇者は立ち上がっていた。
「まっすぐに振り下ろせ」
きょとんとする勇者にシンが剣を指し示して言った。
「おらっ!」
声がかかれば勇者は即斬りかかる。勇者が斬る直前、シンの体が僅かにぶれた。そして、シンの手が勇者の剣に添えられる。やはり、勇者の剣は大きく横へとそれてしまう。
「僕は今剣から逃げようと横にずれた。君は追いかけようとした。だから剣はまっすぐじゃなくなった」
シンの簡潔な説明に???な勇者。シンは続けて言った。
「剣が横にそれる。それは僕の力が強いからじゃない。勇者、君の剣の中に横向きの力が生まれていて、僕はそれを導いただけなんだ」
勇者がシンを見つめる視線は明確にもう少しのヒントを要求していたが、シンは無視し続けた。やがて勇者はぽん、と拳で手のひらを叩く。
「あれね、迷いがあるってことね」
勇者の無難すぎるなんとなくなまとめ方にシンは表情を曇らせて言った。
「迷いか。普通はそうみなすけど、どうだろうね」
シンは勇者の方へと歩く。今度は勇者も剣を振らず、近づいてくるシンをじっと見つめている。
「一般論としてのアドバイスならこうだ。勇者、目を瞑れ」
勇者は素直に従い、目を瞑った。
「それで剣を振れ」
勇者はわかりやすくも高々と剣を掲げ、振り下ろす。
「シン様……!」
会場にネギの声が響き、勇者は目を開ける。
シンは何事もないように立っている。ただ、逸らしきれなかったのか腕から血が流れ出ていた。
「僕を見るな。斬れば相手はただの死体になる。あまり見すぎるな」
シンは優しい口調で言いながら淡々とポンチョの縁を千切り、腕に結んで止血する。勇者は興味深そうにシンを見つめ、少し意地悪っぽい笑みを浮かべて言った。
「それで、一般論じゃなければシンは何に迷ってるの?」
シンは黙り込んだ。自分の内側に言葉を探すように伏し目がちになり、唇を軽く引き結んでいた。勇者の目は問いかけを続け、その視線に押されるようにして、シンの口は開かれる。
「両断派の剣には二つに分つという性質がある。これは有名だ。でももう一つあるんだ、大切なことが」
勇者は剣を振らずにシンの言葉を待つ。シンは特に勿体ぶらずに言う。
「それは暴くことだ。そこに成立していたものの中身を暴くこと」
「……それで?」
勇者にしては慎重な顔つきで続きを促す。シンの開き切らない目蓋からのぞく瞳がまっすぐに勇者の目を捉えていた。
「勇者、君はその暴かれた真実を見つめ続けろ」
そこでシンが強く踏み込む。勇者が剣で受け止めようとするのを見て取ると、回転し、その勢いを足に乗せた蹴りを放つ。
勇者は剣の腹で受け止め、強引にシンを払いのける。シンは蹴りの回転とは逆方向に回転しながら吹き飛ばされるが、ステップするような調子で地面を何度か踏むとそれも緩やかに止まる。今度は勇者が追撃する。
シンの肩のラインを狙った振り下ろし……シンは勇者の動きに合わせ体の左右を入れ替えて剣をすかし、一歩踏み込んで剣を振り下ろした勇者の手をその手で受け止める。シンは掬い上げるような軌道で手をあげた。その手には剣を握る勇者の手があり、やはり剣に体重を預けていた勇者の体はひっくり返る。
「さすがにもう驚かないよ」
勇者は手を取られ、寝そべった状態でシンと目を合わせて言う。
「それは残念」
肩をすくめ、シンは勇者の伸びた肘に膝を当てがって体重をかけようとする。勇者は強引に手を振りほどくと、立ち上がらずに蜘蛛みたいな動きで手足をわちゃわちゃ動かし後退する。シンは笑みを浮かべて飛び掛かり、勇者の喉を踏みつけに行った。
