朝月の勇者   作:遥海みしん

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第三一話 月光騎士団

 舞台袖から現れた勇者はみんなの注目を浴びて鼻の下を伸ばし、今にもスキップしそうなほど軽やかな足取りで講壇に立つ。

 今日はドレスではなく、用意された軍服に法国国旗を肩にかけている姿というのも大きいだろう。

 

 講堂にずらりと座している兵士たちの拍手に勇者はぺこりとお辞儀し、マイクの高さを調整して話し出す。

 

「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。あと、この国旗を持ち込むことを許可してくれたことにも感謝しています」

 

(なんで許可されたんすか~?)

 

 舞台袖から勇者を見ながら、ツクシが小声で聞いてくる。

 

(許可っていうか、向こうはめちゃくちゃ嫌がってたぞ? 勇者がごねにごねて勝ち取ったのだ)

 

(あー、そういう)

 

 拙者たちが何を話しているかも知らず、舞台上の勇者は意気揚々と本題に入っていく。

 

「ところで皆さんに聞いてみたいことがあります。国を一人で壊滅させられる怪物が国の中枢、例えば王の住まう城にまで入り込んだ時、皆さんはどうしますか? 今どうすればいいか、わかっていますか?」

 

 さすがに訓練された兵隊さんたちなのもあって私語のざわめきなど起こらなかったが、座っている面々の表情に緊張感が走るのを見て取り、勇者は軽く笑う。

 

「もちろん、私が今から暴れてやるぞっていう宣言ではないですからね? まさか皆さん、私がそんなヤバい奴だなんて思ってないですよね?」

 

 兵隊さんたちの表情が一層険しくなる。少しの沈黙の後、ライメが大声で言う。

 

「笑え!」

 

 その瞬間に一斉に笑い出す兵隊さんたち、中には手を叩いて勇者の冗談をたたえる者までおり、勇者は目を輝かせて舞台袖の拙者の方を向く。

 

(なにこれ楽しい!)

 

 マイクに入らないよう小声だったが拙者には聞き取れた。

 

 勇者は少し恥ずかしくなったのか話したそうに咳払いをして見せると、兵隊さんたちの笑いが一斉に静まる。勇者は少し困惑しながら舞台下のライメに尋ねる。

 

「当ててみていいかな?」

 

「なんなりと」

 

 勇者は頷くと、ずらりと並ぶ兵隊さんたちの顔を見やり、そのうちの一人に目を止めて指をさす。

 

「そこの、えー、あなた! 青髪の眉毛がきりっとした男の人です」

 

 後半はライメへの説明だろう。ライメの指示で青髪眉毛の元までマイクが届けられる。青髪眉毛は立ち上がって名乗ろうとしたようだが、それを勇者は押しとどめて言った。

 

「あ、名乗らなくても大丈夫です。それより率直に聞きたいんです。まず、私が……じゃなかった、今怪物がこの場にいるとします。それを事前にあなた達はわかっていました。作戦は事前に決めてありますか?」

 

 青髪眉毛は勇者よりも周囲の兵隊さんたちの視線の方が気になるようで、少しプレッシャーを感じる声音で言う。

 

「はい、決めてあります!」

 

「まず、どうしますか?」

 

 率直な勇者の質問に青髪眉毛も周囲の兵隊さんたちも気まずそうにお互いを見交わす。これに気づき、勇者は言う。

 

「ライメさん、許可してあげてほしいです」

 

 ライメは目頭を揉んで頭上を仰ぎ、手を上げて青髪眉毛に許可を出した。

 

 青髪眉毛は覚悟を決めたように眉毛を引き締め、胸を張って言った。

 

「はい! この場の八割の将が隠し持っている武器で包囲応戦、扉横で控えている兵、及び残り二割の将が講堂から脱出し危機を報せ、すぐさま王や大臣の避難、その後仮想敵との応戦と国民の避難を順次拡大、展開していく作戦になっております!」

 

 勇者はへえ、と予想外の感心の反応を示しつつも、一拍置いて手をパンと叩き言った。

 

「甘いと思います!」

 

 青髪眉毛のポカンとした表情を見て勇者は続ける。

 

「私が……じゃなかった、怪物がえいってやったらこの城は崩壊します。思い当たる範囲だと……ライメさんとシュナウザー以外、城の中にいる者の大半がこれで死にます!」

 

 今度こそ私語も交えたざわめきで講堂がうるさくなる。そのざわめきにも負けず、勇者はあおるようにマイクで告げる。

 

「わかりますか? 怪物は王や大臣を殺した後、あなた達の家族、国民もみんな殺してしまうでしょう。でも、あなた達にはなんにもできません。だってもう、みんな死んでるんですから」

 

