「ふぃっふーん、ふふんっ、ふーん、ふーん!」
今日も勇者はうるさし。外はこんなにも晴れているのに。煌びやかな領主の屋敷もこれでは雅を損なおうというもの。
なあ、そうは思いませぬか?
拙者は秘技、スナイピングイヤァで窄めた声を強い息に乗せ、先導する領主側近殿にだけ聞こえるよう尋ねた。側近はちらと振り返ると、目を白黒させて呟く。
知りませんよ変な技使わないでください気持ちわるい……!
ま、これも持つ者の定め……という奴か。
だから私にだけ聞こえるように言うなっつってんだろこのあほが……!
☆
我らは領主殿の待つ広間に案内された。
目を引くのはゼリー状にしたベリーが表面を飾るケーキだった。茶の用意もあるらしい。ごくんと勇者の喉が鳴ったのがわかる。
そして、領主、アカリード・ダルメィシア三世。窓からの光を背にして腕を組み、ドンと構えていたようだが、あまりにDQNな格好の勇者に目を丸くしていた。
「あー、貴殿が法国の勇者殿だね。私の好きなスイーツを用意したので是非食べながらでも話をしようじゃないか。口に合うとよいのだが……ああ、付き人の忍び殿のぶんもあるぞ。ぜひ食べたまえ」
早速勇者が席について一目散にケーキを食べ始める。勇者は口にケーキを積み込みながらも拙者に促した。
「うぃんひゃ……たの、ふ……」
もごもごと食べながら喋って、あーはしたない! 拙者は領主に華麗に一礼して申し上げる……コホン、声を低く、重くして……。
「領主殿も把握してるであろうが、すり合わせの意図も込めて拙者の把握してる情報をお伝えしよう。半月ほど前に四天王が一角、毒神ヒョールドがブルードゥクの前線都市プチブルを攻撃した。難民はプチブルの市民ということだ。ヒョールド本人が動いている可能性が高く、確実に都市は落ちてるであろう。逃げおおせてない者はみな毒で死亡、同じく四天王の魔女の呪いで踊る死骸化されていると見るべきだ」
ふっ、美しい。ナイスな発声に無駄のない報告であった。拙者の決め決め横横な顔顔に領主が問いかけてくる。
「それで、我に何を求める? 難民の受け入れもままならず身動きとれんぞ?」
「それでござるよ」
拙者はさらに決め顔を積んでいく!
「敵の狙いはプチブルではなく、この地、ダルメィシア。今身動き取れない、と領主殿は申したが、恐らくこの先もそれが続き、次第にダルメィシアの都市能力は衰え始めるであろう。ヒョールドはそれを待っているのだ」
領主は手のひらを強く頬に押し付ける形で頬杖つき、言う。
「……話に説得力はあるが、展開が早すぎてついていけぬ、というのが本音だな」
「しかし既に敵の作戦は始まっている。これだけ多くの避難民をわざとらしく見逃しているのがその証拠。そして現に今、ダルメィシアは崩壊寸前ではないか。プチブルでは戦闘があったようだが、ダルメイシアでは戦闘すら行われず、あふれ返った住民を死体に変える作業が行われるだけとなろうな」
領主は頬杖を外し、静かに言った。
「我らはどうすればいい? 忍び殿はどうすればいいと思っている?」
拙者は少し胡散臭げに笑って見せた。
「信用して、説得して頂きたい。この勇者はまもなくダルメィシアを出立し、四天王ヒョールドを討伐する。そのついでにプチブルに寄って魔物や死骸から解放しよう。それまで耐えるよう、難民たちに呼び掛けて頂きたいのだ」
「勇者と聞いてはいるが、そこのちんけな小娘がそう上手くやれるかね?」
領主の目が勇者に向かう。勇者は自分のケーキを食べ尽くすと、拙者のケーキにフォークを伸ばしているところであった……させぬ! 貴様勇者! 拙者にだけ話させてずるいぞ! 命に代えてもこのケーキは拙者が食らう!
拙者は秘技・
っと、いかんいかん。コホン、声を低く、重く……!