「いや、こわすぎ!」
勇者が蜘蛛さん状態で急カーブしてシンの踏みつけを躱す。シンは踏みつけにいった足で着地し、その足で地面を蹴って勇者の喉元を着地地点に再び踏みつけようと飛び込んでくる。
硬質な地面が割れ、粉砕し、破片が舞う。シンが着地するたびに舞台がひしゃげて波打つ。
「こわいこわいこわい!」
楽しそうに言いながらも勇者はシンの着地地点を見定めると、地面を引きずっていた剣を振りかぶり、腰も上げず体を横倒しする勢いで剣を振るった。シンは刈られそうになっていた足を引き上げ、そのまま体の上下を入れ替えて前回りに受け身を取ると勇者の背後にすっくと立つ。
「楽しそうじゃん。少しは気分転換になった?」
座ったまま、首だけで振り返って勇者が聞く。シンは首を鳴らしながら言った。
「ああ、まあ。元気を分けてもらってる感じかな」
「ふーん、いいじゃん」
そう言って勇者はまた手を引っ張って立ち上がらせろとシンに向けて手を差し出した。シンは躊躇うことなくその手を取る……が、これは勇者の罠だった。
勇者はシンの手を引っ張る。
シンは引っ張られるままに勇者の体に覆いかぶさるが、さすがの紳士力、手と足で体を支え、勇者の体に触れないよう気を配っていた。
少しの間顔が触れ合いそうな距離で二人は見つめ合い、やがてシンが聞く。
「これは……何がしたかったんだ?」
「位置を入れ替えてマウント取ってさ、顔面をボッコボコに殴ってやりたかった」
真面目な顔で勇者はストレートに言ってのける。シンもまた真面目な顔で肯くと、優しく言ってやる。
「なら引き込んだ後のことも考えなきゃ駄目だ。相手の首を抱え込んでやるといい」
「そうみたい。じゃあ今からやるね」
そう言って勇者はシンの首に手を回そうとする。
シンは鬱陶しそうに手を払いのけながら身を滑らすように勇者の上から脱出、そのまま距離を取ろうとする。勇者は距離が開いたと見るや体も起こさず床を転がり剣を振り回してシンを追いかける。
舞台を切り裂き破片を舞い上げながら回転する……勇者がシンに迫る……!
「いい動きだ」
シンは軽く剣の腹を横から蹴飛ばす。それで剣の角度がずれ、剣の腹の面がどかんと床に当たって勇者の体が浮いた。接近しようとシンが足を前に出したとき、勇者は空中で剣を伸ばして体を回転させる。シンは踏み出した足を止めてその場で勇者の着地を見守った。
勇者はニッと笑って着地した勢いでもう一度跳ね、上からシンを狙う。
「シン、白刃取りできる⁉」
無茶なリクエストにシンは苦笑しながら両方の手のひらを顔の前に差し出す。勇者が剣を振り下ろす。シンは頭上で軽く手を合わせた。
勇者の振り下ろした剣はシンの両手の中に納まったが、一瞬だけだった。勇者の剣は止まらない。シンは膝をついて剣を引き込みながら胸に寄せると、そこで軽く体を倒す。するとシンの頭上にいた勇者が地面に引き倒されて転がった。
勇者はむすっとした顔で起き上がると、文句を言う。
「なんか思ってたのと違った」
「無茶を言うな」
シンは若干の怒りを滲ませて言う。その後で、けどまぁ、と付け足した。
「動きの発想も剣の振りも良くなってる」
「え、ほんとう?」
「うん。なんていうか、楽しそうに見える」
「そっかぁ、やっぱりわかるんだね」
勇者は嬉しそうにして、けれど少し恥ずかしそうにもして続けた。
「楽しんでいいのかもって思ったんだ。もっとシンを信頼してみたい」
