第三六話 SSR
キラキラと光る湖のほとりに四人の影が佇んでいた。
そのうちの一人、顔中から顔がにょきにょきと生え、手から手が生えて足から足が生えまくっている邪神のような男が前に進み出て言った。
「我らは世界の夢の結晶。世界の危機が訪れた際に備え、魔族と人類が合同出資した秘密プロジェクト! 日々の訓練や生活、専門のアドバイザーたちの調整によって戦力の底上げや円滑なコミュニケーションを図り、魔族と人類混合の理想的なチーム運用をここに実現したのだ!」
「そうよ!」
ローブを纏った魔術師の女が言う。
「私たちは対話を大事にしているわ。魔族と人類が分かり合えると信じて踏み出したの! そうやって相手の顔をよく見たら、なんてことないわ。私の方へ勇気をもって踏み出そうとしてる、私みたいなやつがいるだけじゃない。なのに……聖バーナード法国の奴らっていつもそうよ、空気なんか全然読んでくれない。どうして魔女を倒そうとするの? もっと視野を広く持つべきよ!」
今度は大鎌を持った骸骨が言った。
「ケッヘッヘ! 俺はこの鎌ちゃんに餌をやれればなんだっていいんだ。が、こいつらは鎌ちゃん以外で初めて俺に優しくしてくれたダチだからな。ダチの願いもついでに叶えてやるさ」
最後に、表情のない男が言う。
「みんな、見ればわかるだろ。戦うしかない。こいつの表情から『いい加減なげーよ、はよ終われや、ってか布団入りてー』という腐った意思が読み取れる。対話などできない。任務を全うするぞ」
そう言って男が二丁拳銃を構えた瞬間、その両腕が宙に飛ぶ。
「は?」
男は瞳を揺らしながら、いつの間にかすぐ真横に移動していた勇者の方を見た。
「おいおい、想定以上だ……」
男は両腕から血を流して倒れた。勇者は剣を振って血を払うと、邪神の方へ歩いていく。
邪神の数多の目が一斉に青く光り出し、魔術師と骸骨が弾かれたように動き出す。次いで邪神が瞬間移動し、勇者の背後に立つが、先読みした勇者の背後に突き出した剣がその頭部を貫いた。
顔中の顔が痛みに呻きながらも邪神は数多の腕を勇者へ伸ばす。
「ちょ、なにこれきも!」
手にまみれた勇者が慌てて剣を抜いて手首を返し、根元の腕ごとバッサリ斬り落とす。
邪神は悲鳴を上げて倒れる。
「嘘よ、こんな、嘘」
男の両腕に治癒魔術を掛けていた女に、勇者が体を向けた。
「いえでも、そんなことをしたら」
何やら一人でぶつぶつと呟いていた女だったが、ついに覚悟を決めたようだった。
「いいわよ……恨まないでよね……!」
女は勇者に向けて手を伸ばす。女の瞳が炎に染まる。その手の平の輪郭も淡い赤に包まれ、次第に周囲に陽炎が立ち上り始める。勇者が踏み込もうと姿勢を低くする。そこで魔術が発動した。
圧縮された炎の渦が勇者と邪神を呑み込んだ。球体に形を固定されて内部で暴れ回る炎。しかし、勇者は何のこともなしに抜け出すと、突き出された手のひらも一緒に、女の肩から腰にかけてを一刀両断して見せた。
「ケッヘッヘ! 悪夢みてえじゃねえか! 覚めねえと何もかも終わりになっちまうぞっ、なあ神様よぉ……!」
言いながら骸骨が勇者に向けて鎌を振るう。勇者は剣で受け止める。恐ろしい速さで、恐ろしい重さで振られる鎌だが、勇者の体には衝撃が行ってないのか全て手先で受けているようにすら見える。
骸骨もそれに気づいているからか次々と攻撃のテンポを変えてみせ、さらに肋骨の内部から黒い竜巻を発生させた。竜巻はどんどん大きくなり、ついには骸骨の体から出て勇者を呑み込んだ。
「ケッヘッヘ! やったかぁ?」
竜巻の中心から、笑いながらも腰を沈める骸骨。と、竜巻の中から勇者の生白い腕が、骸骨の頭へ向け伸びてくる。骸骨は素早くこれに反応して鎌を振るうが、
「あぁん?」
鎌の刃は通らなかった。腕は肌に当てられた鎌の感触を頼りに骸骨から鎌をひったくると、手を離さずについてきた骸骨本体もまとめて竜巻の中に引き込んだ。
「よせっ、やめやがれ! この、ぎゃっ、がああああああああああああああああ!」
骸骨の悲鳴が竜巻の中で上がった。
竜巻が消えていく。
静寂の中で勇者は辺りを見回し、拙者の方へと歩き出す。勇者はそこに落ちてた炭化した邪神に目を落としながら通り過ぎようとするが、ぴくりと眉を動かし足を止める。
勇者は振り返る。
黒い腕が勇者の足を掴んでいた。炭と化し、表面が風に削られていく邪神はもはや顔も上げられなかったが、後頭部にも目があったらしい。焼き魚のような黒点のない白濁した目を勇者に向けた。その目が青い光に包まれる。
「はっ、ちょっ何これ⁉ 頭の中に声が⁉」
勇者は困惑しながらも邪神の方に体を向けようとするが、それで足を掴んでいた邪神の腕がもげた。
「あ、いや、そういうつもりじゃなかったんです、けど……」
勇者の弁解もどうでもいいと邪神はじっと勇者を見上げている。
「ふーん、その心は?」
勇者は冷めた目で見下ろすが、その実何か引っかかっているような口調だ。邪神の瞳は青く光っている。
勇者は腕を組んで頷くと、しゃがみ込み、邪神の目を覗き込んで言う。
「そうかもねぇ。なんとなくわかるよ。たぶんあなたの方が正しくて、みんなのために色々考えた結果、私と戦うことになっちゃったんだろうなってこと」
邪神は何も言わず、掠れた呼吸を繰り返していた。勇者は言う。
「でも、私は嫌だな」
勇者は白けと怒りの混じり合う瞳で、問い詰めるような調子で続ける。
「それって茶番じゃん。魔女が用意した茶番。それで沢山の人が死ぬとしてもさ、今この世界が、人が死ぬような茶番で成り立ってるっていうんなら……」
私がそれを壊すよ。
最後にそう言って勇者は立ち上がる。踵を返して拙者の元へ進もうとするが、その時邪神が焼けた喉でぼそりと一つの名前を呟く。
「ヒョールド、か……」
勇者はポカンと口を開くが、その口がほほ笑みに緩んでいく。
止めていた歩みは再び動き出す。
「汗拭きタオル、いるかでござるか?」
「いや、汗かいてないし」
誰も相手したくない気分なのだろう。勇者は拙者をも通り過ぎて前へと進む。
「でもまあ、今日はそこそこ強かったんじゃない?」
勇者は振り返り、四つの死体を順に目をやった。今日の暗殺者ガチャはSSR……いや、ガチャなどと、少しおふざけが過ぎていたかもな。