まさか勇者がこのような店に入るとは……うーむ、居づらいでござるな。
拙者は勇者を追ってアパレルショップに入っていた。たぶん、人生初。緊張してきたでござる……!
「忍者~」
勇者が呼ぶので拙者はハンガーラックに掛かった服の隙間から顔を出した。
「何でござるか?」
「これ、似合ってる?」
と勇者は試着室の中から聞いた。
うーん、似合ってるというか何というか。
「この蝶の刺繡とか特にさ、すごいよくない?」
「あー、拙者あんまし女物の衣類のことは詳しくないのでわからぬが、その国旗は取れないでござるか?」
拙者の言葉を聞いて勇者はなぜか誇らしそうに背中の国旗を手繰り寄せて言う。
「取れない!」
「呪いか何かでござるか、その国旗は」
ふん、と鼻を鳴らして勇者は試着室のカーテンをシャッと閉めた。
「ところで勇者殿、四天王討伐の旅の買い出しでござるな? それは」
「そうだよ。かわいい服着てた方がテンション上がって強くなるでしょ?」
「知らん」
「かっこいい装束の方がテンション上がって強くなるでしょ?」
「当たり前でござる! 拙者の変装は騎士のものから物乞いまで、すべてを自作しているでござる。表面上は同じに見えても細かなここ好きポイントを散りばめているでござるよ!」
「へー、意外」
ふっ、と鼻高々に拙者は笑った。
「さて、次は屋台だね」
おやおや……この勇者、もうお昼なのに頭はおねんねでござるか? さては陽射しにやられて茹でだこでござるな?
「屋台の料理など旅に不要。食料は日持ちするものを買い込めばよろしい。向こうの百貨店ではじまりの冒険者セットAが売っていたでござる。それを買えばミッションコンプリート。この国ともおさらば!」
「いや、勿体ないって。今日がお祭りの最終日だよ? 明日からしばらく文明圏外なんだから、美味しさをしっかり臓腑に貯めとかないと。あんたも暗殺者なんだし、どうせ私について来るんだから、今日の内にたくさん食べたいでしょ?」
「いや、拙者の料理の腕はプロ級なので自前で調理するが……」
「は?」
「ん? なにか?」
「……私は?」
「私は? あなたは勇者でござる」
「ううん違う。私の食べるものは? 作ってくれたり……しない?」
そう言って前かがみになり、どうやら上目遣いらしき角度でこちらを見つめる勇者。拙者は温情を持って首を横に振った。
「嫌でござる」
「そこをなんとか!」
パン、と強く両手を合わせ目を瞑る勇者。拙者がプイと顔を背けると、勇者は料理中に駄々をこねてやる……などとほざいたが、ひとまずはあきらめた様子。そのまま太陽の下の屋台へと歩き出した。
「豊かだな~」
屋台の列に並ぶ最中、綿菓子片手に走っていく子供たちの背を目で追いながら勇者は言った。
「そりゃあ、各地で起こってる魔王軍との戦いのおかげでござる。この国は戦争最前線を謳って他国から金を巻き上げながらその実、膠着状態を作ってぬくぬくしておるからな。本当に戦ってる最前線の村々や怖がってる後方の国々に武器も兵法指導者も輸出しまくりで内部乗っ取りでウハウハでござる」
「それ、まさかこの国が黒幕とかってオチじゃないよね? 」
「なっ、なんと! そそそっそんなわけないでござるよ! 王は崇高で素晴らしくて凄い、素晴らしいお方。王の凄いお陰でこの国の民は朝も夜も凄い笑顔が絶えなくてみんな凄すぎて困ってるほどでござる」
「頬引き攣ってんぞ」
と拙者を指差し、勇者は屋台のおっちゃんに注文し始め、それが終わるとまた別の屋台の前へと小走りで駆けていく。
まったく。拙者は財布じゃないでござるよー……。
☆
「ところで、これって何のお祭りなの?」
先に広場の席を確保していた勇者が料理を待ちきれないとばかりにテーブルを両手でたんたん叩いて言う。
「ああ、これは戦神ブルードゥクに捧げる武闘祭でござるよ」
答えながら拙者は勇者の所望した焼きそばをとタコ焼きとピッツァを屋外テーブルの上に並べていった。
「ブルードゥク、聞き覚えはあろう?」
勇者はなぜかたこ焼きを口に頬張ってから答えた。
「んぁい」
ブルードゥクはこの国の名前なのだが……。
「まあ、勇者は魔王城の位置だけ知っていればいい。ちょっと四天王のところにも寄り道はしたいがな。それで武闘祭でござるが、四年に一度世界中から猛者が集められて試合を行い、一番を決めるでござる。優勝者はブルードゥクの剣を与えられ、四年間王庁を守護する任を与えられるでござる」
「へー、四年で交代なんだ」
「一応そうでござるな。でも優勝者は王庁の恵まれた環境で鍛錬できるのもあるからか、ここ三回は優勝者が変わっていないでござる」
「どれくらい強いの?」
勇者は食事をするのを止めて拙者を見て聞いた。
「んー、難しい。魔王や四天王に及ばないものの、さすがにこの国随一の戦力だけあってそこそこ強いでござるよ?」
「ふーん、ってことは、魔王より強い私よりは弱いんだ」
うわぉ、最近の若者は恐れを知らないでござるな……。ここはなんとか窘めてやるか。
「まあ、そうだが、しかし剣の腕は勇者殿より上手いでござる」
「忍者より上手いの?」
「拙者の方が上手いでござる! 比べるのもおこがましい! 拙者とシュナくんの間には世界一深い谷と世界一高い山との間よりも遥かな遠い技量の差があるでござる!」
ん? ちょっと盛り過ぎたか……? まあいいや。
「ふーん……」
そう言って勇者はピッツァを手に取り、半ばまでかぶりつくとチーズをやたら伸ばしてから口に頬張った。
今日はただでさえ日差しが強い日だというのに、人々は熱狂の中にある。
立ち並ぶ屋台に織りなす人々の群れ。子供たちの笑い声やそれにこたえる大人の笑い声や怒鳴り声もときたま聞こえてくる。
そして、勇者の視線は屋台の続く道の先、人々がそこへ向かうところであるところのコロシアムへと続いていく。
「ねえ忍者、その武闘祭って見に行けない?」
はぁ、これまた無茶を言う。武闘祭など今から行けば後ろの方の立見席。戦ってる剣士どもなどありんこサイズもいいところでござる。まったく、この娘は物事の何たるかを知らないようだな。
拙者はため息をついて懐からチケットを二枚取り出した。
「最前席でござるよ☆」
勇者の瞳がパッと輝いた。