シンはそれを聞いて、困ったように肩をすくめた。
「たまったもんじゃないな」
「そんなこと言わないでよ、シンだって楽しそうじゃん」
勇者は笑って剣を構える。
「私たち、もっと楽しくなれるよ」
もう何度目かわからない、勇者が距離を詰めて剣を振るう。
「いったい僕の何を見てそう思った?」
シンが剣を逸らして勇者の持ち手を蹴飛ばし、その足の着地ついでにそのまま勇者の膝を踏み抜こうとする。当然勇者には効かない。
「まさに今やってることを見て……! いててっ……!」
勇者がしゃべる間にも懐に入ったシンが目に見えないほどの速さで突きを連射する。その流れで斜めに回り込むと、勇者の背に触れ勇者の顔にパンチを叩き込む。勇者が下がり、背に回していたシンの手に体重を預ける……その瞬間勇者の体は引っ繰り返される。
倒れた勇者の顔をシンが冗談交じりに大きく振りかぶった足で蹴ろうとするが、これは勇者が剣で受け止めた。
吹っ飛ばされそうになった勇者は距離が出来るのを嫌がったか、床に剣を突き刺しその場に踏みとどまった。その剣を軸にして勇者は回り、シンへ飛び蹴りを見舞う。
「シン、楽しいね!」
シンは勇者の戯言に笑みで応じながらも勇者の蹴り足を柔らかく掴み、勇者の蹴りの勢いを加速させて地面に叩きつけた。
転がった勇者をシンは適度に距離を開けて追いかける。
「ねえシン!」
「なんだ」
「死なないでよ」
「なら君が死んでくれ」
「絶対いや!」
勇者は地面に反発し、シンに向かうように跳ね起きて剣を振った。シンは腕で払うように剣を反らし、勇者の腹を蹴る。
勇者は飛ばされそうになるも、やはり剣を地面に着き刺し踏みとどまる。
シンがそこに迫ると、勇者は悪戯っぽい笑みで立てた剣の裏に逃げ込んだ。
シンが剣を回り込もうとすると勇者も間に剣を置いて逃げ回る。
二人は剣を挟んでにらみ合いになった。
「私たち仲良くなれるじゃーん? 死んでほしくないんだけど」
シンは軽く流すように笑って言う。
「君、ヒョールドにもそんなだっただろ」
勇者は驚愕を顔に出し、シンがわかってくれたことを喜びそうになるが、ヒョールドのことを考えてしゅんと萎んだ。
「ん~、ん……たぶんそうかも? でも、ヒョールドさんは私の言葉なんかを聞く人じゃなかったよ」
「僕が君の言葉を聞くとでも?」
「ファンなんでしょ? 聞いてよ。従って」
冗談交じりの口調でありながら、勇者は縋るようにシンの目を見つめる。シンはそれを認めながらまっすぐにこう返した。
「嫌だね。僕は僕のルールで君を推す。勇者、君は僕が何をしてくるかをあまり見なくなった。僕と君の間で成立するものに目を向け、楽しめるようになったからだ。健全なバランスだよ、自分は楽しく動き、相手の動きも楽しく受け入れられる。もう少しだ、もう少しなんだよ……」
勇者は頭をかいて一度冷静になると、シンの熱も一緒に冷まそうとしたか、こんなことを聞こうとする。
「シンはさ、死にたかったわけ?」
「そうだよ」
シンは即答する。勇者は少し面倒くさいと顔に出すが、それでも何とか言葉を紡ぐ。
「ミカヅキはさ、道場に所属して楽しそうだったよ? みんなに囲まれてさ。シンは色んな道場に所属してきたんでしょ?」
「君はどうだった?」
シンが言葉を被せるように言った。
「君はあの場に入っていけるのか?」
「……ごめん」
「謝罪は求めてない。でも、言いたいことがあるんだろ? 僕の何を見た? 僕は何を考えてる?」
教えてくれ、勇者!
