朝月の勇者   作:遥海みしん

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第三五話 魔王

 空っぽの広間に月明りが差し込んだ。沈んだ色をした重々しい結晶が僅かに青の光を返す。

 

 カチ、カチ、という冷たい足音と共に勇者が広間へと入る。勇者は広間を見回すと、二階のバルコニーから伸びてくる階段を上がっていく。バルコニーから一度広間を見下ろすと、踵を返して廊下を進んだ。

 

 城内は真っ暗ではなかった。結晶を通して月の明かりが周囲の輪郭をおぼろに照らす。通り過ぎる扉の向こうに食卓の色が見え、勇者は足を止めた。

 

 無言のまま扉を開く。青白い……結晶のテーブルに長椅子、テーブル上にはパンや肉のスライス、豆のスープは湯気が立つ。スプーン、フォーク、ナイフの銀器だけがナプキンの上に乱れた形で置かれていた。

 

「夜食にするでござるか?」

 

 喋らずに部屋を見つめる勇者に尋ねてみるが、勇者は黙って扉を閉めた。

 

「待ってんでしょ? まあ行くよ」

 

 ☆

 

 廊下を進んだ先で吹き抜けの巨大な中央通路に合流する。天井の結晶が中心のラインだけ薄く作られているのだろう。廊下に沿って細く一筋の月明かりが差し込み、その光は王の間まで一本の道となっている。

 

 廊下の両脇に置かれた鏡や衝立、放置された椅子を物珍しげに見ながら、勇者は足を進め、やがて立ち止まる。

 

 重い扉は勇者の前に軽やかに開く。音だけがその重さを周囲に響かせた。

 

 薄青の光を柔らかに放つ結晶空間の奥に、淡い空の色で、冷たい宝石のように浮かぶ二つの瞳が勇者を捉える。玉座に腰掛ける魔王は体を傾けて足を組み、ふんぞり返る調子で勇者を待っていた。

 

 勇者は魔王を認めると、ずけずけと大股で歩いて玉座の前まで進み、腰に手を当てて言う。

 

「来てあげたよ、もう」

 

 少しわざとらしく疲れを含んだ声だった。魔王も肘置きで頬杖をつき、月明かりの下にほほ笑んだ。

 

「ひっどい数を殺すじゃん。嬉しい、勇者?」

 

 勇者は頬を吊り上げるように笑って答えた。

 

「お前も共犯者だよ。魔王様だしさぞ嬉しいんでしょうね」

 

「いんやぁ、私はそうでもないかな? みんな知らない人だし」

 

 魔王は冗談に付き合うように笑って足を組み替える。

 

「っていうか魔王って一人暮らしなの? 寂しくない? こんな広いお城で」

 

「一人暮らしぃ? んなわけないじゃん。勇者がせっかく集めた兵隊たちを倒しそうになっちゃったから避難させたの。みんなね」

 

「へぇ、それって優しいの?」

 

「さすがに優しいでいいでしょ。どうでもいいけどね」

 

 勇者の皮肉も魔王は意に介さずに会話が進んでいく。肩に掛けた半透明のマントが、その繊維の一本一本が月明かりにキラキラと輝いていた。

 

「このお城、魔女の奴に作ってもらったんだ。惜しいよねぇ、こんなに私に相応しいのに」

 

 魔王はこれから無くなるものを惜しむように王の間全体に目をやった。勇者は鼻で笑って言う。

 

「私は壊さないよ」

 

 魔王も軽い調子で言う。

 

「嘘乙じゃん」

 

「本当だよ。壊す必要がなければね」

 

 付け加えられた勇者の言葉に魔王はくすりと笑う。

 

「じゃ、壊しちゃうじゃん」

 

「必要があるなら仕方ない」

 

「もぉー」

 

 二人は上機嫌であるかのように見つめ合う。勇者が尋ねる。

 

「戦王様は? いないの?」

 

「ああ、ラーくん? ラーくんねぇ……」

 

