「よっと」
地球を離れて月の上に降り立ったツクシは、そこで待っていた人物を見て思わず笑ってしまう。
「ま、そんなもんっすよね。世の中」
「気づいてた……知ってたね」
その人物が問いかける。
「ん~、よくわかんないっすけど、確かに知ってたんじゃいっすかね。そういうお話ってよくありますから」
軽く流すように言ったツクシだったが、月に佇むその人物に向ける視線は厳しくし、懐からクナイを取り出して言う。
「いや、らしくない。全然……全然笑えないっすよ」
その人物は少し顔を傾ける。前髪が垂れて後ろ髪に重なっていく。
「最近、同じことを言われた気がする」
ツクシは相手の真意を読もうと視線を走らせる。表情は自然、前情報にこれまでの会話を加味すると、恐らく相手は何も隠していない。隠す必要がない……自分は、自分たちは、この相手にとってその程度ということなのだ。
それでもツクシは聞かなくてはいけなかった。自分でも馬鹿げてると思いながら形式を踏んでいた。
「念の為確認させていたきますけど、それってクソ兄貴のことっすか?」
相手はやはり、普通に頷いて答えた。
「うん。あなたたち、よく似てるから」
ツクシは駆け出していた。口より先に足の方が速く動いていた。
相手の真ん前で変わり身、白煙から無数の手裏剣が飛び散り、ツクシ本人は相手の体を盾にするように背後に回り込む。そして、とどめとばかりに相手の首にクナイを押し当てて……いや、ツクシの手からクナイは消失していた。
「ほんと、そっくり」
ツクシの伸ばした空っぽの手を優しく受け止めるかのように、相手の白い手が包み込む。相手が肩越しに振り返った。
〇
軍の訓練場の会議室にはライメとシュナウザー、さらに城から避難を終えていた各大臣たち、ついでに勇者も揃っていた。
「お世継ぎをお作りにならない理由が判明したな」
呆れ半分、場を和ませようという冗談半分で白髭男が言う。頬杖ついて勇者が呟いた。
「純愛ってやつだったのかな」
誰からともなくため息が続き、重たい空気が会議室に漂い始める。
ライメが立ち上がる。
「とにかく、いないものはいないんだから仕方ないですにゃ。ここまでの話をまとめると、出てきた選択肢は以下の通り」
とライメは部下の届けた用紙を見ながら読み上げる。
「一、陛下の遠縁のお貴族様を擁立する。ただ、陛下の独裁が続いていた関係上、顔も名前も国民に知られてないですし、実務は大臣たちが担当していたので影響力もなし。陛下の血筋で民が納得できるかですにゃ」
一度顔を上げたライメだったが、勇者以外のみんな俯いていたので続きを読み上げる。
「二、魔族の襲撃に遭って陛下は行方不明、とする……そのまま続けますにゃんね。三、陛下は我らを裏切って密かに魔王と繋がっていた、事実を公表して、陛下を抜いたこの場にいるメンバーで臨時でつないでいくにゃ」
少しの沈黙の後で、再び先ほどの男が手を上げる。
「前述したとおり一は検討するに値しない。魔王側に着いた陛下が外部に言葉を発したら終わりだ。リスクが大きすぎる」
「そのままあなたの意見を聞きたいな」
男の正面に座る魔術師風の若い男が言う。白髭男は一度周囲の顔を窺って続けた。
「二は時間稼ぎだ。一と同じく陛下が言葉を発すれば終わるが責任逃れはできる。それまでにどうするかまた考えられる。三は誠実に見えるが民が納得するとは限らない。第一我らが悪者扱いされかねん……そんなところだが、君はどう思うかな?」
白髭男は正面の若い男に問う。若い男は振られたことに対して「おっと」と苦笑するが、ポケットに手を突っ込んで軽い口調で答えた。
「私たちに王の担っていた責任、王がいなくなった責任を担えるかは五分五分だ。王に捨てられたと傷を負う民もいるだろう、その傷の責任を背負わされるよ。私は勘弁したいな」
白髭男も思うところがあったのか、うむ、と頷いて押し黙った。
「誰か、意見のある者はおりますかにゃ?」
沈黙に耐え切れなくなったライメが言うが、誰もお口を開こうとしない。勇者はそんな大臣たちを見回し、ぽつりと言いう。
「責任さ、あなたたちだけで背負う必要ある?」
「なんだい? 何が言いたいのかな?」
魔術師男が半ば睨みつけるようにして尋ねる。勇者は視線は無視したうえで言う。
「国民みんなに押し付けちゃえば? みんな傷ついてるんでしょ? みんなで背負えば軽くなるよ」
お、おお……! ライメの口から漏れた感嘆に一同の視線が集まる。ライメはハッとして両手で口を塞いだ。
☆
「あ゙ぁあぅあ~あっ、あっ、あぁ? あぁ゙あぁあ~↑↑」
後部座席に寝っ転がってるあうあう言ってる勇者がそろそろ鬱陶しくなってきた今日この頃。しかし今の拙者には権力があるのだ。てぃ! と拙者はハンドルを切る。
「あぎゃっ⁉」
しめた、勇者がドアに頭をぶつけたぞ! このままアクセルべた踏み、そこでブレーキを、をおおおおお!?
