胸の高さくらいの土の塀で囲われた中規模の村を、魔物と人間の超大群混成軍が囲んでいる……もう何度目かもわからん光景だ。
勇者はそれをほげーっと見つめ、軍の奴らもほげーっと見つめ、ブロロロ……とzeepはスルーし走り去る。
zeepの走る大地には衣服の切れ端や血痕、焦げ跡などが残っていたが、時間が経っているのかあらかた片付けられていた。以降は攻め込まず包囲するにとどめているようだ。今や領土防衛のための陣も展開できないらしい、敵軍と同様拙者たちの車も法国首都目前だ。
「あ、あれ」
勇者が指差す。そこにはやはり、例にもれず大軍に包囲される村がある。
「私の生まれ故郷」
「え、あれがっすか?」
ツクシが一度勇者を振り返り、村の方に目をやった。いや、村といってもかなり小さい。パンピーなら包囲軍やキャンプのテントの向こうにぼんやりあるとわかる程度だろう。
ツクシがキャハッと笑って言う。
「勇者様の故郷、詰んでるじゃないですかぁ~」
「うん。ちょっと寄ってもいい?」
「え~、嫌っすよ」
「いいじゃん。みんなの顔見たいな」
「そんなぁ、みんな絶望の表情ですって。なんなら若いイケメンはみんな死んでるしょうし。行っても面白くないっすよ?」
「若いブサイクも死んでるでござる」
「それなっす!」
「まあまあ」
勇者の宥める言葉もあってツクシは唇をツンとさせてハンドルを切る。そして勇者はなんか車体後方の突きたった棒に法国国旗を結びつけるといういらんことをし始める。
当然、近づいてくる法国カーに軍はざわざわとして緊張が高まっていく。
ん? あの鎧兜からも飛び出るツッパリにむさ苦しい髭だるまは……。
「ちょいと待たれよ。なんとかなるかもしれん」
「え?」
勇者が聞き返すのも束の間、拙者は飛び出し、本陣の奥の益荒男の下へと駆け付けた。
その男はくりくりとした瞳をこちらへ向けると、太い眉を跳ねさせる。
「これはこれは! 忍び殿ではないですか!」
慌てて兜を外し、そのツッパリを天へと解放した益荒男、副将軍はハグでもしようとしたのか拙者の肩へと両手を伸ばすが、拙者のキャラを鑑みて思いとどまる。
副将軍は兜を腕で抱え直し、拙者に言う。
「お顔が見れて嬉しいですよ。本日はどうしてこの場に?」
「あぁ、そのことであるが」(低音イケボ)
そこで折よく兵士のざわざわが本陣に届き、報告役が走ってくる。
「報告します! 法国国旗を掲げた車が一台、こちらに向かって走ってきます!」
副将軍は拙者との会話の興が削がれたと残念そうな顔をする。それでも冷静に対応できる、だから副将軍なのだ!
「止まるよう警告はしているか?」
「はい、再三に!」
「ふむ」
副将軍はこちらを見て、得心したらしい。
「忍び殿のお連れ……勇者ですか?」
「そうだ。敵意はない。車はここで一度止まらせる。すまないが通してほしいのだ」
副将軍はかなり渋い顔をするが、その渋みも呑み込み即断即決、報告に伝えた。
「攻撃はされてないな? 上層部との取引があった。ここまで通せ」
副将軍の一声が陣全体に伝わっていく。浮足立っていた兵たちも落ち着いて粛々と機能し始める。先ほどまでは止まれ止まれのしゃにむに連呼だったのが今では代表者の誘導の声へと変わっている。
エンジン音が近づいてきて、やがて拙者たちの前でzeepは停まった。
エンジンが切られ、勇者とツクシが降りてくる。
「勇者殿とお見受けする」
大きな声でも圧はなく、副将軍は勇者たちの車の降りた先に立つ。勇者は副将軍から距離を開けて立ち止る。ツクシも律義に一歩後ろでお行儀良くしている。
「イカにも。そういうキデンは?」
勇者の声には格下に対する圧倒的な余裕と自分を格好よく見せようというナルシが含まれていた。
「私はこの地の制圧作戦の指揮を任されている、ブルードゥク軍の副将軍を務める者だ。勇者殿がこの地を訪れた意図を尋ねてもよいだろうか?」
勇者はなぜか格好つけを崩さず答えた。
「生まれ故郷だったので懐かしいなって立ち寄った次第だ。入ってもよいか? よいよね?」
きりっとした顔で二度尋ねる勇者。副将軍はおでこに一撃貰ったように軽くのけぞるが、仏のような顔で復活、目を瞑って言う。
「勇者殿を尊重してお教えしましょう、話を分かりやすくするためにお伝えするのです。勘違いなどなさらず聞いていただきたい。私たちは二日後に村を強襲、村の構成員全員を支配下に置きます。ここで包囲していた理由でもあるのですが、村人たちは私たち、いえ、外の世界を毛嫌いしている様子。我らの包囲に抵抗した一度目の衝突で激しい戦闘になり、双方に犠牲者が多数出ました。恐らく本格的な侵攻の暁には、私たちの軍にも、そして村にも死傷者が出る。全員一丸となって嫌っているようですから、戦闘員以外にもたくさんの村人に暴力を振るわなければいけなくなるでしょう」
