開かれたカーテンから薄暗い会議室に陽光が差し込む。
のどかだなー……とでも考えていたのだろう。頬杖着いて窓の外を見ていた勇者が口に手を当て、大あくびする。
「あ」
突然しんと静まる会議室。勇者が目を開くと、その場の目線が自分に集まっているのを見てゆっくりと口を閉ざす。
「すいません。続けてどうぞ~」
勇者が言うと再び会議はカンカンガックガクに踊り出す。
「一度まとめますにゃ」
会議のまとめ役であるライメが切り出し、曲がりなりにも周囲の大臣たちは体を向けて聞く姿勢を見せる。
「勇者様の要望は聖バーナード法国を搾取しない、法国の民に利益のある合理的な統治、現在続いてる魔王との同盟継続、その後の完全和解。あとは勇者様個人への褒章。順番に検討した結果、いずれもこの国にとっても旨みが大きい、利益になると各大臣とも判断。その旨を王にお伝えするにゃ。各大臣、異議のある者は手を!」
手を上げる者はおらず、ライメは頷き、今度は勇者の方を見ながら言う。
「次に、ワークニから勇者様への要望は三点。これ以上魔族、特に四天王や魔王の領地及び当人を攻撃しないこと、ワークニとの良好な関係の継続、さらに法国を除く国家的、政治的中立を保つこと。これに対する勇者様の返答は以下の通り。魔族との同盟継続ならば攻撃せず。ワークニとの関係は約束の履行、及び履行努力が見られれば問題なし。最後に政治的中立は勇者様としても努力しているとのこと。この認識で問題ありませんか、勇者様」
勇者はほほ笑んで言う。
「うん、異議なし」
ライメは微笑み返し、視線を会議の席全体に上げて告げた。
「ではひとまず会議はここまで! 異議のある者がなければこのままランチの会食に入りますにゃ。異議のある者は手を!」
誰も手は上がらず、勇者とライメはやっとこの会議を終えられる喜びを視線で分かち合うのだった。
☆
城を出入りする人たちが陸橋を行き来する。勇者はそれらを下の通路からぼんやりと見上げていた。ツクシがその肩をとんとんと叩き、勇者が振り向いたところで指をピンと立てる。
勇者は頬に指をめり込ませながらぼんやりとした目でツクシを見つめた。
「どうしたんすか勇者様」
「んー、まあ……くっ!」
話そうとして指がウザかったらしい。勇者がツクシの指をかもうとするが、ツクシはすぐに察知して指を引っ込める。首を傾け話を促すツクシに勇者は呆れながらも言う。
「まあ、疲れたな……って」
「あー、そすね」
「っていうかさ、会議室の隅っこでさ、忍者となんかして遊んでたしょ」
「あぁー……そんでたっすね」
「もう、羨ましい!」
勇者がわざとらしく腕を組み、顔を背ける。時刻は昼過ぎ。約束の時間まではまだ時間がある。勇者はちょうど陸橋を越えて顔を出した太陽を見上げてため息をつく。
「あの」「あのさ」
二人同時に切りだし、二人同時に口をつぐむ。
「どうぞ?」
勇者に譲られ、ツクシが少しおどおどしながらも言う。
「実は、先ほど褒章がもらえました」
「え、まだ私貰ってないよ⁉」
「そりゃあ勇者様は特別っすから。色々ややこしいんですよ」
「そっかぁ」
勇者はしょんぼりして見せるが、ツクシはそれには乗らず、当初から言うつもりだったことを言った。
「で、ツクシは今からこの街を出ようかなって思ってるんです」
「え?」
勇者は予想外に目を見開く。
「あ、今ここで? ……お別れ⁉」
「あー、そうなるすかね。はい」
勇者とツクシはなぜか二人とも俯き、地面を見だす。ツクシが言う。
「ちなみに目的地は魔女様の街っすよ」
「え、私ももうちょっとしたら行くけど」