「いるとも!」

 

 魔王は答えを引っ張ろうとしたようだが、魔王の玉座の後ろから巨漢の大男たる戦王ラーシュナフがぐいと顔を覗かせる。

 

「あのさぁ……」

 

 魔王が呆れた表情で戦王を見上げて言った。

 

「いいタイミングで出て勇者を驚かせようって話じゃなかったの?」

 

「おう、それはすまぬな! 求められたらつい与えてしまうのだ!」

 

「ま、きみが言い出したことだからいいんだけどさ」

 

 そう言って魔王は立ち上がる。戦王もずいと玉座の後ろから大斧を取り出し魔王の横に並び立つ。これに勇者は当惑する。

 

「え、もう戦っちゃうの?」

 

「なになに? 戦いに来たんじゃねえの?」

 

 魔王は面白がって尋ねる。

 

「そりゃ、戦いに来たけどさぁ」

 

 勇者は剣を構えてしまっていいのかともじもじしながら拙者を見る。これに見かねた戦王が魔王を手で制して言う。

 

「そう意地悪をするな。気になることがあるのだろう。勇者よ、何なりと問うがいい」

 

 勇者は釈然としない表情で剣を下ろし、二人に尋ねた。

 

「どうして、戦争を続けるの? 必要ある?」

 

「必要ぉ?」

 

 魔王が繰り返す。勇者は頷いて言う。

 

「そう、あなた達のために誰かが死ぬ必要。平和に暮らしてる誰かが殺し合う必要」

 

 魔王は見上げ、戦王は見下ろす。二人は呆気にとられたように見つめ合う。じゃ、まずは私から、と魔王から答えた。

 

「逆に聞きたいんだけどさあ、勇者? 必要があったら人って殺していいわけ? 仕方ないことはあるんだろうけどさぁ、仕方ないで済むわけ?」

 

 勇者は口を閉じたまま魔王を見る。魔王は何かが分かったとでも言いたげにきゃはっ、と浅い笑みをこぼす。

 

「そか! 勇者は私らのことが知りたいわけだ~。魔女んとこのマスゴミじゃん。下衆いね~ったく。いや待って、マジおもろいんだけど。勇者がマスゴミ……出刃亀に野次馬根性……世も末だわ」

 

「っるっさいなぁ! もう、なんなの? 復讐なの? 何でここまでする必要があったの? 戦い始めたらもうわかんないから、せめて、知りたいから……」

 

 言いながら勇者の言葉は弱弱しく消えていく。魔王はさらに調子づく。

 

「復讐ぅ? ははっ、復讐だってさ。きみ、どう思う?」

 

「始まりはそうだったではないか」

 

 戦王は意外にも落ち着いた調子で答える、魔王は少し気に入らない様子だが、戦王の邪魔までする気はないようだ。

 

「勇者よ、過程は言わん。隠すのではない、どうでもいい相手との会話でいちいち思い出すのが面倒だからだ。だから結果だけを教えてやる。あとは貴様が勝手に考えればいい」

 

 そう前置きし、勇者がちゃんと自分の方を見ていると確信したうえで戦王は語る。

 

「我らにとってこの世界は、我らが好き勝手に弄ぶためだけにある。世界は我らのために形を変え、血を流し、死んでいかなくてはならないものなのだ。過程はどうあれ、そういう仕方でしかもう、我らにとっては価値を感じられんな」

 

「……始まりは、復讐だったんだ」

 

 勇者の問いに戦王は穏やかな声音で答えた。

 

「そうとも」

 

「そっか」

 

 何かを呑み込むように黙り込む勇者。これに魔王がしびれを切らす。

 

「いや、バッカじゃね? どういう会話? そんなに私らを哀れみたいわけ? だいたい、この世界に価値なんてあるわけないじゃ~ん? みんな好き勝手に死ねばいいんだよ。私らがいなくたって何にも変わらない。ね、そうでしょ」

