勇者が燃える扉を開けて出て行くと、教会を見上げていた村人たちの目が一斉に勇者に向かう。勇者はそこに並ぶ顔をぐるっと見回し、思い当たりのある顔を見つけると飛び掛かるような勢いで急接近、押し付けるように自分のガンギマリアイズを相手の目に近づけて尋ねる。
「君、さっき教会で話を聞いてたよね? これについて何か知ってることある?」
哀れにも、そこにいたのは先ほどツクシの隣に座ろうとした無害そうな眼鏡ボーイだった。
「あ、ぼ、僕じゃないです! すいません! いえ、僕も悪いですよね、すいません!」
慌てふためいてやたらと謝る学生に勇者は舌打ちし、改めて周囲を見回す。ふむ、この場に教会の話を聞いていた代表はもういないようだ。
「わかった、いいよ。ごめんね」
あっさりと勇者は学生を解放する。が、今度は学生の方が去ろうとする勇者を呼び止めた。
「あ、あの!」
勇者が足を止めて振り返る。学生は先ほどより少し優しく、そして疲労の見える勇者の目に臆しながらも、何とか言い切る。
「すいません、知ってるかって聞いてましたよね。すいません僕のことばかりで……あの、言っていいかわからないんですけど、今、中央の噴水広場で人がたくさん集まっています。勇者様や司祭様の考え方に強く反対する人たちが、たくさん……」
言葉に詰まった学生を見て、勇者は口許では微笑みを浮かべ、頷く。
「わかった、行ってみるよ。ありがとう」
☆
噴水の前で人々の大合唱が起こっていた。
勇者を追い出せ! 勇者に鉄槌を! さらには、勇者は我らの勇者ではない!
そこへ、空から勇者が飛び込んでくる。
着地地点にあった噴水のモニュメントが爆散する。轟音と共に細かな破片が飛び、人々の悲鳴が上がる。背後に噴き上がった水を浴びながら、勇者は静まった人々の方へ歩いていく。
「そうだよ」
勇者は言う。
「別に私はお前らのじゃない」
少し間を置いて、一部の村人たちがパニックを起こして広場の出口へ殺到する。
「逃げますよ! 仕留めますか?」
「拙者の腕の見せどころ……か」
拙者はツクシと共にピカピカに磨かれた手裏剣を取り出すが、勇者は首を横に振る。
「ほっといていいよ」
「あいっ」
「さいで」
拙者とツクシはせっかく出したのもなんだしと二人で手裏剣鑑賞会を始める……が、勇者はそれには興味ないようで、一番近い場所で倒れていた男、つまりは暴動を扇動していた角刈りの男の方へツカツカと歩いて行って尋ねた。
「教会、燃えてんだけど。やったのお前?」
男は水に濡れそぼる勇者の顔をじっと見上げていたが、やがて身を起こし、立ち上がって勇者に対峙する。
「そうだ」
素直に答えたのが気に入らなかったのか、勇者が重たい表情で尋ねる。
「ふーん……なんで?」
「裏切り者だからだ」
「裏切り者ねえ。あなたみたいなのも救うために頑張ってたと思うんだけどな。駄目なんだ」
「当然だ。もはや法国の勇者でもない他国の使者に奴はその臆病さから屈した。我らの同胞を何人も屠った敵の使者の言葉を、受け入れたのだ……!」
勇者は男の怒りには付き合わず、少しうつむいて言う。
「臆病ねえ。まあそうかも。なのに教義も守り通して、やっぱり頑張ってたじゃん……伝わらなかった?」
顔を上げて勇者は問いかける。が、男はまっすぐに見返して答える。
「伝わるわけがない……いや、この法国に生きる民の心こそ奴には何も伝わってなかったことに愕然としたくらいだ!」
勇者は相手の眼前まで顔を近づけ、目を見開き、歯を剥き出しにして叫ぶ。
「ねえさっきからさ、私の言いたいこと、伝わってないかなっ⁉」
「お前こそいい加減に……いいだろう、ここではっきり言ってやる!」
相手はキッと目を開き、勇者の目をしっかりと見つめ返して言った。
「いいか勘違いするなよ、お前は村長夫妻を殺害したただの人殺し! 考えが足りないただの小娘だ! お前みたいなのがのうのうと生きていられるのはたまたま力があったから! そしてこれまでお前が好き放題出来たのも力があったから、つまりはたまたまだ! だがそんなのは間違っている……この世界はお前のためにあるわけではない。お前みたいなのには何を言っても無駄だろうが、言わなくてはならん……! みな平等に幸福を感じ、不幸を感じ、生きている! 生きているのだ! いいか、我ら法国はその教え、信念に基づきお前の横暴を止めてみせる。お前の言うことなど誰も耳など貸さんよ……そうだ、まともな法国の民であればなっ!」
興奮から男は息を切らせ、ニヤリと笑う。勇者はバツが悪そうに目を細め、その表情からも力が抜けていく。
「ずいぶん、気持ちよさそうに言うじゃん」
勇者の言葉に男は冷や汗を流しながらも笑みを浮かべて答えた。
「我らが羨ましいか?」
「ううん、全然」
勇者が無表情で剣を振るう。男の首はその瞬間に胴体から切り離されていた。男が倒れ、勇者は剣に着いた血を払い落とす。
うわぁぁ!