困惑したようにツクシを見る勇者だったが、自分で納得したようで、勇者は肩を落とす。
「一人で行きたいんだね」
「そういうことです」
伝わって嬉しかったのかツクシが軽い笑みを浮かべた。
「勇者様ともなんやかんやで友だちになれた気がしますし、行き先を伝えておきたかったっす」
照れ臭く笑うツクシの顔をじっと見つめ、勇者もまた笑う。
「ツクシちゃん、なんか死にに行くみたい」
「あはっ、そう見えちゃったっすか? ツクシが死ぬわけないっすよ」
「そりゃそう。だって私から生き残ったんだから」
勇者は冗談めかして笑うが、ツクシは陸橋を見上げていた。勇者も黙って陸橋に顔を向ける。
「まあでも、心配されてるみたいで気分いいです! 人生にはこんな幸せもあったのか~って! まだ死ねないっすよ」
「ふふっ、ツクシちゃんなら誰が相手でも大丈夫だよ」
「へえ」
ツクシは間を置いて言う。
「四天王が相手でもっすか?」
「……ツクシちゃん?」
勇者の声色の変化をツクシは茶化すように笑う。
「冗談っす、冗談っすよ! それより勇者様の方はなんですか? それを聞くまでは行くに行けないっすよ、ツクシも」
「ああ、そうね」
勇者は自分を納得させるよう小さく頷きながら、あえて普通に言う。
「忍者、今何してんのかなって」
ツクシは笑って言った。
「どうせどっかから見てるっすよ」
「そうね、そうだよねー」
「はい、そうですよ!」
勇者とツクシはどちらからともなく声を上げて笑い、すぐに、どちらからともなく笑うのやめた。ツクシが言った。
「じゃ、さよならっすね」
勇者はしばらく陸橋を見上げていたが、やがてじゃあね、と独り言をつぶやいた。
☆
荘厳なる王の間にずらりと並ぶ大臣たち、玉座の手前ではライメが退屈そうに爪を爪で砥いでいる。我らが勇者は大臣の列の末端、玉座から一番遠い場所で爪のささくれを気にしていた。ちなみに拙者とシュナ君は縁っこで壁にもたれて待機である。
扉がノックされて開くと、儀礼用の軍服を着た男が入ってくる。男は一度扉を閉め、王の間を見渡して言った。
「陛下が参られます」
王の間に緊張感が走り、大臣たちが身なりを整え直したのを見て、男は再び扉を開く。
「戦王ラーシュナフ・ブルードゥク陛下。入場」
男の開いた扉から入ってきたのは、全身を漆黒の戦鎧で固め、大斧を手に引っ提げた大男だった。大男のつるんとした頭部には青い宝石の埋め込まれた金の王冠がちょこんと乗っていた。
大男はくすんだ皮膚に軽く埋まってなお大きな目でぐるりと王の間を見渡すと、勇者を見てぎらついた笑みを浮かべる。玉座の方へ王は歩き出す。
大臣たちが一斉に伏せたので勇者も面倒くさそうにしながらも頭を下げる。そのすぐ前を王はのしのしと大股で歩く、その目は勇者から離さない……と思いきや拙者に移ったな。王は拙者にバチンと音のしそうなウィンクをして見せる。はいはい。
ガチャン、と鎧が玉座の肘置きにあたり、王は玉座に腰を下ろす。
「上げていいぞ」
力強い王の一声に大臣たちが顔を上げる。一度は一同の顔を順番に見た王だったが、その視線は結局は勇者に釘付けになる。
「すまないな、勇者よ。ブルードゥク国王の正装は
「いえいえ、私もこの通り。剣、持ち込ませてもらいましたし」
勇者は鞘に収まった大剣を片手でふりふり振る。
「うむ。お互いさまという奴だ。素晴らしい。それで勇者だが、法国の件では世話になったようだな。王国を代表して我が礼を言おう。ありがとう、感謝する。
褒美は好きなだけ取らせる、ライメとでも相談するがいい」