拙者の頭がホールドされる。ミラーを見るとそこにはミラー越しに拙者の顔を睨みつける勇者の顔が……きゃっ、目が合っちゃった☆
「真面目に運転しろ」
はぁい。
ということで、現在はなだらかな地形の荒原地帯。ツクシが残してくれたこの魔女カーで拙者たちは魔王城を目指すのだ!
勇者は拙者から離れ、前の座席にしなだれかかる。唇を尖らせたまま目蓋を重く閉じては開いてを繰り返し、ようやく言う。
「ツクシちゃん、元気かな」
拙者が答えないでいると、勇者は再び座席に寝転がった。
「はぁーあ。知ってんでしょ、どうせ」
「知ってたらどうする?」
拙者の言葉に勇者は眠たげに目を開き、ぼんやりと空を見つめながら聞く。
「また生きて会えるのかな」
「会えん。っていうかもう死んでるぞ」
勇者は二度ほど瞬きし、突然目を見開いてがばっと起き上がると、拙者の頭をわし掴んだ。何ゆえ⁉
「今のは独り言で、聞いたわけじゃないんですけどっ!」
「し、失礼♪ でござざざざ……」
っていうか手加減してるんだろうけどマジ痛い。遺体なる。頭蓋骨割れちゃう。
勇者の中で勝手な逡巡があったようだが、ようやく拙者の頭が解放される。勇者は気を取り直すように言う。
「いや、お金と自分の命のこと以外ゴミも同然のツクシちゃんだよ? まさか死ぬわけないから。また会える会える」
「それはそれでではないか……?」
しかし勇者にも思う節があったのか、少しの間黙り込んでしまう。勇者は背もたれに体を預け、しばらくzeepの振動に揺られていた。拙者は言う。
「金と自分の命以外ゴミ同然の女が、勇者に行き先を教えたか」
「あー、うわぁー。そうか。そうだよねえ」
サイドミラーで見るに、勇者は恐らくツクシとの最後の時間を繰り返し思っているのだろう。と思ったが再び牙がこちらに向かう。
「っていうかやっぱり見てたのかよ!」
「やめよ、話が進まん! 大人しく座れ、運転を邪魔すると魔王城が遠のくぞ」
勇者は身を乗り出しかけていた体を座席に収め、腕を組んで足も組み、つんと横を流れる景色の方を見る。
黒い土にまばらに草の生えた地平、遠くに街の教会が見えていたが、結局は背後に流れていく風景の一つだった。勇者は車のドア枠に両腕を寝かせ、そこにほっぺたを乗っけて尋ねる。
「魔女のところってそんなにやばいの?」
「ヤバいぞ。もんのすごくヤバい。この車が魔女製といったであろう? これが当たり前のように走っておるのが魔女の都市だ。ほとんど異世界に見えるぞ」
「ほぉ~」
勇者は車の扉を外側からコツコツと叩く。それで何かがわかったわけでもないだろうが、勇者は口許を緩めて言った。
「魔王の次は魔女だね」
気が早い早い……。一応、拙者は聞いておく。
「……魔王も戦王も既に終わったことのように話すのだな」
「うーん、いや、戦王はともかく、魔王ねー」
勇者は顎に指をとんとんやりつつ呟く。
「忍者がいつかさ、仲良くなれるかもって言ってたじゃん?」
「言ってたでござるか?」
「言ってたの」
「うむ? そう言われればそんな気もしなくもなくもなくも?」
「そう、でも無理だよ、あれ」
勇者は目を瞑って首を横に振る。
「戦王サマがあんなだったじゃん? なのに魔王サマもやれやれ言いながら満更でもないっていうか。男の子に呆れながらつい助けちゃう女の子だったじゃん。無理だよ、私の入り込む隙間なーし!」
お手上げ、と勇者は両手を上げ、ばったりとドア枠に突っ伏す。
「諦めてるわけじゃないんだけどさー、なんか運命感じるよね」
「また何を言っておる」
「いやね、私の旅って結局こうなるのかなーって」
勇者は地平線へ視線を飛ばす。いつも通りの澄んだ瞳だ。ただ目蓋だけがいやに重そうに見える。
「魔女だ」
拙者の言葉にきょろりと勇者の視線がこちらへ動く。
「魔女ならお前を殺してやれるぞ」
勇者は軽く笑って視線を戻し、言った。
「忍者もおんなじじゃん。かわいそ、魔王と戦王」
勇者が頭上を仰ぐ。なんとなく目線を追うと、暗い空に爛爛とした真珠のような光彩を放つ月があった。拙者はぼーっとしてたのもあり少し見つめるが、しまったとすぐに視線を下ろす。
あまり見つめると勇者モチーフの白い月が意味深になってしまうからな。危ない危ない。
しかしまあ、あの二人を可哀想扱いできるのは勇者だけかもしれぬな。