私を人間界へ連れてって ~シンギュラリティ美少女がダンジョンから出てきたら、世界がゲシュタルト崩壊しました~   作:よっちゃ

2 / 28
第2話 守りたいこのスマイル

 第2話

 

 ダンジョン配信者・望月レンが所属する

 ハンター事務所「イーストウッド」のフロアは静まり返っていた。

 数人のスタッフがモニターの前に集まり、誰一人として言葉を発さず、

 ただ配信画面を見つめている。

 

「……これ、演出じゃないですよね?」

 

 新人スタッフ、佐川こずえの声は震えていた。

 問いかけられたマネージャーの黒川は、答えなかった。

 

 ──正確には、答えられなかった。

 

 黒川はこの業界で十年以上、数々の配信事故や炎上を見てきた。

 今モニターに映っているものは、どれを取っても“現実の挙動”だった。

 

「……これは転移か?」

 

 画面の中で、レンは見知らぬ空間に立っている。

 公式マップにも存在しない、未登録の階層。

 

 コメント欄は、すでに異常だった。

 

『救助隊を呼べ』

『ダンジョン協会に問い合わせた、未登録エリア』

『これ本当にヤバいやつだろ』

 

 そして──。

 闇の奥から、それが姿を現した瞬間、フロアの空気が凍りついた。

 

「……ミノタウロス? いや、この禍々しさは……」

「……ロード級だ」

 

 誰かが、絞り出すように言った。

 高性能の追尾型配信ドローンはこの異形の化け物の姿をはっきりと捉えていた。

 

 モニター越しでも分かる。

 あれは、Bランクが勝てる存在じゃない。

 いや、日本トップクラスのAランクハンターが数人がかりでも、勝てるかどうか。

 

「止めろ! 配信切れ!」

 

 黒川が叫ぶ。

 今から遮断しても数秒のラグがある。

 

 画面の中で、レンは動けずにいた。

 

『逃げろ』

『走れ』

『無理だ、間に合わない』

『お願いだれか』

 

 コメント欄は、祈りと絶望で埋まっていく。

 

 ロードミノタウロスが斧を振り上げた。

 その巨体に似合わぬ素早い動作。

 Aランクハンターのタンクでも、受け止めることさえできないだろう一撃。

 

 ──次の瞬間。

 

「ダメ」

 

 鈴のような、美しい静かな声がした。

 あまりにも自然で、あまりにも場違いな少女の声。

 

 どこから現れたのか、画面の中に美少女が立っていた。

 あまりにも不自然に。

 

 黒川は言葉を失った。

 なぜなら── 美しすぎた。

 整った顔立ちという次元ではない。

 見ているだけで思考がわずかに遅れていく。

 

 そして次の瞬間、モンスターが崩れ落ちた。

 攻撃された気配はなく、断末魔もない。

 ただ、あまりにも唐突に。

 

 異常さだけが際立った。

 

「……死んだ?」

 

 スタッフの一人が椅子からずり落ちた。

 コメント欄はもはや文字として認識できない速度で流れている。

 

『え、いきなり死んだ?』

『ミノタウロス死んでるよね?』

『女の子?』 『無理、理解が追いつかん』

『ちょっと光ってない?』

『ラスボス的な?』

 

 少女が、レンを見た。

 

「あなた、人間?」

 

 レンがかろうじて頷く。

 

「私を人間界へ連れて行って」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……はい」

 

 レンのかすれた声がマイクを通して拾われた。

 

 

 その瞬間、少女は嬉しそうに笑った。

 悪意も、計算もない。ただの無邪気な笑顔だった。

 

 ──だが。

 

「っ……!」

 

 黒川は胸を押さえた。息が、詰まる。

 周囲を見ると数人のスタッフが座り込んでいる。

 モニターの向こう。コメント欄にも同じ言葉が溢れていた。

 

『異常なくらい綺麗』

『今心臓が……一瞬とまったかも』

『守りたいこのスマイル』

『こっち来るの? 』

 

 黒川は理解した。

 これから世界が変わる。

 

 少女のお茶目なウィンクで、新人の佐川こずえが黄色い声を発し倒れた。

 黒川はギリギリ理性を保った。

()()()()だったのが幸いしたようだ。

 

 これは配信事故の話でも、ダンジョンの話でもない。

 

 ──世界の前提が、理が崩れる。

 

 画面の中で、美少女は無邪気に言った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「じゃあ、行こっか」

 

 

 

 人間の世界へ。

 

 

 




 ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
『いいね』や『お気に入り登録』で応援もしていただけたら喜びます^^

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。