王の言葉にライメが「げっ、返ってきたにゃ……」と眉をひそめたが、王も勇者もお構いなしだった。王の言葉に喜ぶ勇者と、勇者が喜ぶのを見て喜ぶ王の二人だけが通じ合っている……。
王からその関係を切ると、ライメに言った。
「では、今日の議題を」
ライメが咳払いをして述べる。
「議題はブルードゥクと勇者の交渉についてです。勇者様は前へお願いしますにゃ」
勇者が前に進み出て、王に向かい合う。片手に剣を引っ提げ、もう片手を腰に置いて妙に偉そうだ。王は勇者の挑発的な態度に好戦的な笑みで返した。ライメが言った。
「まずは報告を。ブルードゥクから勇者様への要望は三点。これ以上魔族、特に四天王や魔王の領地及び当人を攻撃しないこと。ブルードゥクとの良好な関係の継続。法国を除く国家的、政治的中立を保つこと。これに対する勇者様の返答は以下の通り。魔族との同盟継続ならば攻撃せず。ブルードゥクとの関係は約束の履行、及び履行努力が見られれば問題なし。最後に政治的中立は勇者様としても努力しているとのこと。ですにゃ」
「うむ」
王は頷き、勇者と目を合わせる。
「して、約束の内容は? 勇者側からの要望はなんだ?」
「はっ、勇者様の要望は聖バーナード法国を搾取しない、その国の民の利益となる統治。現在続いてる魔王との同盟継続、その後の完全和解。あとは勇者様個人への褒章。このうち褒章は先ほど決まったものとして、前者二つは大臣たちの賛成を得ておりますにゃ」
「ふむ、なるほどな」
王は目の上を抑え、視線を勇者から隠して笑う。そこで勇者が言った。
「嘘はわかるから」
「……ほう」
王が笑う。視線を隠していた手をどけて喜色満面に開かれた目を勇者に向ける。
「そうか、確か報告にあったな。なるほど、そういえばそんな設定があった……ははっ、まるっきり忘れておったわ!」
王は嬉しそうに頷くと大きなため息をつく。そして玉座から前のめりに身を乗り出し、言葉の一つ一つに舌を這わせるような調子で言った。
「では嘘をついても仕方がないなぁ……!」
勇者は依然として偉そうな態度を崩さないが、周囲の大臣たちは違った。
「陛下?」
ライメが周囲の動揺を見て取り王に尋ねる。しかし王はフルスロットルを踏む。
「法国の民はばらばらに散らせる。女はあちこちで馬車馬のように働かせ、男は戦士として死んでもらう。魔王との戦はすぐに再開し、世界中に戦争を拡げる! 既に魔王とも密約済みだ! だが心配することはない。ブルードゥクは繁栄を謳歌する。人類国家は魔族との戦争で疲弊し誰もブルードゥクには追いつけない!」
王はそこで一度区切り、勇者に向けて言った。
「勇者よ」
「……なに?」
「我の下につけ。この国の繁栄をお前に味わわせてやる」
勇者は半分煽りの意も込めて正気を疑うような目を王に向けるが、王の意図がそれでわかったらしい。勇者はプイと顔を背けて言う。
「や・だ」
「どうしてもか?」
「どうしても」
「イケメンもたくさんいるが」
「あぁっくそ! うるせえよハゲジジイ! 引っ込め!」
勇者に怒鳴られて王はしゅんとするが、次には不気味な笑みを浮かべて立ち上がる。大斧を持つ手にはぐっと力が込められていた。
「緊急退避!」
事前に決めていた号令をライメが叫ぶ。大臣たちは一目散に扉目がけて走り出し、王の間を去っていった。
大剣を抜いた勇者の前にライメとシュナウザーが立ちふさがる。
「ゆ、勇者、止まるにゃ」
ライメはあくまでも剣を抜かずに勇者に呼び掛ける。勇者はそれを鼻で笑った。
「どっちに言ってんの?」
「それはそうだにゃ!」
ライメが振り返って王に呼び掛ける。
「陛下、陛下ぁ! ライメはまだ死にたくないですにゃ……!」
