女の砕け散った魔術は床や壁に飛び散り、屋敷は炎に包まれる。
屋敷のドアから外に出た勇者は村人たちに囲まれた。
勇者様!
中で何が!
村長はどうなったんですか!
次々と飛んでくる質問に勇者は嫌気に満ちた顔を見せるが、どうどうどうと両手で村人たちに落ち着くように言うと、勇者が何かを喋ろうとしているのを察した村人たちがおのずから静かになる。勇者はため息をついて言った。
「えー、村長とその奥さんは行き違いから私が殺しました」
小学生の発表会みたいな口調で告げられた衝撃の事実に、村人たちは「は?」 とか「え?」とか困惑の表情で固まっていく。
そして静かになっていた間に溜まっていた感情が爆発したように勇者への質問や怒号が飛び交う。
勇者は再びどうどうどうと両手で静まるよう繰り返し、それが効かないとわかるとつんと澄ました顔でそっぽを向いて黙り込む。それでようやく場が静かになっていった。
「次に私は教会に行って司祭と話そうと思います。どんな話し合いが行われるか皆さんには聞く権利があると思います。でもみんな入ってくると邪魔なので、この場から代表者をてきとーに選んでてきとーに教会の席に座っててください。司祭との話を見てもらって、その後最後にあなた達とお話ししようと思っています……って、そんな感じ?」
勇者は本当に小学生みたいに拙者に顔を向ける。
「十分ではないか?」
拙者の返答に満足し、勇者は早速歩き出す。
「では教会に行くので道を空けてください。でも別に空けなくてもいいです」
勇者は村人たちの返事も待たずに強引に群衆の中に踏み入っていく。大男が勇者を止めようとその肩に手を掛けるが勇者はお構いなし。大男を引きずって進んでいく。
自然と人が割れていき、教会までの道が出来る。みんな黙って勇者を見ている。恐れとまでは行かないが、何が起こってるかわからないという目だ。村長の屋敷はごうごうと燃えている。拙者は振り返り、口を開けている村人たちに言ってやった。
「納得したくば皆が納得できる者を選べ。話はすぐに始まるぞ?」
これで村人たちの視線が勇者からそれる。話を聞きたい者と他薦の声が渦のように内部に広がっていく。
それでもその場を動かず異物を見るような目で睨んでくる村民たちはいたが、勇者は気にせず教会へと入っていった。
☆
こんこんこーんとノックをし、返事の間もなく勇者は教会の扉を開く。
冷たい石でできた高い聖堂に昼の陽光が差し込み、空気中の埃が静かに舞っていた。そんな空間を勇者はずけずけと歩いていく。
「こんにちはー」
壇上で燭台の手入れをしていたらしい、白い法衣を纏う司祭に勇者が呼び掛ける。浮世離れして肌の白い、白髪の若い司祭だった。司祭は勇者に目を止めると、静かに返す。
「こんにちは。勇者様」
「こんにちはー。話がしたいんですけど、今大丈夫ですか?」
「この掃除が終わってからでもいいですか」
「いいですよー」
そんなやり取りで勇者は最前列の長椅子に腰掛ける。それを見てツクシと拙者もその辺に腰掛けた。
司祭は白銀に輝く燭台の埃を布でふき取り、夜の集会のために蝋燭を必要な本数立てていく。
司祭は振り返って言う。
「勇者様は壇上に上がっていただいても問題ありませんが、外国の方は上がってはいけない決まりです。私がそちらに降りましょう」
そう言って階段を降りようとする司祭を手で制して勇者が言った。
「ううん、このあと村の人が見に来る予定なの。見やすいように私がそっちに上がりたいな」
司祭は足を止めて頷いた。
「わかりました。では椅子を用意するので勇者様は講壇を袖によけておいてもらえますか?」
「いいよー」
司祭は会釈をすると裏へと引っ込んだ。
勇者は「よいしょっ」と抱えて壇上の縁に置く。
「勇者使いが荒いっすね」
ツクシが下からヤジを飛ばし、勇者はそうねーとほほ笑む。そうしている間に、最低限整った白い木の椅子を二脚、両手に抱えた司祭が現れたのだった。
☆
「隣、失礼します」
「は?」
隣りに座ってこようとする眼鏡の男子学生をツクシが威圧する。
「っすぅー……失礼しましたぁ~」
学生はツクシから離れた席に座る。ふんすと鼻をならすツクシは腕を組んで足を組む。
一方壇上では勇者と司祭が話をしていた。
「ふーん、あのクソ親父くたばったんだ」
「はい、二年前にアルコール中毒で」
「クソじゃん」
「否定はしませんよ。父の言動は私から見ても引っ掛かる点が多かった」
「ははっ……」
「ふふふ……」
ふむ。話し合いは和やかに進行している様子。
「それで、そろそろ本題に入りませんか? 勇者様」
「うんいいよ。みんな揃ったみたいだし」
勇者は席に着いた村人たちを見やり、司祭に向けて言う。
「私はこの村に降伏勧告に来たんだ。村を救うためにあなたにも協力してもらいたいな」
司祭は勇者からの視線をまっすぐにその目で受け止めた後、一度目を伏せてから穏やかな声音で言う。
