二人の食卓、二人の空   作:erupon

15 / 39
こちらはペルソナ4主人公(鳴上悠)と花村陽介が、ペルソナ4の事件が終わった後普通の学生として生活してたのにどうしてペルソナでちゃって公安に隷属することになったんだという話を書く場所です。

スターシステムを採用しているため分かりづらいですが、『ペルソナアフターパラレル』とは別世界線で交差することはありません。
オリジナルしかない世界線ですがよろしくお願いいたします。

なおBLタグがついていますがイチャイチャしません。


15

 講義が終わったあとのM大船橋キャンパス構内は、まだ夕方と呼ぶには早い明るさを残していた。人の流れは途切れず、春のざわめきがそのまま廊下へ満ちている。

 

 陽介もその中を歩いていた。肩に鞄を引っかけ、適当な相槌を打ちながら、顔見知りになった連中と一緒に階段を下りる。

 入学した頃のぎこちなさは、もうかなり薄れていた。講義ごとに話す相手もできたし、昼を一緒に食う相手も増えた。

 陽介なら、その変化は早い方だった。話しかけることに躊躇がないし、初対面の空気を崩すのもそれなりにうまい。

 

 だから、声がかかるのも自然な流れだった。

 

「花村、今日このあと空いてる?」

 階段の踊り場で、同じ講義を取っている男子学生が軽い調子で振り返る。

 隣では女子が二人、何となく笑っていた。

 

「空いてるっちゃ空いてるけど」

「じゃ、来ない? 人数合わせ兼ねてだけど、軽く飲みっていうか、合コンみたいなやつ」

 

 言われた瞬間、陽介は一度だけ瞬きをした。

 驚くほどではない。むしろ、そのうちこういう誘いは来るだろうと思っていた。

 

 断る理由は、特になかった。講義のあとに誰かと飲みに行くこと自体、嫌いなわけでもない。場を回すのも苦ではない。

 実際、少し前の自分なら、たぶん深く考えずに頷いていた。面白そうなら行くだろうし、面倒でも何とかする自信はあった。

 

「どうする?」

 

 笑いながら促されて、陽介は口を開きかけた。

 そこで、不意に別の光景が頭へ差し込んでくる。

 

 玄関を開けた時の、食事の匂い。

 台所に立つ背中。

 何でもない顔で返ってくる「おかえり」。

 

 なぜそこでそれが浮かんだのか、自分でもよくわからなかった。

 ただ、その一瞬で足がそちらへ向いた気がした。

 

「あー、悪い。今日やめとくわ」

 

 気づけば、そう言っていた。

 誘った方も意外そうに目を丸くしたが、すぐに「そっか」と軽く流して笑う。

 

「珍しいな。先約?」

「いや、そういうのじゃねえんだけど」

「じゃあ余計来ればよくない?」

 

 もっともだと思う。

 陽介も、そう思う。思うのに、どうしても今から別の場所へ行く気にはなれなかった。

 

「また今度な。今日は何か、いいわ」

 

 結局、曖昧なまま断る。

 理由になっていない理由だったが、相手はそれ以上食い下がらなかった。

 

「じゃ、また誘うわ」

「おう、悪い」

 

 軽く手を上げて別れる。

 廊下を離れ、駅へ向かう人の流れに紛れながら、陽介はひとりで首の後ろを掻いた。

 何だ今の、と思う。自分でもよくわからないまま断ってしまった。

 気が乗らないにしても、あそこまで即答するほどでもない。

 だが、あの場で頷くより、断る方が自然だった。

 そう感じてしまった時点で、何かがもうずれている気もした。

 駅へ向かう足は軽いわけではない。

 むしろ少し考え込んでいるせいで、歩く速さは普段より遅いくらいだった。

 それでも、戻る先を間違えていない感覚だけは妙にある。

 そこがいちばん厄介で、いちばん引っかかった。

 

 自宅へ着くころには、空はすっかり夕方の色へ寄っていた。陽介は鍵を回し、半歩だけ息を整えてから扉を開ける。

 

 中には、見慣れた明かりがある。

 すぐに、味噌と出汁の匂いが鼻先を掠めた。

 