悲鳴や慟哭が広場に広がり、逃げる者は逃げ、残るものが残る。残った者の一部が前に進み出て、魔力の籠った指で空中に文字絵を描いていく。
勇者は濡れた髪をかき上げ、遠くで光の流線が増えていくのを見て、声を上げて笑った。
「あー、終わった! もう駄目、全部終わり! 馬鹿だよホント。私が馬鹿だった!」
拙者が黙っていると、勇者は続けて言う。
「どこで間違えたかな、うーん、しばらく何にも考えたくない。みんな死ねって感じ!」
放たれた光の槍の魔術を勇者は大剣でまとめて薙ぎ払い、その光の粒子を振り返りながら拙者に尋ねる。
「こんなんでもさ、人類の魔術師より強いんだっけ?」
「覚えていたか。個人戦力に限ればそうだ。法国以外の才能ある魔術師は魔女の国へ行く。戦士はハクルナムへ行く。消去法で法国にマシな人材が残っている」
「じゃあ、私が最後にこの村で出来ることはその辺かな」
勇者が魔術師たちの方へ進んでいく。勇者は足も止めずに飛んでくる槍を落とし、さらに魔術師を守ろうと前衛に出てきた戦士たちを次々切り伏せる。
勇者は頬に着いた血に指で触れて、じっと見下ろした。その血は壊れた噴水から噴き上がる水に濡れて落ちていく……。
☆
朝になり、村中に響いていた警鐘はやがて消えた。軍の残りや自警団みたいな奴らが広場に押し寄せ、何度も睨み合いに話し合いのまねごとが繰り返されたが結局最後には戦いになり、勇者は向かってきた者から問答無用で斬り伏せ続けた。
今、広場は死骸で埋め尽くされ、広場の入り口のいくつかには踏み込むのを躊躇う戦士や魔術師が勇者を遠巻きに見つめていた。
勇者は妙に後ろ向きな笑みを浮かべてふり返る。
「ここから入れる保険、ないよね?」
「聞いてみればよいのでは?」
気乗りしないとため息をつく勇者、声が届くようにみんなの方へ進めば、その分村人たちは声を上げながら下がっていく
「あの、信じられないと思うけど、悪いとは思ってる……すいません、ごめんなさい! だからもう、私たち、話し合いはできないのかな?」
村人たちから返事はなかった。ただ勇者を見つめる視線が、絶対に勝てない強敵を見る目から、理解できない怪物を見る目へ変わっただけだ。
勇者は舌打ちして続ける。
「みんな、子どもとか、好きな人とか、生きていてほしいって思わないの? そりゃあ、占領されれば色んなことが変わっていくけど、一番大事なものは司祭様が守ってくれたじゃん! 私だってみんなが理不尽な目に遭わないようにやるつもりだった! そこまでして私の言葉が聞けないのって、そんなのもう……!」
勇者は続きを言わなかった。苦い表情で俯き、自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。そんな勇者の前に、一歩、村人たちの中から子どもを抱いた女が進み出る。勇者は少しだけ期待したのか顔を上げるが、女の言葉はこうだった。
「ここは私たちの故郷です。よそ者が立ち入ることのできない、私たちだけの故郷。教え・土地・人、この三つの統一の下に私たちは永遠を生き続ける……勇者様、あなたは私たちが変わることを期待しましたね? ならば私たちはこう答えます、私たちが私たちでない世界には、子どもも、恋人もそうです、私たちの居場所などないのです……!」
表情を陰らせて沈黙する勇者に、女は勇者を見据えたまま、静かに剣を構える村人たちの列に消えていく。
「四天王より厳しいっていうの、本当だったみたいっすね」
重苦しい空気に耐えかねてツクシが口を挟む。勇者は改めて広場を見回した。
「十分、やったよね。強くて私に立ち向かえるようなのはもう残ってないよね?」
「ああ、十分でござるよ」
「じゃ、帰って副将軍に謝りに行きますか」
「やったー! ついに法国から出れる!」
両手を上げて喜ぶツクシを見て、勇者はほほ笑む。
勇者の進む方向へ人だかりが割れていく。武器を構えている者も多かったが、誰一人攻撃はせず、ツクシや拙者と駄弁る勇者を黙って見送っていた。
そのさなかに、勇者はふっと目を止める。人ごみに紛れ、あの眼鏡の学生が悲壮な表情で勇者を見つめていたのだ。勇者は歩きながらその一点に目を止めていたが、やがてツクシに相槌をうって正面に顔を戻す。
遠くに、あの土魔術で塞いだだけの門が見えていた。