「順番に行きましょうか。まず、勇者様の立場を明らかにしましょう。勇者様、本来あなたに法国側が期待する役割は法国の防衛、及び敵の掃討のはずです。それなのになぜ、敵の言葉を法国の勇者であるあなたが、我々に飲ませようとしているのか。その選択に至った理由が気になりますね、私は」
勇者は体を背もたれに預けて腕を組む。勇者は答える。
「色々考えてるけど、まず外の人の方が優しくて、みんな私のことちゃんと見てくれたっていうのがきっかけだったかな」
「そうですか。勇者様にとっては、人付き合いに教義が絡むこの国の人たちは、少し冷たく感じられたんですね」
「たぶんそう」
「踏み込みましょう。この国の教義が人とのつながりを感じるのに邪魔だった……外の国の視点を得てからは、この国の人たちが偉そうに見えた、見えましたか?」
「うん、めっちゃ見える」
「そうですか」
勇者も司祭も、重たい表情で俯き、黙り込む。司祭が沈んだ面持ちで尋ねる。
「それではもう、勇者様は教義を信じてはいないんですね」
「それはそう」
「では、勇者様は法国の勇者ではない……?」
あ、と勇者は声を漏らした後、きまりが悪そうに目を細めて言う。
「そうなっちゃうのかな。やっぱり」
「はい、そうなりますね」
「そっか」
勇者は短く言うと、力が抜けたように両腕をだらんと肩から垂らし、頭も重力に負けて肩に倒れる。司祭が言う。
「わかりました。勇者様をこの村に降伏を勧めに来た善意の他者として扱いましょう。それでは次に、教義に照らし合わせながら、教会は村に降伏を村に説くことが出来るか、という点でお話できればと思います」
「んー……お願ぁい」
椅子の上で死にかけみたいな状態でも勇者は言葉だけ絞り出す。司祭は肯定を得たと見て話しを進める。
「前提としては、降伏すれば責任者はともかく、多くの人たちの命は保障される」
「うん。っていうか責任者はさっき殺しちゃった」
前向きに情報を整理していこうという空気にピシリと亀裂が入った。司祭は声を震わせながらも表情を崩さずに尋ねる。
「……ちなみにどのような理由でですか? まさか交渉が上手くいかなくて?」
「それもあるけど。私怨、かな」
あはは……と照れたように笑う勇者。司祭は冷や汗を額に流しながらも強引にまとめて言う。
「それなら問題ありません。あの男のことですから、原因を作ったのはどうせあちら側でしょう。今は緊急事態ですから、教会は個々人の問題には立ち入りませんよ、ええ」
「ごめん、助かる」
ぺこりとお辞儀する勇者に司祭は頷き、続ける。
「それで、教義は保障されますか?」
「教えかぁ」
「ええ、我々はこうして集まるまでは誰にも相手にされないほど立場の弱い……言ってみれば明日を生きられるかどうかも分からぬ弱者たちでした。飢えにさいなまれ、孤独にさいなまれ、ふと頭上を見上げた時に月と目が合った。月だけが私たちを見守ってくれていた。それに気づいた人たちが集まり、共通の祈りを言葉で綴ろうとして教えを為し、国となる。この法国においては教えによって人々がまとまっています。教えの解体は国の解体。これに他国が手を掛けるということは結局のところ我らに手を掛けるに等しい。それでは保障とは言えませんから、そこは重要です。どうなんですか、そこのところは……勇者様」
勇者はぶすっとしたまま黙り込み、じっと何かを考え込んだすえに言う。
「それってつまり、自分たちがお月様に選ばれた特別な人たちって考えが変わらないってことだよね」
司祭は静かに、ただ一言だけ返す。
「はい」
再び勇者が沈黙する。が、やがて勇者は腹を決めたように立ち上がった。
「いいよ。それで。たぶんその辺も保障される。ううん、させるよ」
司祭は目を丸くし、勇者を見上げて言った。
「いいのですか? それでは何も変わらないと、勇者様はそう思ったはずです」
「うん。でもまあ、一時的にでも占領されて、外の人たちと話す機会があるだろうし、なんか変わる方に私は期待する」
司祭はその言葉を受け入れるように小さく、ゆっくりと何度も頷き、言う。
「そう、ですか。期待して頂けるのですね」
「うん。あなたも、こうやって話してくれたしね」
司祭は再び頷くと、勇者と目線を合わせるように立ちあがる。
「わかりました。細かいお話はまた後程詰めましょう。ひとまず降伏を村の人たちに説くという方針でお互い協力し合えるかもしれない、そのことを私たちは確認できた、そうですね?」
「えー、うん。そうね」
「では、これからよろしくお願いしますね」
そう言って差し出された司祭の手を、勇者はためらいがちにも握った。
☆
カーテンの締まり切った部屋で、勇者は眠っていた。
(ぐへへ、気持ちよさそうに眠っていますね、先輩)
(ふっふっふ、拙者たちを前にこれではあまりに不用心)
(じゃあやっちゃいますか♪)
(腕の見せ所でござるな)
そうして拙者たちは各々の獲物を取り出す。ツクシがクナイで拙者がマッキーだった。
(ちょっ、先輩! 何ですかそれは! 何の腕の見せ所なんですか⁉)
(無論、芸術の腕だとも。ツクシはなんだ? 何のつもりだ?)