「ただいま」

「おかえり」

 

 台所から返ってきた声は、いつも通りだった。鳴上はコンロの前に立ったまま、鍋の火加減を見ている。

 その姿を見た瞬間、陽介は少しだけ肩の力が抜けた。無意識に詰めていたものが、そこでほどける。

 

 何だそれ、と自分で思う。

 だが、思うだけで否定はできなかった。

 

「今日は早かったな」

「講義、ちょっと巻いた」

「そうか。もう少しでできる」

 

 鳴上はそう言って、鍋の蓋を少しずらす。

 湯気がふわりと立ちのぼり、その向こうの横顔が少しだけ霞んだ。

 特別なことは何もない。夕飯を作っているだけだ。

 なのに、その何でもなさが妙に胸へ落ちてくる。

 陽介は鞄を置き、手を洗ってから食卓についた。

 箸や茶碗は、もう何も言わなくても二人分揃っている。

 こういうのが普通になって久しい。

 久しいのに、今日はやけに一つ一つが目についた。視界の中で輪郭が強い。

 

「どうした」

 鳴上が振り向かずに訊く。陽介は一度だけ逡巡し、それでも結局そのまま口を開いた。

 

「今日さあ」

「うん」

「合コンに誘われたんだわ」

 

 そこで、鳴上の手がほんのわずかに止まった。

 止まったが、振り向かないまま味噌汁を椀によそう。

 

「そうか」

「反応うす」

「続きを待っている」

 

 いつもの調子だった。だが、その静けさが逆に怖い。陽介は少しだけ身じろぎし、椅子に座り直した。

 

「で、断った」

「なぜ」

 

 間髪がなかった。

 鳴上は椀を置いてから、今度はようやくこちらを見る。

 その目が妙にまっすぐで、少し困る。

 

「いや、何か気分じゃなくて」

「なんとなくで断る話ではないだろう」

「うわ、そこ切る?」

「切る」

 

 即答だった。陽介は顔をしかめる。

 だが、自分でもなんとなくで済ませられないことはわかっていた。

 

「……お前、こういう時だけやたら容赦ねえよな」

「こういう時だからだ」

 

 そう返されると、軽口に逃がす隙がない。

 陽介はため息をつきながら、湯気の立つ味噌汁へ視線を落とした。

 豆腐が入っている。

 主役にならない程度の大きさで、わかめと一緒に沈んでいるのが妙に鳴上らしかった。

 

「で」

 

 短く促される。

 陽介は箸を持つ手を止めたまま、机の木目を見つめた。

 逃げ道を探しても、たぶんもうない。

 

「断る時さ」

「うん」

「なんか、お前の顔浮かんだんだよな」

 

 言ってしまうと、急に妙な静けさが降りた。

 鍋の中で小さく煮立つ音だけが、遠くの方で聞こえる気がする。

 

 鳴上は何も言わなかった。

 だが、その沈黙が一番面倒だった。陽介は自分から続きを足すしかなくなる。

 

「いや、別に深い意味あるとかじゃなくて」

「あるだろう」

「決めつけ早くね?」

「お前が俺の顔を思い浮かべて、他の誘いを断って、ここへ帰ってきた」

 

 そこで鳴上は一拍置いた。

 その間の取り方まで、妙に容赦がない。

 

「深い意味がないと思う方が無理だ」

 

 陽介は言葉に詰まった。

 反論したいのに、反論の形が見つからない。事実だけ並べられると、逃げ場が薄い。

 

「だから、そういうのをさ」

「何だ」

「淡々と追い詰めるの、やめろって……」

「確認しているだけだ」

「圧があるんだよ、その確認に」

 

 鳴上はそこで小さく息をついた。

 だが視線は逸らさない。逸らさないまま、さらに言葉を重ねてくる。

 

「お前は、なぜ俺の顔が浮かんだ」

「知らねえよ、そんなの」

「知らないまま断ったのか」

「断ったけど」

「それで帰ってきた」

「帰ってきたけど」

「そして今、その話を俺にしている」

 

