二人の食卓、二人の空   作:erupon

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こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


14

 陽介の熱が下がってから二日ほど経つと、生活の形はほとんど元に戻っていた。

 朝はいつも通りに起きて、講義へ出る。

 夜になれば二人で帰るか、片方が先に部屋へ戻る。

 表面だけ見れば、何も変わっていない。だが実際には、少し違っていた。

 

 風邪の夜を境に、陽介は時々こちらを見る。

 何か言いたそうにして、途中でやめる。

 軽口に逃がすには、少し間が長い。あれこれ考えている時の癖だとわかっていた。

 

 その夜も、夕食のあとに流し台へ立った陽介は、珍しく自分から皿を洗うと言い出した。

 

「今日は俺やる」

「熱はもうないのか」

「ぶり返してねえよ。そこまで虚弱じゃないって」

 

 返事の調子は軽い。だがスポンジを持つ手が、妙に落ち着かない。

 皿に洗剤をつける動きも少し雑だった。

 調子が悪いというより、迷っている感じに近い。

 鳴上は拭き物を引き受けながら、その横顔を見ていた。

 話すなら待つ。黙るなら急がせない。

 そう決めていたのに、向こうの方が先に沈黙に耐えられなくなったらしい。

 

「この前さ」

「うん」

「俺、けっこう面倒くさかったよな」

 何の話かはすぐにわかった。風邪を引いた夜のことだろう。

「病人としては普通だ」

「普通、ねえ」

 

 陽介はそう言って、皿を流した。

 そのまま次の皿に手を伸ばす気配がない。

 蛇口から落ちる水音だけが細く続く。

 鳴上は布巾を動かしながら待った。

 

「……ああいうの、慣れてねえんだよな」

 声が少し低い。

 鳴上は手元を止めずに問い返した。

「看病されることにか」

「それもあるけど。あそこまで普通に甘えるの」

 陽介は水を止めたまま、流し台へ目を落としている。

 いつものように笑ってごまかす気配は薄い。

 

「助かったのは本当だし、ありがたかった。そこはマジでそうなんだけどさ」

「うん」

「でも、あとから考えたら、ちょっと甘えすぎたかなって」

 その言い方は予想通りだった。

 だが実際に聞くと、胸が少し硬くなる。

 気にするだろうとは思っていた。

 陽介は本気で世話を焼かれると、妙に引く。

 

「この前も言っただろう」

 

 鳴上は皿を棚へ戻し、静かに続けた。

 

「今さら、そこで遠慮する方が不自然だ」

 

 陽介はすぐには返事をしなかった。

 数秒遅れて、困ったように息を吐く。

 

「だから、それなんだって」

「何が」

「お前、そういうこと平気で言うじゃん」

 

 言いながら、陽介はまた蛇口をひねった。必要もないコップをすすぎ始める。

 

「俺が引こうとするとさ、そういう一言で引けなくなるんだよ」

「引く必要がないからな」

「そういうとこだよ……」

 

 弱い抗議だった。

 拒否の色はない。むしろ困っている。

 

 鳴上は流し台の端に布巾を置いた。

 ここで軽く流すのは違う気がした。

 

「お前は、甘えたこと自体を気にしているわけじゃないだろう」

 

 その言葉で、陽介の手が止まった。

 コップの縁を持つ指先だけが固まる。

 

「……何それ」

「気にしているのは、甘える側にいたことだ」

 

 陽介は返事をしない。

 だが、否定が出ない時は大体当たりだ。

 

「迷惑をかけたことより、自分が頼る方に回ったことの方が落ち着かない」

 

 鳴上はそこまで言って、一息分置いた。

 陽介はまだこちらを見ない。

 

「それに慣れそうなのが少し怖い。違うか」

 

 そこでようやく、陽介が振り向いた。

 図星を突かれた時の、少し悔しそうな顔。

 

「……お前さあ」

「違うなら違うでいい」

「違わねえから腹立つんだよ」

 

 吐き捨てるように言ってから、陽介はコップを流しに戻した。

 その肩から、少し力が抜ける。

 

「俺ばっか受け取ってる感じになるの、なんか嫌なんだよな」

「嫌か」

「嫌っていうか……落ち着かねえ」

 

 言葉を探す間があった。

 まだ、自分でも整理できていないらしい。

 

「助かったし、嬉しかったし、正直かなり甘えた。けど、それでそのまま当然みたいになるのも違う気がして」

「何が違う」

「だから、それがうまく言えねえんだって」

 

 声が少し掠れた。

 鳴上は一歩だけ距離を詰める。

 詰め寄るほどではない。

 だが逃げるには少し狭い距離だった。

 

「線を引きたいなら、もっと前にやっている」

 

 陽介の喉が小さく動いた。

 だが目は逸れなかった。

 

「同居を決めた時点で、生活はもう分かれていない」

「いや、それはそうだけど」

「なら、今さらそこで引き直す方がおかしい」

 

 陽介は困ったように眉を寄せた。

 鳴上はその顔を見て、少し焦る。

 言い過ぎかもしれないと思う。

 それでも止める気にはなれなかった。

 

