朝月の勇者   作:遥海みしん

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第三四話 魔王城の前で

 空の色は夜に、月が一層白く光り出す頃。車のヘッドライトには立ちふさがる三人組の姿が照らし出された。拙者は後部座席でふて寝する勇者に声をかける。

 

「勇者よ」

 

「なに~」

 

「暗殺者ガチャだ」

 

「このまま轢いちゃえ」

 

「ミカヅキがいる。車を斬られるぞ」

 

「ミカヅキィ? はぁ、それを早く言いなよ」

 

 勇者が目蓋を擦りながら身を起こす。そのとき、ミカヅキが大剣を抜いて空に掲げた。そして、構わず突っ込んでくる車に一太刀、一気に振るい抜く。

 

 右と左で真っ二つに分たれていく車は三人の後方で爆発、炎上する。

 

 肩に剣を担ぎ、ミカヅキは舌打ちして怒鳴った。

 

「この、車止めろよクソ忍者が!」

 

 正面で腕を組み、何事もなかったように立つ拙者をミカヅキはそのキラキラした☆の浮かぶ瞳で睨みつけるが、気配を感じて振り返る。

 

 炎上する車の片割れから人の影が起き上がる。影は大剣を引きずりながら車のドアをまたぎ、地上に降り立った。ミカヅキの斬撃や車の爆発も面倒くさがって反応しなかった勇者だった。

 

「よぉ」

 

 ミカヅキが口許に笑みを浮かべ、呼び掛ける。勇者も笑みを浮かべながら三人の方へ歩いていく。

 

「結局、三人はこれでいいのね」

 

「まあ聞けよ」

 

 ミカヅキの制止に勇者は足を止める。シャールが前に進み出て言った。

 

「私はお二人の結末を見届けに参りました。勇者様が許していただけるのなら、私がこの場にいることをお許しいただきたいのです」

 

 勇者はシャールの足元から頭まで視線を上げていく。シャールはローファーを履いて黒いスーツに身を包み、腰にはレイピアを提げている。が、今、その背には黒い翼が生えていた。

 

「いいよ」

 

 勇者が一言返すとシャールはお辞儀して距離を取り始める。残り二人、ミカヅキとカウリスは一歩勇者の方に進み出た。

 

「まず言っとかなきゃいけねえのはよ、これはわがままだってことだ。今魔王が魔族の領域全土に大号令をかけててな。この先で大軍勢を揃えてお前を待ってるぜ」

 

「ふーん。そりゃ大変だぁ」

 

 と勇者は差して興味がない様子。ミカヅキは笑って言う。

 

「他人事だな。でも、わかるぜ。わかるけどよ……俺たちはそんな風にまとめて処理される軍勢の一員にはなりたくなかった。こうやって抜け駆けして、決闘してもらいたかったんだよ。な? わがままだろ?」

 

 自嘲気味のミカヅキに対して勇者は特に表情も変えず言う。

 

「いや、私たち友だちじゃん。それくらいは付き合うよ」

 

 ミカヅキは一瞬目を潤ませるが、目を瞑りながら口許で呟く。

 

「ああ。結局のところこれがいい……」

 

 ミカヅキは剣を構え、柄の握りを確かめながら言う。

 

「生きてようが死んでようが、俺は剣士でいたい。勇者、お前を無視して生きてったらそりゃあもう剣士じゃねえ。俺にはこれしかねえんだよ」

 

 カウリスもまた剣の切っ先を静かに勇者に突き立てて言う。

 

「どれだけ考えても迷いは尽きない。だが、こういう運命を辿ってみたいという欲望が確かに俺にはある。この欲望を殺して生き続けることの方が俺には恐ろしいと気づいた……!」

 

 勇者はほほ笑み、頷いた。

 

「わかったよ、話してくれてありがとうね」

 

 そして剣を振り上げて肩に担ぎ、言った。

 

「じゃ、おいでよ……いや、こっちから行っちゃお!」

 

 勇者は身を低くして踏み込む。二人の懐に。勇者が横薙ぎに振るった剣は二人を一緒くたにして捉えていた。

 

「くそっ!」

 

 ミカヅキが倒れ込むようにして勇者の剣の下に潜り込もうとするが、寝かせようとした大剣が間に合わず、勇者の剣はわずかにミカヅキの剣を一撫でする。それだけでミカヅキはハンマーでも喰らったように吹っ飛ばされる。奥側で綺麗に屈み、勇者の足を狙おうとしていたカウリスもミカヅキに巻き込まれて一緒に吹っ飛んでいく。

 

「わりいドジッた!」

 

 謝るミカヅキだったが、カウリスは無言でミカヅキの背を蹴っ飛ばし、自身も起き上がってその場を逃れる。

 