 一つずつ並べられる。

 逃がさない確認。

 陽介は額を押さえた。

 自分でも何をしているのか、途中からだいぶわからなくなっている。だから余計に困る。

 

「俺、どうしたいんだろうな」

 

 ぽろりと出たのは、ほとんど独り言だった。

 鳴上はそれを聞いて、少しだけ目を細める。

 

「少なくとも、他へ行きたいわけではなかった」

「……たぶん」

「ここへ来たかった」

「それは、まあ」

「俺のいる場所へ」

 

 そこまで言われて、陽介は顔を上げた。

 鳴上の方は相変わらず静かだ。静かなまま、最短距離で刺してくる。

 

「お前、ほんとさあ」

「うん」

「その言い方、反則だろ」

「反則かどうかは知らない。だが間違っているとも思わない」

 

 陽介は何も言えなかった。

 味噌汁の湯気が目にしみる気さえしたが、もちろんそんなはずはない。

 

 自分の中で何かが動いている。

 それはわかる。だがまだ、うまく名前がつかない。

 

 少し前の自分なら、こんなことで立ち止まりはしなかった。

 誘われたら行く、面白そうなら乗る、それで済んだ。

 なのに今日は違った。

 知らない誰かと過ごす時間より、ここへ戻ってくる方が自然だった。

 そこがどうしようもない。

 

「陽介」

「何だよ」

「俺は、お前が他を断ってここへ来たことを、軽い話だと思わない」

 

 その言い方に、胸の奥がわずかに跳ねた。

 鳴上はまたそうやって、こちらの逃げ道を先回りで塞いでくる。

 

「それを聞いた以上、確認はする」

「……何を」

「お前が、俺をどう見ているか」

 

 真正面からだった。陽介はしばらく固まった。

 そこまで来るのか、と一瞬思う。だが鳴上なら来るとも思う。

 

 風邪をひいたあとの会話が、ふと頭をよぎった。

 引こうとした時、引くなと押された。逃げる理由にはならないと言われた。

 あの時から、たぶんどこかで待っていたのだろう。

 こうして言葉の形になる瞬間を、自分でも気づかないまま。

 

「……普通では、ないんだと思う」

 

 出てきたのは、そんな曖昧な言葉だった。

 だが鳴上はそこで急かさない。ただ静かに先を待っている。

 

「友達とか、相棒とか、そういうので収まる感じでは、たぶんもうねえんだろうなって」

 

 言いながら、自分の声が少しずつ低くなる。

 恥ずかしいとか気まずいとかより、いよいよ認めるしかない感覚が近い。

 

「お前といるの、自然なんだよな」

 

 鳴上の目が、わずかに揺れた気がした。

 ほんの一瞬だったが、見間違えではないと思う。

 

「帰ってきて、お前がいて、飯があって。そういうのが普通になってて」

 

 陽介はそこで一度だけ言葉を切った。

 これ以上先へ行くと、戻れない気がした。

 だが、もう半端に止まる方がきつい。

 鳴上の顔を見ていると、そう思う。言わせる顔をしているのが腹立たしい。

 

「今日もさ、誘われた時に浮かんだの、お前だったし」

「うん」

「だから、たぶん」

 

 陽介は観念したように息を吐いた。

 ここまで来たら、もういいだろうと思った。

 

「俺、お前のこと、そういう意味で見てんだと思う」

 

 言い切ったあと、急に顔が熱くなる。

 鳴上の方を見るのも少し怖い。それでも、視線は逸らしたくなかった。

 鳴上はしばらく何も言わなかった。

 食卓の上にある箸と椀、窓の外の音、その全部が妙に鮮明になる。

 

 やがて、鳴上が静かに口を開く。

 

「俺は、前からそのつもりだった」

 

 あまりにも当然みたいに言うから、陽介は一瞬何を言われたのかわからなかった。

 理解が少し遅れて追いつく。

 

「……は?」

「お前を同居に引き込んだ時点で、かなりそうだったと思う」

「お前、それ今さら言う?」

「今さら確認が取れたからな」

 

 淡々としている。

 だが、その声の奥にあるものは、もう聞き違えようがなかった。

 陽介は額に手を当てたくなる。

 