 

 魔王が問いかけたのは隣に立つ戦王だ。戦王は少しだけ困ったようにしながらも最後には深く頷いた。

 

「かもしれぬが……いや、うむ。お前がそういうのならそれが全てで構わぬよ」

 

「いや、ほんとラーくん優しすぎだから。もうちょい強めに来たって嫌いにならないよ?」

 

「ううむ、会話とは難しいものだ」

 

 戦王に笑いかけながら、魔王は巨大な羽根を王の間に広げていく。薄白い四枚の羽根は月光を透かし、その影の内で結晶光は仄かに揺らめいた。魔王のドレススカートに包まれた華奢な足がそっと床から離れていく。

 

「ま、そういうこと。私らさぁ、お前に理解されなきゃどうしようもない弱虫なんかじゃねえから」

 

 再び魔王の羽根が大きく波打つ。上から下へ、押し流すような風の流れに乗って鱗粉が吹き荒れる。結晶が砕け、厚い壁に次々と穴が空く。轟音が鳴り響き、勇者の後方で城は地崩れを起こして崩壊する。

 

「やっぱ壊してる」

 

 勇者は剣を盾にして平然と突っ立ち呟く。王の間の空間は勇者の背後半分が城ごと削ぎ落されたように地面の奥へと流されていった。勇者が顔を上げた先では吹き広がっていく鱗粉の波に光という光が乱反射して、空間全体が七色に青白く瞬いていた。

 

「とりゃぁああ!」

 

 そこへ突っ込んでくる戦王、勇者はひょいと片手で上げた剣で大斧を受け止める。

 

「くそがっ、敵意感知といったか? 愛か? 愛とかで突破する奴なのか⁉」

 

 一人で鍔迫り合いを演じる戦王が妙にから回ったことを言う。勇者は何言ってんだこいつ、と冷めた顔で戦王を眺めていたが、そこへ魔王がそれぞれの羽根の上でまとめた鱗粉の弾丸を四つ、上から叩きつけにいく。

 

 鱗粉が弾け飛び、勇者の周囲の床が穴まみれになって陥没する。戦王は飛び上がって魔王の下まで後退する。魔王が敵を見据えて言った。

 

「どうせその辺はシンシンがあらかた試してるって。魔女の救援があればどうにでもなるだろうけど、まあ来ないよねぇ」

 

「魔女か……うむ」

 

 斜に構えた笑みを浮かべる魔王に対し、戦王の表情は重かった。それを茶化すように魔王は笑う。

 

「私たちさぁ、これでいいんだよね?」

 

「ああ、いいに決まっている」

 

 二人の周囲を取り巻くように風が吹く。軽やかな光を放つ鱗粉が戦王の視界を彩っていた。

 

「これまでと同じ。私たちが揃えば何だって出来るよね」

 

「もちろんそうだ」

 

「今回だって……」

 

「当然」

 

 魔王はそこで言葉を切る。頭上に手を掲げると、そこに風が集まって鱗粉の光が流れ始める。魔王は唇をかみ、キッと勇者を睨んで叫ぶ。

 

「お前のために話してるわけじゃない! 見るなぁ!」

 

 高速で回転していた光の粒子が勇者の方へキラキラと流れていく。

 

「それ、綺麗だけどなんなの? 鱗粉?」

 

 瓦礫の間を駆け抜け、壁まで使って鱗粉から逃げながら勇者が問う。魔王はさらにヒートアップしそうになるが、戦王が口を挟んだ。

 

「少しは余裕を持て、勝てるものも勝てなくなる。我はお前と共に勝って生き延びたいのだ」

 

 そうそう、戦王様のゆーとーり、という勇者の援護射撃(?)にも肩をいからせながら何とか堪え、魔王は息を吐き、勇者を見下ろして言う。

 

「綺麗って言ってたっけ……そうか、綺麗か。で、えっとなんだっけな、私の鱗粉? 粒子の一つ一つが二千トンくらいあるって魔女のとこの奴らが言ってたよ」

 

