スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。
なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。
同居が始まって最初の平日、鳴上は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
窓の外はまだ薄暗く、部屋の空気にも夜の静けさが残っている。
隣のベッドでは、陽介が布団を肩まで引き上げて眠っていた。
引っ越し当日の疲れもあるのだろうが、寝息はずいぶん深かった。
鳴上は上体を起こし、時計に目をやる。
起床予定時刻の少し前だった。
自分だけならこのまま起きても問題ないが、今日はもう一人分の朝も動かさなければならない。
それを負担だとは思わなかった。
むしろ、そうする前提で時間を見ている自分に、あまり違和感がないことの方が印象に残った。
鳴上は静かにベッドを降り、カーテンを少しだけ開けた。
朝の光がわずかに差し込む。
寝起きの目にはまだ白いだけの光だったが、部屋の輪郭を確かめるには十分だった。
陽介の荷物が増えたぶん、空間の見え方も少し変わっている。
クローゼットの一角に増えた服。
机の横に置かれた鞄。
床際のコンセントに増えた充電器。
昨夜のうちに見たはずなのに、朝だとまた別の実感があった。
鳴上は顔を洗い、簡単に身支度を整えてから台所へ向かった。
朝食と呼ぶほどのものを作る時間ではない。
それでも何も食べずに出るよりはましだろうと、トーストと、すぐ飲めるコーヒーを用意し始める。
食パンが焼ける匂いが立ち始めたところで、鳴上は再び時計を見た。
そろそろ起こす頃合いだった。
初日から様子見をする意味はない。
「陽介」
台所から部屋へ戻り、鳴上はベッド脇に立った。
名前を呼んでも、陽介は少し眉を動かしただけで起きない。
思った通りではある。
鳴上は布団の端を軽く引いた。
「起きろ」
「……んー……」
「朝だ」
「あと三分……」
返ってきた声に、鳴上は一瞬だけ黙る。
同居初日からもう見覚えのある流れだった。
寝起きの反応が予想よりずっと変わらないことに、妙な納得があった。
「三分では足りない」
「足りる……」
「足りない」
「悠、朝つら……」
半分眠った声で文句を言いながらも、陽介は完全には布団へ潜り直さなかった。
そこが救いだった。
鳴上は起こす手順を頭の中で静かに切り替える。
「今日の一限は何時だ」
「えーと……」
「考えなくていい。顔を洗え」
「人のスケジュール把握してんの怖いんだけど」
「昨日確認した」
陽介がようやく目を開ける。
まだ焦点は合いきっていないが、意識の浮上自体は昨日の入学式当日より早い。
ここから先は、動かせば一応動く段階だった。
陽介がのろのろと起き上がるのを確認して、鳴上は先に洗面所を空ける。
朝の導線は、詰まるとそのまま時間を失う。
最初の数日は特に、順番を整えた方がいい。
「先に使え」
「いいの?」
「今日はお前の方が危うい」
「言い方がずっと信用ないんだよな……」
不満そうに言いながらも、陽介は素直に洗面所へ向かった。
その背中を見送りながら、鳴上は机の上に置いた二人分の鍵を整える。
大学も学部も違うから、朝の出発時間は少しずつずれていくはずだった。
だが、最初のうちは一緒に出る方が無難だろうと思っていた。
洗面所から水音が聞こえる。
そのあいだにトーストを皿へ移し、マグカップを二つ並べる。
こういう動きがもう自然になりかけているのが少し不思議だった。
昨日までは一人分だった朝食が、今日は二人分になる。
それだけの違いなのに、台所に立つ時間の感触が少しだけ変わっていた。
静かな家の中に、誰かを起こしたあとの気配が残る。
「うわ、ほんとに朝飯ある」
顔を洗って戻ってきた陽介が、まだ少し湿った髪のままテーブルを見た。
驚いたような声だったが、鳴上にはそこまで意外なことにも思えない。
「食べないよりはいい」
「いや、そうだけどさ」
「時間がない。座れ」
「はいはい」
陽介は椅子へ腰を下ろし、トーストに手を伸ばしてから一口かじった。