王はライメの言葉を聞いてるか聞いていないか、ライメとシュナウザーを従える構図で二人のまん中に並び立つ。
「ライメ、シュナウザーよ。貴殿らが勇者を疲弊させるのだ。我がとどめを刺す。日ごろの訓練の成果を見せよ!」
「陛下ぁ……!」
泣き言を言いながらもライメは剣を抜く。シュナウザーは既に抜剣済みだ。王はさらに拙者にウィンクするが、拙者が何か分かった風に頷くと満足して勇者の方を見た。
「ではかかるのだ!」
王の言葉によってライメとシュナウザーが動き出す。
最初に飛び掛かったのは意外にもライメだった。ライメは剣を逆手に持った状態で四つ足ダッシュ、勇者の懐に潜り込むように身を低くして踏み込み足を切り裂こうとする。勇者は姿勢は突っ立ったまま、剣を地面に突き刺してそれを防ぐ。
勇者が、剣から離れてふっと後ろに飛ぶ。
「んだとっ!」
シュナウザーは瞠目する。後ろに回り込んで剣を振るったシュナウザーだったが、自身の方へ飛び込んでくる勇者の体は今や完全に剣の範囲を逃れている。
剣を持った無防備な腕の中に、勇者の小さな体が収まった。
困惑するシュナウザーを振り返って見上げ、勇者は笑う。
「シンのパンチの百万倍遅いね」
シュナウザーは舌打ちする。
「比べてんじゃねえよ」
シュナウザーは斜め後ろに引きながら、自分の体を重く下に沈めながら、剣に落下の体重を乗せて勇者を袈裟斬りにしようとする。
が、再び剣の範囲に入る直前に、勇者はその腕を引っ掴む。同時に後ろに引こうとするシュナウザーの体をも引き留めてしまう。
「シュナくんだっけ? 準備オーケー?」
「……クソが、俺をそう呼ぶのはくそったれ忍者だけで十分なんだよ」
冷や汗をかきながらも軽口を叩くシュナウザー。同時に勇者はライメがこちらに向かってくるのを確認すると、ふっと笑ってシュナウザーをライメに投げつける。
ライメは逡巡し、シュナウザーを躱すと(「てめっ、受け止めろや!」)、勇者に最接近。勇者は足を一歩引いて半身になると、後ろに手を伸ばし、まるで何か見えないものが乗っているかのように掌を上へ向け水平に保った。あ、あれはもしや……!
ライメが警戒して目を細める。だが動きは止めない。ライメが縦に回転し剣を振るう。その瞬間、勇者がライメの剣をパンチで弾き、後ろに構えていた手でライメの頭にチョップを叩き込む。
ですよねー……。
ライメがその場にくずおれ、シュナウザーは壁に埋まって死んだふりをしている。
残りは王だけだった。
王が拙者にしきりにウィンクしてくるが、拙者が意味深に頬の内側にポコポコと空気を送り込むと、王はそれで納得したようだった。
「よくやったお前たち。では我の出番だな」
静かな声音で言うと、戦王が跳躍する。身の丈を覆うほどの巨大な斧をその全体重をかけ、勇者に振り下ろす。
勇者は突っ立ったままで剣を掲げ、戦王の鎌を受け止めた。
火花が散り、衝撃が空気を震わせる。
「おらぁっ!」
着地した王が気合と共に横薙ぎに斧を振るう。それも軽々受け止められると、そのまま勇者の剣の上を滑らせるようにして勢いを止めず、縦に、横に、重い斧を自分の手足のように扱い次々と一撃を振るっていく。重たい金属音、勇者の弾いた斧の一撃が床に太い斬撃を刻んでいく。
「これならどうだぁ!」
勇者との距離が詰まったと判断し、王は斧を振り上げて踏み込み、立てた斧の刃を自分の体ごと勇者にぶつけに行く。
勇者は斧の刃は剣で受け止めながら、もう片方の手で斧の柄を掴みに行く。王はにやりと笑って両手で勇者ごと斧を振り回そうとするが、勇者も斧も、その場から全く動かせず、少し困り眉になって言う。
