二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


13

 陽介の異変に気づいたのは、その日の夜、玄関の扉が開く音がいつもより明らかに鈍かったからだった。

 鍵を回す音も、靴を脱ぐ間も妙に間延びしていて、帰ってきた気配だけで普段との違いがわかった。

 

「ただいま……」

 

 聞こえてきた声には張りがなく、語尾だけが曖昧に落ちた。

 鳴上は台所から廊下へ顔を出して陽介を見る。

 肩から提げた鞄は半分ずり落ち、上着の前もきちんと整っていない。

 顔色も少し悪く、目の焦点が甘かった。

 

「おかえり。どうした」

「いや、別に。ちょっとだるいだけ」

 

 そう言って笑おうとしたらしいが、口元は中途半端に歪んだだけだった。

 いつもの軽さが明らかに足りない。

 誤魔化す余力が残っていないとわかる程度には、鳴上もこの一ヶ月で陽介の調子を見分けられるようになっていた。

 

「手を貸せ」

「え、そこまでじゃ――」

「いいから」

 

 短く言うと、陽介は反論を飲み込んだ。

 鳴上が差し出した手首に、自分の熱い指先が乗る感触がすぐ伝わる。

 その熱だけで、風邪を引いたのだとほぼ確信した。

 鳴上は鞄を受け取り、陽介を洗面所の方へ軽く促す。

 

「うがいと手洗いだけ先にしろ。そのあと熱を測る」

「命令が早いな……」

「早い方がいい」

 

 呻くように返しながらも、陽介は素直に蛇口をひねった。

 弱っている時ほど妙な意地を張らないのは助かる。

 その間に鳴上は鞄を部屋へ置き、着替えを用意し、体温計と常備薬を棚から出して机の上に並べておいた。

 自分でも手際が良すぎる気はしたが、迷っている時間の方が惜しい。今やるべきことははっきりしていた。

 洗面所から戻ってきた陽介は、いつもならそのまま椅子へ崩れるところを、今日は立ったまま少しふらついた。

 

「座れ。いや、やっぱり先に測る」

「そんなに悪そうに見える?」

「見える」

 

 即答すると、陽介は苦笑しながら体温計を受け取った。

 そのまま脇に挟み、壁にもたれるように目を閉じる。

 短い電子音が鳴るまでの時間すら長く感じた。

 陽介が外して差し出した数字を見て、鳴上は眉を寄せる。

 

「三十八度一分」

「うわ。思ったよりちゃんとあるな……」

「ちゃんとしている場合じゃない。今日はもう何もするな」

 

 鳴上が言うと、陽介は椅子に腰を落としながら、わずかに肩をすくめた。

 観念した顔が妙に静かだった。

 

「飯、食えるか」

「んー……食えなくはない。でも、がっつりは無理かも」

「わかった。消化のいいものにする」

「なんでそう、即座に病人メニューへ移行できるんだよ」

 

 半ば呆れた声だったが、そこに嫌そうな色はない。

 鳴上は鍋に水を足しながら、振り向かずに返した。

 

「必要だからだろ」

「必要っていうか、準備よすぎだろ……」

 

 その言葉は聞こえたが、今は拾わなかった。

 冷蔵庫を開けて中を見れば、卵も青菜もある。十分足りる。

 雑炊を作ることに決めて火をつける。

 背後では、陽介が椅子に深くもたれて静かに息を吐いている気配がした。

 

 普段ならテレビをつけるか、帰宅早々何か喋り出すかするのに、それがないだけで部屋の空気が妙に広く感じる。

 

「陽介、上着を脱げ。汗をかく前に着替えた方がいい」

「いま脱ぐ元気ない……」

「なら手伝う」

「そこまで言ってない」

 

 反射的に返ってきた言葉には少しだけいつもの調子が戻っていた。鳴上はそれを聞いて、わずかに安堵する。

 雑炊を弱火にかけたまま椅子の横へ回ると、陽介は面倒そうな顔でこちらを見上げた。瞼が少し赤い。

 

「腕を上げろ」

「命令口調が板についてきたな、お前」

「病人相手に交渉していると遅いからな」

 