「いや、待て待て待て。じゃあ俺、だいぶ長いこと掌の上じゃねえか」

「掌の上に乗せたつもりはない」

「乗せてるだろどう考えても」

 

 思わず突っ込むと、鳴上が少しだけ笑った。

 その小さな変化が、妙に嬉しい自分がいて、それもまた困る。

 

「それで」

 

 鳴上が言う。また確認の顔だ。

 

「お前は、どうしたい」

「まだ聞くのかよ」

「聞く」

「容赦なさすぎだろ……」

 

 文句を言いながら、陽介は自分でもわかっていた。

 ここで曖昧にして終わらせたくないのは、自分も同じだ。

 合コンを断って、ここへ帰ってきた。

 今こうして夕飯を食いながら、この話をしている。それがもう答えの半分だった。

 

「……俺、たぶん」

 

 言葉を探す。

 鳴上は急かさない。

 

「恋人とか、そういうのでいい気がする」

 

 言ってから、自分でひどく照れた。

 

 好きより先に恋人が出るあたりが、ひどく自分らしい気がした。

 鳴上はその言い方に少しだけ目を細めた。

 笑ったのか、安堵したのか、その両方だったのかはわからない。

 

「かな、じゃなくていいのか」

「お前、そこ詰める?」

「確認は必要だ」

「言霊使いかよ……」

「今さらだろう」

 

 返されて、陽介は笑ってしまった。

 笑った拍子に、肩から力が抜ける。ああ、もう駄目だなと思う。

 ここまで来て嫌じゃない。むしろ、しっくり来ている。

 その時点で、だいたい答えは出ていたのだろう。

 

「……いいよ。恋人、で」

 

 言い直すと、鳴上は静かに頷いた。

 その頷き方が、やけに大事そうで困る。

 

「わかった」

「そこは嬉しいとかねえの?」

「ある」

「あるんだ」

「かなり」

 

 短い返事だった。

 だが、そのかなりの重さが鳴上らしくて、陽介はもう一度だけ笑った。

 派手な告白でもなければ、劇的な演出もない。ただ夕飯の途中で、いつもの食卓の上で、静かに関係が変わっただけだ。

 それなのに、何かがきちんと収まった感覚がある。ずっと微妙に引っかかっていたものが、ようやく言葉の形を得た。

 鳴上は味噌汁の椀を取り上げ、少し冷めたそれを飲んだ。その横顔はいつも通りに見える。見えるのに違う。

 

「陽介」

「ん?」

「合コンは、今後も断るのか」

「恋人になった直後に確認することそれ?」

「必要だからな」

「必要って便利な言葉だなおい」

 

 呆れて言うと、鳴上はわずかに口元を緩めた。

 その表情を見た瞬間、断って帰ってきて正解だったと思う。

 

「まあ、少なくとも今日断ったのは正解だったんじゃね」

「俺もそう思う」

「即答だな」

「当然だろう」

 

 鳴上はそう言って、白米を口に運ぶ。

 その調子が普段通りすぎて、逆に笑えてくる。

 恋人になったからといって、急に何かが変わるわけではないのかもしれない。いや、変わるのだろうが、形は同じだ。

 食卓があって、夕飯があって、帰る場所がある。その中に、今までより少しだけはっきりした意味が増えただけだ。

 陽介は箸を持ち直し、味噌汁をひと口飲んだ。豆腐は相変わらず主役ではなく、ちゃんと味噌の味が勝っている。

 

「どうした」

「いや、別に」

「そうか」

「……お前、やっぱりそういうとこだわ」

「何のことだ」

「好きだなって話」

 

 言うと、鳴上は珍しく少しだけ目を見開いた。

 その反応が見られただけで、だいぶ満足だった。

 それから鳴上は、ほんのわずかに視線を逸らし、すぐに戻す。

 

「俺もだ」

 

 短い。

 だが、それで十分だった。

 部屋の中には、いつもの夜がある。

 そのいつもの意味だけが、今夜から少し変わった。

 

 




登場人物をここでまとめておく

鳴上悠(T大に入学した大学生)
花村陽介(M大に入学した大学生)




次回もよろしくお願いします
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。