今度はシンが縋るように叫ぶ。シンは地面に突き刺さってる剣を蹴り上げ強引に引っこ抜くと、浮き上がった剣を勇者に蹴り込んだ。
勇者は剣を受け止めて構える。そこをさらにシンが押し込むように蹴っていく。剣を間に挟みながら直に蹴られてるような不思議な衝撃に、なぜか勇者は嬉しそうにしながら、その嬉しさをぶつけるように言った。
「シン、なんで戦ってるの?」
「僕の演じられる役割が、戦いの中でしか生まれないから……!」
シンが両手で勇者が盾にしている剣に触れに行く。それで勇者は衝撃と共に吹っ飛ばされた。
もはや地面に投げ出されること自体はどうとも思ってないのだろう。立ち上がった勇者は口元に笑みを浮かべていた。
「どんな役割?」
その言葉に、追撃しようとしていたシンが足を止める。勇者は武道館の観客たちを見上げながら、シンの方へと距離を縮めていく。が、勇者もまた足を止めた。シンが手を前に出して勇者を制したからだ。
「それ以上は言うなよ、勇者」
「どうして?」
首をかしげて勇者が尋ねる。シンは目を逸らし、唇を尖らせ答えた。
「……恥ずかしいから」
その言葉を一瞬理解できず、勇者はぽかんとシンを見て立ち尽くす。が、シンはふざけていないようで、勇者はわけがわからないと食い下がろうとする。
「戦ってる最中はちゃんと演じられるんでしょ? みんなそのつもりで応援してる。誰も気にしないよ」
「いや、僕が気にする。特に間違ってもネギにだけは聞かせるな」
その言葉でやっと勇者は理解し、口許をほころばせた。
「なるほどね」
勇者は納得して飛び込み、剣を振るう。
シンは躱して勇者の首に手を回し、勇者の飛び込みの勢いも殺さず地面に投げつける。
勇者は投げられるのも構わず強引にシンに剣を振るった。
これをシンは身を反らして回避、すぐさま距離を詰めて倒れ込んだ勇者を蹴飛ばそうとする。
「冷静になってよ」
と勇者。
「シンの戦う理由を考えるなら、生き続けた方がいい」
勇者は踏み込んでくるシンに対して剣を振るう。シンは急停止、やり過ごそうとするが、ピッと鼻先が切れて血が流れる。シンは何が起きたかを把握し、開いていた口を結んでにやりと引き伸ばした。
「嫌だね。勇者、手を抜くな。君が暴いた僕の背負うものを馬鹿にするなよ。僕を殺さないと殺す」
シンは勇者の刃先を自ら両手で挟みに行って勇者を投げ飛ばす。
勇者は投げられた先で寝転がり、何かを受け入れるように息を吐き、天井を仰いだ。
無数の光が降り注いでいた。武道館は人で揺れている。みんながみんな、シンを応援している……。勇者はそれ以上見るのをやめて立ち上がる。
「そっか」
勇者が見るのはたった一人。それで十分だった。
勇者が駆け、斬る。当然当たらない。シンの体は勇者にはあちこち歪んで見えているだろう。それはもうそういうものと勇者は軽い調子で剣を繰り出す。歪んで見えたシンの体に勇者の剣は呑み込まれ、気づけば勇者は倒れ込んでいる。勇者は笑って体を起こしながらシンの足元を狙う。シンは跳ぶ。上へ。
勇者は立ち上がり、降りてくるシンに剣を突き出した。これも当たるとは思っていない。シンは目の前の障害物からひょいと体を覗かせるように剣をすかし、勇者の目の前に着地する。
シンの突きが勇者のみぞおちにめり込む……のにも構わず、勇者は両腕を拡げてシンに抱き着きにいった。
「がはっ……!」
シンの骨の砕ける音とともにシンが血を吐く。
シンは口から血を滴らせながら笑い、身を揺らして勇者の腕からするりと逃れると、勇者の顎を掌底で跳ね上げ、勇者の重心が浮いたところを膝に差し込んだ手で勇者の足元を崩し、膝をついて低くなった勇者の顔に自らの膝を合わせる。
吹き飛ばされそうになる勇者の髪を掴んで流れるように地面へ、その軌道上で立てた自らの膝に勇者の首を落としに行く。
シンの膝の上で勇者は寝返りを打つようにシンを見上げ、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「シン、すごすぎ」
勇者がシンの胸を小突くように、そっと剣を差し出した。
その剣をシンは目で追いながら、しかし体は動かず、剣が自分の胸に差し込まれるのを黙って見ていた。シンが動かしたのはわずかに表情だけだった。
シンは嬉しそうに剣が胸に刺さるのを見下ろしていた。その目が最後に勇者に向かう……。
シンは倒れた。頭の支えがなくなり勇者も地面に投げ出されるが、少しの間、今目覚めたばかりにも見えるシンの目と見つめ合ったあとで、勇者は一人で立ち上がった。