「んのっ、ゆっっしゃは、くちゃ、くちゃ、んっまっ、ん、ごくりっ……ふぅ、この勇者はこう見えて人間を超越した強さを持っている。世界の理不尽を凝縮したような怪物だ。人がどれだけ血のにじんだ訓練をしたとして、そんな努力者を一万人集めたとして、この勇者はそれを笑って蹴散らかせる理不尽極まりない絶望そのものなのだ」
「え、ひどー」
と勇者の横槍が入るが、勇者は茶に砂糖を入れると甘くなるという大発見の方が重要らしい。それ以上深入りしてこん。領主は拙者を窺うように見る。
「なるほど。忍び殿の国は……」
「言うな」
「であるならば、ブルードゥクに名高きミクロ・シュナウザー殿と比較してはどうか? かの御仁であるならば四天王を倒すまではいかずとも、都市の奪還は果たせるであろう。そこの勇者がかの御仁に匹敵するだけの力があると?」
拙者はつ、つ、つ、と指を振ってござる。
「領主殿。シュナウザー殿は努力者でござる」
☆
「え、乗せてくれるの⁉」
「ああもちろん。二人の席は空けてある」
幌をかける乗合馬車には白い影がずらり、顔に覆いのある白衛生服の調査団員たちが乗っていた。奥の方に拙者たち二人ぶん、いや、四人くらい乗れるスペースが拙者たちのために空けてあるではないか。初めての経験らしく、るんるんと木床の上をスキップする勇者。はしゃぐなはしゃぐな、法国の旗がはためいて不愉快であろう?
「あいや、勇者よ。お主はこの後パフォーマンスだ。すぐ出れる場所で待機でござる」
「えぇ~!」
勇者は露骨に落ち込んだ様子でとぼとぼと馬車の出入り口付近までやってくると、膝をついてべたんと前のめりに倒れ込んた。
鞭の音と共に馬のいななきが聞こえ、馬車が出発する。ごとごとと馬車が震え、あ゛ぁあ゙ぁあ゙ぁあ、と勇者が無意味に声を発する。黙っててほしい。
馬車は屋敷の門を抜け、やがて市街に出る。
お触れが出ていたのだろう、難民だけでなく建物の窓は二階まで開き、そこいらから人が顔を覗かせている。街の住民たちが馬車を見守っていた。
先導する馬に乗った男が叫んだ。
「勇者様、出陣! 勇者様、出陣!」
歓声はわずかばかり。しかしその歓声もすぐに止む。不自然に思った先導役が振り返ると、よいしょ、よいしょと勇者が馬車の上によじ登っていた。
勇者は上手いこと幌の枠組みの上に立つと、国旗を拡げて、いぇーい! と笑顔を振りまいた。まだ諦めてなかったでござるか……民衆のテンションが落下する滝水のごとく盛り下がっていく。が、勇者が剣を抜くと話が変わる。
おぉ……と低いどよめきが起こった。勇者の剣は無骨で使い込まれている。その飾り気のない実用性や得も言われぬ何かが目を引いたのであろう。そして、勇者は剣を掲げると、肩に背負うように振りかぶって構える。
「い、いくよ!」
少し緊張した勇者の声。剣が振るわれる。
勇者たちの進行方向、目的地たるプチブル上空に巨大な毒色をした雲が居座っていた。まさしく難民たちが見てきた絶望そのものだった。
それが今、真っ二つに切り開かれた……!
民衆はそれを理解するのに時間を要しただろう。しかし、剣を振るった姿勢からゆっくりと剣を降ろし、前を見据える勇者を見て、誰かが叫んだ。
勇者様っ!
歓声が巻き起こった。街いっぱいに希望が広がっていく。勇者は満足したように剣を鞘に納め、もう一度旗を振って民衆のテンションを調整すると、馬車に乗り込んだ。そして、中で待っていた我らに対して
「え、えへへ~」
と照れたように笑ったのだった。
「みたいな感じかなー?」
と勇者がでれでれと語る。いや、忍者’sアイで見てたから知ってるでござる。ていうか歓声がうるさいしわかるでござる。幌馬車の中でも調査団がうるさいしこいつら本当にプロでござるか信じられん。っていうか自分で何言ってんだでござる。
「まあ、次の仕事までは休んでおればよいのではないか」
「ん。忍者もお疲れー」
はいはい。