 ざわめきが収まり、フロアは先ほどとは違った緊張感を帯びていく。勇者は問いかける。

 

「こんな理不尽が許されていいと思いますか?」

 

 みんなを代表してか、青髪眉毛がただ一言マイクで応える。

 

「いいえ」

 

「でも、あなたが許さないって勝手に思ってたって、相手だって勝手に行動します。どうにもならないんです」

 

 青髪眉毛はまだ何か答えようとしたが、ゆっくりとマイクを持った手を下ろす。勇者は言う。

 

「私だけじゃありません、実際四天王のヒョールドさんは一瞬で城を崩壊させ、街を沈めてしまいました。四天王のシンはそこまで大規模なことはできないと思うけど、城の壁くらいなら簡単に抜けますし、一般兵なんて片手でポイポイしながら誰にも何もさせず、まっすぐに歩いていって王も大臣も皆殺しにできると思います。そして、大前提として大事なのは、今私が指定した状況でなくても、ヒョールドさんもシンも正面からこの国を攻略できるってことです。こうやって私の話を聞いてくれる皆さんに、私はこの現状を悔しく思ってほしいんです」

 

 勇者はそこで一度言葉を切ると、少し口許を緩めて言った。

 

「偉そうなことを言っちゃいますけど、頑張っていてほしいんです。私みたいな理不尽から国民を守ろうと頑張ってる兵隊さんたちを私は尊敬します。状況が変わらない限り私は皆さんの味方です。状況が変わっても、敬意だけは変わりません……以上です」

 

 勇者はぺこりと挨拶すると、舞台袖へ帰ろうとする。が、

 

(勇者様、質疑応答、質疑応答!)

 

 ツクシの言葉を聞いてUターン。照れ混じりに髪を触りながら再び講壇に立ち、質問を受け付けた。

 

 手を上げる兵たちを差し置き、ライメが尋ねた。

 

「勇者様は四天王にさん付けしてるんですかにゃ? ヒョールドはさん付けでシンは呼び捨てなのにはどんな意味が? 気になりやす!」

 

「え、ええ⁉ 考えたこともなかった。あっ、でもたぶん、ちょっと恥ずかしいんだけど、きっと……」

 

 勇者は困ったように笑いながら話し出した。

 

 ☆

 

 軍幹部との会食を終えると、勇者はそのまま馬車に押し込まれ、軍の訓練場視察へと連行されていく。

 

「……あなたも?」

 

 勇者が顔を上げて問いかける。相手は誰も返事しないのを見て自分が言われてるのだと気づき勇者の方見る。

 

「……お前の護衛なんだからそりゃそうだろ」

 

 シュナくんは面倒くさそうに窓の外を見た。

 

「お互い大変だね」

 

 勇者が言うと、シュナくんはちらとだけ勇者を見て返す。

 

「ああ、そうだな」

 

 ☆

 

 運動場で刃のない剣をぶつけ合う兵士たちを横目で見つつ、勇者はライメの背中を追う。勇者の後ろには興味津々にあちこち見回すツクシ、寡黙で美しい忍者たる拙者、そしてシュナ君が続く。

 

「ちなみに勇者様には今日、ここに泊まってもらいますにゃ」

 

 ぼうっとそれを聞いていたらしい勇者は立ち止って振り返っていたライメにぶつかりそうになる。ぶつかりそうになって今言われたことを意識したようだった。

 

「はい?」

 

「幹部用のベッド用意しやした!」

 

「いや、幹部ったって、兵隊さんクオリティでしょ? えー! やだやだやだ! 絶対硬い!」

 

「まあまあそう言わずに。たくさん交流していってくだせえよ~」

 

「うぅ、ごはんは?」

 

「当然おいしいです! レストランあります!」

 

「じゃいっかあ」

 

 ライメはにっこり笑って再び歩き出す。横長お豆腐建築の建物に入るとすぐ階段を降りて地下へ。

 

 地下に下りた先には無骨な柱ばかりが並んでいる、床に硬めのマットを敷き詰めただけのだだっ広い空間が広がっており、その片隅で十人ほどの男女の兵士が何やらやっていた。

 

「あー、まさかアドバイスとか求められる感じ?」

 

 勇者が目の周りをひくひくさせながら尋ねる。

 

「そのまさかですにゃ! 彼らは幹部候補生……でもそんなよりぶっちゃけ私のお気に入りですにゃ! 何卒! 何卒~!」

 

 ライメの胡散臭い態度に勇者は呆れながらも訓練する兵士の方を見やる。

 

 彼らが練習しているのは徒手の格闘術だった。突きを受けて返したり、時には肘を取って床に押し倒したり、その多くは敵が剣を持っていても応用できそうな動きだ。

 