「二千トン⁉ って、トンってなに? どれくらい重いの?」

 

「知らないって。私に聞くな。魔女のとこで使ってる単位だけどさぁ、私はマジで知らない」

 

「へぇ、魔女の国かぁ。いいなぁ、早く行きたい!」

 

 声音がもはやワクワク全開の勇者に魔王が舌打ちする。

 

「ああ駄目! やっぱこいつマジむかつく!」

 

 魔王が思いっきり腕を開き、巨大な羽根が大きく開いていく。が、そこで王の間に大音声が響き渡った。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

 戦王が咆哮を上げて駆け抜ける。魔王はハッとして一度目を瞑り、冷静に手をかざす。細い風が吹き、さらさらと鱗粉が運ばれていく。鱗粉は衝撃波となって床を散らしながら二つに分かれて戦王を避け、勇者へ先行する。

 

「へぇ」

 

 勇者は面白がって剣の横面で鱗粉を受け止めると、軽くバックステップして戦王の振り下ろしを躱す。戦王は踏み込んで追撃、返しの斬り上げに斧を身に引き寄せての横薙ぎと巨大な斧を軽々と扱って見せるが、勇者には触れられない。目の前で頑張る戦王を勇者の瞳が見つめていた。

 

「くっ、だらぁ!」

 

 戦王が倒れ込むような勢いで斧を振り下ろす。勇者は僅かに半身になって斧をすかし、そのまま踏み込んでくる。

 

 勇者が剣を振るう。

 

「あ、すまね……」

 

 思わず戦王の口から言葉が漏れかける。一瞬、勇者の剣が遅くなったような気がしたが、戦王にはどうにもできなかった。

 

 戦王の体は軽くなる。視界は上へ。勇者は下へ。重たい体が地上を離れる。

 

 背後から胸に回された細腕、軽やかに肌を撫でてくる灰色の髪、そして、この巨体をも柔らかに包んでくれる大きな羽根。

 

「おお!」

 

 なぜか喜色を表す勇者に戦王を抱えた魔王がキレる。

 

「おおじゃねえよ、クソ勇者が!」

 

 勇者のすぐ頭上から魔王が叩きつけるように鱗粉を吹きつける。

 

 床がまるごと抜けて大穴が開き、結晶と鱗粉の混じったチカチカとした土煙が上がる。魔王は数度羽根を瞬かせ、距離を取って王座の横に着地する。戦王は魔王の腕から離れると、煙から目を離さず静かに魔王の隣に立つ。

 

「すまぬ、またしても」

 

「謝らないでよ。こんな、後から全部笑い話に……お前⁉」

 

 巨大な羽根を振り回して魔王が振り返る。鱗粉に塗れた顔で笑いながら、勇者が剣を振り下ろした。魔王は勇者を認めるのも束の間、自らの羽根に目を走らせる。左の二枚の羽根は上下の境もなくなって、剣の通過した裂け口を中心にひしゃげてしまっていた。

 

「なっ、こんにゃろっ……!」

 

 それ以上言葉が出ない魔王へ向け、勇者は剣を突き立て飛び込んでいく。

 

「させぬわ!」

 

 横から飛び込んだ戦王が斧を構えて勇者の剣を受け止める。

 

 勇者の突きは戦王には止められず、戦王は魔王を巻き込んで吹っ飛ばされていく。

 

「あっ、ラーくんごめっ……!」

 

 表情を歪ませ、目に涙を浮かべた魔王が不均衡な羽根を閃かす。二人の体勢が翻り、そのまま壁際に残っていた足場まで滑空する。戦王は立ち上がる。が、魔王は膝をついたままだ。

 

「やめよ」

 

 息を荒くし、涙を流しかける魔王の背に戦王が呼び掛ける。

 

「笑い話にするのだろう」

 