「どーん!」

 

 飛んできた勇者が二人の間に剣を振り下ろす。地面が裂け、土が吹き上がった。

 

「このぉ!」

 

 土の壁の向こうからミカヅキが斬り込んでくる。が、

 

「あ、いねえ……?」

 

 そう思ったのも束の間、地面に手をべったり着けてミカヅキの剣の下に潜り込んでいた勇者が、ふざけた犬のような四足で懐に飛び込んでくる。

 

「しまっ――」

 

 ミカヅキが息をのむ。手を前に突き出して後ずさるミカヅキに、勇者は剣を振るおうとするが、その寸前で体を捻って身を反らし、横から突き出されたカウリスの剣を躱す。勇者は身を捻ったまま大剣の先をカウリスの方に向け、体が戻ろうとする勢いも乗っけて剣を突き出す。

 

「ぐぅ……⁉」

 

 カウリスの胸を剣が貫く。

 

「カウリス!」

 

 ミカヅキは何が起こったのか理解し、体勢を整えて剣を振るう。カウリスが勇者の剣を抜かせまいと両手でつかんでくるが、それもお構いなし。勇者はカウリスごと持ち上げ、振るわれた剣に対して思いっきり自らの剣をぶつけに行く。

 

 二つに千切れかけたカウリスの体が地面に投げ出され、そこに折れたミカヅキの剣、その切っ先も落ちてくる。

 

 ミカヅキは折れた剣を見下ろしていたが、歯を噛みしめてもう一度、その星の浮かぶ瞳を上げて、折れた剣で構えようとした。

 

 その瞬間に、ミカヅキの首が飛んだ。

 

 ☆

 

「うわぁ~すごーい!」

 

 吹き荒ぶ風に髪を乱し、勇者は目を細めて周囲を見回した。

 

 流れ過ぎる地上と厚い雲に挟まれて、地平線からは夜の果てに新しい星が次々と湧いて出る。遠くには青白い結晶の塔からなる魔王城が少しずつ大きくなっていく。

 

 勇者はシャールに抱えてもらって空を飛んでいた。

 

「魔王様の大号令にネギ様は全面的には従いませんでした。勇者との最終戦争と銘打ち、徴兵を国を挙げての一大イベントに祭り上げました。そしてその熱狂の裏で、意志のない者が戦場に出るのを防いだのです」

 

「ふーん、さっすがネギちゃん」

 

「勇者様は元気ですなぁ~」

 

 シャールは軽く笑った後で尋ねた。

 

「あのお二人はどうでしたか?」

 

「レアらしいよ」

 

「レア、ですか?」

 

「忍者のやつがね。暗殺者ガチャとか言ってんの。ノーマルが普通の暗殺者で、レアがノーマルよりちょっと強いくらいだってさ」

 

「ほうぅ、それはまた悪趣味な忍者殿ならでは。ミカヅキ殿なら怒って斬りかかるに違いない」

 

「そうだねぇ。そんなやりとり、また見たいんだけどな」

 

「そうですな。目に浮かぶようです」

 

 二人はしばらく黙り込み、シャールは空を飛び続けた。やがて、魔王城を中心に展開された戦陣が見えてくる。

 

「あれさ、飛び越えてお城まで届けてくんない?」

 

「ほほほっ、それは無理です。魔王様に挑むのであればちゃんと相手して頂かなくては」

 

「ちぇっ。シャールはとぼけてるように見えて真面目だね」

 

 シャールはわざわざ軍勢の手前に降り立つと、勇者をそこに下ろす。

 

「ありがとうね、シャール。さっさと離れなよ」

 

「勇者様」

 

 剣を抜き、軍勢の方を見据えていた勇者をシャールが呼び止める。

 

「勇者様、お二人の願いを聞き入れて頂いてありがとうございます。私も友が剣士として最後まで生き抜いたのを見届けることが出来ました」

 

「ああ、いいよ別に。減るもんじゃないし」

 

「勇者様」

 

「ん?」

 

「ご武運を」

 

「ふふっ、ありがとね。シャールも気を付けて」

 

 シャールが飛び立つ。それを見送り、勇者は踵を返して軍勢へ向かう。軍に号令がかかったらしい。一斉に放たれた空を埋め尽くさんばかりの矢雨が勇者に向けて降りかかる。

 

 勇者は剣を一振りする。空を埋めていた矢雨が大きく斬り裂かれ、勇者の周囲には矢の破片が降り注いだ。

 

 次には大音声と共に軍勢が動き出す。地面が揺れ、魔族たちの波が迫ってくる。

 

 勇者は足を前後に開いて剣を大きく振るう構えを見せるが、敵軍の先頭の顔が見えてくるにつれて構えを解く。

 