その仕草はまだ半分眠そうで、だが昨日よりはずっと人間らしい動きになっていた。
「インスタントでも朝にコーヒーあるの助かる……」
「そうか」
「お前、昔から朝強いよな」
「普通だ」
「普通って言うやつは大体普通じゃないんだよ」
陽介がぼやく。
鳴上は自分の分のコーヒーに口をつけ、返事の代わりに時計を見た。
こうして食事をしていても、時間は止まらない。
「目覚ましはどうする」
「どうするって?」
「お前の」
「あー……今まで通りでもいいんじゃね?」
「増やせ」
即答すると、陽介が顔を上げた。
そこまで言うか、という目だった。
だが、鳴上としてはかなり当然の話だった。
実績のある相手に、現状維持を勧める理由はない。
「一個じゃ危ない」
「でもさ、お前が起こしてくれるなら」
「俺が毎回確実に先に動ける保証はない」
「……真面目か」
「そういう話だろう」
陽介は一瞬だけ黙ってから、
ふうと息を吐いて肩を落とした。
納得したのか、押し切られただけなのかは曖昧だったが、少なくとも反論は続けなかった。
「じゃあ、あと一個増やす」
「二個にしろ」
「増やしすぎると慣れるんだって」
「なら時間差をつけろ」
「運用設計が細けえ……」
ぶつぶつ言いながらも、陽介は携帯を操作し始める。
鳴上はその様子を見て、最低限の改善が進んだことにひとまず満足した。
生活というのは、こういう細部で崩れも整いもする。
朝食を食べ終えると、ようやく陽介の動きにも少し速度が出てきた。
鞄の中身を確認し、財布と定期を持ち、鍵の置き場所も一度確かめている。
「おい、これ俺の鍵?」
「そうだ」
「もう俺んちの鍵って感じしねえな」
「実際、お前の家でもあるだろう」
「さらっと言うなよ」
その一言に、陽介がわずかに言葉を詰まらせた。
鳴上はそこで初めて、今の言い方が少し不用意だったかもしれないと思う。
だが言い直すほどではない気もした。
鍵を持たせる。
帰ってくる場所を共有する。
それを同居と呼ぶなら、その通りなのだろう。
今さら曖昧に言い換える意味はあまりなかった。
「……まあ、そうなんだけど」
陽介は小さくそう言って、それ以上は何も足さなかった。
耳の先が少し赤いのを見て、鳴上は視線を鍵へ戻す。
ここで余計なことを言えば、朝の支度がまた止まるだけだった。
言葉はいくらでも選べるが、選ばない方がいい時もある。
出発の準備が整うころには、部屋の中はさっきよりずっと活動的な空気になっていた。
寝起きの湿った静けさは消え、代わりに二人分の出発前の慌ただしさが残っている。
玄関で靴を履きながら、陽介が小さくあくびを噛み殺した。
その様子を見て、鳴上は今日の夜にやることを決める。
明日以降に備えて、朝の順番と目覚ましの置き方をもう少し詰める。
最初の一週間で、型はある程度作っておいた方がいい。
「何その顔」
「別に」
「いや、絶対なんか考えてるだろ」
「朝の運用を調整する必要があると思っただけだ」
「だからそういう顔なんだって……」
陽介が苦笑する。
その表情には呆れも混じっていたが、同時に、完全な拒否の色ももう薄い。
起こされることも、朝食があることも、少しずつ受け入れ始めている。
玄関の扉を開けると、外の空気はまだ少し冷たい。
春と呼ぶには早い朝の空気が、二人分の熱を帯びた室内のあとでは妙に澄んで感じられた。
鳴上は鍵をかけ、隣に立つ陽介を見る。
「行くぞ」
「おう」
「今日は寝る時間をずらすな」
「いきなり管理が始まるんだよなあ」
「崩れる前に整えるだけだ」
そう返して歩き出すと、陽介も文句を言いながら隣へ並んだ。
朝の道を二人で駅へ向かう。
その並び方が、初日だというのに妙に自然だった。
起こして、食べさせて、送り出す。
その一連の流れが思った以上にすんなり収まったことに、鳴上はわずかな安堵を覚える。
同居はまだ始まったばかりだが、少なくとも朝は回り始めていた。
登場人物をここでまとめておく
鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生(入学式の日に寝坊したため鳴上と同居することに))
次回もよろしくお願いします