 言葉とは裏腹に、戦王は厳しい表情で勇者を睨みつけていた。

 

「鱗粉は魔術で圧縮して近距離から放て」

 

「ラーくん?」 

 

「我と距離を作ると各個で狙われる。我から離れるな」

 

 大斧を両手で掴み持つ戦王の巨体が、魔王から一歩遠ざかる。

 

「ねえ、待ってよ」

 

 魔王の呼びかけに戦王が立ち止まる。自分で呼び留めておきながら、どうしたらいいかわからないというように魔王は口ごもり、どうにもできずに手を伸ばす。そこで戦王が振り返った。魔王は伸ばした手を慌てて下ろそうとしたのだが、戦王は何の疑問も抱かずその手を取った。

 

 魔王は苦しい笑みを浮かべ、自分の手を握る戦王の大きな手を見つめていた。

 

「ごめん、ごめんね。どうしたんだろう、私、怖くなっちゃったのかな」

 

 戦王は魔王の言葉を聞いてすぐに戦闘モードを解くと、膝をつき、それでもなお小さい魔王を見下ろした。魔王の瞳の空が震えている。戦王は険しくしていた表情を緩め、穏やかに笑った。

 

「我はそれでも構わんぞ? なあ、勇者よ」

 

 突然話を振られた勇者は「ん?」と首をかしげる。

 

「勇者に問う。我と魔王が助命を嘆願したら、お主は我らを殺すか?」

 

「えぇ⁉」

 

 勇者は困ったように頭をかいて答えた。

 

「たぶん、殺せない……かも? でも、みんなをある程度納得させなきゃいけないし、納得してもらえないだろうから、んーとまあ……二人には出来る限りみんなのために生きてもらうかも? うん?」

 

 言いながら自分で疑問符を増やす勇者に戦王は頷き、再び魔王を見下ろした。

 

「ということだ。今ならまだ間に合うぞ? どうする、魔王よ」

 

「魔王って言わないで」

 

 魔王は目元を拭って笑い、立ち上がろうとする。戦王は握っていた手から魔王が立ち上がるに合わせ腕を引き上げる。

 

「ラーくんはそれでいいの?」

 

 戦王は間を置かずに笑って答える。

 

「当然だ! お前が生きている、それが全てだとも!」

 

 魔王は俯き、一歩前に進み出て戦王の胸にこつんと額を当てた。

 

「私は嫌だけど……」

 

「ほう」

 

「受け入れられない、悔しいよ……。ねえ覚えてる? 私たちを無茶苦茶にしたこの世界を、私たちが無茶苦茶にし続けてやる、絶対離してやらないって誓ったじゃん」

 

「うむ」

 

 戦王は頷き、胸元に身を寄せる魔王の灰色の髪にそっと触れる。

 

「きみだってさ、私たちならこの手で世界を好きな形に変えていけるって言ってくれた。言ったよね?」

 

「覚えているとも。お前もだぞ、きみがいなきゃこんな世界は滅ぼしてやる、だったか? 危うくも誇らしかった……ああ」

 

 魔王は笑みを含み、戦王を見上げて言う。

 

「初めて好きになれたんだ。私たちがこの世界の中心にいる、この世界の主人公なんだって思えた」

 

「ああ」

 

「この世界は……」

 

 一度言葉を切った後、少し照れたように顔を逸らした後で、魔王はしっかりと戦王の目を見上げ言う。

 

「私たちのために在ったんだって思えた」

 

 胸元で紡がれる魔王の言葉に戦王は頷くと、壊れた羽根を抱き込むようにその太腕を回して魔王の背を軽く叩いてやる。

 

「ああ。我もだ……幸せだった。確かに、この幸せは命に代えても手放しがたい」

 

「じゃあ……」

 

 魔王が顔を上げた。

 

「うむ。お前の意思こそ我の意思。我らは最後までこの幸せを守るために戦うとしようか」

 

「ごめんね」

 