 勇者は敵軍の方へ歩き出す。その歩みは徐々に速くなっていって、ついには軽い駆け足になる。

 

 空で鳥か何かの魔族が鳴き声を上げる。

 軍の後方で魔術師たちが詠唱を終えて魔術が一斉に放たれる。

 

 急遽寄せ集められたからだろう。黒い霧にマグマの塊、土の手形に雷鳥の召喚魔術など、元素や形式も滅茶苦茶な数多の魔術が軍勢の頭上に混じりあい、その形をギリギリで保ちながら、弾けるような七色の光をあたりに撒き散らして勇者に向かってくる。

 

 勇者は七色の光を瞳に映し、口元に笑みを浮かべて剣を振るう。

 

 放たれた斬撃は数多の魔術の混じりあった塊を真っ二つに切り裂いていく。

 

 爆発し、七色の光が夜空を染める。八方に散っていく光の落ちていった先で、敵の魔族が燃え、凍り、潰れ、斬れ、感電する。軍勢のあちこちで悲鳴が上がるが、勢いは止まらない。勇者は軍勢のまん中へと走っていく。

 

 勇者は戦鬼の突き出した槍を躱し、剣は振らずに肩で突っ込む。

 

 押し合い、には全くならず、勇者の足は止まらない。兵士間で開けていた空間を押しつぶしながら、勇者は敵軍を十把一絡げにして押し込み、軍勢は扇状に崩れていく。

 

 ほどほどのところで横合いから突き出された剣を躱し、勇者は回転しながら身を低くし、崩れた敵陣の足元から斬撃を放つ。

 

 倒れていた者は次々と胴や首を真っ二つにされ、立っていた者は足を斬られて倒れていく。だが斬撃を飛び上がって躱した者が倒れた者の頭や背を踏みつけ勇者に向けて駆けてくる。

 

 勇者は背後からの剣を叩き折って敵の胸を蹴り込み吹っ飛ばすと、駆けてくる一陣を見据えて笑う。

 

 勇者が横薙ぎに剣を振るう。それを何人かは喰らいながら、何人かは躱し、勇者の頭上から様々な武器を振るって攻撃してくる。

 

 勇者はじゃっかん千鳥足っぽくなりながらも前進し、ひらひらとした体捌きでそれらを躱す。さらに時折剣の柄も障害物にして攻撃を防ぎきると、千鳥足のまま回転、背後に着地した敵たちをまとめて大剣で薙ぎ払う。

 

 次の敵陣と距離があるのを見計らうと、落ちている敵や敵の一部、武器を両手いっぱいに抱え、ぶん回すようにして空を飛ぶ魔族たちの方へ投げつけた。

 

 翼が両手両足に背中に腰と、十二枚もの白黒の羽をもつ指示役の堕天使が慌てて声を張る。が、遅かった。翼を拡げた魔族たちに大雑把な散弾が次々と当たって落ちていく。

 

 堕天使が信じられないとその光景を見つめ、茫然としながら勇者へ視線を戻す。すると、勇者と目が合った。堕天使はまずいと思ったが、勇者はもう動き出している。

 

 勇者はニッと笑って落ちている腕を振りかぶる。投げられた腕は回転する鉛となって堕天使の頭部をもぎ取った。

 

 勇者はそれを見届けると、視線を地上に戻し、少し助走をつけて跳び上がる。勇者の体は死体の山を飛び越えて一条、第二陣の軍勢へ落ちていく。

 

 自分を見上げる幾多の魔族たちの視線を受け、勇者は挑発的な笑みを浮かべた。

 

 ☆

 

 地上は死体で埋もれて赤く染まる。魔族があれほど浮かんでいた夜空もきれいなものだった。逃げていく魔族たちには目も止めず、カクンと首を後ろに倒し、夜空を見上げながら歩いていた。

 

「ねえ忍者」

 

「なんだ?」

 

「どこ行ってたの?」

 

「無論、魔王城」

 

「ふ~ん」

 

 勇者は相槌をうち、尋ねてくる。

 

「あの二人、どう? っていうか忍者も。私のことみてた?」

 

 なんだ、そんなことか。拙者は胸を張って自慢してやった。

 

「おうとも! 魔女製のスクリーンにて大画面で鑑賞したでござる。魔王の奴は少し不安そうにしていたが、拙者と戦王などそこだ! やれ! などとヤジを飛ばしながらの大盛り上がりだったぞ」

 

「ふ~ん、バカなんだね」

 

 勇者はツンと言い放つと、疲れたのか首の後ろを撫でながら視線を地上に戻す。勇者の眼前には厚い結晶で覆われた巨大な城がそびえていた。

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