 そう言うと、陽介は諦めたように両腕を持ち上げた。

 鳴上は上着を肩から外し、袖を抜いてやる。

 自分でも、ずいぶん当然のように世話を焼いていると思う。

 だがそれを不自然だと感じる余地がほとんどなかった。

 

「はい、次。部屋着に着替える」

「自分でやるって」

「立てるならな」

 

 言われた陽介は一度立ち上がろうとして、そこで少しよろけた。

 鳴上は無言で肩を支え、そのまま支える。

 

「……立てないこともないけど、立ちたくねえ」

「なら今日は甘やかされておけ」

 

 口に出してから、その言い方は少しそのまますぎたかと思った。

 だが陽介は妙に大人しく瞬きをしただけだった。

 

「お前、それ自分で言うんだ……」

「事実だからな」

 

 鳴上はそう返して、Tシャツを頭からかぶせる。

 熱のせいで反応の鈍い陽介は、されるがまま腕を通した。

 

 指先が首筋に触れると、やはり熱かった。

 その体温をたどるように、胸の奥が妙にざわつくのを自覚する。

 弱っているだけだとわかっている。

 わかっているのに、いつもより頼りない顔を見ると、庇いたい気持ちが強くなる。

 それは良くない方向へ転がしやすい感情だと理解していた。

 だから鳴上は手を止めず、必要なことだけを続ける。

 

「終わった。ベッドへ行け」

「雑炊は」

「できたら持っていく」

「運搬まで込みかよ」

「病人を歩かせたくない」

 

 即答すると、陽介は小さく笑った。

 その笑いもすぐに弱まって、代わりにしんどそうな息が落ちる。

 ベッドへ向かう背中はいつもより少し小さく見えた。

 鳴上は鍋をかき混ぜながら、その背を目で追ってしまう。

 

 数分後、柔らかく煮えた雑炊を器によそい、冷ましやすいよう浅い皿にも少し移してトレイへ載せた。

 スポーツドリンク、薬、冷却シートもまとめて持つ。

 準備が行き届きすぎている自覚はあったが、止める気はなかった。

 ベッドに入った陽介は、掛け布団を胸元まで引き上げたまま、半分眠そうな目でこちらを見た。

 

「ほんとに全部持ってきたな……」

「持ってきた方が楽だろう」

「楽だけど。ここまでされると、俺もう何もできないやつみたいじゃん」

「今日はそれでいい」

 

 鳴上はベッド脇の小机へトレイを置き、上体を起こすために枕を調整する。

 陽介はされるがまま従った。

 

「ちょっと食べろ。薬を飲むには空腹すぎる」

「はいはい……」

 

 返事は素直だが、匙を持つ手には力がない。

 鳴上は一口目を見届けてから、少し温度を確かめるように尋ねた。

 

「熱くないか」

「大丈夫。つうか、ちょうどいい」

「ならよかった」

「……その返し、なんか看病慣れしてる人みたいだな」

 

 鳴上は少しだけ視線を逸らした。慣れているわけではない。

 ただ、やるべきことを取りこぼしたくないだけだ。

 

「慣れてはいない。見ればわかることをやっているだけだ」

「いや、それができるのがすごいんだって……」

 

 陽介はそう言ってから、雑炊を二、三口食べた。

 食欲は薄そうだが、完全に受けつけないわけではないらしい。

 その様子を見て鳴上は少し肩の力を抜く。

 食べられるなら回復は早い。水分も取れるならなおいい。

 

「もう少し食べたら薬を飲め」

「了解……あ、でもさ」

「なんだ」

「お前、今日ずっと近くない?」

 

 言われて初めて、自分がベッド脇にほとんど張りつくような距離で座っていることに気づいた。少し近すぎたかもしれない。

 

「必要があればすぐ動ける位置にいるだけだ」

「必要って、俺ただの風邪だぞ」

「ただの風邪でも悪化はする」

 

 返した声が思ったより硬くなって、自分でも少し驚いた。

 陽介もそれに気づいたのか、こちらを見返してくる。

 数秒ほど、どちらも口を開かなかった。

 熱のこもる空気の中で、陽介の視線だけが妙に静かに刺さる。

 