 最後にそっと口に出した魔王だったが、戦王はきっぱりと言う。

 

「謝るでない、我の意思だと言っておる」

 

 二人は離れ、勇者に向かう。勇者は剣も構えず二人を見ていたが、話のキリが着いたと見て声を上げた。

 

「じゃあなんて呼べばいいの?」

 

「お前には言ってない! ただの魔王だっつってんだろ!」

 

 魔王が腕を振るい、横薙ぎの風に鱗粉が乗っていく。

 

「とわわっ!」

 

 勇者が剣で受けながらも軽くバランスを崩して後ろに仰け反る。

 

「行動開始だ!」

 

「うん!」

 

 その瞬間に戦王が動き出す。その場に突っ立ったままの魔王が顔の前で両手をかざすと、その手の中に鱗粉が集まっていき、細い柱状に伸びていく。

 

 直線に押し固められた鱗粉が内部で高速に振動し、魔王の瞳を照らす。

 

 魔王が羽根をはためかせる。魔王の体は光りの軌跡を描きながら戦王を追い抜き、勇者の真ん前に躍り出る。

 

「死ね!」

 

 魔王が柱状の光を両手で振るう。

 

 接近戦を想定していなかったからだろう、勇者は目を見開きながらも咄嗟に剣でガードするが、その場に留まれずに吹き飛ばされる。

 

「重てー」

 

 結晶の柱に出来たクレーターに腰掛け、笑いながら呟く勇者の目に魔王が迫る。

 

 勇者は丁重に(?)立ち上がると、剣を構えて魔王の突撃に備える。

 

 魔王が勇者の頭を真っ二つにしようと上から光を振り下ろす。勇者はまるで狭い路地でも通るかのように体を横にして躱すが、魔王は光を止めずに床に叩きつける。それで床が崩壊する。

 

「っと!」

 

 とかよろめいてるとこに戦王が追い付いて斧を横薙ぎに振るった。勇者は軽く跳び上がり、斧を飛び越える。

 

 笑みを浮かべる魔王の瞳が勇者の瞳と合う。魔王が打ち上げ気味に光を振るった。勇者は剣の面を下に広げてガードするが、柱を象る光は剣をすり抜けた。

 

「お?」

 

 呑気な声とともに勇者は鱗粉の波に衝突し、夜空へと吹っ飛ばされる。

 

「うーん」

 

 夜空へ舞い上がった勇者は腕を組み、草原で寝転がっているかのように月と対面する。

 

「考えない方がいいこともある?」

 

 そんな問いに月は答えてくれるわけもなく。夜空を滑っていく勇者の目の前に魔王の体が現れる。

 

「意外だったしょ? 私、これでもシンシンの二番弟子だかんね」

 

「意外だった。一番弟子はネギちゃん?」

 

「はっ、よく知ってんじゃん。あぁいや、勇者らしいわ」

 

 魔王は呆れ混じりに嘲るような笑みを浮かべ、光を振るおうとする。勇者もまた、同時に剣を振るった。

 

 魔王だけが一方的に上空へと吹き飛ばされた。

 

「魔王!」

 

 呼び声に反応して勇者は視線を下に向ける。水晶の城は塔の連なるその屋根から地盤まで、半ばから巨大な手でごっそり持っていかれたかのように削り取られている。

 

 まだ残っている開けた内部で、室内の半分もが消失した王の間に、こちらを見上げる戦王の姿があった。戦王は落ちてくる勇者を認めると、両足を開いて腰を落とし、一歩踏み出して迎撃する構えを見せる。

 

 戦王が頭上に向けて大斧を振るう。勇者は逆さまで落下するに任せ、剣を下に向けた。

 

「ぐっ、おぉう!」

 

 落下する勇者の剣の重さが戦王に降りかかる。足元の結晶にひびが入っていく。

 

「そのままでお願い!」

 

