二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


12

 同居を始めてから一か月ほどが過ぎるころには、部屋の中の動きに余分な探りがほとんどいらなくなっていた。

 朝はどちらが先に起きても支度の音で相手の気配を把握できたし、夜は鍵の回る音だけで帰ってきたのが誰かすぐにわかった。

 最初の数日は仮置きのようだった荷物も、今では自然な位置に収まり、互いの生活圏を無理なく分け合っている。

 陽介の鞄が椅子の背に掛かっていても気にならなかったし、自分の本が机の端に積んであっても何も言われなかった。

 そういう細かなことが積み重なって、ここで二人で暮らしているのだと、改めて意識する場面が増えていた。

 その日も、鳴上は先に部屋へ戻っていた。

 炊飯器の蓋を開けて湯気を逃がしながら、時計へ短く視線を向けている。

 講義の終わる時間は把握している。寄り道をしていなければ、そろそろ玄関の鍵が回ってもおかしくなかった。

 台所の片づけを一通り終えたところで、予想した通り、金属が小さく触れ合う音がして、扉が内側へ開いた。

 

「ただいまー……あ、なんか今日は匂いが優しい」

 

 気の抜けた声が廊下から届く。その調子だけで、機嫌がそこまで悪くないことがわかるようになっていた。

 

「おかえり。味噌汁を温め直すから、先に手を洗ってこい」

「了解。今日はちゃんと洗う前提で言ったな。進歩を感じる」

 

 軽口を返しながら、陽介は靴を脱いで部屋へ上がる。肩から提げた鞄をいつもの場所へ放る手つきも雑に見えて迷いがない。

 大学で何があったのかまではまだわからない。ただ、声色には少しだけ疲れが混じっていて、それが気にかかった。

 洗面所の方から水の流れる音がして、その間に鳴上は味噌汁の鍋を火に掛け、皿と箸を二人分並べていく。

 こういう作業をしていると、妙に落ち着いた。待つ理由がある食卓は、思っていたよりずっと静かに心を鎮める。

 戻ってきた陽介は、椅子に座るなり首の後ろを揉んだ。見れば、いつもより少しだけ肩が強張っているようだった。

 

「なんかあったのか」

 鳴上がそう聞くと、陽介は一度だけ天井を仰いでから、机に頬杖をついて大げさに息を吐いた。

「いや、別に大事件ってほどじゃねえんだけどさ。今日、ゼミの説明聞きに行ったんだよ」

「もうそんな時期か」

「そう。まだ先の話かと思ってたら、全然そんなことなくてさ。急に大学っぽい空気出してきやがって」

 

 恨みがましい言い方に、鳴上は小さく笑いそうになるのを抑えながら、汁椀へ味噌汁をよそって陽介の前に置いた。

 

「大学に大学らしさを求めるのは、たぶん正しいと思う」

「お前はそうやって正論っぽいことをさらっと言うよな」

 文句を言いながらも、陽介は湯気に顔を寄せる。その表情が少し緩んだのを見て、鳴上も自分の席へ腰を下ろした。

 

「それで、説明はどうだった」

「先生の話は面白かった。面白かったんだけど、周りがさ。もうけっこう固まってる感じのやついて」

「友人同士で来ていたのかもしれないな」

「それもあるだろうけど。なんつうか、みんな普通に馴染んでる感じで。ちょっとだけ出遅れた気分になった」

 

 陽介はそう言って、味噌汁を一口飲んだ。熱さに少し眉を寄せてから、今度は黙って白米に箸をつける。

 言いたいことを言い切ったあとの沈黙ではなかった。言葉にしたことで、かえって輪郭が出た戸惑いを持て余している。

 鳴上は焼いた鯖をほぐしながら、昼間の講義で見た学生たちの顔を思い出していた。確かに、もう小さな集まりはでき始めている。

 入学式の直後よりも、今の方が距離の取り方は難しい。場に慣れてくるぶん、逆に一人でいる理由が目につきやすくなる。

 

「お前でも、そういうふうに感じるんだな」

 口に出すと、陽介はすぐに顔を上げた。その反応が予想より鋭くて、鳴上は箸を止めずに言葉を続ける。

「もっと勝手に輪の中へ入っていく方かと思っていた」

「いや、入れれば入るけどさ。入るまでが毎回ノーコストってわけじゃねえよ」

 少しだけ拗ねた響きがあった。だが、それを冗談の形へ寄せて見せる程度には、もう立て直せているようでもあった。

「それに、ほら。高校までと違って、全員ずっと一緒って感じでもねえじゃん。講義ごとに人も違うし」

「確かに、関係は固定されにくいな」

「だろ。だから、今日ちょっと喋れたやつと、来週も喋れるかはまた別なんだよ」

 

 それは鳴上にもよくわかる感覚だった。高校までの教室は、黙っていても同じ顔触れが日々そこにあった。

 大学は違う。時間割の組み方一つで人の流れが変わり、昨日近くにいた相手が翌週には視界から消えることもある。

 自由度が高いぶん、自分で選んで、自分で手を伸ばさないと、関係は意外なほど簡単にすり抜けていく。

 