「シュナウザーはどう思うの?」

 

「あ? 俺か? 俺はどうも思わねえよ」

 

 シュナくんはプイとそっぽを向くが、ライメに悪いと思ったのか付け足す。

 

「何人か筋がいいのはいるな。筋が悪いのは……向いてないかまだ見つけてねえんだろ」

 

 ふ~ん、と相槌を打って今度は拙者とツクシの方を見る。拙者とツクシは向上心溢れる忍なので今見たばかりの攻防を早速検証にかかっていた。

 

「ちょっ、先輩だめ! ちゃんと寸止めしてくださいよ! 女の子の顔面マジ殴りはマジやばいっす!」

 

「訓練はこのくらいやらねば緊張感がないのだ」

 

「なんすかその笑顔⁉ さては勇者様とのイチャイチャ忍者ポジションをツクシの登場で奪われたからっ……ぷへっ⁉」

 

 あ、いっけね。

 

 鼻血を流して倒れるツクシ。拙者は鼻栓をツクシの鼻に押し込んで勇者の隣に並び立つ。勇者はゴミを見るような目で拙者を見ていたが、ため息をついて再び兵士たちの方に目を向ける。

 

「シンだったらなんていうかな」

 

 シュナ君が少し関心を持ったのか口を開く。

 

「シン、武を司る四天王だな。何でもありの魔女、神殺しの毒をもつヒョールド、瞬間移動に念話能力を持つ魔物の勇者リューム=スス、この三人に混じって体一つで四天王までのし上がった男だ。流石の勇者様も奴からは学ぶものがあったか」

 

「さすがの私も学ぶことだらけでしたよーって。でも今回はシュナウザーの言葉も参考になったかも」

 

「ほう」

 

「まだ見つけてない、確かにね」

 

 勇者は練習していた一組に声をかけに行く。体の小さい少年みたいな男とお姉さん然とした艶やかな瞳を持つ女だった。

 

 少年みたいな男が女の突きを最小限の動きで捌きながら懐に入ろうとするのだが、体格差があるせいか綺麗に捌けず、男が仰け反り気味になってしまう。それで懐に潜り込んだ後の投げ技に繋げられない。

 

 あほか、と拙者はあきれてものも言えなくなったが、勇者は大まじめに言った。

 

「順番が違うっていうか、なんて言えばいいのかな。パンチは当たってないけど根本的に掴まってるんだよね。んー、パンチの影響はちゃんと受けてるって感じ? 次の技のために前に踏み込むんじゃなくて、相手の懐が安全だから前を逃げ場所にするって感じの方がいいけど、でもとりあえずはちゃんとパンチを捌く練習をした方がいいと思う。立ち位置を変えながら捌いてれば怖さもなくなると思うから。前じゃなくてまず後ろなり横なりに逃げて、最後に前に逃げる、この順番で。うん、やってみてよ!」

 

 少年みたいな男は困惑しながらもこれはそういう型なんだと説明するが、勇者は笑って言う。

 

「出来ないんだからしょうがないじゃん。出来るようになる練習をしないと。第一まず生き残らないと。死んだら役に立てないよ?」

 

 少し意地悪に言う勇者に対して少年は頷き、今度は元気よく返事をしてパンチを捌く練習をし始める。対して勇者は言い終わってから私は何を言ってるんだと落ち込み始める。

 

 が、それも

 

「ちょっとシン様っぽかったっす!」

 

 と寝ころんだままのツクシがグッと親指を立てると終わる。

 

「え、えへへ、そうかな。そうかも……」

 

 勇者はでれでれと笑いながら拙者の隣に来る。勇者はくるりと体を転換して練習する男女を見つめ、言う。

 

「にしてもあのお姉さん、ちょっと意地悪してる感じがする。うーん」

 

 ぽん、と何か思いついたように勇者が手のひらを叩く。

 

「好き……なのかな」

 

 勇者の頭は今日も淡いピンク色でござるなぁ。

 ライメとシュナくんはそんな勇者を微笑ましく見つめていた。

 

 ☆

 

 虫が鳴き合う静かな夜に、最低限しか明かりのついていない階段を勇者は下りていく。昼に訪れた地下修練場まで下りると、そこには明かりがついていた。

 

「なんかさー」

 

 勇者が広い空間に向け、語り掛けるように言う。

 

「さっきのショタがこっそり一人で練習しててさ、私が手取り足取り……してあげたらな、なんて妄想しながらウキウキで来てみたんだよね」

 

 しん、と何も返さない修練場に勇者は降り立ち、続ける。

 

「兵隊さんたちって集団行動だし朝早いでしょ? そりゃそうだよ、誰もいないよってね。私、馬鹿すぎなんだけどマジ」

 