 遅れて空から戦王への呼びかけ。魔王が下方の勇者に光を差し向ける。勇者の頭上から、光の柱がさざめきながら降ってくる。

 

 勇者は斧を弾くとくるりと体を回転させて光の柱を回避、その回転の勢いで戦王の片腕を斬り飛ばした。

 

「んだとぉ⁉ ぐうっ!」

 

 戦王は歯を噛みしめながら体全体を使って片手で大斧を振り上げ、勇者の頭へと振り下ろす。

 

「ごめん、遅い」

 

 勇者は前に踏み込む。斧を振り上げた腕はそのままで、がら空きになった戦王の胸に勇者が剣を差し入れ、そのまま地面にピン挿しするように押し倒す。

 

 戦王が声を上げる間もなく勇者は剣を抜き、背後に降り立った魔王へ剣を振り上げる。

 

「ん? ちょっと……」

 

 勇者は振り返る。血を流した戦王が勇者にしなだれかかり、その巨大な腕で勇者の振り上げた腕ごと抱き込んでいた。

 

「我ごとやれ!」

 

 戦王の叫びに魔王がびくりと肩を震わす。魔王の手の中で無数の鱗粉の光が蠢いていた。その光を、魔王は下ろす。

 

「ま、そうなるよね」

 

 勇者は戦王を自分の体からふるい落とし、その瞬間に光を振るおうとした魔王の腕を斬り落して、空いた胴を蹴り飛ばす。

 

 魔王は床に叩きつけられ沈んでいった地面の方へ落ちそうになるが、羽根をはためかせて軌道を取り直し、穴の縁に叩きつけられるようにしてなんとかとどまった。

 

 勇者を間に挟み、戦王も魔王も起き上がらなかった。

 

「ラーシュナフ」

 

 俯き、倒れた魔王が声を上げる。

 

「戦王、ラーシュナフ!」

 

 張り上げた声に、戦王の肩が動く。魔王は途切れ途切れに言葉を紡いでいく。

 

「死ぬなよ……約束したじゃん……」

 

 魔王が顔を上げる。廃墟に浮かぶ空の瞳には、倒れた戦王が映し出されていた。魔王は歯噛みし、拳を床に叩きつける。そして、喉を裏返すような叫び声を上げた。

 

「ざっけんなよばか……死んでんじゃねえよ、私を守るんだろうがっ!」

 

「ぐぅおおおおおおお‼」

 

 戦王が咆哮を上げる。血の滴る歯をかみ合わせ、その巨体がゆっくりと起き上がる。戦王が口から血と唾を飛ばしながら怒声を上げ、夜空へ飛び上がった。

 

 咆哮は停まる。

 

 斧が、斧を握っていた腕と共に落下する。遅れて首も、胴と離れて同時に……。

 

 一部始終を見ていた魔王は口を開けたまま瞳を潤ませ、落ちていく戦王を目で追っていた。

 

 勇者がゆっくりと魔王の元に歩いてくる。勇者は半透明の羽根に身を包まれた魔王の背を見下ろし、言った。

 

「何か言い残すことはある?」

 

 魔王はもはや顔を上げず、答えなかった。少し気まずそうにしながらも、勇者は負けじと続けた。

 

「私に出来ることとかさ。何もない?」

 

 魔王は顔を横に向け、灰色の長い髪を頬の下にして言う。

 

「勇者……私もまあ、少しキツく当たり過ぎてたのかな……子どもっぽかったよね。でもさぁ、私のこたぁぜーんぶラーシュナフがわかってくれてんの。私の世界にお前なんかいらない」

 

 勇者は苦笑して頷いた。

 

「それで、遺言とかある? 聞くよ」

 

 魔王は横を向いたまま答えた。

 

「私たちを見るな」

 

 勇者は息を吐き、剣を振り上げる。魔王の視線の先を見てしまい、シンの言葉が脳裏に浮かぶ。

 

「こういうパターンもあるか」

 

 勇者は目を瞑り、剣を振り下ろした。

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