(なにって、ツクシは忍者ですから。その本懐を遂げるんですよ)
そう言ってツクシは勇者の傍らに立つと、呼吸に合わせ小さく上下する勇者の胸に向け、クナイを振り下ろす。
(数回しか話したことないけどシン様の仇っす!)
キンッ! と軽い金属音と共に、ツクシが両手で握っていたクナイは勇者の胸にあっけなく弾かれた。
再び金属音。クナイは部屋の隅でバウンドして転がった。飛んでいったクナイを見て、またわざとらしく自身の何も握っていない手を見て、ツクシは恐れおののく。
「か、硬ぁ……⁉ 勇者の胸、硬ぁ……。そんな、ツクシの胸だってもうちょっと……じゃなくて!」
そのとき、勇者がパッと目を開けてバッと上体を起こす。
ツクシは慌てて目を逸らし口笛を吹くが、勇者の目はすぐそばのツクシを通り過ぎて拙者へ向かう。
「忍者、なにそれ」
やべっ、と拙者は慌ててマッキーを背に隠す。
「な、なんでもないでござるよ~」
「ふーん」
勇者は特に気に留めず起き上がり、窓際へ。カーテンをシャッと開ける。
外はもう夜となっていた。密度の薄い街ではあるが光はぽつぽつと家々に灯っている。しかし、勇者の目をくぎ付けにしたのはもっと別のものだろう。
この街で一番高い建物である教会が炎に包まれていた。火の粉が風に吹かれて街中に飛び交っている。勇者はしばらくその様をぼーっと見つめた後で、窓を開ける。すると教会からは距離が開いているというのに、炎がごうごうと燃える音が部屋の中にまで入ってくる。
勇者はぱたんと窓を閉めると履き物を履いて部屋を出た。
☆
何もせず火災を見守る人だかりをポイポイ払って教会の入り口に辿り着き、勇者は躊躇いなく炎の中へ入っていく。
拙者も後に……続こうとしたがツクシに手を掴まれる。
「え、先輩行く気ですか行けるんですか⁉」
「むろん。拙者は一流なのでな」
ツクシの手が離れ、拙者は決め顔で炎の中へ。こっそり背後を見ると、ツクシは頭上に掲げた両手で水遁の印を結んでいる。どうやら放水シールド作戦で行くようだった。
ではいざ聖堂へ!
燃え盛る聖堂の奥で、うずたかく積まれた枝の山のてっぺんに、かつて人だったものが燃えていた。朽ちた枝のようなその細い影は燃え盛る炎の中で浮き沈みし、今にも途切れてしまいそうだった。
勇者は燃え盛る枝を踏みしめ、山のてっぺんへ上っていく。そうして上りきると、膝をついて目の前で燃える人影を抱き寄せ、その形が崩れないようにまた降りてくる。
「忍者、これ、水かけたほうがいい? かけない方がいい?」
炎を胸に抱き、勇者が聞いてくる。
「かけないに一票!」
ツクシが元気よく口を挟む。じろりと勇者が睨んでツクシが拙者の背に隠れるが、まあ、拙者も同意見だった。
「勇者、拙者も火を消さないに一票だ」
「そう」
そうして勇者は燃える影を教会の長椅子に横たえてやる。炎は椅子に燃え移り、人の影は椅子の上でますます削がれて細くなっていく。
勇者は少し距離を取ると、わなわなと拳を握って震わせ、次には両手で頭を覆って叫んだ。
「っがああああっ! ゴミが! ざけんなよもう、ああクソ! ゴミ、ゴミ、ゴミども……クソゴミがっ! 虫けらはてめえらだろうが!」
勇者は頭をかきむしってしゃがみ込み、しばらく罵倒を垂れた後、唐突に黙ってスっと立ち上がった。
勇者は踵を返して教会を出て行った。