「今さらでござるか」

 

「忍者うるさい。でさ、うん」

 

 勇者は階段を離れて修練場の中央へ歩いていくと、周囲を見回して言う。

 

「眠いから帰っていい? 用があるかなって思って今帰ってないんだから、早くして」

 

 その言葉でようやく場の空気が変わる。黒いマントに身を包む影が六つ、勇者を囲むように無骨な柱の裏から姿を現す。

 

 そのうちの一人が勇者の前に進み出る。

 

「月光騎士団。聞き覚えは?」

 

 掠れながらも妙に自信に溢れた声音だった。勇者は表情を曇らせ、嘆息するように言う。

 

「だいたいわかった。復讐しに来たわけね」

 

 男はフードを取る。頭が満月のようにつるつるとした大男だった。ゆっくりと伸ばした指を自らの額へと当てる。額には白い月の刺青が彫られていた。

 

「復讐するかどうかは聞きたいことを聞いてから判断させてもらう。質問をしてもいいかな。それと自己紹介もだ」

 

 勇者は頷いて促すように手を差し出す。

 

「どうぞ」

 

「私たちは月光騎士団。普段は世界中に散って法国にあだなす敵、及び潜在的な敵を秘密裏に処理してきた。だが、あの時は皆祖国の防衛に必死だったのだ。みな表の役職である将として担当の村を守っていた。日中は兵を率いて戦い、日没後は暗殺者として敵の将の首を落としていた。生きた心地のしない毎日だったが、今となっては自分の手で法国を守れていると実感できた最後の時間だったのだな。勇者、お前の手によって法国の趨勢は我らの手を完全に離れてしまった。戦いは終わってしまった。私たちの居場所たる月の光の御下は、もはやお前のその背にしかない」

 

 男は指をさす。相変わらず勇者が肩にかけている国旗に。

 

 月なら、と勇者は笑みを向け、指を差して言う。

 

「あなたのおでこにもあるじゃん」

 

「誇りを奪われた!」

 

 男が肩を震わせ吠える。

 

「取り返したいのだ……我らの居場所を」

 

 勇者は肩にかけていた国旗を取り外し、両手でくるめて男の方に差し出す。

 

「はい。こんなんでいいなら」

 

 男は唖然としたように差し出された国旗を見下ろしていたが、やがてその表情は崩れていく。

 

「やめろ。国旗を背に戻せ、勇者。我らを愚弄するな」

 

 ふーん、と勇者は言われた通り国旗を肩で結んで背に戻す。勇者は目線を男へ戻して言う。

 

「これでわかったでしょ。誇りなんてないってこと」

 

 勇者は軽く笑いかけ、付け足した。

 

「あと、居場所もね」

 

 男が激昂して剣を抜く。それが合図となった。男が剣を振るう。それに合わせて勇者もまた剣を抜いて振るう。

 

 男が振るった剣ごと勇者の剣は男の胴体を薙ぎ払った。

 

 次いで現れた赤髪に金のブローチをつけた女が二刀を振り回すが、勇者は余裕でそれらを全て捌き切り、お返しとばかりに剣を振り下ろす。女はそれを交差させた二刀で受けようとするが、受けきれずに肩から真っ二つになる。

 

 さらに勇者を取り囲んだ二人が前後から剣を構えて突っ込んでくる。遠巻きに魔術銃の援護も入るが、勇者は銃弾を体の前面に構えた剣で受けながらバックステップ、突き出された剣を躱すように回転、畳んでいた腕を解放し、横薙ぎの斬撃を放つ。

 

 上がる血しぶきの中で、前から突っ込んでくる男の剣を上から自らの剣を叩きつけてへし折ると、そのまま殴り掛かってきた男の首を飛ばす。そして背後の死体が伸ばしたままだった剣を取りあげて銃撃主に向けて投げつける。

 

 それは首に突き刺さり、銃撃主は悲鳴を上げながら倒れて悶え打った後、絶命する。残りは、一人となった。

 

 勇者は立ちすくむ一人に向けて前進を開始し、言う。

 

「居場所、ここにはないよ」

 

 男は俯きながら言った。

 

「確かにそうかもな」

 

 だが、剣を構える。

 

「もうこの世に我らの居場所などないのかもな、勇者ぁ!」

 

 男は叫びながら突撃する。勇者に向け、鋭くレイピアを突き出す。勇者は身を低くして剣を躱し、相手の伸ばした腕を辿るように踏み込んで、相手の懐に入り込む。同時に、腰だめに構えた剣を男の胸に突き入れる。

 

 男が倒れると、勇者は剣に着いた血を払う、血まみれの修練場を見回すと、気だるそうに進み、階段を上がっていった。

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