「お前、ほんと逃がしてくれねえな」

「逃がす必要がないからな」

「必要があるとかないとかじゃなくてさ……」

 

 そこで言葉が切れた。

 陽介は袖口をいじり始める。

 考えが追いつかない時の癖だった。

 鳴上はその手元から目を離さない。

 

「頼られるのが嫌なら、最初からここまでしない」

 

 言い終えたあと、さすがに少し沈黙が落ちた。

 陽介の手が止まる。

 

 今度ははっきりとこちらを見た。

 反応が鋭くて、少しだけ息が詰まる。

 

「……それ、さらっと言う?」

「さらっと言ったつもりはない」

「余計だめだろ、それ」

 

 口ではそう返すが、声は弱い。

 本気で拒む響きではない。

 むしろ、刺さりすぎて困っている。

 そう見えたせいで、鳴上の鼓動が少し速くなる。

 

「勝手に引くな」

 

 短く言うと、陽介は目を見開いた。

 その反応に、自分でも一歩踏み込みすぎたと思う。

 だが引き下がる言葉は出なかった。

 ここまで来て曖昧に戻したくない。

 

「お前がそこで線を引く理由にはならない」

「……何が」

「風邪を引いて甘えたことが、だ」

 

 陽介はしばらく黙っていた。

 流し台にもたれ、視線だけが揺れる。

 

「お前が勝手に気まずくなるのは自由だ」

「自由って言い方ひどくね?」

「だが、それで距離を戻される方が困る」

 

 口にしてから、少し焦る。

 思ったより本音に近い言い方だった。

 

 陽介はその言葉を聞いて、今度こそ完全に黙った。

 軽口で返さない。冗談にも逃げない。

 

 部屋が静かだった。

 冷蔵庫の小さな作動音だけが遠い。

 

「……何なんだよ、お前」

 

 やっと出てきた声は、呆れたようで、少しだけ弱っていた。

 

「何が」

「そういうの。何でそんな当然みたいに言えんの」

「当然だからだ」

「だから、その押し方がきついんだって……」

 

 陽介は片手で顔を覆った。

 耳のあたりが少し赤くなっている。

 

 そこまで反応が出ると、さすがに落ち着かない。鳴上は視線を逸らさずにいる。

 

 見ているくせに、内側は忙しい。

 相手の様子に敏感になるほど焦る。

 

「俺さ」

 

 陽介が、指の隙間からこっちを見る。

 困ったような、途方に暮れた目だった。

 

「そんなこと言われたら、どうしたらいいんだよ……」

 

 その言葉に、鳴上は返事を急がなかった。

 ここで答えを押しつけるのは違う気がした。

 だから、少しだけ息を整えてから言う。

 

「別に、今すぐ何かしろとは言っていない」

「いや、でも、気にするだろこんなの」

「なら気にしておけ」

「雑じゃねえ?」

「雑ではない。必要だと思ったことを言っただけだ」

 

 陽介は顔を覆ったまま、小さく笑った。

 完全に困っている時の笑いだった。

 

「ほんと、そういうとこなんだよなあ……」

 

 そこに責める感じはなかった。

 困惑と、少しの敗北感が混じっている。

 

 鳴上は一歩分だけ距離を戻した。

 追い詰めきるつもりはない。

 

 ただ、戻すつもりもなかった。

 今夜置いた言葉は、もう消えないと思う。

 

「陽介」

「……何」

「礼を言うなら、もう勝手に引こうとするな」

「まだそれ言うのかよ」

「言う」

 

 即答すると、陽介は観念したように肩を落とした。

 そのまま蛇口をひねり、残りの洗い物に戻る。

 

 だが手つきは、さっきよりずっと静かだった。

 話す前より整理がついたのか、余計に深みに嵌まったのか。

 たぶん両方だろうと思う。

 鳴上もまた、自分の内側を持て余していた。

 少し踏み込みすぎたかもしれない。

 だが、後悔はしていない。

 陽介の反応を見たせいで、むしろ自分の方が次を待ち始めていると気づいてしまった。

 それは少し危うい。

 危ういが、嫌ではない。

 

「悠」

 

 棚に皿を戻したところで、陽介が呼ぶ。

 振り向くと、まだ少しだけ照れた顔でこっちを見ていた。

 

「……ありがとな」

「何に対してだ」

「看病も、さっきのも。いろいろ」

 

 短い礼だった。

 だが、その中身は軽くない。

 鳴上は小さく息を吐く。

 今夜はそれで十分だと思った。

 

「把握した」

「そこ、“どういたしまして”じゃねえんだ」

「必要ないだろ」

「そういうとこだって言ってんの」

 

 呆れたように笑いながら、陽介は最後のコップをすすいだ。声音はやわらかい。

 

 まだ決定的な名前はついていない。

 それでよかった。今夜はここまででいい。

 

 だが、線はもう崩れている。

 前と同じ距離には、たぶん戻れない。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生(風邪なおったらこじらせました))




次回もよろしくお願いします
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