二人の食卓、二人の空   作:erupon

10 / 37
こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


10

 同居が始まって最初の平日、鳴上は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。

 窓の外はまだ薄暗く、部屋の空気にも夜の静けさが残っている。

 隣のベッドでは、陽介が布団を肩まで引き上げて眠っていた。

 引っ越し当日の疲れもあるのだろうが、寝息はずいぶん深かった。

 

 鳴上は上体を起こし、時計に目をやる。

 起床予定時刻の少し前だった。

 自分だけならこのまま起きても問題ないが、今日はもう一人分の朝も動かさなければならない。

 

 それを負担だとは思わなかった。

 むしろ、そうする前提で時間を見ている自分に、あまり違和感がないことの方が印象に残った。

 鳴上は静かにベッドを降り、カーテンを少しだけ開けた。

 

 朝の光がわずかに差し込む。

 寝起きの目にはまだ白いだけの光だったが、部屋の輪郭を確かめるには十分だった。

 陽介の荷物が増えたぶん、空間の見え方も少し変わっている。

 

 クローゼットの一角に増えた服。

 机の横に置かれた鞄。

 床際のコンセントに増えた充電器。

 昨夜のうちに見たはずなのに、朝だとまた別の実感があった。

 

 鳴上は顔を洗い、簡単に身支度を整えてから台所へ向かった。

 朝食と呼ぶほどのものを作る時間ではない。

 それでも何も食べずに出るよりはましだろうと、トーストと、すぐ飲めるコーヒーを用意し始める。

 

 食パンが焼ける匂いが立ち始めたところで、鳴上は再び時計を見た。

 そろそろ起こす頃合いだった。

 初日から様子見をする意味はない。

 

「陽介」

 

 台所から部屋へ戻り、鳴上はベッド脇に立った。

 名前を呼んでも、陽介は少し眉を動かしただけで起きない。

 思った通りではある。

 鳴上は布団の端を軽く引いた。

 

「起きろ」

「……んー……」

「朝だ」

「あと三分……」

 

 返ってきた声に、鳴上は一瞬だけ黙る。

 同居初日からもう見覚えのある流れだった。

 寝起きの反応が予想よりずっと変わらないことに、妙な納得があった。

 

「三分では足りない」

「足りる……」

「足りない」

「悠、朝つら……」

 

 半分眠った声で文句を言いながらも、陽介は完全には布団へ潜り直さなかった。

 そこが救いだった。

 鳴上は起こす手順を頭の中で静かに切り替える。

 

「今日の一限は何時だ」

「えーと……」

「考えなくていい。顔を洗え」

「人のスケジュール把握してんの怖いんだけど」

「昨日確認した」

 

 陽介がようやく目を開ける。

 まだ焦点は合いきっていないが、意識の浮上自体は昨日の入学式当日より早い。

 ここから先は、動かせば一応動く段階だった。

 

 陽介がのろのろと起き上がるのを確認して、鳴上は先に洗面所を空ける。

 朝の導線は、詰まるとそのまま時間を失う。

 最初の数日は特に、順番を整えた方がいい。

 

「先に使え」

「いいの?」

「今日はお前の方が危うい」

「言い方がずっと信用ないんだよな……」

 

 不満そうに言いながらも、陽介は素直に洗面所へ向かった。

 その背中を見送りながら、鳴上は机の上に置いた二人分の鍵を整える。

 大学も学部も違うから、朝の出発時間は少しずつずれていくはずだった。

 だが、最初のうちは一緒に出る方が無難だろうと思っていた。

 

 洗面所から水音が聞こえる。

 そのあいだにトーストを皿へ移し、マグカップを二つ並べる。

 こういう動きがもう自然になりかけているのが少し不思議だった。

 

 昨日までは一人分だった朝食が、今日は二人分になる。

 それだけの違いなのに、台所に立つ時間の感触が少しだけ変わっていた。

 静かな家の中に、誰かを起こしたあとの気配が残る。

 

「うわ、ほんとに朝飯ある」

 

 顔を洗って戻ってきた陽介が、まだ少し湿った髪のままテーブルを見た。

 驚いたような声だったが、鳴上にはそこまで意外なことにも思えない。

 

「食べないよりはいい」

「いや、そうだけどさ」

「時間がない。座れ」

「はいはい」

 

 陽介は椅子へ腰を下ろし、トーストに手を伸ばしてから一口かじった。

 その仕草はまだ半分眠そうで、だが昨日よりはずっと人間らしい動きになっていた。

 