「俺も、似たようなことは思った」

 鳴上がそう言うと、陽介は意外そうに目を丸くした。箸を持つ手が止まり、視線だけがまっすぐこちらへ向く。

「まじで。悠、そういうの平気な顔してるのに」

「平気な顔はしていると思う」

「自覚あるのかよ」

「ある程度は」

 短く返すと、陽介が吹き出した。さっきまで肩に乗っていた硬さが、そこでようやく少し抜けたように見えた。

「でも、面倒だとは思う。講義ごとに話す相手を作るのも、距離感を測るのも、たぶん手間は掛かる」

「うわ、お前が言うと急に現実的だな」

「現実の話だからな」

 鳴上は茶碗を置いた。食卓の向こうで陽介が笑っている。その顔を見ると、少し前より呼吸が楽になっているのがわかった。

「ただ、一人で全部うまくやる必要はないだろう」

 

 言いながら、自分でも言葉の置き方を測っていた。重すぎず、軽すぎず、余計な逃げ道も作らないようにする。

 陽介は先を促すように、黙ってこちらを見ていた。そういう時の視線に弱いと、鳴上はあまり認めたくなかった。

 

「今日みたいに、帰ってきて話せばいい。うまくいったことも、噛み合わなかったことも、そのまま出せばいいだろう」

 数秒ほど間があいた。陽介は何か言い返すでもなく、ただ鳴上の顔を見たまま、ゆっくりと瞬きをした。

「……それ、地味に助かるやつだな」

「地味で十分だ」

「いや、でもさ。そういうのって、結構でかいんだよ」

 声音が少しだけ低くなる。冗談で流さなかったことに、鳴上は内心でわずかに安堵した。伝わるべき形で伝わった気がした。

「今日も、なんか変に疲れた理由それかも。別に嫌なことあったわけじゃないのに、妙に消耗してたし」

「慣れない環境では普通だと思う」

「だよなあ。高校の時みたいに、朝行けば誰かいるって感じじゃねえもんな」

 

 陽介はそう言ってから、照れ隠しのように飯をかき込んだ。食べる速度が戻ってきたのを見て、鳴上も箸を動かし直す。

 食卓の上にはありふれた夕食が並んでいるだけだった。だが、その向こうで交わされる言葉は思ったより軽くはなかった。

 大学で何を学んだかより先に、誰に何を持ち帰るかで、その日の重さは少し変わるのかもしれないと鳴上は思う。

 

「じゃあ今後も、大学の愚痴聞き係よろしく」

「係にされるのか」

「そっちだって、何かあったら言えよ。俺ばっか話すの、なんかずるいし」

 その返しが自然に出てきたことに、鳴上はわずかに目を細めた。自分だけが受け取る側ではいられないらしい。

「必要なら言う」

「その言い方だと、たぶん必要でも言わねえやつだろ」

「努力はする」

「信用が微妙すぎる」

 

 笑いながら言われて、鳴上も今度は小さく笑った。こういう応酬が、いつの間にか特別な準備なしで成立するようになっている。

 食事を終えたあと、陽介は珍しく自分から食器を流しへ運び、そのまま袖を捲ってスポンジを手に取った。

 

「今日は俺が洗う。話聞いてもらった分の礼」

「別に見返りはいらない」

「いいから。たまにはやらせろって」

 

 そう言われると、止める理由は薄い。鳴上は少しだけ場所を譲り、台所の端にもたれてその横顔を眺めた。

 水音の向こうで、陽介は鼻歌にもならない調子で息をついている。さっきまでの引っかかりは、だいぶ流れたようだった。

 

「悠」

「なんだ」

「帰ってきて、お前いるの、やっぱいいわ」

 

 背を向けたままの言葉だった。何でもない顔で言うには少しだけ本音が近く、冗談にするには温度がありすぎた。

 鳴上はすぐには返事をしなかった。短く言えば済むはずなのに、その短さで足りる形が一瞬わからなくなった。

 

「……そうか」

 結局、出てきたのはそれだけだった。だが陽介は振り向きもしないまま、どこか満足したように肩の力を抜いた。

 

「うん。なんか、大学で多少うまくいかなくても、帰る場所あるって感じするし」

 その言葉は思ったより深く沈んだ。胸の奥へ落ちる速度が速くて、鳴上は息を整えるように一度だけ視線を伏せる。

 帰る場所。陽介がそう呼んだこの部屋を、最初に整えようとしたのは自分だった。合理的な判断だったはずだと今も思う。

 それでも、その結果として陽介の口からそういう言葉が出るなら、自分はたぶん、この先も同じ選択を何度でも繰り返す。

「それなら、作った意味はあったな」

 鳴上がそう言うと、陽介は蛇口を閉めてから、ようやくこちらを振り向いた。水滴のついた指先で、少しだけ笑う。

「何その言い方。お前が部屋ごと設計したみたいじゃん」

「だいたいそうだろ」

「否定できねえのが腹立つな」

 

 軽いやり取りのまま、その場は流れた。だが鳴上の中では、今の一言だけがしばらく消えずに残り続けていた。

 大学で過ごす時間が広がるほど、外で抱えたものは少しずつ増えていく。だからこそ、戻ってきた先の意味も増していく。

 その受け皿になれるなら悪くないと鳴上は思う。悪くないどころか、それを望んでいたのだと、もう否定しにくくなっていた。

 洗い終えた皿を並べる陽介の隣で、鳴上は静かに布巾を取る。差し出すと、陽介は当たり前のようにそれを受け取った。

 ほんの小さな受け渡しだった。けれど、その自然さが妙に嬉しくて、鳴上はそれを表に出さないよう少しだけ目を伏せた。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生)




次回もよろしくお願いします
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