「マジで報告通りじゃねえか」
「そりゃそうだよ」
今度は勇者がやられたことをやる。勇者は斧も、戦王も振り回しながら自分の体を回転させ、そのまま王を投げ飛ばした。
「ぐはぁっ!」
斧を持った王は王座に体を叩きつけられてだらんとしなだれる。
「気は変わった?」
冷たい声音で勇者は尋ね、同時に王座の方へと歩みを進める。
王は顔を上げると、血の流れる口の端を吊り上げて笑う。
「変わらぬ。我の意思がそう簡単に変わってたまるか」
「あっそ」
勇者の歩みが軽くなる。王が苦々しく目を細めて体勢を整えようとするが、もがく体は玉座の上を滑ってままならない。
勇者は王を見下ろして言った。
「哀れだね」
その言葉を聞いた瞬間、王はもがくのをやめて勇者の顔を見上げた。それで何かの確信を得たらしい。王は笑った。声を上げ、喉を開いて笑ったのだ。その目は怒りに燃えて勇者の目を見つめていた。
「その目だ」
王は言う。
「我のせいではない。我をそのように見る人々の目こそが、世界を破滅に導く。そうだ……!」
王は空笑いをやめ、さらなる真実を口にする。
「何も変わってはいなかった。王になったところで変わらぬのだ、人は……!」
王の目に、言葉に、何か感じるものはあったのだろう。しかしそれはそれ、これはこれと、勇者は剣を振り上げる。
ちかちかと光が瞬いた。勇者の視界に。それは玉座を優しく包み込むように広がっていく。
「っ⁉」
勇者が飛び退る。
同時に、空中で瞬いていた光の粒子は床に落ちていく。轟音が鳴り響き、振動で建物が揺れる。光の粒子は床に穴を開けながら沈み、沈んで、そのまま下の階へ。下の階でもさらに音が止まず、粒子の落下は止まらない。
「ラーくんさぁ、やっぱり私がいないと何にもできないじゃーん?」
軽やかな女の声が王の間に響く。王は息も絶え絶えに姿勢を整えると、呼吸を整えて言う。
「頼りなくてすまないな」
「いいけどさ、別に」
女の許しの言葉と共に、四枚の羽根が開かれる。
蝶、いや、蛾だろうか。透き通った布を薄く重ねた表面に、ステンドグラスのような光の紋様を迸らせながら、二対の羽根が玉座の両脇から広がっていく。
「ナイスファイトなんじゃない? それでこそ私の旦那だわ」
女は軽く言うと、シャン、と音を鳴らして羽根を大きく波打たせる。
キラキラと瞬く鱗粉の波が勇者に向けて吹き荒れる!
「忍者! シュナウザーを!」
勇者が叫ぶ。どうやら忘れられてなかったらしい。
「承知」
拙者は素早くシュナ君を抱えて鱗粉の範囲から逃れる。
轟音が建物を揺らす。勇者はライメを守るように大剣を盾にして鱗粉を防ぐが、勇者とライメの周囲の床が次々と抜け落ちていく。壁に穴が開き、床にも天井にも、さらに柱も鱗粉で痩せ細り、ついにくず折れる。
床が崩れ、天井が落ちてくる。城が崩壊する。
☆
城の瓦礫の中でライメを抱えた勇者は遮る物のなくなった空を見上げた。そこには戦王をお姫様抱っこする女の姿がある。
女は薄手のドレスを纏い、半透明のマントの下から巨大な四枚の羽根を拡げて空を飛んでいる。透き通るような灰色の長髪を緩やかになびかせ、空と同じ薄青の瞳を勇者に向けていた。
「私は魔王。ただの魔王。勇者、お前はただの勇者でしょ?」
凛とした声音だが軽い口調で、その女、魔王は尋ねる。
「かもね」
勇者は半分付き合うように笑って言う。魔王も笑って言った。
「勇者、私のお城で待ってるよ」
魔王の羽根が羽ばたく。鱗粉が吹き荒れ、瓦礫はさらに細かく刻まれる。
勇者は魔王の消えた空をしばらく眺めていた。