「インスタントでも朝にコーヒーあるの助かる……」

「そうか」

「お前、昔から朝強いよな」

「普通だ」

「普通って言うやつは大体普通じゃないんだよ」

 

 陽介がぼやく。

 鳴上は自分の分のコーヒーに口をつけ、返事の代わりに時計を見た。

 こうして食事をしていても、時間は止まらない。

 

「目覚ましはどうする」

「どうするって?」

「お前の」

「あー……今まで通りでもいいんじゃね?」

「増やせ」

 

 即答すると、陽介が顔を上げた。

 そこまで言うか、という目だった。

 だが、鳴上としてはかなり当然の話だった。

 実績のある相手に、現状維持を勧める理由はない。

 

「一個じゃ危ない」

「でもさ、お前が起こしてくれるなら」

「俺が毎回確実に先に動ける保証はない」

「……真面目か」

「そういう話だろう」

 

 陽介は一瞬だけ黙ってから、

 ふうと息を吐いて肩を落とした。

 納得したのか、押し切られただけなのかは曖昧だったが、少なくとも反論は続けなかった。

 

「じゃあ、あと一個増やす」

「二個にしろ」

「増やしすぎると慣れるんだって」

「なら時間差をつけろ」

「運用設計が細けえ……」

 

 ぶつぶつ言いながらも、陽介は携帯を操作し始める。

 鳴上はその様子を見て、最低限の改善が進んだことにひとまず満足した。

 生活というのは、こういう細部で崩れも整いもする。

 

 朝食を食べ終えると、ようやく陽介の動きにも少し速度が出てきた。

 鞄の中身を確認し、財布と定期を持ち、鍵の置き場所も一度確かめている。

 

「おい、これ俺の鍵?」

「そうだ」

「もう俺んちの鍵って感じしねえな」

「実際、お前の家でもあるだろう」

「さらっと言うなよ」

 

 その一言に、陽介がわずかに言葉を詰まらせた。

 鳴上はそこで初めて、今の言い方が少し不用意だったかもしれないと思う。

 だが言い直すほどではない気もした。

 

 鍵を持たせる。

 帰ってくる場所を共有する。

 それを同居と呼ぶなら、その通りなのだろう。

 今さら曖昧に言い換える意味はあまりなかった。

 

「……まあ、そうなんだけど」

 

 陽介は小さくそう言って、それ以上は何も足さなかった。

 耳の先が少し赤いのを見て、鳴上は視線を鍵へ戻す。

 

 ここで余計なことを言えば、朝の支度がまた止まるだけだった。

 言葉はいくらでも選べるが、選ばない方がいい時もある。

 

 出発の準備が整うころには、部屋の中はさっきよりずっと活動的な空気になっていた。

 寝起きの湿った静けさは消え、代わりに二人分の出発前の慌ただしさが残っている。

 

 玄関で靴を履きながら、陽介が小さくあくびを噛み殺した。

 その様子を見て、鳴上は今日の夜にやることを決める。

 明日以降に備えて、朝の順番と目覚ましの置き方をもう少し詰める。

 最初の一週間で、型はある程度作っておいた方がいい。

 

「何その顔」

「別に」

「いや、絶対なんか考えてるだろ」

「朝の運用を調整する必要があると思っただけだ」

「だからそういう顔なんだって……」

 

 陽介が苦笑する。

 その表情には呆れも混じっていたが、同時に、完全な拒否の色ももう薄い。

 起こされることも、朝食があることも、少しずつ受け入れ始めている。

 

 玄関の扉を開けると、外の空気はまだ少し冷たい。

 春と呼ぶには早い朝の空気が、二人分の熱を帯びた室内のあとでは妙に澄んで感じられた。

 鳴上は鍵をかけ、隣に立つ陽介を見る。

 

「行くぞ」

「おう」

「今日は寝る時間をずらすな」

「いきなり管理が始まるんだよなあ」

「崩れる前に整えるだけだ」

 

 そう返して歩き出すと、陽介も文句を言いながら隣へ並んだ。

 朝の道を二人で駅へ向かう。

 その並び方が、初日だというのに妙に自然だった。

 

 起こして、食べさせて、送り出す。

 その一連の流れが思った以上にすんなり収まったことに、鳴上はわずかな安堵を覚える。

 同居はまだ始まったばかりだが、少なくとも朝は回り始めていた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生(入学式の日に寝坊したため鳴上と同居することに))


次回もよろしくお願いします
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。