「……やっぱ、お前、俺が弱ると過保護になるよな」

 

 やがて、陽介がぽつりとそう言った。

 その言い方は責めるでもなく、確かめるような響きを帯びていた。

 

「普段も必要な範囲では見ている」

「必要な範囲、ねえ」

「今は必要な範囲が広いだけだ」

 

 理屈としては間違っていないつもりだった。

 だが陽介は納得しきらない顔で、薬を指先で弄びながらこちらを見る。

 

「それ、他のやつにもやんの」

 

 唐突な問いだった。熱のせいで回りくどさが削れたのかもしれない。

 鳴上は一拍だけ言葉を選ぶ。

 

「少なくとも、ここまではしない」

 

 嘘はつかなかった。つけなかったとも言える。

 すると陽介は薬を飲み下してから、小さく息をついた。

 

「だよな。なんか、そうだと思った」

 

 その呟きは独り言に近かった。

 けれど鳴上の耳には、思っていたより深く残った。部屋が急に静かになる。

 

 冷却シートを貼るために前髪を上げると、陽介は抵抗せずに目を閉じた。

 長い睫毛が熱で少し湿って見える。

 

「冷たい」

「その方がいい」

「うん……」

 

 答える声が、もう眠気に沈みかけていた。

 鳴上はコップを片づけ、布団がずれていないか確かめて掛け直す。

 その一つ一つが、自分でも過剰だと思うほど細かい。

 だが止める理由が見つからず、そのまま指先が動き続ける。

 

「陽介、寝ろ。明日の講義は休め」

「えー……」

「反論は受けつけない。連絡は俺が文面を考えてやる」

「そこまで至れり尽くせりだと逆に怖いな……」

「今さらだろう」

 

 陽介は布団に半分埋もれたまま笑った。

 その弱い笑いを見ていると、胸の奥がやわらかく疼くのがわかった。

 

 普段なら跳ね返してくる冗談も勢いが足りない。

 その分だけ、こちらに預けられるものが増えている気がした。

 

「……悠」

「なんだ」

「いるよな?」

 

 意味は単純だった。ただ寝るまで近くにいるか、それだけの確認にすぎない。

 それなのに妙に息が詰まった。

 

「いる」

 

 鳴上が答えると、陽介は安心したように目を閉じた。

 その表情が少しだけ緩むのを、鳴上は見逃さなかった。

 

「そっか……じゃ、寝る」

「ああ」

 

 それきり会話は切れた。寝息が整っていくまでの間、鳴上はベッド脇の椅子に座ったまま、静かに様子を見ていた。

 額の熱はまだ高い。だが呼吸は落ち着いてきているし、顔色もさっきよりわずかにましに見える。ひとまずは大丈夫だろう。

 安心した途端に、自分の内側へ残ったものの方が気になった。

 必要以上に近くにいたいと思ったことが、まだ消えていない。

 具合の悪い相手に対する庇護欲だと片づけるには、少し熱がありすぎる。

 

 そう思って、鳴上は視線を落とした。

 それでも結局、椅子を離れるつもりにはなれなかった。

 途中で水を欲しがるかもしれないし、熱が上がる可能性もある。

 そんな理由をいくつでも並べられるあたり、自分はたぶん最初から公平ではないのだと、薄く自覚してしまう。

 眠る陽介の頬にかかった前髪を払うのは、さすがにやめた。

 そこまでしたら、いよいよ言い訳が立たなくなる気がした。

 代わりに掛け布団の端を少しだけ整える。

 

 すると陽介は目を覚まさないまま、安心したように小さく息をついた。

 

 その反応だけで十分だった。

 鳴上は椅子にもたれ、触れたい衝動を持て余したまま、静かに夜をやり過ごしていく。

 明日の朝には少し熱が下がっているといいと思う。

 その程度の願いの形をしていながら、胸の内側は妙に深く沈んでいた。

 

 看病をしているだけだと、まだ言い張ることはできる。

 だが甘やかしている自覚まで否定するのは、もう少し難しかった。

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生(風邪ひいちゃいました))




次回もよろしくお願いします
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