勇者は相槌をうち、副将軍の話が一区切りしたところで言う。
「そうなるかも。みんな法国以外を見下してるし」
「ええ、そこで勇者様が取れる選択肢を私が整理してみます。まず一、私たち全員を勇者様が打ち倒す。これはまあ、可能でしょうけども……ただ、私たちの連絡網に穴が空いた瞬間、その地に勇者がいるとして他の包囲した村の全てに兵士が雪崩れ込み、強引に征服、首都も早急に攻め落とす手はずとなっています。その引き金を引きたくば、といったところですな。正直勇者様への脅し以上に意味はないですし、根本的な解決にはならないのでおすすめしません。私としても死にたくないのでやめて頂きたい」
「うん、次は?」
と続きを促す勇者。副将軍は頷いて言う。
「その二は通り過ぎること。見て見ぬふりです。当初の目的通り、一度村に入って村人たちと顔を合わせて貰っても構いませんが、救う気がないなら村人たちには残酷ですな」
「うーん、次」
「三、これは我々からの依頼となるのですが、村に入って投降を促していただきたい。法国民としてのプライドは地に落ちるでしょうが、村人たちは保護するとお約束します。傷は一番少なく済むのは明らか。これは勇者様にしかできないことです」
「私にしか?」
「はい」
悩んでるらしい勇者に穏やかな声で肯く副将軍。うむ、さすがの貫禄だ。上手い。ここで拙者は副将軍に小声で助け舟を出す。
「報告に書いた七割増しで勇者は俗物だぞ」
副将軍に電撃走る……! かどうかはわからないが、副将軍が付け足して言う。
「当然、その場合には国から報酬が出ます」
「報酬⁉」
食いつき方が違うでござるな。ツクシ……そのドン引きツッコミ顔をもう少し隠せ。お主本当に忍者アカデミー主席か?
「ええ、さらに言うなら勇者殿の生まれ故郷の投降、及びその後の村の扱いは他の抵抗する村にも広めていきますから。勇者様は多くの法国民を救うことになるのです。どうですか? なに、すぐに決める必要はありませんよ」
「それよりさ……報酬って何が出るの?」
法国民などどうでもいいとばかりに勇者が尋ねる。ツクシだけでなく副将軍も目をまん丸にするが、すぐに立て直して答える。
「応相談、ですな」
「おう、そうだん……!」
勇者の中で困惑が起こっていることを見て取り、副将軍はすぐに付け足す。
「国が用意できるものならなんでも、と捉えて貰って構いません。魔王軍のバックアップもあるので予算は潤沢です。本来出るはずの死傷者や強襲にかかる費用と比べればお安いものですよ。勇者様は何がお好きですか?」
勇者は唇を震わせ、目をぐるぐる回しながら言う。
「お金……」
「ほう、素晴らしい。お金はいくらあっても困りませんからね」
副将軍は感心したように頷く。
「おいしいごはん……」
「ふむ。分かりますよ。おいしいごはんは兵士たち全員の願いですからね」
最後に、勇者は目を反らし、頬を赤くし、ためらいがちに言った。
「あ、あと……イケメン……」
「……」
勇者が顔を逸らしているのを良いことに副将軍は振り返って拙者と目配せする。
( ゚Д゚)←副将軍
(´Д`)←拙者
よし、意思疎通は完璧だな。
副将軍は言った。
「もちろん幾らでも。ブルードゥクの繁栄は勇者様も知っているでしょう? それくらいは叶えてみせましょう。美味しいご飯に一生遊んで暮らせるお金も当然用意します」
これに勇者は目を輝かせ、涎を垂らしながら言う。
「よし! 私が法国民たちを救う! 行くよツクシ、忍者!」
「ツクシも忍者です……」
ずんずんと村の方へ進んでいく勇者と嫌々ついていくツクシ。だが、勇者は思い出したかのように足を止めて副将軍に振り返る。
「村人たちへの処遇、お願いね。あなたの言葉に私も賭ける。私の顔に泥を塗ったらブルードゥクの国民みんな皆殺しだから」
「……承知しましたぞ」
「うん」
そうして、勇者はにっこりと笑った。
( ;∀;)
(´Д`)
「では拙者も参る」
「忍び殿」
「なんだ?」
「頼りにしてますよ」
「うむ」
兵士たちの見守る中で、拙者たちは村の門の前に立つ。朽ちた細い木に板を括り付けただけのもので、軍がこれを壊さなかったのは相手を尊重してのことか。いや、あるいは副将軍の甘さかもしれんな……。
「勇者様~これほんっとうに行くんですか? 法国民ってグールみたいなもんでしょ? ね、先輩?」
「うむ。法国民はその教えによって諸外国の人間を虫のように蔑む残忍さを養っていくという。勇者を見ていればおのずと分かるであろう」
「確かに!」
「二人とも、後で覚えときなよ」
勇者は言いながらも一歩前に進み出る。
「まあでも、四天王より厳しいかもね」
「え、うそ、嘘ですよね⁉」
最後に漏らした勇者の言葉にツクシが戸惑いを見せる。勇者の伸ばした手が、門に触れた。