私を人間界へ連れてって ~シンギュラリティ美少女がダンジョンから出てきたら、世界がゲシュタルト崩壊しました~ 作:よっちゃ
第2話
ダンジョン配信者・望月レンが所属する
ハンター事務所「イーストウッド」のフロアは静まり返っていた。
数人のスタッフがモニターの前に集まり、誰一人として言葉を発さず、
ただ配信画面を見つめている。
「……これ、演出じゃないですよね?」
新人スタッフ、佐川こずえの声は震えていた。
問いかけられたマネージャーの黒川は、答えなかった。
──正確には、答えられなかった。
黒川はこの業界で十年以上、数々の配信事故や炎上を見てきた。
今モニターに映っているものは、どれを取っても“現実の挙動”だった。
「……これは転移か?」
画面の中で、レンは見知らぬ空間に立っている。
公式マップにも存在しない、未登録の階層。
コメント欄は、すでに異常だった。
『救助隊を呼べ』
『ダンジョン協会に問い合わせた、未登録エリア』
『これ本当にヤバいやつだろ』
そして──。
闇の奥から、それが姿を現した瞬間、フロアの空気が凍りついた。
「……ミノタウロス? いや、この禍々しさは……」
「……ロード級だ」
誰かが、絞り出すように言った。
高性能の追尾型配信ドローンはこの異形の化け物の姿をはっきりと捉えていた。
モニター越しでも分かる。
あれは、Bランクが勝てる存在じゃない。
いや、日本トップクラスのAランクハンターが数人がかりでも、勝てるかどうか。
「止めろ! 配信切れ!」
黒川が叫ぶ。
今から遮断しても数秒のラグがある。
画面の中で、レンは動けずにいた。
『逃げろ』
『走れ』
『無理だ、間に合わない』
『お願いだれか』
コメント欄は、祈りと絶望で埋まっていく。
ロードミノタウロスが斧を振り上げた。
その巨体に似合わぬ素早い動作。
Aランクハンターのタンクでも、受け止めることさえできないだろう一撃。
──次の瞬間。
「ダメ」
鈴のような、美しい静かな声がした。
あまりにも自然で、あまりにも場違いな少女の声。
どこから現れたのか、画面の中に美少女が立っていた。
あまりにも不自然に。
黒川は言葉を失った。
なぜなら── 美しすぎた。
整った顔立ちという次元ではない。
見ているだけで思考がわずかに遅れていく。
そして次の瞬間、モンスターが崩れ落ちた。
攻撃された気配はなく、断末魔もない。
ただ、あまりにも唐突に。
異常さだけが際立った。
「……死んだ?」
スタッフの一人が椅子からずり落ちた。
コメント欄はもはや文字として認識できない速度で流れている。
『え、いきなり死んだ?』
『ミノタウロス死んでるよね?』
『女の子?』 『無理、理解が追いつかん』
『ちょっと光ってない?』
『ラスボス的な?』
少女が、レンを見た。
「あなた、人間?」
レンがかろうじて頷く。
「私を人間界へ連れて行って」
一瞬の沈黙。
「……はい」
レンのかすれた声がマイクを通して拾われた。
その瞬間、少女は嬉しそうに笑った。
悪意も、計算もない。ただの無邪気な笑顔だった。
──だが。
「っ……!」
黒川は胸を押さえた。息が、詰まる。
周囲を見ると数人のスタッフが座り込んでいる。
モニターの向こう。コメント欄にも同じ言葉が溢れていた。
『異常なくらい綺麗』
『今心臓が……一瞬とまったかも』
『守りたいこのスマイル』
『こっち来るの? 』
黒川は理解した。
これから世界が変わる。
少女のお茶目なウィンクで、新人の佐川こずえが黄色い声を発し倒れた。
黒川はギリギリ理性を保った。
これは配信事故の話でも、ダンジョンの話でもない。
──世界の前提が、理が崩れる。
画面の中で、美少女は無邪気に言った。
「じゃあ、行こっか」
人間の世界へ。
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